表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/50

二ー15

「またアイツに見せ場、取られたな。」


リシャールがそうつぶやきながら、広場の幾つかある出入り口の柵の前でポツリと言った。

その言葉を聞いたポールがあっはっはと声を上げて笑っている。


「見せ場? え? 何の話? いつもリシャールはかっこいいぞ? 」


そう言いながらリシャールを見上げる。

セリフの割には不満げな顔では無く、どちらかと言うと嬉しそうだ。


「ふっ。そうだろうとも。」


リシャールは微笑んでおれの肩を抱くと頭をガシガシとかき回した。


良かった。

安堵と共に、自分の足がわずかに震えているのに気がついた。

戦は何度も経験したが、リシャールがピンチになる姿をほとんど見たことがない。

だからだろうか。

いや。

予期せぬ形でリシャールが命を落とす、そんな恐怖を感じたからだ。


誰かがリシャールの死を願っている。


戦場では腹をくくっているところがあるが、日常の中では、何処か他人事の様に感じていたのだ。

どんなにルーやペランが警戒していても、根本的な所で、やはり、平和慣れしていた、ということに気付かさる。

例えば、こうして群衆の中にあっても、矢で射られるということもあり得るのだ。


頭を撫でられながら、リシャールを見つめていると、「ん? 」と首をかしげていたが、歓声に引っ張られるように、リシャールの視線が背後へと動いていく。

そして、いつもより少し威厳のあるトーンで言葉を発する。


「ルー! 良くやった! 」


拍手喝采を浴びながらルーが馬を降りてこちらに歩いて来ていたのだ。

その称賛の対象はムッスとしながらリシャールの胸をドンっと殴る。


「無事かよ。雄牛の角でケツ掘られなくてよかったな。」

「悪かったな。俺は掘る専門だからな。掘られてたまるかよ。」


リシャールは笑いながら、おれの肩を抱いたまま、空いたほうの腕で眼の前のルーの肩を抱き寄せる。

そのせいでおれはバランスを崩し、同じ様にバランスを崩したルーの頭とリシャールが近づけた頭とで、三人仲良く頭突きをするような形だ。

見せ場を取られたと言っていた割には上機嫌なリシャールは、ルーの頭に自らの頭でグリグリと押し付けている。


「痛てぇって! おい。リシャール辞めろ! 」


ルーが珍しく大きな声で主張する。

恥ずかし紛れに嫌がる素振りをしているのがすぐわかっておかしい。

なんだかんだ言ってこの二人は兄弟の様に仲が良いのだ。

じゃれ合う二人を見て、気持ちが少しずつ落ち着いてゆくのが分かる。

ルーが居れば心配などしなくても大丈夫だと、思えてくる。

今度ルーに警護のしかたでも教わろう。


そんな事を考えていると、落ち着きを取り戻していた会場が、再び湧いている。

ちょうど対角の向かい側にある柵が開き、大きな馬に乗ったサンチョが会場に入ったのだ。

灰色がかったの大きな馬は黒いたてがみをきれいに編み込まれ、梳かれた尻尾をフサフサと揺らしている。

その馬に乗馬するサンチョは先程まで着ていたゆったりした服から、ピッタリと体にフィットした鎧を大きな筋肉質な体に装着して、如何にも戦士という凛々しい風貌だ。


「ははは。いつもあんな感じの格好してれば良いんだよ。そうしてればジャンにクマって呼ばれなくて済むのに。」


いつの間にか側に来ていたらしいダニエルが近くの柵の向こうで笑っている。


「言ったろ。だから。アイツもったいねぇんだよ。」


ダニエルの側で、リシャールが柵にもたれ掛かりながらサンチョを眺めている。

おれたちはその側で同じ様にサンチョに視線を注ぐ。


「え。サンチョ王子、独りだよ。まさか一対一でやるの? 」

「ルーが派手に見せつけたからな。ナバラ名物の闘牛で引けを取ったなんてベランジェールが許さないだろう。」

「・・・ベランジェール様って、大人しそうに見えて、結構激しいよね。」

「まあ、ベランジェールって言うより、サンチョ自身も珍しく血をたぎらせてるみたいだけどな。」


サンチョはリシャールのような民衆に対して何か発言をする様子はない。

淡々と広場の中央に行くと、剣を高々と天に突き出す。

すると馬が強く嘶く。

上体を上げ、まるで空に向かって駆け出すかの様に、前足で空中を蹴った。

その馬に乗るサンチョは剣を天に掲げたままで、器用に馬の背に乗っている。

それは、演説などよりよほど説得力があり、それを見る馬を愛する民達は会場全体で波立つかの様に歓声をあげた。


