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二ー17 ロマンス

リシャールを見送って数日後の午後。

少し冷えつつある風に汗が冷やされブルリと身震いする。

ここ数日お願いしているサンチョによる乗馬指導を終え、先程まで自分を乗せてくれていたアンダルシアン馬をねぎらっていると、コートをバサリと頭に投げつけられる。


「寒暖差がひどいな。ナバラは。」


そう言いながら、馬の世話をしているサンチョの肩にコートを掛けているダニエルを睨めつける。


「ダニエル。扱いの違いがひどい。」

「当たり前だろ。サンチョ殿は王子だぞ。置いていかれたお荷物の自覚を持てよ。お前は客じゃねぇんだぞ? 」

「ダニエルだって客じゃないだろ。」

「オレはサンチョ殿からいつまでも宮廷に居てもいいと言われたからな。期限付きのお前とは違う。」


乗馬の指導を必ず見に来るダニエルは、どことなく機嫌が悪い。


「・・・なんで機嫌悪いんだよ。ダニエル。お前も乗馬の練習すればいいじゃん。」

「オレには別に必要ない。・・・そして機嫌も悪くない。」


むすぅっとした顔でダニエルは背中を柵に預けると、シッシッと手のひらであっちに行けというハンドサインをする。


「いや。悪いだろ! 乗馬必要ないなら別に見に来なくていいだろ。城で曲でも作ってりゃいいじゃん。 」

「・・・だって・・・」

「だってなんだよ。」

「・・・お前ら楽しそうなんだもん。」


・・・いや。可愛いかよ。

俯いてふくれっ面してこのセリフを吐く美青年。

あざとい。

これが恋愛属性の本領か。

サンチョを見ると、なるほど。

しっかり撃ち抜かれた顔をしている。

そもそもサンチョがダニエルに好意があるのは誰が見ても分かるし、百戦錬磨のダニエルがそれに気が付かないわけがない。

わざわざ あざとくアピールする必要が・・・。


そう感じながら二人の様子を改めて見てみる。

もじもじするダニエルに、鼻息の荒いサンチョ。

懸命におれとの乗馬指導の必要性をダニエルに話し始めるサンチョに、口を尖らせてそれを聞いているダニエル。

そっぽを向くダニエルに、アワアワして懸命に視線を合わせようとするサンチョ。


「・・・わからん・・・。」

「ジャン殿は意外と、というか、かなり、鈍いんですわねぇ。」


独り言のつもりで発した言葉に思わぬ答えが帰ってきて、驚いてその声の方を振り向く。

にこやかに微笑んだベランジェールがいつの間にか背後に立っており、ダニエルとサンチョに視線を注いでいる。


「ダニエル殿も、兄上の事好きなんだと思いますわ。」


ベランジェールは少し眩しそうな顔をしている。

ダニエルもサンチョ確かに楽しそうだ。

だとしたら、アレが恋の駆け引きとかいうものなのかも知れない。

そもそもリシャールとの関係も体から始まったこともあるが、駆け引きなどせずともリシャールはいつも気持ちを表現してくれているのでする必要がない。


「おれ恋の駆け引きとかって、苦手なのかな。ベランジェール様。鋭いですねぇ。」

「・・・だから、ジャン殿。あなたが、かなり鈍いんですわよ。本人達と、ジャン殿をのぞいて近しい者達は気づいてますわよ。」

「えぇぇ? い、いつの間に? 」

「・・・。」


鈍いという事には、自分でもある程度は自覚があるのだが、ベランジェールに呆れた顔をされると少し傷つく。

それが、顔に出ていたのだろう。

ベランジェールが吹き出して笑い始めた。


「ふふふ。ジャン殿、そんな悲しい顔なさらないで。なんだか、ジョーン様を見ている様で、ついつい意地悪を言ってしまいましたの。許してください。」

「ジョーン様・・・。おれと似ているんですか? 」


リシャールの妹であるジョーンだが、いろんな噂を耳にするたびに、人物像が毎回変わってしまい、未だに謎の人物だ。


「似ているというか、ちっとも気持ちを判って貰えなくて・・・。そうだわ。ジャン殿。今ね、ジョーン様から文が届きましたの。一緒にご覧になる? 」

「え? いいんですか? 」

