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この美しい世界が終わるまで  作者: 少女計画
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第四話 「徹夜の頭で土下座するまで」 6月30日




よく人は朝強いとか夜弱いとかいうが、僕は断言できるほどに朝弱く、夜強い。



布団から出ることは天国から地獄に落とされる感じがする上に、夜は夜で僕は眠る必要がないのではないか、とずっと起きていられる気もするからだ。



布団を離せず必死になって眠ろうとする朝、別に眠る必要ないなと思う夜。



矛盾しているようで、矛盾していないこの考え。



人間一日の長さは決まっているとか、早寝早起きは三文の徳とか、そういう言葉はだいたい朝強く夜弱いことを言っている。



すなわち、太陽が出ている間は、活動し沈んだら休みましょうと古くからのそれも遺伝子レベルでの記憶をもとになりたっている。



と僕は考える。



ここまで何を言っているんだと思っただろうが、それは僕にもわからない。



つまるところ、僕が言いたいのは一つ。



朝起きれないのなら、寝なければいい。



そういうことだ。



昨日太陽さんに嘘をついてしまった僕は太陽さんに直接会って謝るために、早朝、朝の五時に家を出発した。



太陽さんは僕なんかとは違い、早寝早起きできるタイプで朝は五時三十分に外に出て、ラジオ体操をするのが日々の日課ということは当然の知識だ。



空はまだ薄明るいが雨は降っていない。



既に目はギンギンで足はフラフラだが問題ない。



問題はこのまま太陽さんが嘘だと気が付かないまま平日の今日、学校を休んでしまうことだ。



皆勤賞を目指す彼女にとって、たった一日の空白でも許されない。



走って、走って、横っ腹痛くなって、途中から歩くことにする。



体は正直なもので、足を交互に出しているつもりだったのになぜかこけた。



祖父ちゃん祖母ちゃんも早起きだが、家を出るときにもまだ寝ていた。



眼前、つい数時間前に通った道を通り、太陽さんの家に到着する。



太陽さんの家はここらではちょっと有名で、赤い屋根のお家と言えば、クラスの皆はだいたい、ああ、あそこと言えるぐらいだ。



その赤い屋根の家の前で、挙動不審な黒パーカーにマスクをしているのは何を隠そう僕だ。




「……はぁ、はぁ、はぁ。


あつい……」



なんだかとても不審者な感じがしないでもないが、一先ずスマホに連絡を入れる。



(おはよう、太陽さん。


いきなりなんだけど、外に出れる?


実は今、太陽さんの家の前にいるんだ)



怖いな。



この文面を自分がもらったら、携帯を持った手が震えて、画面の液晶がバキバキになること間違いなしだ。



送信ボタンを押す前に一度、全文を削除して、再度推敲する。



(おはよう、太陽さん。


僕、明夜。


今、君の家の前にいるよ)



怖いな。



シンプルをモットーに削ったら、こうなった。



これでは何かの怪奇現象か心霊現象だと思われてしまう。



ならば。



(おはよう、太陽さん。


朝早くに連絡ごめんね。


今日からジョギングすることにしたんだ。


今、太陽さんの家の近くにいるんだけど、起きてたら会えないかな)



きもいな。



誰だよ、コイツ。



朝ジョギングするとか鬼の所業かよ。



ジョギングしてる最中に太陽さんの家の近くに来たら携帯取り出して、この文面送るとかメンタル鋼かよ。



少なくとも僕じゃないことはたしかだな。



何度も文章を考えては消してを繰り返す。



(おはよう!


外に僕がいるよ!


おいで!)



頭おかしいな。



(やっほー、たいよーさん。


ぼくだよー、めーやだよー。


ちょっと、はなしたいことが、あるんだけどー)



純粋にヤバいな。



納得のいく文章が完成しなくて何度も繰り返していると……。




「あれ?


めーや君……だよね?


