第十四幕 「どうしてあなたはロミオなの」
ざっくり人物紹介。
微妙阿久人自覚無き超天才役者。ブサメン寄りのフツメン。
潮時信女アクトを動画部に誘った同級生。サイドポニー栗毛美少女。
吝苦無動画部部長。ふんわりロングダイナマイトボディ。
吉賀王剣動画部マスコットキャラクター。ほぼ二頭身。
広井結女演劇部エース。アクトに「お前が私の相手役? 役不足だ」って言った人
「私が、ジュリエットだったはずなのに!」
どいうこと?
部室の入り口でユメがこちらを睨みつけている。
黒髪ポニーテールで凛々しい彼女が睨むとかなり迫力がある。
部活での衣装のまま来たのだろう、ドレス風の黒いワンピースが彼女の迫力を高めている。
そして、こちらにズカズカと近づいてくる。
さて、どうする?
手前から視線を感じる。苦無先輩だ。
うっすらと笑みを浮かべながら、小さく頷く。
続けろってことか。
俺は小さく鼻から溜息を零れさせ、思いっきり吸い込み胸を張る。
状況整理。
俺はロミオ。自分を優れた男だと勘違いしている男。
右には、潮時さん演じるジュリエット。バルコニーから俺に別れを告げた。
自分の芝居を邪魔されたのが悔しいのだろう。隣から妖気を感じる。
正面から近づいてくるユメ。『私がジュリエットだったはずなのに!』と叫んだ。
何故かかなり怒っている。が、この状態ならいつもの棒読み演技はしなさそうだ。
それに、ロミオとジュリエットは、元親友の大好きな作品で、何度も色んな解釈で、また、天才作家の素晴らしいアレンジで、ユメは何人ものジュリエットを演じている。
何人も……
なら、引っ掛けるか。
「何か言うぞ」
近づくユメを見つめながら俺は小さく囁く。
この台詞は、このシーンの冒頭。
ジュリエットがバルコニーから空を眺めるシーンのロミオの台詞。
小さく凝縮された言葉。
場を静まらせ、空気を変える為の言葉。
どうだ。
ユメが硬直する。
アレはユメの癖みたいなもので、物語に入る時に一度びくりと震える。
「おお、もう一度口をきいておくれ、輝く天使よ、—」
俺は台詞を続ける。
台詞は原作通りでも、こんなシーンは勿論ない。
大体、このシーンは対面しているわけではない。
それに何より、横にもう一人ジュリエットがいるなんてありえない。
けれど、今は、場を整えるのが先決だ。
ユメなら、天才演劇少女なら、乗ってくる。
俺の台詞がもうすぐ終わる。
その間、ユメはじいっと俺をその真っ黒な瞳で見つめてくる。
おう、天才さんよ。漸くか。漸く俺はお前と同じ舞台に立てるのか。
さあ、来いよ!
「ああ、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの」
乗った!
あの天才演劇少女が俺の演技に!
『ああー、ろみおー。あ、あな、あなたはどうしてろみおなのー』
何度も何度も棒読み演技で返された。
役不足だと言われ、相手にされなかった。
けど、
今日漸く『お前』に会えたな。『最強天然演劇少女』広井結女!
ユメは、中学校時代ぼーっとした女だった。
ただ、背が高いし、姿勢はいいし、顔が凛々しいため、周りからは物静かな大和撫子みたいな評価を受けていた。
ただし、天才共と俺は知っている。
彼女はドがつくレベルの天然だ。
通学路を間違えて何故か家に帰ったことがあるし、鞄ごと忘れて学校に来たこともある。
何故か彼女の凛々しい、堂々とした雰囲気に周りは深読みして、何か意味があるのだろうと教師でさえ突っ込まなかったが。
演技以外に興味がなく、持っていた服は制服とジャージ。見かねたヌイが無理やり買わせた3パターンを本当に永遠にローテしていた。
普段の会話すら興味がないから言葉数が少ない。けれど、やっぱり周りが深読みして、色々世話を焼くから、天然ボケによる失敗は起きたりしない。
ある時、演劇部の誰かが言った。
『普段から演じればいいんじゃね?』
そして、天才共プラス俺で、出し合った無記名のアイディアからユメが偶然選んだのが、俺の『しっかりポニーテール剣道少女』だった。
特に考えがあったわけでなく、単に当時はまっていた漫画のヒロインを挙げてみただけだ。
しかし、翌日からユメはしっかりポニーテール剣道少女を完璧に演じてみせた。
ちなみに、剣道部には勿論所属しなかったが、体育館の素振りを見て勧誘される位上達した。なんでだよ天才。
天然、そして、純粋。
だからこそ、台本の中にストレートに飛び込める。
純粋だから、役をそのまま取り込める。
天然だから、出来ないかもなんて不安もない。
己を透明に出来る完全憑依型役者。
それが、広井結女なのだ。
真っ黒でけがれ無き瞳。
こちらをしっかりと見据えながらの台詞。本物のロミオとジュリエットにはない。
俺達の物語を紡がなきゃいけない。
ヒリヒリする。
勿論、これは録画だし、失敗なんてしてもかまわない。
けれど、ファーストテイクだからこそ生まれる化学反応が間違いなく今ここにある。
「お父さまと縁を切り、その名を捨てて」
本来はバルコニーでの独り言。
ただの願望を声に出すだけの少女。
けれど、今は違う。
真っ直ぐこちらを見据え、しっかりと己の欲望を伝える女がいる。
「それが無理なら、せめて私を愛すると誓って」
まだ出会ってそんなに時間も経っていない。なのに、ここまで踏み込む傲慢な女。
全ての整合性を取る為のキャラクター像を、その純粋さで作り上げようとしている。
そんなことが出来るのか。彼女なら、ユメなら出来るのだ。
「そうすれば、私はキャピュレットの名を捨てましょう」
傲慢な女。
俺にストーリーを、世界の構築を丸投げし、自分の役を全うしている。
わかったわかった。
じゃあ、ついてこいよ。
「名を、捨てましょう? この、言葉はさっき、彼女が言った言葉。あの、バルコニーの……彼女は、ジュリエット?」
俺は、潮時ジュリエットの方を見る。
彼女は相変わらず凄い妖気を放っている。ぬらりひょんかな。
けれど、俺と目が合うと、自分こそがジュリエットだと強く小さく頷く。
流石、潮時さん。しっかり合わせてくれる。
「いや、先ほどきみも『ジュリエットだったはずなのに!』と……」
さっきの音声もばっちりカメラに入っている。
なら、活かすのも面白いだろう?
さあ、仕上げだ。ユメ、頼むぞ。
「きみも、ジュリエット、だった、のか」
ユメの瞳は揺らがない。ただ、少しばかり輝いているようには見えた。
「……そう、ジュリエット、だった女。名を捨てた女。全ては捨てられた過去の話」
俺の出したヒントから求めている百点の答えをくれるユメジュリエット。
どの言葉に重みがあったのか、彼女の透明な感受性はいとも簡単に見破った。
あえて、反復した言葉。
そして、そこに俺が込めた意味。
曖昧なロミオの記憶。名前を捨てたジュリエット。もう一人の名前を持つジュリエット。
全てを見透かす瞳を持った天才演劇少女がそこにいた。
お読みいただきありがとうございます。
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今回の『ロミオとジュリエット』は、
作:シェイクスピア 訳:河合祥一郎 『新訳 ロミオとジュリエット』から一部引用させて頂きました。




