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26:地雷女観察が趣味という男

「父さんはあの女に甘すぎる」

 タクミくんはめちゃめちゃに不機嫌そうな様子で、パテが三枚はさまったハンバーガーにかぶりついた。今日はユキノリさんが別件のミーティングでどうしても都合がつかなかったため、アラタくんがタクミくんの『お迎え』に行った。もうあのストーカーの心配はないだろうと思われているが、念のためにしばらく誰かしら大人が迎えに行けるときは行くようにしている。

 学校からの帰り、タクミくんが「腹減った」と訴えるので、ハンバーガーショップに立ち寄った。アラタくんは食べ盛りなのか、最近ものすごくよく食べる。アラタくんにも多少覚えがある時期だ。常に何か食べていても平気な動物みたいな。


「あの女って『メイちゃん』?」

「そう。おれは嫌い、ああいう女」

「女っていわない。まぁ中身はどんな人間かなんてわからないけどね、オンラインなんて」

「それはそう」

 タクミくんが自分の年齢や学校のことをネット上で言わないように。アラタくんやユキノリさんが自分の仕事について言及しないように。己の情報を無駄に露出することで自分を理解してもらおうとする手段に出る人間もいるが、リスクが大きい。

 自分で情報発信しなくても、タクミくんは祖母の迂闊なふるまいで危うい目に遭いかけたが。


「でも、ユキノリさんはたぶん、ああいう女の人を見ているのは好きなんだよ」

 アラタくんのことばに、タクミくんは「ハァ?」とおかしな声をもらし、ついでにバンズにはさまっていたピクルスを皿の上に落としてしまう。

「うちの母親がああいう感じだったからね、たぶん」

 アラタくんの物言いがしみじみしていたせいか、あるいは単純にあきれたのか、タクミくんはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「それでいったら、オレの母親もああいう感じだよ」

 そうだね、と賛同しづらく、アラタくんは苦笑した。考えてみれば、アラタくんにとってユウコさんはおかしな存在だ。なにしろアラタくんにとって、タクミくんの母親は雇用主で上司なので。そして恋人の元妻である。面倒くさい人間関係を煮詰めて、ぎゅっと丸めたらそれがユウコさんだ。


 ユキノリさんがどうして、ユウコさんと籍を入れ、タクミくんという子供をもうけたのか、アラタくんは彼に尋ねたことはない。それはユキノリさんが生きてゆく上の選択のひとつで、何より、アラタくんと出会う前の人生の話だから。過去は変えられらないし、変わらない。ゲームみたいに「さいしょから」のやり直しはできないから。だから「今」のユキノリさんを、たくさんの経験を経て、選択をし続け、そうしてアラタくんの目の前に現れたユキノリさんを、好きだと思う。

「だけど、ユウコさんには感謝してるよ。おかげで、タクミくんがいまここにいるんだから」

 タクミくんは、ハンバーガーの最後の一口を咀嚼しながら、神妙な顔でうなずいただけだった。


 タクミくんを家まで送り、遠くもないので徒歩で会社に帰る。川沿いをゆるゆる歩く。夕暮れちかく、夜がもうすぐ来ますよという顔をしている空気の中、歩きながら考えた。

 ユキノリさんはたぶん、満たされていないひとが好きなんだろう。自覚のあるなしにかかわらず。足りなくて足りなくて、悲しくて昂って怒り、泣いてしまうようなひとが。満たされているはずなのに、まだ足りないと泣きわめく欲深さが自分にあるかな、とアラタくんは思い返す。全部、たぶん、あの子供だった日に、あるいは母親が死んだ日に置いてきてしまったはずだ。

「ごめん、代わりにありがとう」

「あれ」

 はたと気づくと職場ビル一階のホールだった。まばらに帰宅していく人の間に、ユキノリさんの姿があった。

「すみません、一緒に軽くメシ食べてて、遅くなりました」

「どうせタクミが腹減ったって騒いだんだろう、助かるよ」

「昼休憩とれてなかったんで、逆にありがたいです」

 ユキノリさんがエレベーターの呼び出しボタンを押す。間もなく箱が下りてきて、ふたりで吸い込まれる。

「新しい方のメイちゃんをかまうのって、罪悪感からですか」

「罪悪感?」

 幸い、開いたドアの向こう、エレベーターホールから廊下は無人だった。セキュリティキーがなければ通れないドアの向こうがオフィス。ユキノリさんは考え事をするときいつも顎に手をやる。無精ひげもない、なめらかな顎。

「違うな、観察だよ」

 ああ、とアラタくんは納得した。そうだ、こういう人だった。

「面白いところ、ありましたか? メイちゃん2号は」

「そうだね」

 ゆるい歩調で執務用のスペースに向かう。


 たぶん、ユキノリさんは『観察』の一環でユウコさんと婚姻した。そして子を作った。女性の体には欲情しないのに、それを上回る残酷なまでの好奇心が彼の内部で渦巻いていて、彼の人生が大なり小なり乱れることなど承知のうえで。

 だからユキノリさんが「メイちゃん2号」に関心を抱くとすれば、「面白い対象」としてだ。おそらく、若かった頃、十代のユキノリさんのそういう志向を固めてしまったのはアラタくんの母の一件なんだろう。

「メイちゃんは、きみのお母さんを知っているかもしれない」

 ユキノリさんが信じられないことを言い出した。



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