どうしたの、うちの前で?」




不意に声をかけられた。



僕のことをめーやと呼ぶのは僕の知る限り彼女しかいなくて、目の前の携帯から目を離さなくても、誰なのかはわかる。




「あ、おはよう。


太陽さん。


……あの、今日からジョギング初めて、たまたま、近く来たから、会えないかな~って」





しどろもどろに切り捨てた文章をそのまま音読する僕は、たぶん、この瞬間だけは誰よりもかっこ悪かったと思う。







当然と言えば当然でそれは川の流れのように、僕は太陽さんとラジオ体操をすることになった。



このラジオ体操も太陽さんが続けていることの一つで、例え明日世界が滅んでも私は、朝のラジオ体操をやるとは前に話していたことがある。



どうして家の前にいたのか現状説明しようとした僕に。




「とりあえずラジオ体操やっちゃうね」




と言った太陽さんは、チャンチャカチャカチャカ~♪チャンチャカチャカチャカ~♪みたいなリズムで、始めてしまったので僕もその隣でやっている。



案外ラジオ体操というものも捨てたものではなくて、最初から最後までしっかりやると、ちょうどいい疲労感と達成感が体を満たす。



早朝の公園でおじさんおばさんがやっているのが、なんとなくわかった。




「で、なんだっけ?」




ふうーと、汗をぬぐう太陽さんはやっぱり可愛い。



体操をするのに髪は邪魔なのか、後ろで結ぶのはなかなか見れないレア太陽さんだ。




「あの、太陽さんに、言わないといけないことが、ありまして……」




潔く簡潔にはっきりと、大きな声で、一息に。




「ごめんなさい!

 

 昨日、嘘つきました。


もう気付いているかもだけど実は今日は土曜日じゃなくて、金曜日です!」 




脚のバネを使い、空中で土下座のポーズをし全力で頭を地面に叩きつける。



傍から見たら、ヤバいやつでイタイやつなのはわかっているが、普通の謝罪ではこの気持ちをどうしても表せないと寝ずに考えた謝り方だ。



ズガンと体に響くのは頭部と腕、膝を地面に叩きつけたことによる痛みだが、そんなことよりも、太陽さんにここで嫌われてしまう方が不安だった。



だが、返ってきたのは僕の予想とはまったく違うものだった。




「ぷっ、あははっ」




太陽さんの笑い声が二人の間に響く。




「めーや君、大丈夫?


頭、血が出てるよ。


もう。


何事だと思って、変にドキドキしちゃった。


とりあえず、消毒と絆創膏しないとだから、うち、あがって」




(??????)




これはどういうことだと意味がわからなくなる。



ただ、太陽さんがうちあがってと言ったからには、僕にそれを拒否するなんて選択肢は当然ない。




「お、おはようございます。


如月明夜です。


朝早くに大変失礼なことを承知であがらせていただきます。


お邪魔します」


「今、お母さんもお父さんも、いないからそんなかしこまらなくて大丈夫だよ?」


「そ、そうなんだ。


もしかして、帰ってきてない?」


「……うん。


なんか忙しいみたい」




実を言うと僕は太陽さんの両親に一度も会ったことがなかった。



何をしている人なのかは知らないがいつも忙しくしているのだけは知っていて。



だからそれをなんとなく知っていたうちの祖母ちゃんはよく、太陽さんをご飯に誘うのだ。




「あちゃー、膝も擦り傷ができてるよ。


もう、あんな派手に行くから」


「いてっ。


ごめん、太陽さん。


でも、この瞬間も僕的にはかなり良い」




持ってきてもらった救急箱から消毒と綿棒を使って殺菌してもらう。



地面に叩きつけた頭部、手、膝にはそれぞれ赤くにじんだ血の跡があって、順に消毒、からの絆創膏が貼られる。




「はい。


これで、OK。


もうあんな風に土下座しないこと!


土下座するなら、ゆっくり座ってすること!


わかった?」


「うん。


今後は、まず、土下座するようなことをしないようにするよ」




メッ!と付きそうな人差し指をこちらに向けるありがたい注意は、やっぱりずれているけど、僕の心の的だけには正確に射ている。




「それにしても、ホントにどうしちゃったの?


