続々・異世界転生し公爵の家督を継いだブスの私。ヒロインでも悪役令嬢でもないのに勝手にイキられ自爆されるのだが……
15年前、皇帝陛下は将来のエリートを早い段階から正しく養成する目的で、宮殿の隣に帝国宮廷学舎と言う中高一貫の貴族学校を建立あそばされた。
入学は義務ではないし、未だ家庭教師を雇う貴族は多いのだが、どうやら最近になって学校の存在意義が見直され、そこに通う事がステータスとなり始めているようだったのだ。
私は重要な要職にあって通う暇などなかったのだが、比較的平穏が続いている上に、黙ってても集まってくる優秀な部下たちが、要職と公爵領をきりもりしてくれるお陰で通う暇が出来た。
──ありがたい。
今の私は部下に戦略的ビジョンを示すだけで良くなったのだ。
そしてこれは、16歳女の子の私が、16歳らしく生きれる限られたチャンスでもあった。
「で、デカい! 本当にこの学校の生徒なのか!?」
「ゾウのように重厚で、サイのような突進力。あ、あれは只者ではない!」
「まるで難攻不落の動く城塞都市ではないか! どうすればいい!?」
「お、おのれ白組め……! あのような切り札を持っていたとはっ……!」
前世では廃止の相次いだ運動会の騎馬戦。この学校は平日の授業に取り入られている。それは自身の立ち位置を再認識すると言う縦社会の理不尽な厳しい教育ともなっていた。だが私はあえて他の生徒を委縮させてはならないと、身分を偽って参加している。
「──白組の勝利!」
「ウォォォォォオオオ!」
勝鬨を上げる白組。最近5連敗を期していた白組は、我慢の守りから一転、反転攻勢に打って出て逆転勝利したのである。私の上に跨る、敵将の鉢巻を奪った御令嬢は言った。
「さすがはガブリエラ様ね。至上最年少の帝国軍元帥は伊達じゃないわ」
「──ん? 私を知っているのか?」
「知っている人は知っているわ。お互い、身分が高いと隠すのも一苦労ね?」
「なるほど。そういうあなたは帝国枢機内閣外務大臣のヒルデガルド御令嬢、か」
「ふふっ、アタリ。今日は気分がいいわ。この後、ランチでもご一緒しません?」
「いいだろう」
私は男爵令嬢で偽る。彼女は子爵令嬢で偽っていた。
私は現役の公爵であるが、彼女は最近外交能力で頭角を現してきたアインスブルグ公爵家の御令嬢であった。
平和になりつつある今の時代に求められているのは、腕力ではなく、外交力である。
彼女は、これからそれを背負って立つ筆頭の娘なのであった。
そこからにじみ出る只者ならぬ空気は隠しようがない。彼女に注がれる視線は、疑念と羨望と、畏敬の眼差しであった。
「流石はガブリエラ様。そうとう目立ちますわね?」
ん? ああ、視線は私にだったか。
「すまない」
「いいえ、むしろ気分が良いですわ。身分を偽っているとはいえ、毎日マウントを取られるのは疲れますもの」
「そうか」
私たちはサンドイッチをつまむ。小さすぎる。おやつにもならん……。しかし彼女は満足そうに語る。
「私は思うの。女は容姿と愛嬌、男は身分と年収とかよく言うけれど、私はそれを重要視しないわ。私が重要視するのは、確かな人間力からくる正しいマインドだと思うの」
まるで経営者みたいな事を言う人だな。彼女は続ける。
「財力はあくまで幸福を手に入れる一つの手段でしかないわ。財力は有るに越したことはないけれど、財力を手に入れる為に幸福を切り売りしたのでは、本末転倒だと思うの」
「ふむ、それは一理あるな」
「でしょ? それに確かな人間力があれば、自然に財力と幸福は付いてくるのではないかしら?」
「ううむ、深いな。そう上手く行けば良いが、本当に同い年か?」
「あら? ガブリエラ様がそれをお言いになられますのかしら?」
「ん? ──ああ、ハハハ」
「うふふ」
そんな話をしていた時、事件は起きた。
「──あ~ら、そこの下級貴族のあなた達? そこは私たちの席よ? どきなさい?」
「そうよそうよ! 早くどきなさい!」
超上から目線の御令嬢と、虎の威を借る狐。見渡すと食堂の席はガラ空きだった。やれやれと私は席を立とうとすると、ヒルデガルド御令嬢は反論した。
「席ならいくらでも空いてますわよ?」