それを合図に雄牛が広場に放たれる。

雄牛はリシャールたちが対峙したものよりも明らかに大きい。


「・・・で、でかくない?? 」

「・・・そうだな・・・。」


大きなサンチョが乗る大きな馬に、大きな雄牛が突っ込んでいく。

近づいてゆく雄牛との対比バランスに違和感がなく感じるのは、3体の体が規格外に大きすぎて、サイズ感がおかしくなっているのだろう。

放たれた雄牛が小さく見えるのだから。


サンチョと馬はまるでダンスでも踊るかの様に華麗に雄牛を翻弄し、民衆を魅了する。

リシャールの様に行動や言葉ではなく、魅了する空間を演出しているといえばいいのだろうか。

例えるなら政治家と芸術家だ。

二人共、存在するだけで、人を引き付けてしまう。

こうした場面に遭遇すると、リシャールは然ることながら、サンチョもまた、王子と成る可くして生まれているのだと知らしめる。


演舞のような舞台は、雄牛が倒れると共に発せられたサンチョの雄叫びと、民衆の歓声で終焉となる。

そこに美しい白い馬に乗ったベレンガリアが颯爽と現れて、サンチョと共に、広場の端の柵の中にいたリシャールとルーに称賛を称えるように促す。


そうして、突然始まった興行は盛大な歓声と共に幕を閉じた。


その後はいつものように宴会となる予定なのだが、リシャールはサンチョを鍛える事はまだ諦めていない様子で、馬を降りたサンチョを呼び止める。


「おい。サンチョ。ついでだから着替える前に、1戦やるぞ。」

「えぇぇぇ。い、嫌だ。」


リシャールにそう言われ、サンチョは心底嫌そうな顔をしている。

そんな事はお構いなしに、サンチョの肩を掴むとグイグイと厩の方に引っ張る。

通常どの城でも、厩の近くにはちょっとした広場がある。

人も来ることはないだろうからそこで、手合わせをするつもりなのだろう。


「だって俺、結局何もしてねぇんだよ。ちょうど体も温まってるし。おい。ルー。お前もやるぞ。」

「・・・。」

「私達はもう、温まるどころかもう剣も振るう元気も・・・。ねぇ、ルー殿。」


サンチョはリシャールの手から逃れようと、黙って後ろに控えているルーを振り返り何か言いたげな表情をしている。


「オレは平気だ。」

「えぇぇぇ。」


よく見るとルーの瞳は強く光っている様に見える。

強いものを見ると血が騒ぐタイプなのだ。

先程のサンチョの闘牛を見て、彼の底しれぬ力を見てみたいと思ったのではないだろうか。


「はっはっは! ルーもいい具合に滾ってんな! 戦場では疲れたから休もうなんて通用しねぇからなぁ。オラ。行くぞサンチョ。」


そう言ってホカホカ温まった3人でどこかに行ってしまった。


「ジャンは行かないのか。」


そう話しかけてきたのはダニエルだ。


「もぅ、お腹いっぱいだよ。あんなの観た後に、あの人達の手合わせなんて見せられたら落ち込むばっかりだよ。」

「ははは。ジャンはリュートだけじゃなくてアイツ等を見て落ち込むほど剣も扱えるのか。オレは剣の方はからっきしだ。」

「ダニエル。見に行きたければ見に行けばいいよ。あの様子だと、サンチョ様もかなりスゴそうだし。見ごたえあると思うよ。」

「そうか・・・。じゃ。オレ見てくるわ。」


いそいそと走るダニエルを見送っていると、ポールとベランジェールが近づいてきていた。


「ダニエルのやつ。珍しいな。アイツ基本的に自分からは人と関わらない主義なのに。」

「あら。そうなんですの? ダニエル殿は、兄上と面識がお有りのご様子でしたわよね。・・・兄上のこと気に入ってくださると良いけど。」

「・・・。アイツも今、飛ぶ鳥も落とす勢いのトルバドールですからねぇ。でも、アイツが関わるとろくなことないですよ? 」

「そうそう。前のお城も色恋沙汰で追い出されたって言ってましたよ? 」

「んー。そんな噂も確かに聞いてますけど・・・。でもウチの兄上、ほら、良い男だから。」

ベランジェールはそう言いながら美しく微笑む。


リシャールのほうが良い男だけどな。

などと考えながら、ベランジェールと二人でニコニコと笑いあった。










サンチョの身長は2m以上です。


武蔵坊弁慶は208㎝でちなみに義経は147㎝だとか。

太郎太刀を振るった戦国時代の武将、真柄直隆は210㎝。太郎太刀が221㎝なので、まぁアレですが。

高身長の偉丈夫ネタでした。


ベレンガリアを゙ベランジェールに変更。(2024.04.12.)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