「ええ。ぜひ!」


嬉しそうに微笑むとベランジェールは大きな声でサンチョに向かって叫ぶ。


「兄上! ジャン殿をお借りしますわね!! いつまでもそんな所でイチャイチャしてないで、冷えないうちにお帰りになってね! 」


クスクスと舌を出しながら笑うベランジェールは今まで見せたことのない、いたずらをした少女の様な顔で、おれの手を引いてこ小走りに走りだす。

大柄なので失念しがちだが、ベランジェールはまだ年若い。

リシャールと6歳違うと言っていたから、16歳くらい。

それなのに、王の留守ともなれば、兄を支え一国を切り盛りしているのだから、感嘆する。


連れて行かれたのは、大きな扉の部屋。

中に入ると室内は大きな棚が並び、数え切れないほどの本が並べられている。


「さぁ。ジャン殿。ここは私達兄妹の秘密基地なの。大切なものはこの部屋のこの机の下の・・・。」


ベランジェールは部屋の奥の大きくどっしりとした執務テーブルの下に潜りこんだと思うと、ひょっこりと顔を出す。


「この箱の中! 見てください! ジョーン様からのお手紙! 」


キラキラとした顔で重装な木箱を開くと、幾つかの筒状に丸められた手紙を見せてくれる。


「それでね、これが今日届いた手紙でしてね、ジョーン様、本当に会いに来てくださるそうなの! シチリアを出立します。ですって! 」


手紙に綴られている文字は女性らしく柔らかだが、文面は無骨な武人風で、そのアンバランスな所が、今まで想像出来なかったジョーン様という人物の姿をぼんやりと形作らせてくれる。


ベランジェールは今日来たばかりの手紙を大切そうに胸に懐き、喜びを溢れ出しながらくるくるとスカートを揺らし回っている。


ダニエル曰く、お荷物として置いていかれてから、このナバラ兄妹と過ごす時間は楽しく、さみしいと思う日は少なかった。

サンチョにはおすすめの本を聞いたり、乗馬を教わったり、ベランジェールとは意外と話が合うことが多く、こうして心を開いてくれている様子に、なんだか嬉しくなってくる。


「ジョーン様とは、いつ出会われたのですか? 」


その言葉にピタリとベランジェールの動きが止まる。


しまった。距離を縮めすぎたか? いくらリシャールの幼なじみとは言え、一国の姫に失礼だったかも知れない。


そう思ったのも束の間、ベランジェールの顔が間近に近づき、両手をギュッと握ってきた。


「ジャン殿! もしやこれは、恋バナ的な、ロマンスな話題ですわよね! 」

「え? あ。ま、まぁ。っっん? そ、そうなんですか? 」

「私、実は仲の良いお友達がいませんの。だから、こういうロマンスなお話ってすっごく憧れていたんです。城の者たちの、ロマンスなお話をしていたりするのを聞いたりはするのだけど、私の恋の相手がジョーン様だけに、誰にも話す事が出来なくって。」

「えぇぇ? 」

「ジャン殿は、リシャール様の恋人でいらっしゃるのだし、ピュルテジュネ兄妹を好きな者同士で、仲良くいたしましょう。」


ベランジェールは嬉しそうに握った両手をぶんぶんと振りながら、早口で言うと、「では、」と真剣な眼差しで見つめてくる。


「私から、恋バナ始めますわね!」







中世において、手紙は羊皮紙が中心だったようです。

パピルス*¹という紙のような物は古代のエジプト、ローマ時代から存在したらしいのですが、ローマの衰退と共にその仕様は稀になり、変わって中国から伝わった紙が徐々に広がり、ちょうどジョーンがシチリアに居た頃、製紙技術はシチリア王国建国のちょっと前からあったのではないかと考えられているみたいなので、紙が使用されていたのではないかと考察しています。



*¹パピルス(ウィキ参照)

https://fr.wikipedia.org/wiki/Papyrus_(papier)#Histoire_des_papyrus


ベレンガリアを゙ベランジェールに変更、ショーンをジョーンに変更(2024.04.12.)

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