二ー9
ダニエルがニヤニヤとこちらを見ている。
「なんだよ。ちょっと考え事してただけだろ。」
「いやいや。良いことだよ。恋愛はトルバドールには不可欠だ。」
そう言われて、少し恥ずかしくなる。気が付かないうちにリシャールをじっと見ていたのだ。
「っんだよ。ダニエルもトルバドールだろ。そういう話、ないのかよ。」
「お。聞いてくれるか? 」
ダニエルの嬉しそうな声にルーが大きなため息を付いた。
そのため息を聞いたダニエルは更に嬉しそうな顔で、隣でエールを飲むルーの顔を覗き込んだ。
「・・・そういえば、ルー。珍しいな。お前が一緒に行動してるの。大体お前こういう時いないじゃん。なんでいるの? 」
「・・・うるせぇな。別にいいだろ。お前には関係ない。」
何時ものように無愛想に答えるルーにダニエルはニヤニヤと含みのある笑顔を向けている。
「ふーん。ってことは、こっからも、一緒ってことか。」
その言葉にルーは心底嫌そうな顔をする。
「は?? お前、どこまで一緒にくんの? まさかパンプローナまで来るとか言わねぇよな! 」
「いやいや。オレさー、今行く宛ないんだよね。こないだまでいた宮廷、追い出されちゃったんだよね。」
なんとなくルーから剣呑な空気を感じ、おれは思わず話に割って入った。
「宮廷から追い出されるって、どっかでお抱えトルバドールしてたの? 」
「そうそう。かわいい一途なジャンくん。君には想像つかないかもしれないけど、宮廷って、そりゃもう、ドッロドロなわけよ。」
「ダニエルって、いちいち引っかかる言い方するよね。」
なんとなく馬鹿にされてる気がして口を尖らせた。
数日しかダニエルと共に過ごしていないのだが、みんなが彼を邪険に扱うのが分かる様になってきた。
「だからさ、なんとなく、わかっちゃうんだよね。関係性っていうの? 誰が誰を好きとか、そういうの。」
再びルーの顔を覗き込みながらダニエルが話している。
なんとなくそれは分かる。
おれはそう云うのは疎いが、少しの間だが、リシャールの母親であるエレノア様の側に居た時、彼女の廻りではやたらとそんな話題が多かった。
「ふーん。それで、追い出されちゃったの? 秘恋を暴いちゃったとか? 」
「わっはっはっは。ジャンはホントかわいいなぁ。」
そう言いながらダニエルがおれの顔を両手で潰してくる。
口を尖らせる顔を強制的にされながら抗議していると、隣で話し込んでいたはずのリシャールの手が伸びてきて、ダニエルの手を叩くと、おれを肩ごと引き寄せる。
「ダニエル。」
「あっはっは。リシャール。お前が一番可愛くなっちまったなぁ! 」
可愛いどころか牙を剥くリシャール更に畳み掛けるダニエルに、ポールが止めに入る。
「やめとけって。」
ダニエルは「ハイハイ。」と言うと、手をひらひらを上げて降参と言う表情をする。
しっかりと背中から抱きすくめられたままのおれの横にペランがやって来て、楽しそうにダニエルに聞いた。
「で、なにやったんだ? 今回は。」
「んー。 バレちゃった。」
ニッコリとダニエルがキレイな顔で微笑む。
それを聞いてポールが「やっぱりな。」 とつぶやくと、それと同時にペランが大声で「だろうなぁ」と喜ぶ。
リシャールとルーは同じく呆れ顔をしている。
おれは一人分からない顔をするしか無い。
「え?・・・何が? 」
「王とねてたのが。」
・・・なんて??
