二ー13
しかし、そのため息をかき消すようにポールが呆れた声を出す。
「おまえ、すげえな。あんなにボロボロにされておきながら、ジョーン様に花をもたせたなんて良く言えるな。」
リシャールとペランがその声に付け足す。
「落とし穴から出られなくなって叫んでたとは思えないな。」
「いつぞやはズボンにカエルを入れられて泣いていたぞ。」
「・・・おぃ。バラすなよ。お前ら・・・。」
ダニエルは跪いた体制でガックリと項垂れ弱々しい声を出した。
ベランジェールは両手で花を差し出すダニエルの手ごと包み混むと立ち上がらせ花を受取るとそっと花を顔に近づけ微笑んだ。
卒のない美しい動きにその場に芳香が漂いながらフワリと衣服が揺れる。
「ふふふ。私も聞いておりますわ。投げた火壺が藁布団に燃え移り、眠ってい居たダニエル殿の髪の毛が燃え上がったとか。」
そのにこやかで慎ましやかな微笑みから衝撃の出来事が発せられる。
「いや、本当に。アレはひどかった。リシャールの助けが一足遅かったら死んでますよ! それなのにジョーン様と来たら腹抱えて笑ってやがる。あの悪童ときたら。今でもあの時のジョーン様の顔を思い出すと足が震えますからね。」
「ダニエル、悪かったな。ジョーンのアレは、多分愛情の裏返しだ。」
「適当言ってんじゃねよリシャール。あんな愛があってたまるかよ。」
「ははは。さすがのお前も騙されねぇか。あいつあの頃、ギリシャ火薬*¹の謎を解明するって張り切ってたからな。お前だけじゃないぞ。被害者は。足元からズボンを焼かれてた奴もいたなぁ。」
「うふふ。懐かしいですわ。こうしてお話していると、ジョーン様に会いたい気持ちが大きくなってしまいますわね。ジョーン様の手紙ではいつかナバラまでこれたら来ると書いてありましたが。そんな日が来ればと、心待ちにしておりますの。」
そう笑いながら話していたベランジェールの元に侍女が近づき耳打ちする。
ベランジェールは嬉しそうに頷くと、ニッコリとリシャールに微笑む。
「お兄様が帰ってきたみたいですわ。ちょっと迎えにいってまいりますので、しばらくお待ちいただけるかしら。」
通された客間でしばらく休んでいると、ノックとベランジェールの声がする。
「リシャール様、兄がご挨拶に参りました。」
その声に居住まいを正してゆっくり開いたドアの方向を見ながら待つが、何やらボソボソという声しかせず、一向に誰も入ってこない。
「っち。おい。サンチョ! 相変わらずだなお前! 」
しびれを切らしたリシャールが大きな声を出した。
「全くですわ! だらしのない。」
ベランジェールのハキハキどした声と共に部屋に押されるようにして飛び込んできたのは大柄な男。
彼は顔を赤らめ、注目するおれたちの視線から逃れる様にうつむいてしまう。
そんな彼のところにリシャールが体当たりして行き、がっしりと抱きしめた。
「サンチョ!! お前いつになったらその照れ屋が治るんだろうな! 」
リシャールに抱きしめられているサンチョは、無理やり顔を上げさせられるのを拒否しているのだが、驚くことにリシャールより大きい。
普通の平均よりも大きなリシャールなので、彼は規格外に大きいという事になる。
そして、こんなでかい図体でもじもじしている姿はなんだか最近見かけた気がする。
「あ!! ひょっとして、宿屋に居た、ク・・・えっと、宿屋で会った人だよね! ダニエルあの人だよね! 」
危うくナバラの王子をクマ呼ばわりする所を半分回避して、とりあえず誤魔化しながらダニエルを振り返ると、ダニエルは一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにいつものにこやかな笑顔を作っている。
「あはは。ナバラの王子だったんだね。俺とした事が全く気が付かなかったよ。」
「あら、ジャン様もダニエル様も兄上とすでに面識が? 珍しいですわね。こんなに人見知りですのに。」
その会話にサンチョが驚いたような顔でこちらを見るが、すぐさまリシャールに首根っこを掴まれ、何やらプロレスの技の様なものをかけられている。
「サンチョ、久しぶりだな! どうなってんだよ。お前の体。更にガタイがよくなってんじゃねぇか! 羨ましいな。くそ。手合わせしようぜ。お前の剣も持参したんだぜ。」
「り、リシャール殿、私はどちらかというと詩がいいのだが。」
挨拶に来たくせに挨拶もさせてもらえず、やっとサンチョがまともに話したかと思えば、大きな体からはそぐわない言葉だった。
「かー。何言ってんだよお前。この宝の持ち腐れめ! ベランジェール、鍛錬所つれてってくれよ! ちゃんと体は鍛えてるみたいだから、俺が持ってきた剣もいい感じで使えそうだな。 」
「ふふふ。はい。かしこまりました。お兄様、諦めてしっかりリシャール様にしごかれてくださいませ。」
ベランジェールに連れてこられた城外に設けられている鍛錬所は、広い円形の形で背の高い柵で覆われ、少し異様な形だ。
