二ー10 ローランの石碑
バイヨンヌを出でると、サンジャンを経由しピレーネ山脈を抜けパンプローナへと向かう。
サンジャンは、バイヨンヌ同様以前制圧した町だ。
ローマ時代からの街道がパンプローナまで続いているらしく、サンティアゴの教会への巡礼の道として使われ、巡礼者が多かった。
こうして3年前にリシャールと共に制圧した地域を回ると、それらは巡礼者が多く集まる町だということに気がついた。
利権を求めて争いになるという事だろうか。
そもそも ”道” を使って人が移動する以上、物資も動くし、犯罪も増える。
町で小耳に挟んだのは、旅人に不当に高く品物を売ったり、詐欺を行うもの等、後を立たないと言っていた。
一応禁止事項として、巡礼路にはそのような行為をしないようにと、教会から触れが出ているのだが、このような僻地では準拠する者はすくない。
その話をするとポールが会心の笑みで頭を撫でてくれた。
「ジャン。随分情勢を見る目が付いてきたな。この先の峠に上がればもうナバラの管理下だ。現王6代目ナバラ王は賢王と名声が高い。良く見ておくことだな。ついでにここロンセスバージェス峠にはローランの石塚があるんだぜ。」
「え!! あのローランの詩の? 実在したの? 」
ローランの詩は定番の曲で、宮廷で演奏する際にリクエストされることが多い。
レパートリーの少ないおれでも、割りと早い段階で覚えた演目だ。
シャルルマーニュと言う英雄に仕える十二人の騎士の歌で、一番の盛り上がりで、サラセン人とこのピレーネの山で壮絶な死闘を繰り広げ、大奮闘の末息絶える、という内容だ。
おそらく、その死闘の舞台に、石塚あるという事だろう。
この思わず口に出てしまった質問に答えたのはペランの馬に乗せてもらっているダニエルだ。
「お前は、何をいっているんだ? 当たり前だろう。トルバドールなら一度は訪れなければならない場所だ。まぁ、オレは初めてだが。」
「トルバドールの聖地だね。」
「・・・聖地? 」
「・・・なんでも無い。」
馬に乗らないダニエルは何故かおれの馬に乗りたがって、毎回リシャールと揉めるという遊びを仕掛けてくるので面倒くさい。
リシャールも相手にしなければいいのだが、ムキになって「ジャンに近づくな」と言ってくれているのが、恥ずかしくもあり嬉しかったりする。
飄々としていて何処かとらえどころのないダニエルは、そもそも誰かを好きになったりするのだろうか。
リシャールをからかうのも、好きだからというより、おもちゃ扱いだ。
そんな感想をダニエルに話すと、ダニエルは、綺麗な顔でふふふと笑った。
「オレだって恋するさ。ただ、言い寄られる方が多いだけで。なぁ? ルー。」
「なんでルーに振るんだよ。」
すかさずダニエルを自分の馬の後ろに乗せたペランが指摘する。
ルーはルーでこちらを見るでもなく、しっかり無視だ。
「だってあいつモテそうじゃん。こないだまでちび助だったのにいっちょ前に長身の寡黙系になりやがって。俺と被ってないから別にいいけど。」
「いいならこれ以上絡むやつを増やすなよお前は。置いていくぞ。」
ポールの叱責が飛ぶ。
「あ。お前言うねぇー。おい。ジャン、知ってるか。ポール恋人のアリス、知ってるだろ? 彼女は最初、俺に惚れてたんだぞ。」
「えええ? アリスさんが? めっちゃ二人仲良しだけど? 」
ポールの恋人アリスは、エレノア王妃の城に居た頃からの付き合いらしく、10年近くの恋仲なのだが、リシャールの随従としては、主よりも先に結婚するわけにゆかず、また拝領する土地の無い次男なので、ポールは未だ結婚していない。
しかし、そんなことは全く気にならないほど、仲がいいのだ。
ちなみに同じ随従でも、ロベールはアキテーヌ屈指の名家の長男なので、結婚している。
厳しいシステムだ。
この話題を受けたポールは目に見えて動揺している。
「お、おお、おぅ。そうだったな。そんな時もあった。が! あれはあくまで、憧れの範囲だろう? アリスは気の迷いだったと後悔してたぞ。」
「いやいやいやいや。それはないでしょ。俺だよ? 」
「お前はゲスでバカだから、アリスのような純粋な乙女の心の移ろいなんて分かるはずもなかろうな。あんなに女を侍らせておいて、彼女たちの皆の1番を取ろうなどおこがましいわ。」
