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第十一幕 「人の傷見て笑うのは、傷の痛みを知らない奴だ」

Side.Audience




「人の傷見て笑うのは、傷の痛みを知らない奴だ」


有名なバルコニーのシーン。

ロミオが苦しさや喜び、様々な入り混じる複雑な感情を抑えながら言葉を紡ぐ。

そこには、若き貴族の美青年ロミオが敵であるキャピュレット家の屋敷近くの庭に『居た』。

ジュリエットに会いたいがために危険を冒してまで忍び込んだ愛の燃えるロミオが確かに『居る』のだ。



「おいおいおい、ほんとアイツどうなってんのよ……」


吉賀が顔を引き攣らせながら演じている二人を、いや、一人を見つめる。


そのロミオは普通だった。いや、正直ちょっとブサイクに入るくらい『だった』。

いつの間にか、顔が変わっている、ように見える。


「アイツ、あんなにイケメンだっけ?」


「やばい、かっこいー」


七八十も悪戯っ子のようなニヤニヤ顔が消え失せ、舞台のロミオに釘付けになった。


ロミオは美しかった。

所作は貴族を思わせる気品を漂わせ、優雅で流麗、そして、紳士だった。

端々に、ジュリエットそして周りへの気遣いを見せ、それがジュリエットだけでなく七八十の心も高揚させる。

そして、力強く凛々しく美しい。

小さい垂れ目の男子高校生が貴族の中の貴族に生まれ変わったのだ。


「なんでなんでなんで? こんなになる? ウケる……!」


「あれこそが彼、天才を超える『超天才』微妙阿久人なんだよ」


苦無は、腕を組み真っ直ぐ舞台を見据え笑っていた。


「超天才? アイツが?」


「色々と積み重なったせいで自覚はないけどね」


苦無は苦笑しながら答える。

吉賀は『なんでそこまで知ってるんだ?』と首を一瞬傾げたが、『苦無ならあり得るか』とすぐに舞台へ視線を戻した。


「動きひとつひとつが日本舞踊みたいに洗練されていて美しい。その美しさが、彼そのものを美しく見せる。かっこよさなんて結局、内側からにじみ出るものだとあの姿を見ればより実感させられるね」


「いやあ、驚いた。彼だけ別次元にいるみたいですね」


吉賀達が視線をふと横に見やると、爽やかな好青年が微笑みながら立っていた。


「アッカン、帰ってたんか」


「うん、『用事』も終わったし、俺も苦無先輩の言う超天才の演技が見たくて、けど、これは……マジでヤバいね。なんであんなに彼には違う世界が見えてるんだろう」


「ん? どゆことよ?」


吉賀が首を傾げながら、圧巻の言葉を待つ。


「んー、分かりやすく言うと、例えば、目。目の筋肉をコントロールしてまるでこの空間が庭であるかのように見せてるんだよね。ほら、遠くのものを見る時と近くのものを見る時って目の力の入れ方って変わるでしょ。彼には、広々とした庭、聳え立つ屋敷、そのバルコニー、月明りで見えにくい庭と明かりのついたバルコニーの違い、それらが見えているかのような眼筋の使い方をしてるんだよ」


「いやいや、んなことが……」


「一流女優になると汗腺を閉じることが出来るらしいぞ」


吉賀が否定しようとすると苦無が遮るように口を開きまた笑う。

その確信しかない笑顔を見て、再びアクトに視線を戻し、ごくりと喉を鳴らす。


(たしかに、目を良く見れば、細かく動いてる気がする……! マジかアイツ!?)


「でもさ、そんなうまい人と一緒なのにノブメーどんどん下手になってない?」


七八十が心配そうに信女を見る。

しかし、その七八十の言葉は間違っており、信女は何も変わっていなかった。


「彼女は何も変わっていない。変わったのは、私たちの目と、彼への評価さ」


苦無は寂しそうに舞台の二人を見つめる。


「圧巻が言ったろう。彼は、次元が違うんだ。演技なんて正解がひとつでなさそうなものであっても、ああいう風に強烈で洗練されたものを見せつけられたら、正解となり、そうでない演技を間違いに見せてしまう」


「でも、前に言ってた転校生は、天才で他の人のレベルを上げてくれるって、うまい役者だって、クナイパイセン言ってたし」


「野球の下手な小学生に見本を見せるなら、同じ小学生の上手な子と、大リーガー、どっちを見せる? そういう話さ。まあ、彼本人が自分の実力を誤認してるのも原因なんだがね」


信女の演技力も低くはなかった。

実際演劇部でも即戦力と言われていた。(「体験しに来ただけなので」と慌てて断って出てきたが)

それでも、阿久人との差は歴然だった。

広井結女との共演のような棒読みではなく、ちゃんと真正面からやりあうからこそ、違いがはっきりしてしまったのだ。


「彼はまだ自分の演技の凄さが分かっていないんだ……『役不足』。正しい意味でね。彼の相手になる『役』としての実力が『不足』し過ぎているんだ。まあ、潮時くんには悪いけど、いい経験にはなっただろう。頃合いだ……今日の収録は終了しよ……」


そう言いかけた苦無は言い知れぬ気配に言葉を途切れさせる。

信女の目は、阿久人の実力が分かっていながら、まだ諦める様子ではなかった。

それどころか、命を賭けているかのような決意をした目で芝居を続けている。


(私は……! あなたをもう一人にしたくないから! 諦めたくない!)


「く……くははは……! これは予想外だった。そうか、やはり君は彼を追い続けていたんだね。ならば、続けよう。”Show must go on”……楽しませておくれよ」


そう呟くと、苦無は口元に手を当て、舞台を見つめる。

この物語を盛り上げる次の悪戯な神の一手を探して。

お読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただければ何よりです。


よければ、ブックマークや評価をお願いいたします。


今回の『ロミオとジュリエット』は、


作:シェイクスピア 訳:河合祥一郎 『新訳 ロミオとジュリエット』の台詞を引用させて頂きました。

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