めーや君、いきなり変なこと言うもんだから、驚いちゃったよ。


今日が土曜日じゃなくて、金曜日ですって。


ドッキリにしては面白いけど、バレバレだよ~」




救急箱を片付けて、帰ってきた太陽さんはやれやれと零す。



だけど、それをにこやかに受け取れるほど、僕もお花畑ではない。




「いやいや、なに言っているの、太陽さん。


ドッキリじゃなくて、本当だよ。


今日は金曜日、これから学校」




一向に僕の嘘を信じて疑わない太陽さんは、はて?と首を曲げる。



やはり太陽さんの天然は凄くて、論より証拠でポケットのスマホを見せる。




「ほら。


今日は6月29日金曜日」




画面を見せて確認してもらう。



ホーム画面に映っているだろう僕と太陽さんのツーショットの上に表示された時間と日付。



それなのに尚もはて?といっそ先ほどよりも首を曲げる太陽さんは、僕に確認をとるように口を開く。




「めーや君、土曜日って書いてあるよ」




ここまで何か変なことが起きているように感じていたが、おそらく太陽さんが僕に仕返しをしようとしているのだと、はたと気付いた。



最後まで乗ってもいいけど学校に登校する時間を考えるとここら辺が潮時だ。




「わかった、わかった。


僕の降参。


太陽さんには敵わな……」




スマホをくるりと自分の方に向け、時刻を確認する。


やっぱり時間的にも余裕を持っていられるのはこのくらいで。


だけど、そんなことよりも、時刻の上。




「え?」




6月30日(土)。



という表記が僕の頭を混乱させた。







昨日はたしかに木曜だった。



生物の禿の先生が明日は金曜日、卵が安いんだと主婦みたいなこと言っていたし、昨日太陽さんがこれ、面白いよと進めてきた木曜ドラマも三回見たし。



何より今日は、学校帰りに第四金曜だけ開くという伝説のクレープ屋さんで太陽さんとクレープ食べる計画を考えていたのだから。



それなのに。



気が付くと、僕の金曜日は、太陽さんとクレープ食べるはずの金曜日はどこかに消えていた。



意味がわからないまま、一先ず帰ることを告げ、トボトボと家にもどる。



後でお泊りセット持ってめーや君のお家行くからと、元気な声で言われたことが唯一の心の支えだ。



きっと僕はあの言葉がなかったら、自暴自棄になって、ネットでクレープの作り方を見て、プロ顔負けのクレープが作れるまで寝ずに作っただろう。



家に着き戸を開こうと手をかけると、バスンッという最低な音が聞こえた。




「くっ、さいわぁ~。


何喰うたら、こんな臭いになるんや。


あれやな、昨日そこらへんで拾おおてきたザリガニが悪かったんかなぁ。


たしかに、あのザリガニ臭かったからなぁ~」




という、こちらも聞きたくもない独り言を背に家に入る。




「ただいま~」


「おかえり。


明夜、どこ行ってたん?


あんた、こんな朝っぱらから」




既に起きていた祖母ちゃんが朝飯を作りながら聞いてきた。




「太陽さんの家。


空中姿勢形成地面衝突土下座してきた帰り」




正直、僕は今日が金曜日なのか土曜日なのか、混乱していてそれどころではなかったから、変な返しをしてしまったかもしれない。




「うん?


まあ、よくわからないけど、布団どうする?


まだ寝る?」


「え?


学校あるから寝ないよ。


今日、金曜でしょ」


「え?


あんた、寝ぼけてんの?


今日は土曜で学校はお休みでしょ。


ぼけてないで、いいから布団、寝ないんなら片付けて」




やっぱりだ。



祖母ちゃんも今日が土曜日だと思っている。



昨日あんだけ明日は金曜日だから卵が安い日とか言ってたのに。



ていうか、金曜日は卵安いで通っているはメジャーなのか。




「……はーい」




どうやら今日は土曜日。



学校のない休日。



それは認めざるを得ないのだろう。



朝のテレビも今日は土曜日って言ってた。



新聞も。



ネットも。



あの後、何を見ても今日は土曜日だと言っていた。



この世界で僕だけが、今日を金曜日だと信じ切っていた。



それは何だか滑稽に感じて、仲間外れされたぼっちの人間のようだ。



だから、きっと今日が金曜日だったというのは僕の勘違いだったのだろう。



それだけでこの話は終わりだ。



なにも不思議なことはない。



ただ僕が昨日を木曜日だと思っていた。



皆は金曜日を生きていたのに。



それだけ。



それだけ。



それだけの話だ。




「……」




なのに。



それだけの話なのに。



なぜかそれだけの話にできない。



祖父ちゃんだって、祖母ちゃんだって、テレビだって。



新聞だって、ネットだって。



太陽さんだって、今日は土曜日だと言っていたけど。



それでも、直感的に今日は金曜日だとしか思えない。



独りよがりに聞こえるかもしれないし、実際そうだけど。



何かがおかしい。



そう根拠もないのに確信がある。



だから僕は今日、今日が金曜日であることを証明しようと思った。




*******





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