22:さびしいこどもの再生産
MMOにおいて「姫プレイ」というものが存在する。
高額アイテムやおしゃれ装備を貢いでもらったり、労せずにそのプレイスキルにそぐわない高難易度コンテンツをクリアさせてもらったり、と女性キャラ(女性プレイヤー)であることを存分に駆使して、周囲の男性たちに尽くしていただくプレイである。中身は別に女性プレイヤーでなくてもかまわない。操作されているキャラクターが女性であり、女性らしい言動をしていれば、なぜか群がってくる男性キャラクターがいたりするのだ。なので、ネカマ(現実では男性であるが、ゲーム内では女性としてふるまう人種のことだ)は、見知らぬ女性の写真を「これがリアルのあたしです」等と言ってSNSに転載したりする。
『メイちゃん』とされるツイッターアカウントを見て、アラタくんは安堵した。
そこにはいまどきの若い女性が加工で顔を隠して「今日のコーデ」なるものを晒していた。それは現実の女性で、やせ型の長い茶色の髪を持ち、全身を大きな鏡で映し、スマホで撮影している。
「実在人物でよかったね」
ユキノリさんは、アラタくんの焦燥を感じ取っていたのだろう。ゲームからログアウトして、ぐったりと椅子の背もたれに体を預けたアラタくんに、良く冷えた缶ビールを差し出してくれる。時間はもう二十五時。
メイちゃんはアラタくんが気に入ったのか、あるいは全ての男性キャラにそうしているのか、「ないしょだよ」と言いながら自分のツイッターアカウントを囁いてきた。個人間のやりとりにつかわれる、ウィスパーチャット機能というやつだ。
今日作ったごはん、髪の毛をこれくらい切ったよ、ネイル変えてきた。
彼女の日々がそのまま囀られているアカウントはたしかに今現在、生きているであろう女性のものだ。そもそも同じ名前というだけで、過剰反応してしまったことをアラタくんは理解している。よくある名前だし、なんなら別サーバ―にもいっぱいいるだろう。
でも引っかかったのは、チャットの文体が似ている、とユキノリさんが不安げに告げたことだ。女性が打つテキストチャットに文体? と思いはすれど、独特の言い回しが似ていると言われると説得力があった。
しかしアラタくんは、母親がゲーム内で他人とどんなやりとりをしていたのか知らない。記憶にあるのはパソコン画面に向かい、その画面の中が世界のすべてだと言わんばかりに幼いアラタくんを拒んでいた背中だけだ。ゲームの中でちやほやされたり、レアなアイテムを手に入れる方が、あの背中にとっては大事だった。
だから、アラタくんは沈黙を強いられたし、お腹が空いていても我慢をした。喉がかわいたら洗面所にいって、子供用の踏み台にのって水をくんで飲んだ。
後に父や継母、祖父母がそれを知った瞬間に涙ぐんだという。アラタくんがやたらと水道水を飲むくせがあったからだ。今は硬水のミネラルウォーターを愛飲しているけれど。
まさか、とうの昔に死んだ母親がネットゲームの世界で生きているはずがない。けれどアラタくんには、あの背中が忘れられないのだ。自分に笑いかけることなく、泣いてもふりかえってくれない、母親の背。
なのに、因果がめぐって、ゲームを作ることを仕事にしてしまった。
あの日のアラタくんとおなじようなこどもが、アラタくんのつくったゲームで、さびしくなっていないだろうか。