「・・・え? お、王様? 」
まさか、ただ仲良く同じベッドで寝ていたというわけではなく、そういう行為込の『寝た』だよね。
「そう。すっげーヤキモチ焼きな王妃でさ。追い出されちゃった。」
「・・・へー。王がヤキモチ焼いてって言うなら話なら聞いたことあるけど、逆なんだ。」
みんなの反応を見ているとそんなに珍しいことではなさそうなので、平静を装いながら聞いてみる。
「うん。でも王妃ともねてたからさ、逆ではないかな。」
「???」
「わっはっは。ジャン、面白い顔してるな! 」
ダニエルに心底楽しそうな顔で笑われたが、もう、流石に平静を保つのは無理だ。
自分がどんな顔をしているのか分からないが、背後からリシャールが顔を覗き込んできて、頭を優しく撫でる。
「イヤ、この顔は可愛いだろう。」
「うわっ。リシャール気持ち悪。お前変わりすぎだろ! オレと同じで貞操感皆無だったくせに。」
「お前よりマシだったろ。このヤリチン野郎。」
おれを挟んで言い合いをする二人の声を排除しつつ、頭を整理する。
「イヤイヤ。チョット待って! リシャールの貞操感の話も気になるけど、どういう事? 」
「俺の話は気にするな。今はお前一途だ。」
そう言いながらリシャールが頭にキスをしてくるので「や、辞めろ。恥ずかしい。」と、言いながら、リシャールの体を肘で小突くが、顔は火照り、ニヤけてしまう。
「っは。だからリシャールお前キモいっつーの。ヤッベ。ペラン見ろよ。鳥肌たった。」
ダニエルはリシャールに見せつけるように「げぇぇ 」と舌を出しながら、肉をつまんで食べているペランに寄っかかって絡むがペランは取り合わない。
「オレを巻き込むな。」
「お前ら、ホントうるさい。ダニエルが来るとコレだから嫌なんだ。騒音がいつもの倍になる。」
見かねたポールが文句を言いながらも、教えてくれた。
「ダニエルが言いたいのはだな。トルバドールは王宮の中でも割りと自由だろ? それでダニエルは王と関係を持っていたが、コイツは両刀で節操なしだから、王妃とも、関係を持っていてだな、それが二人にバレちまったって事だな。おおかたダニエルの取り合いにでもなんだろう。見かねた執事長に追い出されたって話じゃねぇか? 」
「ポール、正解! さっすが名参謀だね。」
ダニエルが他人事の様に合いの手を入れる。
ポールはダニエルの顎を掴むと左右にグイグイと動かす。
「うるせぇよ。頼むからナバラではかき乱さないでくれよ。」
「ナバラの姫は聡明で美しいそうじゃないか。楽しみだよ。」
ポールのせいで乱れた柔らかな髪を整えながら、キメ顔でダニエルが言っているが、本当にこの男の軽さが良く分かる表情だ。
そんなダニエルを見ながらリシャールがこちらは悪そうな顔でニヤリと笑う。
「ああ。そういえば、ナバラの聡明な姫ベランジェールは、お前の天敵ジョーンの親友だ。」
「げぇ。あのじゃじゃ馬と。それはちょっと・・・問題ありだな。そういえば、ジョーン様はシチリアに嫁入りしたらしいじゃないか。・・・大丈夫なのか? 」
「シチリア王も寛容なお人らしいからな。ジョーン殿ものびのびしておられるのではないか?」
ポールがクジラ肉をつまみながら答えると、ダニエルはため息をつき手を左右に広げ、さも「お前たちはわかっていない。」とでも言いたげなポーズをする。
「それが問題なんだろ。女っ気の無いまま嫁入りして、自由にさせられたら、また男装でもしてそうじゃないか。」
「え。ジョーン様ってそんなお転婆な感じなの?」
リシャールが一番可愛がっている妹らしく、頻繁にその名前は聞くてはいたが、男装という話は聞いていない。
「お転婆どころじゃねぇよ。アレは性別間違えて生まれてきたとしか思えねぇ。リシャール瓜二つだ。」
「リシャール瓜二つの女の子って・・・。」
想像したいけど、想像できない。
どうやってもごっついリシャールが三つ編みしている姿しか思い浮かばない・・・。
「だが、ベランジェールはアレと随分親しくしてくれたぞ。」
「男と間違えてたんじゃねぇか?」
「おい、ダニエル言い過ぎだ。」
流石にポールがダニエルを注意すると、ダニエルは悪びる様子もなく、肩をすくめている。
「そのうち様子を見に行ってやろう。ジョーンも騎士になれる歳になったことだし。叙任式もしてやらねばなぁ。このままナバラからシチリアに行くか? 」
「いやいやいや。もう、嫁入りしてるから。」
「嫁ぎ先に兄貴が来て叙任式させろ、なんて言われる夫のみにもなれ。」
「お前がそんなだからジョーン殿がああなったんだぞ? 」
名案だと元気に発言したのに、みんなからそれを避難されたリシャールは、おれの頭の上に顔をのせ、盛大なため息を付いていた。
ダニエルが居ると会話が弾みます。
今年もなんとかクリスマスが終わり一息。
それでは、良いお年をお過ごし下さい。
and happy new year.
ショーンをジョーンに変更(2024.04.12.)
2023.12.25.




