祖母の残したもの
フィクションです。
更新は亀時々兎になる予定。
プロローグ
祖母の残したもの
祖母が亡くなった63歳の誕生日前、亡くなるにはちょっと惜しい気がする。
癌だった、昨年夏手術しいったんは帰宅できたのだけど4月に再入院、そのまま自宅に戻ることは叶わなかった。
入院前に「もし帰ってこれなかったら納戸の奥に仕舞っているスーツケースを処分して欲しい」と頼まれた。「中身は死んだ後なら恥ずかしいとか無いから読んでも良いよ」とも言われた。
我が家は完全二世帯住宅、両親と私と弟が住む母屋と祖父母の住む離れは向き合った勝手口で行き来ができる構造だ。私は祖父母に連れられてキャンプに行ったりするのが大好きな典型的な三文安みたいな子供w。
今日そのスーツケースを納戸から引っ張り出して中身を確認した、もちろん祖父も一緒だ。
中に仕舞い込んであったものは、日記帳が5冊+ノート2冊と手紙の束。日記の書き出しは昭和49年6月。手紙は昭和50年~55年のもの、年毎に受け取った順に纏められていた祖母らしく整理されていた。そして差出人は、祖父。
綺麗に整理されて仕舞われた手紙の束を見て祖父は「こんな物、残していたのか」と呟いた。「半世紀も前の遺物だぞw 手紙なんか大学生の儂が高校生の婆さんに書いたものだ、これは照れるぞ。お前読むなよ」と呟きは続いた。
「読むなと言われても祖母が許可済みだ、読むに決まっている。
祖父母の恋の歴史か、交際が始まったのが祖父が高3祖母高1の6月、その後祖父が北海道の大学へ進み祖母は2年後岡山の看護専門学校へ、随分遠い遠距離恋愛を経て祖母の卒業後2年で結婚、祖母23歳祖父が25歳。7年の交際期間か、でも離れ離れで良く続いたものだと思う。
祖父がどうしても自分が祖母に宛てた手紙は読まれたくないと駄々をこねる。そんなに照れ臭い文言をつられているのかな。仕方ないので祖父が出した手紙は諦めよう、多分日記の方で補完できるんじゃないか。
がぜん興味津々、決して野次馬根性だけじゃないよ。だって祖父母は年をとっても手を繋いでデートするくらい仲が良かったのだから。
その辺も含めて祖父からいろいろと話を聞かせてもらおう。
でも祖母は何故自分で処分しないで私に託したのだろう、「読んでも良いよ」この言葉に込められた意味はなんだろう。読んでも良いと言われて読まずにいられるわけなど無い、読んでくれと言っているようなものだと思うけどな。
勝手な想像だけど、たぶん大好きな祖父に若い頃の二人を思い出してもらいたいのだろう。