第四幕 「これはブサメンの意地ですよ」
一話短め、間隔広めの読みやすさ重視の作品になっておりますので、苦手な方はブラバ推奨です。
俺は体育館に一人きりで立っていた。
誰も来ない。
わけがわからなかった。
なんで?
職員室に向かう間も、俺はぐちゃぐちゃに頭が掻き混ぜられてるようで、絶えず痛みに襲われた。
職員室でペン回しをしながら日誌を読んでいる顧問を見つけ聞くと、吐き捨てるように教えてくれた。
もっと実力を付けるために休部させて欲しいと全員が言ってきたそうだ。
ふざけるな。
そんなの言い訳だろ。
俺がそんなに邪魔なのか。
俺は初めて文字通り怒りに震えた。
震える拳を見たら笑えてきた。
こんなに感情は出せるのに、俺は演技が下手なのかと。
そして、そんな下手な俺の熱い言葉なんてただただクサいだけだったんだろうな。
休部って言うのが余計笑える。
俺がやめたら帰ってくるつもりだろう。
「ああ~、文化祭は発表なしか……校長にも全国レベルの演劇楽しみにしているよって言われたのになあ」
じとーっと顧問が睨んでくる。
練習も見に来ないお飾りの顧問の癖に。
けれど、そんなお飾りの顧問でも分かるのだろう。
俺のせいでみんなが休部したんだと
俺は腹を決めた。
「先生、文化祭の演目俺にやらせてもらえませんか?」
「はあ? お前ひとりで?」
回してたペンを落として漸く顔ごとこっちに向けた顧問の顔は馬鹿を見るような顔だった。
いや、間違ってはいない。
俺は馬鹿だ。天才に追いつけると勘違いした、いや、勘違いしている馬鹿だ。
「もし、俺の演技がショボかったら、俺、演劇部辞めます」
そこまで言うとは思わなかったのだろう。
顧問は目を見開いて固まっていた。
そして、ようやく口を開くと、
「お前、いや、そこまでは……それに、お前、こう言ったら……ごめんな、お前、そこまでのイケメンじゃないし、ショボかったらってそんな約束しない方が」
同じ非イケメン枠の先生が心配してくれた。
これは同じ非イケメン枠だからこそ通じ合えるシンパシーだろう。
初めて、目と目で通じあえた気がする。
「先生、これはブサメンの意地ですよ」
「微妙~! 微妙阿久人、自分を卑下するな! お前は、ブサメンなんじゃない! 俺と同じフツメンだ! 自信を持て!」
先生は不思議な励ましをしてくれた。
正直、俺は先生のことをブサメンだと思ってしまっていたので、言葉に詰まったが、それでも、何かを勝手に読み取った先生は、「フツメンの意地を見せてやってくれ!」とまるで自分がフツメンであるかのように、俺の背中を叩いて応援してくれた。
俺は、文化祭で、一人芝居に挑戦することになった。
演目は有名な『ロミオとジュリエット』。
なんでもよかったが、母親が一人で芝居することになったと伝えたら、一人芝居用の台本としてこれを貸してくれたからだ。
そして、ヨロズが貸してくれた演劇の本で培った知識をフル動員して、一人で芝居を作り上げた。
まあ、どちらにしても一人だ。
だから、最初と最後に照明が変わる位で、音響もなし。セットもありものでなんとかした。
アイツらの作り上げた舞台に比べたら月とスッポン、いや、ありんこだ。
それでも、俺はやりたかった。
せめて、俺の思いだけでもアイツらに届いてほしかったし、それに、もしかしたら、俺の中に眠る演技の才能が急に目覚めて、スタンディングオベーションとか貰えるくらいのすげー演技が出来るんじゃないかという中学生らしい希望があったからだ。
一人で練習し、一人で反省する日々。
アイツらにはLIMEで見に来て欲しいと伝えた。
「分かった」「ウチ、楽しみにしてる!」「ちょっと見るのが怖いけどでも絶対に行く」「どうでもいいけどあんた怪我とか病気だけは気を付けなさいよ」「ごめんな、頑張れ! 応援してるからな!」「ボク、差し入れ持っていくね!」
それぞれが応援してくれた。
それが本心かどうかは分からないけれど、本心であってもなくても今は、俺のエネルギーに変わってくれる。
ただ、ユメだけは既読がつくものの何も返してこなかった。
本番当日。
体育館は大盛況だった。
なんせ、地区予選敗退常連からいきなり全国大会出場という噂の演劇部の公演だ。
期待値は半端ない高さだろう。
残念ながら全国に導いた天才はおらず、ショボい男子が一人で芝居をするんだ。
みんなガッカリするだろう。
でも、俺もただぼーっと日々を過ごしてたわけじゃない。
本当に、本気で、努力してきた。
奇跡を、起こしてやる。
幕が上がる。
最前列には天才達。
いや、ユメだけは体育館の一番奥入り口付近で腕を組み仁王立ちでこちらを睨んでいた。
見てろよ、これが俺のすべてだ。
そして、俺の一人きりの『ロミオとジュリエット』が始まった。
一人舞台だ。
休む時間なんてない。
ロミオを演じ、ジュリエットを演じ、他の登場人物も演じる。
無我夢中で演じ続け、最後までなんとか辿り着く。
やり切った!
俺は俺の持つすべてを出し切れた!
ミスなんてなく、今までで一番の会心の演技だった!
唯一、失敗だったのは、最後照明が落ちるのが遅かった。
まあ、文化祭委員会がボランティアでやってくれてるんだ文句は言わない。
けど、そのせいで見てしまった。
拍手もなく、無言でじっと見ているだけの観客たち。
俯く最前列の天才達。
そして、早歩きで去っていくユメの後ろ姿。
そこで、照明が落ち、真っ暗になった。
拍手はなかった。
カーテンコールが残っていたが俺は耐えきれず、逃げ出した。
バカだ! 俺は本当にバカだ!
天才達に囲まれて、自分も天才に突然変異してると思ったのか!
無様! あまりにも無様!
体育館を出た俺はそのまま、学校を飛び出した。
道行く人がこっちを指さしていた、笑っているようにも見えた。
衣装のまま飛び出しているのだから当たり前だけど、それでも、俺にはあの舞台を、俺の全力の舞台を否定されているような気がして、泣きたくなった。
家に飛び込み、部屋に入り布団をかぶり、思いっきり叫んで泣いた。
中学生の心なんて脆い。
俺は、学校に行けなくなった。
何もかも怖くなり、SNSは勿論、LIMEも見れなくなった。
先生や、学校の友達、あの天才達も来てくれたみたいだったが、誰とも会えなかった。
怖かった。
俺は母親の優しさに甘え、自分の部屋でただひたすらに映画を見て過ごした。
俺はそのまま中学二年を終え、そして、一回目の中学三年を留年する。
お読みいただきありがとうございます。
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