21:こんにちは、かっこいいぶきですね!
『メイちゃん』が現れた。
それも、今アラタくんが遊んでいるオンラインゲームの中で。
ユキノリさんからそう聞いたとき、アラタくんは素で「え?」という表情のまま、固まっていた。最新パッチを来週にひかえて、ゲーム内は『やることがない』緩い空気に包まれている時期だ。そんなときに『メイちゃん』という女性キャラが出現した。
初心者のふりをしてベテランプレイヤーから、アイテムや装備をもらって悦にいる悪質な初心者詐欺もわいてくる時期だ。そんな中に『メイ』と名乗る女性キャラプレイヤーがいたところで不思議ではない。ゲームや小説やハンドルネームとして使うには一般的な名前でもある。けれど、アラタくんとユキノリさんにとって、その名は過去の記憶を揺り動かすものであった。
「気にする必要はないと思うけど」
仕事あがり、帰路の途上にあるこじんまりとしたビアバーで、泡と軽い食事をとりながら、ユキノリさんは言った。今日はタクミくんは母親のもとへ行く日だ。つまりアラタくんが関家に泊まれる日。
「でも、やってることが典型的な『姫』でこわいんですよ」
メイちゃんを名乗る女子キャラクターは、サーバー内の有名人キャラ(つまり高難易度コンテンツ攻略で名を馳せている人々だ)に近づいては「好きです」「かっこいい」「友達になってください」とすり寄っている。アラタくんとユキノリさんが在籍するギルドのメンバーにも『メイちゃん』は接触してきていた。
「きみのお母さんは、毎日十数時間一緒に遊べる相手を探してただけだったけど」
だから、有名人とかゲーム内通貨をたくさん持っているとか、そういうメリットがない相手であっても、アラタくんの母親はこのんで一緒に遊んでいた。大学生とかニートとか、主婦だとか、とにかく長時間ゲームができてボイスチャットで会話ができて、自分の孤独を埋めてくれる人と。
──すぐ隣にいた自分の子供(僕)では、だめだったのかな。だめだったんだろうな。
成長したアラタくんが幾度も考えたことだ。
「じゃあ、家に帰ったらログインしてみればいいよ」
ユキノリさんが言い、アラタくんは苦い泡を飲み下しながらうなずいた。
ユキノリさんの作業部屋兼寝室には、パソコンや機材が整えられている。在宅で作業することも多いため、狭い空間で熱がこもらないように広い部屋を選んであるので、よくタクミくんもここに入り浸ってゲームをしていたりする。
勝手知ったる、ということでユキノリさんがシャワーを浴びに行っているあいだに、アラタくんは自分のアカウントでログインしてみる。ギルドのいつものメンバーのうち、半数ほどがログインしていた。こんばんは、と挨拶をすれば、ばらばらと返事がかえってくる。
プロジェクトがひと段落したせいか、土田さんと三浦くんもログインしていた。
くだんの『メイちゃん』が接触してきていたのは、土田さんのキャラにだ。たぶん、きらきら光る武器(高難易度コンテンツクリア者しか持てないものだ)を持っていたせいだろう。メイちゃんを名乗る女の子キャラは、街で土田さんのキャラにかけよってきて、屈託なく言ったという。
「こんにちは、かっこいいぶきですね!」
土田さんはそういう女のキャラに対しては、警戒心がはねあがる用心深さを備えていたので、慎重に「そんなことはないよ」と答え、その場を離れた。
しかし彼女は特に堪えた様子もなく、キャラクターサーチを駆使して、ギルドで所有してたまり場となっているハウスまでやってきたらしい。いわく「ハウジングが大好きなんで、いろんなおうちが見たいんです」と。
そんな調子で踏み込んで来る女子を拒むすべを持っている人間が、このギルドには意外と少ない。なぜなら相手をするのも面倒だからだ。しかし勝手に他者の領域を侵してくる人間を放置するのはよろしくない。ほぼほぼ、まず99.9999%の確率で、そういう女の子は災厄をもたらす。
そして、案の定彼女は、まるで「わたしはここのメンバーですよ」というような雰囲気でギルドハウスのソファに座っていた。
アラタくんは、ゆっくりとその『メイちゃん』に近づいていき、こんばんは、と挨拶をした。
「こんばんは! すてきなキャラメイクですね。そういう顔、だいすき!」
メイちゃん、は、話しかけられたことがとてもうれしい、という様子で答えた。
「ああ『メイちゃん』だな、これ」
濡れた髪にバスタオルをかぶり、白いTシャツとトランクスだけの恰好のユキノリさんが隣にいて、アラタくんのつかっているモニターを覗き込んでいた。そして、もう一度言った。
「すごく『メイちゃん』っぽい」
もう死んでしまった、アラタくんの母親のようだと、彼は告げたのであった。