「……はぁ? 私はそこの席がいいの。そんな事も分からないの?」
遠くからヒソヒソ声が聞こえてくる。
(今日は紅組が負けたので、ご機嫌がうるわしゅうないのですわ……)
(やだわ、こわい……)
なるほど。私は雑魚など眼中になかったので思い出すのに苦労した。彼女は紅組の大将だったのだ。
「私を誰だと思っているの? 私は公爵外務大臣の娘、エミリーなのよ? わかった? わかったらほら、早くどきなさいよ?」
エミリー御令嬢は不機嫌そうに机を蹴った。
──は? 外務大臣の娘? おいおい、まさかこいつ……。
するとヒルデガルド御令嬢は眉をピクッとさせるも、どうにか怒りを飲み込んで踏ん張った。
「はぁ……それもそうね。下らない事に時間的リソースを割くのはもったいないわ。さぁ行きましょ? ガブリエラ様?」
「ん? ああ……」
私たちは身分を偽っている。相手は一応公爵令嬢。ここは退いて他に示しを付けなければならない。
私は軍で可愛く育てられているので、この程度の我慢朝飯前なのだが、いつの間にか食堂は野次馬に取り囲まれ、陰りの差した雰囲気になっていた。
しかしご満悦になり、笑みをこぼすエミリー御令嬢。
すると食堂に繋がる廊下から“キャ~! ウソ~!”と、アイドルでも来たかのような騒ぎが起きた。
何事かと視線が集まるとそこには、
「よう! ガブリエラ! 久々にここに来たが、男子が少なくお花畑の様で参ってたんだ! だけどガブリエラが居てくれて助かったよ!」
──アルベルト皇太子殿下がいた。
「お? これはフロイライン・ヒルデガルドもご一緒か。ごきげんよう!」
「──こ、これは皇太子殿下!」
(※フロイラインはドイツ語で、お嬢様の意)
「フロイライン・ヒルデガルドのお父上、帝国枢機内閣外務大臣のハインリヒ卿は最近相当でね~。ま~た紛争する異国を仲介して和平に導いたぞ。俺達帝国も、彼の弁でどうにかなってしまうんじゃないか? ──これは暇になりそうだな、ガブリエラ元帥閣下! ハッハッハ!」
「アルベルト皇太子殿下……」
あ~あ。皇太子殿下は私たちの素性を、おバラシたもうあそばされた。野次馬は自称外務大臣の娘エミリーを見た。
「えっ……えっ……うひぇぇぇええええええぇぇぇえええ!?」
「え、エミリー様? こ、これはどういう……」
虎の威を借る狐は疑念を抱いた。アルベルト皇太子殿下はお尋ねあそばされる。
「──お? どうした?」
「あ、いえ……エミリー様は外務大臣の御令嬢様……と、お聞きしたもの、で……」
「うぇ? 可笑しいな……。外務大臣は二人もいないぞ? ん?」
「あ、あ、あわ、あわわ……」
「お、そうだ! 外務大臣の御令嬢様なら、外国語の一つも言えるのではないか? 何か言ってみ?」
「──えっ!? えぇ!? え、えぇぇ!?」
「ほら、優しくしてあげるから」
「ア、ア、アイアムエミリー。ディス、イズ、ア、ペ、ペン……」
「──ん? I beg your pardon?」
「え!? え!? う、うわぁぁぁぁぁぁあああ!! ひぃぃぃええええ!!」
エミリーは逃げ出した。アルベルト皇太子殿下はご心配あそばされた。
「え、俺……なんかマズい事しちゃったか……?」
その後、校内調査が行われ、彼女の本当の身分はレッドシャーム男爵の御令嬢だとわかった。
父であるレッドシャーム男爵が学校に呼び出されて事情聴取されると、動機は、外務大臣の御令嬢は出張も多く学校にいる時間が殆ど無いのを利用して、偽って偉そうにしたかったから、だそうな……。
ほんの出来心らしい。むしろそのメンタルを賞賛したい所だが、学校中の生徒にそれが知れ渡ると、彼女は非情なスクールカーストの泥水をすする事とになってしまったのである……。
普通に男爵の御令嬢であれば、見下されてもそこまではされなかっただろうに……。
見かねた校長は救済策として私に、偽りのエミリーを私の侍女として働かせ保護する様に嘆願した。どうしていつも私がやんわりと尻拭いなのか? まぁいいが、
──おかげで、私たちは望まぬカーストクイーンへ君臨する事となってしまった。
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