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ニ−1  序幕

※この作品は

《第一幕》「テンプレ転移した世界で全裸から目指す騎士ライフ」(全裸編)

の続編です。

1話から(全裸編)のネタバレしていますので、先に第一幕を読まれる事を推奨します。

 薄ぼんやりとした空。

千切れた雲のその下を、高い声を響かせながらひばりが旋空している。

太陽はもう随分傾き、空の色を赤く染め上げ、足元の石畳には影が落ている。


 どうにか日が落ちる前に、街にたどり着くことが出来た。


 城壁を目前に、安堵する気持ちが足を更に重くさせ、手綱を持つ手がわずかに緩んだ。

その僅かな変化に気がついたのか、ブルル、と手綱の先で馬が嘶く。

 白と黒の斑柄の体に手のばし労るように叩くと、ポチがもう一度嘶く。

背に載せた男をちらりと見ると、幾程か苦悶の表情が緩んでいるように見える。

 今度は大きく振り返る。

列をなして続く、歩く屍の様なボロボロの身なりでぽつぽつと前に進む男達も、ボルドーの街を取り囲むように築かれた城壁を目にし、少し命を吹返したような表情をしていた。


 わずか先に見える城門から数人の門番が走り出てきた。

気が利く者が担架を抱えているのを見て、どっと体の力が抜けてゆくのを感じる。

同じ模様のコートを着た男たちの中から一人がはおれの前に来ると、軽い騎士の礼をしてハキハキと報告する。


「ご苦労さまです! ジャン殿! 急ぎ救護を呼びます。」

「ああ。助かるよ。わるいがここを任せてもいいか? 」

「もちろんです! 任せてください! ジャン殿、肩を貸しましょうか? 」

「おれは、大丈夫だ。奴らを頼む。」

「はい! 」


 前世の世界である東京からこちらの時代、おそらく中世の時代にあたるヨーロッパに転移し、男のこの体になってから、4年ほど経ったか。

幸いなことに言葉も不自由なく使え、生活の不便さは感じる、味覚など順応することが出来たので、前世など忘れるほど充実している。


 この体の男は、この世界に存在していたのか。

 はたまた自分の存在と共に体も具現したのか。


そんな疑問が頭をよぎることはあるが、日々が瞬く間に過ぎてゆき、考える事なく今に至っている。

 楽観的な人間だったようで、まぁ、自分を知っている人間にでも出逢えば、何かしら起こるであろうという考えで過ごしてきて、未だにそういうジャン以前のこの男を知る人物に出会ったことがないというのも考えない一因かもしれない。

 何よりも恋人であるリシャールとの出会いが充実している要因の大部分だ。

彼と一緒に居たいがために、剣や体を鍛え、はたまた自分の生業として見出したトルバドール、前世で言う所の吟遊詩人としてのスキルを磨きながらで、日々は忙しく過ぎてゆく。

ましてやリシャールが広大な土地を収めるピュルテジュネ帝国の王である父親から

「反抗的な諸侯の鎮圧せよ。」と命ぜられているため、戦いの日々で怒涛のようにこの数年は過ぎていった。

 連戦の数年間ですっかり騎士も板について、城の兵士たちも顔なじみも多くなった。

特にこのボルドーの城の兵士たちは意志の疎通がし易い。

仕える主であり、ピュルテジュネ帝国支配地であるアクテヌ公国の公爵であり、恋人であるリシャールの直轄領のせいもあるのだろうが、彼らをまとめているロベールの教育の賜物だろう。

 

 剣を杖のようにして満身創痍の隊を眺めながら思いを巡らしていると、幾分か余裕のある者が手を振っているのに気が付く。

それに少し笑いながら手を振り返し、一人歩き出す。


ロベールはリシャールの重臣の一人で、おれが騎士として初めて参戦したダスクでの戦いからその後もずっと一緒だったが、ここ1年ほどはボルドーでの守りと騎士たちの指導をしている。