ポールに聞いてみると、この地域では、牛を敵に見立てて戦う、闘牛という興行があるらしい。
トーナメントの一騎打ちのような形で、一匹の牛と戦うというものだそうだ。
パンプローナでも人気の興行で、この広場はナバラ国一番の大きさを誇っているという話だった。
そこに噂を聞きつけた兵士が集まり、その兵士たちが集まることによって、何事かあるのかと、民衆が集まり、鍛錬のための身支度をしているちょっとの間に、観客がどんどんと膨らんでゆき、イベントのような状態になってしまっていた。
「ん。だいぶ人が集まっているな。」
リシャールが正装に近い姿で鎧に身を包み、雄々しい騎士の姿で広場を眺めているその隣には黒い鎧に身を包んだルーが無言で佇んでいる。
戦場での鬼神を再現するかの様に居並ぶ二人は絵になるほどかっこいい。
人が集まるのも無理はない。
そんなことを考えながら二人を見ていると、ルーの「はぁ。」と、ため息をついているのが聞こえた。
とりあえず、頑張れよという気持ちで肘で小突くと、ゆらりと体を揺らして、更に深い溜め息を吐いている。
こういう状況を目の当たりにすると、ルーがリシャールと基本一緒に行動しないのがわかる気がする。
ルーは目立つのを嫌がる。
街を歩くときは基本フードを深く被っているのだが、リシャールと居るときは周囲を警戒するためにかフードをかぶることはなく、顔を少しでも隠そうと首元までマントをたくし上げているのだが、それがかえってイケメンぶりを上げてしまっていることに本人は気がついていない。
そして、リシャールもルーと居るときは少し目つきの厳しさがゆるくなって笑顔が増えるので、ただでさえ背が高くて目立つのに、覇気が薄れて、女性たちに騒ぐ隙を与えるのだ。
鍛錬所の柵の周りにも兵士の他にも城で仕えている侍女の様な姿も幾人も見受けられ、彼女たちが噂を広げ集まったのであろう女性達の黄色い声が何処かしこで聞こえている。
「困りましたわね。リシャール様御一行があまりにも雄々しく立派ゆえ、噂が広がっていたのですわね。これでは兄上がリシャール様に無様に負けて、打ち転がされ土にまみれる姿を民に見られてしまいますわね。」
準備を整えたサンチョを連れて会場にやってきたベランジェールが状況を的確に判断して発言する。
「・・・まぁ、事実だが、ベランジェール、もう少し言い方があるだろう・・・。」
「あら。そんなセリフは、日頃から鍛錬の一つでもなさってからおっしゃってくださいませ。」
「・・・。」
拗ねるような顔で、抗議するサンチョは、大きな体に誂えて作られた装備に身を包んだサンチョは何処からどう見ても屈強な戦士だ。
体を動かすことよりも詩を聴いたり本を読んだりするほうが良いと言いそうなタイプには到底見えない。
しかし、可憐な妹にあっけなく言い負かされ、大きな体を縮こませションボリとしている姿は、この兄妹の力関係がありありと感じられなんだか微笑ましい。
「・・・そうだわ。この際だから、手合わせはやめて闘牛に致しません? 」
「おい。ベランジェール。それではリシャール殿が不利ではないか。私は良いが、リシャール殿は闘牛の経験などないだろう? 」
しかし、そんなサンチョも闘牛と聞くと血が騒ぐのだろう。
先程とは少し目の色が変わって覇気の様なものが感じられた。
「はっ。おいおい。何だサンチョ。俺には無理だって言いたいのかよ。」
「いや。そういう訳では・・・。ただ、群衆も集まり始めると、煽りもすごくなるので、牛も興奮状態が上がるから。初心者には手を持て余すのではないだろうか。」
「・・・お前も俺を煽るじゃねぇか。サンチョ。よほど自信があるようだなぁ。」
ゆっくりと近づいてチンピラの様に凄むリシャールの視線を真正面から受けながら、サンチョは怯むどころか挑むような目つきだ。
「そりゃ、闘牛ってことになると話は違ってくるだろう。」
「ははは。お前のそんな顔、見たことねぇよ。面白いじゃねぇか。お前をそんな顔にさせる闘牛。俺にも演らせろよ。」
*¹ギリシャ火薬
ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の焼夷弾。
(ギリシャ火薬という名の焼夷兵器は各地で作られたが、ビザンツ帝国のものとは異なる製法で作られた物だった。)
ギリシャ火薬の成分と製造・配備の過程は軍事機密として厳重に守られていた。秘密主義が非常に厳しかったため、ギリシャの火薬の組成は永遠に失われた。
https://en.wikipedia.org/w/index.php? title=Greek_fire&oldid=1192513837 (最終訪問日 2024.01.07.)。
一人称変更(2014.02.06.)
どうしよう。
闘牛が始まってしまいました。
資料集めてる時間ないのに。
ベレンガリアを゙ベランジェールに変更、ショーンをジョーンに変更(2024.04.12.)




