第八幕 「演《や》ります」
一話短め、間隔広めの読みやすさ重視の作品になっておりますので、苦手な方はブラバ推奨です。
早速何かを始めようとする苦無先輩を俺は慌てて止めようとする。
「いやちょっと待ってください! 動画部の説明くらいは……」
「動画を作って配信、以上」
はええええええええええええええ!
「いや、もうちょっとなんか……」
「わっがままだなあ」
わがまま!? 俺、今、わがまま!?
「キャハハハハ! アクトー、今すっごい顔してるよ! ちょーウケる」
耳障りな高音ボイスで七八十先輩が笑う。口角上げるのがやっとだわ。
「まあ、アチシがちゃんと説明してあげるよ。この部の活動は、クナイセンパイの言った通り、動画を作る事。私たちがやりたいのはエンタメ系でそっちをメインにやってはいるのね。オーケンが色んなことに挑戦したり、生徒の投稿を読んだりするトークバラエティ的なのとか」
テンションと声の高さに似合わずしっかりとした説明をしてくれ七八十先輩。
なるほど、俺のイメージにある〇―チューバー的な感じか。
「でも、それだけじゃ学校に部としての許可が下りそうになかったから、学校のPR動画とか、地域のイベントを紹介する動画を作るっていうある意味ボランティア的な? 動画作成も請け負うっていう表向きのヤツがあるわけよ。あ、いのだいシリーズとかは裏でやってるからせんせーとかには言わないでね」
あ、意外と真っ当なこともやってるんですね。
っていうか、いのちをだいじにシリーズはいのだいって言われてるんですね。
「んで、今回は、ウチの新入生歓迎企画として、『新入生攫ってみていきなり男女でロミオとジュリエットやらしてみた!』っつー動画!」
はい、やべええええええ! 新入生攫うし、新入生歓迎なのに新入生にやらせるし、思春期真っただ中で男女ペアとかヤバいし、しかも、
「え……? ロミオと、ジュリエット?」
どくん!
俺の心臓が中から俺の身体を思いっきりぶん殴った気がした。
「まあ、正確に言うと、今回、君たちに挑んでもらうのはコチラ! 『自称ロミオと、ジュリエット』だ!!」
クナイ先輩の説明によると、ロミオとジュリエットのパロディで、ロミオとジュリエットの世界の物語に転生した男が男主人公。
思い込み激しい主人公がまるでロミオのような振舞をするんだけど、ロミオとでは顔の次元が違う。
何をやってもダサい。そのダサさがコメディとして笑いを誘う。
そういう話らしい。
けど、
俺の内側で心臓がぼっこぼこに俺を殴り続ける。
吐きそうだ。
ロミオとジュリエット……やるのか?
俺は、ロミオとジュリエットは……
「あ、あのー、俺、やっぱ最初は見学とかさせてもらえませんか?」
「はあ!? なんで急にビビってんのよお!? オウオウアクトよお!?」
きばちゃん先輩が、オラつきながら迫ってくる。
ただ、きばちゃん先輩はほぼ二頭身キャラ的存在なのでただただかわいい。
でも、言わないわけにはいかないよな。
この先、この部でやっていくなら。
「あー、その、俺『ロミオとジュリエット』に嫌な思い出てんこもりでして……中学の文化祭で一人芝居でやってどんスベリして拍手なしの舞台やっちまったりとか、その、演劇部さっき追い出されたんですけどその時やってのもロミジュリで……」
「それは……!」
何故か慌てて潮時さんがフォローを入れてくれようとするが、それを遮るように苦無先輩が俺の前に立つ。
猫背で俯いている俺だと少し低くなり、苦無先輩を見上げる形になる。
苦無先輩が腕を組みながら、色素薄い綺麗な目で俺を見下ろしながら言う。
「どんな演技であれ、全力で臨んでくれるのなら、私は君に全力で拍手をするつもりだよ」
……!
え?
あれ?
なんだろうか。
この感情は。
不思議だ。
めちゃくちゃ身体の中が熱くなっている。
今の、言葉で?
まるで何年も、いや、生まれてからずっと俺が探していた様な言葉だ。
芸能界で活躍できなかった両親から生まれて、
ただただ苦しく褒められることもなかった子ども劇団時代を過ごして、
天才達を嫉妬の目で見て比較し続け絶望する中学を卒業して、
追放された。
俺は何がしたかったんだろう。
その答えは多分これだ。
俺は、ロミオとジュリエットが怖いんじゃない。
俺は、『俺の頑張りを認めてくれなかった』ロミオとジュリエットの舞台にまた立つことが怖いんだ。
俺は、俺の頑張りを認めてもらいたかったんだ。
両親の叱責や慰め。
子ども劇団のライバルやその親たちの睨みつけるような目。
俺を見ようともしない天才達のずっと前だけを見ているような顔。
文化祭での沈黙の客席。
そこには俺の信じていた俺がみんなの瞳の中にいなかった。
頑張ったはずの俺がいなかった。
一生懸命勉強して練習して努力して頑張って頑張って頑張って頑張って泣いて頑張って頑張って頑張った俺の求めた結果の一つも在りはしなかった。
役不足。
俺の『役』者としての力が不足している。
その一言で終わった。
けれど、この人は、本当に、何があっても、拍手してくれる。
ずっとビビってたあの確信しかないような目が、今は嬉しかった。
なら、今言うべき台詞は決まってるだろう。
「演ります」
そして、俺は、俺の人生最大の悲劇の物語『ロミオとジュリエット』の舞台に再び立つ。
役不足だとしても、全力で。
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