ポールが吐き捨てるように早口でまくしたてる。
それにダニエルはケタケタと笑いながら楽しそうにする。
「えー。ちょっとペラーン。ポールがマジでキレてるんだけどー。えー。やだー。引いちゃぅー。」
「この野郎! お前は本当に鬱陶しいんだよ! オラ、降りろてめえ! 」
「キャー。ペラン逃げてぇぇぇ」
「わー。やめろ! ポール、オレを巻き込むな。」
ポールの短い導火線はアリスさんの事になると周りが見えなくなる事により更に短くなる。
そして、いつもこんな場面では止める側のポールがコレで、誰もこの場を収拾できるものがいない。
ダニエルって、リシャール相手とかに限らず、こんな風に誰を相手にでも、周りを賑やかにしてしまうキャラなのだ。
からかい半分なのが難点だが。
おれもからかわれないように気をつけよう。
そんな事を考えながら、リシャールとルーと顔を見合わせると、知らんぷりを決め込んだ。
それからいくらかの距離を進んでたどり着いたローランの峠では霧が出始め、少し肌寒かった。
伝説のその人の石塚を前にしての興奮のほうが強く、皆高揚した顔をして戦いの痕跡を探したりしていた。
高く積み上がった塚に各自石を乗せ、祈りを捧げる。
いつもは不真面目な1団だが、このときばかりは神妙な面持ちで祈っていた。
その峠を超えてたどり着いたのはロンセスバージェスという山小屋のような教会を中心とした小さな町だ。
気候の良い季節であるこの時期でも霧が深く立ち込めるこの危険な峠では、この町の教会の鐘の音が巡礼者の生命線となっているのだと、ポールが教えてくれた。
ロンセスバージェスの町には教会の他にも、宿屋が数件設けてあった。
ピュルテジュネ家の王子としては教会に止まったほうが良いのだが、リシャールが教会に泊まるのは嫌だとダダをこねるので、教会の隣の宿に入ることになった。
「相変わらず、リシャールはわがままだな。大人しく教会にお世話になればいいのに。」
「うるせぇな。教会の飯は口に合わねぇんだよ。」
「はぁ。まったく。こっちの身にもなれよ、巡礼者のエール一杯の替わりに一曲なんて、商売にもならねぇんだぞ。」
「じゃぁお前一人で教会行けよ。」
「やだね。お前をからかうの楽しいもん。」
宿屋は巡礼者で賑わっており、リュートを持つ我々を見つけると、即演奏を求められる。
食事を一品もらったり、エールを奢ってもらったりするのだが、演奏していると中々飲み食いできない。
確かにダニエルの言う通り商売としては成り立たない。
のだが、何だかんだ言いながらもダニエルは根っからの音楽家なのだろう。
巡礼者のリクエストだと言いながらも、実に楽しそうに演奏する。
伸びやかな美声に美しい旋律。
容姿の淡麗さもあるが、見せ方や、観衆の煽り方もうまいのだ。
以前エレノア様の宮廷で会ったベルドラン様とは、また一味違い、若く斬新な演奏だ。
宿屋はすっかり演奏会のようになってしまっていた。
ポールなどはそれを良いことに、ダニエルに半ば押し付けるようにして、さっさと食事をして2階に上がってしまう。
それに便乗するように、リシャールに名前を呼ばれ、顎で外に出るぞと合図をしたかと思うと、のっそりと立ち上がる。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
シャルルマーニュとローランが出ました。
シャルルマーニュとは日本ではカール大帝の呼び名のほうが有名なフランス及びドイツの始祖的英雄です。
フランス国王としてシャルル1世(仏)・神聖ローマ皇帝としてカール1世(独)英語読みでチャールズ大帝と呼ばれてるらしいです。
ローランは(又はローランド)そんな英雄の甥っ子で古フランス語の有名な叙事詩「ローランの歌」の主人公として人気な人物らしいです。
ローランは日本で言う坂田金時*¹(平安中期武将の源 頼光に仕えた武将の四天王。幼少期は童話で有名な金太郎)的な人物かなーとか思いました。
この話題は深堀りするとヤバそうなので、以上で考察は終了です。(2024.01.01.)
参考資料
*¹→https://rekisiru.com/4867(観覧2024.01.01.)
サブタイトル追加 (2024.01.08)