彼はリシャールの側近の中でも、珍しいほど真面目だ。

彼は詩の腕前もいい。演奏も確かで、主に愛の詩を唄う。

結婚して子どももいるらしく、休暇にはこまめに自領に帰る良い父親で、彼の詩の題材は主に妻と子だ。

あんな生真面目な人間がどうしてリシャールを慕っているのかわからないほどなのだ。

元々がピュルテジュネ王に仕える氏族であるし、幼少より一緒に居たというのもあるだろうが、リシャールには不思議と人を惹きつけるところがある。

きっとロベールもリシャールの人柄に惚れているのだろう。



「じゃーん! 」


 大通りを疲れた体を引きずり、ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、後ろから声が聞こえる。

振り返ると同時に膝下に衝撃をくらい、カクンと膝が折れ、その場にへたり込んだ。


「じゃん! おかえり! 」


そう言いながら胸に飛び込んできたのは、小さな男の子。


「フィル、会わないうちに大きくなったな。」

「じゃんも、おおきくなった! 」


 小さな手がわしゃわしゃと髪をかき回す。

この愛情表現も遺伝なのだろうか、と思うほど父親に良く似た幼い顔が頬ずりをしてくる。

 2歳になるフィルことフィリップは、なんやかんやの謀略のせいで生まれ落ちたリシャールの非嫡出子、要は相続権利のない息子で。フィルは貴族になっても、1代限りで子どもたちは貴族にはなれない。という事らしい。

 おれはこの子が可愛くてしょうがない。

最初は恋人が他人との間にもうけた生命に嫉妬し、受入れ難かったけれど、冷静さを取り戻し受容できるや、今や恋人であるリシャールが拗ねるほど、慈しんでいる。

このふくふくとした頬がたまらない上、見つめてくる瞳はリシャールと同じヘーゼル色だが、鋭さが除かれ大きくキラキラしている。

頬に当たる髪の毛もサラサラとした薄い金色で、まだ幼く柔らかい感触がくすぐったい。

まるで教会に描かれる天使そのものだ。


「ジャン。おかえり。おつかれさん。」


頭上からする声を見上げると、フィルの面倒を見てくれている宿屋のおかみさんがニコニコと手を差し伸べていた。


「ただいま! お腹空いたー。なんか食うものある? 」

「くうものあるー?」


オウムのように言葉を繰り返すフィルを抱きかかえながら手を借り起き上がると、おかみさんがホコリをパンパンとはたいてくれる。


「ああ。簡単なもんでいいなら、すぐに作るよ。フィルを頼むよ。」

「はーい。」

「あーい。」


 数ヶ月ぶりのおかみさんの食事に心をときめかせながら、しっかりと抱きついて離れないフィルを肩車する。

旅で汚れた紋章の入った服と、ゴツゴツした鎧や腰に下げた剣が目立つのか、妙に視線を感じるし、人通りの多い道だが自然と歩きやすく人が避けるようにしてゆくので歩きやすい。


「フィル。おれ、臭い? 」

「うん。だいじょうぶ。みせにくるおじさんたちよりはクサくないよ。」

「・・・だいぶクセェってことだな。」


 自分で自分を嗅いで見るがイマイチ分からない。

鼻には戦場での死臭がまだ残っているかのようで、花の匂いも嗅ぎ分けられるかどうか分かったものじゃない。

ボルドーの南に位置する温泉地ダクスへ休暇を利用してリシャールと共に行く事になっているが、一人で先に行ってしまおうかな。

 ゆらゆらと頭上のフィルを支えながら歩いていると再び声を掛けられた。


「ジャン! 」


人をかき分けるようにしてこちらに走ってきている人物。

坊主頭に近いほど刈り上げられた頭に髭面、そして頬に傷のある男だ。


「ロベール。ただいまー。」


立ち止まると、にこやかな笑顔で走り寄るロベールに手を上げて挨拶をする。

ロベールの前の人垣が割れて、往来の真ん中とは思えないほどの空間が出来ていた。


「ああ。ご苦労だったな。門兵に聞いておそらくこっちにいるだろうと踏んで来たが、正解だったな。」

「あはは。行動読まれてるね。おれ。」

「まぁ、そうだが、・・・お前、いい雰囲気になったな。すぐ見つけられたよ。」

「 ? 」

「まぁ、気が付かない方がお前らしいな。飯か?」

「うん。近況は飯食いながらでもいい? 」

「もちろんだ。部屋を取らせてある。・・・おい。また背が伸びたな。オレよりデカくなりやがって。」


肩車をしたフィリップと握手をし終わったロベールが頭をポンポンと叩く。

それを合図に二人で並んで馴染みの宿屋へとあるき出す








名無しのモブ扱いで(一幕、全裸編ダクス章10話)に登場していたロベール、晴れて舞台に登場です。



エピソードタイトル変更 20250817

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