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カプセル

作者: ナマケモノ

 命とはなんだろうか。


 この現代において、無限に生まれ続ける、カプセルのただ一個体である私にとって、その命題は常に己に問い続いている。


 船の一部として、社会を構成する無限の人生。退屈でもあり、無限の可能性を同時に秘めた、生まれない胎児であるカプセル。それが私だ。ティア1採掘艦のディガンテに生まれてこの方、乗り続けている私はこの問いを永遠に繰り返していた。


 生まれたステーションの近辺に流れ着く、小惑星群からありきたりな(スティール)を掘り、月間のノルマを日々こなす社会の歯車の一部。

 ステーションから流れる娯楽フィードを消費しながら、データ上の数字を積み上げる作業を幾年か過ぎた。


 ある日、私はいつものように採掘しながら、ステーションで仕入れたばかりの音楽を聴いていた。

 並列で作業可能なこの躰において、日常とも言える風景だったが、その日は常とはなんだか違った。


 カプセルの中の体に電撃とも言える刺激がその曲を聞いた途端に走った。いくつものホルモンパラメーターが突然跳ね上がり、制御を食い破って、興奮を伝えてきた。採掘レーザーの出力が音楽に合わせて脈動し、歪んだ形に小惑星をえぐった。


 命。生命の灯火の脈動が、この鋼に包まれた体を芯から震わした。

 訳もわからず、ワープドライブをフル回転し、その場から駆け出した。


 命、その答えは分からずとも、自分は今生きている。その確信だけを携えて、座標も決めずにワープをした。

 残虐な海賊のすむ中域を脇目もふらず駆け抜け、このカプセルの中から湧き上がる喜びと生命の波動をワープドライブに叩きつけ進んだ。


 中心星域付近に近づいた頃、ガス欠となり、途端にワープから放り出され、恒星間の虚無空間に投げ出された。

 私は、未だ感動に打ち震え、ジェネレーターを振動させていた。

 なんだったんだ。そう思いながらも、感動だけがカプセルの中心をうずまき、ジェネレーターに最大火力を促していた。


 音楽。それが、私自身を震わせていた。人工羊水のプールに浮かぶ、大きく育った未熟児の私の手足が、盛んに動き回り、狭いカプセルの内壁を叩いていた。


 はちゃめちゃだった。管轄宙域をとうに離れ、ホームから数百光年の位置で私は、漂っていた。

 何者の引力にも引かれぬ虚空の中で、カプセルの内部の私だけが、強力に誰かの歌に惹かれていた。


 私は生まれなければならない。私は何かを、産まなければならない。制御コンソールから放たれる怪電波よりもはるかに強力に私自身を突き動かした、この音波に私は突き動かされていた。


 コンテナにさっきまで掘り続け貯めていた、ガラクタからジェネレーターから生じた情動のままに何かを生成し、それに己の感動を叩きつけた。私に生じた感動とは果てしないほど解離した溶解したただの鉄の塊が生まれたが、それでもかまわなかった。


 産み出したばかりの鉄屑をその場で放流し、次のガラクタを生成し、コンテナが空にになると、空っぽのジェネレーターを回して、星を食っては、ガラクタを産んだ。


 カプセルの中の矮小な肉人形が生み出す、情動だけがボロの外装を動かし続けた。


 レーダーはとうに死に、装甲は耐用年数をとうにすぎ、塗装をハゲ散らかし、それでも何かを産み続けた。


 幽霊船などと嘲られながら、有機廃棄物にも満たない無機物を産み続け、いつかは機能を停止する日まで、その日まで、カプセルの中の、肉塊の中に生まれた感動の波動に身をまかせながらナニカを産み続けた。


 無限の命と呼ばれるカプセルの、その一生を役にたちもしないガラクタを産み続けるだけに費やした船は、3年後に機能を停止した。


 広大な宇宙の一片のデブリと化した古びた機械は、誰にも興味すら持たれぬままに死んだ。放射線の中で、溶けるようにその身を停止したその船は、目も当てられない醜悪な姿のまま、宇宙を漂っている。


 ただ、その鉄屑の奥深く、カプセルの殻に包まれた、腐敗した有機物はどこか満足げな微笑みをたたえていた。

初投稿でした

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