第一話 「三度目の夏と帰宅するまで」 6月28日
高校に入って三度目の夏も、まあ暑かった。
セミはうるさいし、小さい虫は湧くし、しっとりした空気は体にまとわりつくし。
授業中もエアコンなし扇風機アリの教室で誰が集中できるだろうかと、皆ぼけっと黒板の文字をひたすら写していた。
「はい。
今日はここまで。
わかっていると思うけど、しっかり水分補給して熱中症にならないように」
本日最後の数学の授業が終わりわらわらと解散の流れになる中で、僕は一人計画を考えていた。
「おい、きさらぎ、なに、ニヤニヤしてんだよ」
「うるせっ。
お前には関係ねえ」
三年生になってからというものの、僕の交友関係は狭く浅くも広がっていた。
今、話しかけてきたのは……えーと、たぶん佐藤なんとかだ。
両親が口うるさく、妹が一人いることはなんとなく知っている。
クラス的な立ち位置はムードメーカー。
「どうせ、彼女のことでも考えてたんだろ」
「べべべ、べつに。
ちげーし。
そそ、そんなことじゃないし。
今度、二人でどこ行こうとか考えてねえし。
今度の夏休みにデステニー行って、お揃いのカチューシャつけて、おんなじクレープ食べようとか、これっぽちも考えてねえしぃぃ」
「いや、あらいざらい言ったな……。
そこまできいてねえよ……その、なんか、すまんな」
佐藤は誰にでも気安く気軽に特に僕みたいな万年、本の友達みたいなやつでもこうやって話しかけてくれる、いまどき珍しい良いやつだ。
だからときたまこんな風に話してしまうのは僕が緊張しいだから、とかではない。
「まあ、のろけもいいけど、高校最後の夏休みだぜ、勉強の方は大丈夫なのか?」
「問題ない。
この前のテストも生物以外は全て赤点回避だ」
「それアウトだろ」
「生物は満点だから、そもそも赤点どうこうじゃない」
「って、え!?
そういう意味!?」
概ねいつもどおりの会話をして席を立ち、帰りのホームルームを終える。
最近熱中症で運び込まれる高齢者が増えているということなので、気を付けてくださいと言われ席を立つ。
教室を出る際に佐藤に一声かけてから、隣の教室の廊下で待つこと数分。
こちらもホームルームが終わり、一斉に廊下に出てくる生徒の中に彼女を見つけた。
「めーや君。
ごめん、待たせたかな?」
「いまさっき、来たところ」
なんとなくポイント高そうなこと言ってみたりして並んで下駄箱に向かう。
「それにしてもさ、暑いよね、今日も」
「うん。
ほんと暑すぎて足の指とか、もうドロドロだよ。早く家帰って冷蔵庫に足突っ込まないと」
「私も早く冷凍庫の中で寝ないと、腕が溶けて落ちちゃいそう」
冗談めいた意味のない会話は、僕たちの挨拶みたいなものだった。
最初のころに、食パンにジャムを塗るときにバターもつけますか、という謎質問から始まった不思議なやり取りは派生して今なお続いている。
玄関で靴を履き替え外に出るとムワッとした空気が一気に纏わりついた。
「今日もめーや君の家、行っていい?」
「う、うん。
いいよ。
ノー問題。ノー問題」
「やった!
じゃあ、宿題おわったらマリウォやろっ!」
僕の彼女は、同級生の中では高身長で、肌は夏なんて関係ないように色白で、名前のように笑うとさんさんと照らすように明るく眩しい。
普通に生活していて後光を感じたら大抵彼女が近くで笑ったものだ。
「マリウォ~?
僕、あんまり得意じゃないの知ってて選んでるでしょ」
「ふ~ん、知りませーん。
いいからはやく、帰ろ!」
彼女に右手を握られて、駆け足に学校を去っていく。
十中八九どこからどう見ても彼女と彼氏の僕たちは、同級生や後輩の目を気にせずに校門を抜けた。
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