18:タクミくんの検索履歴は常に真っ白
しばらくの間は穏やかだった。ストーカーはタクミくんの前に現れなかった。祖母もその後、ゲームのアカウントを貸せとか無茶なことを言ってくるでもなく、いつもどおり疎遠になった。基本的に母のユウコさんと祖母はあまり仲がよくないのだ。たまたま、母とタクミくんがやっているネットゲームを祖母がはじめたと言うので、珍しく週一くらいでメッセージの送りあいをしていたのだ。
しかし祖母によるタクミくんの個人情報配信事件(彼女が悪気がなかったにしてもひどい)のおかげで、すっかり元通りだ。ユウコさんはやけにとげとげしていて、タクミくんが母の家で過ごす定例の日でさえハリネズミみたいになっていた。そのイライラの気配がうっとうしくて、ユウコさんに喧嘩をうってマンションから自発的に帰ってきたりもした。
──なんだかんだ、全部ばーちゃんが悪いんだよな。
タクミくんとしてもそう結論づけるしかない。孫の誕生日をおぼえていて、プレゼントを贈ろうという心がけは素晴らしいが、別にそのプレゼント選択と通販申し込み画面を配信する必要はない。むしろどうして「作業中」みたいな画像を作っておいて、いったん画面を隠すということさえできないのか。できないなら配信しないでほしい。むしろ顔出し配信をやめてほしい。
祖母をすごいメンタルだなと思うのは、どれだけ通りすがりの視聴者に「ばあさん」「ババア」「ブス」「ひっこめ」とか毒のようなコメントを食らっても、顔を出して配信しつづけ、もう十年近くにもなるということだ。
さすがに鉄壁メンタルではないのか、たまに酷い中傷を受けて泣きわめいては、フォロワーだけに公開するコミュニティのみ配信にしたり、顔を隠して配信している。でもタクミくんが気まぐれで次に見に行くと、もう通常営業フルオープンになっているのだ。自分の祖母ながら、ちょっとおかしい。こわすぎる。タクミくんが物心つく前からこの調子だったとすれば、むしろ自分が生まれた頃からこんな配信をしているのだ。おそろしい。もうちょっと懲りるとか自衛するとかしてくれないものか。
「最初は歌だけだったのよ」
母と喧嘩はしたが、親子なので顔を合わせる必要はあった。父と母がさだめた日は、タクミくんはユウコさんのマンションに泊まる。前回の滞在では揉めたものの、今回は拍子抜けするほど母がおとなしかった。
用意されていたミートボールとトマトのパスタ、サラダにスープという夕食に手をつけながら、ユウコさんが語った祖母の配信初期は、ギターと歌だけの簡易なものだったらしい。それがどうしてあんなことに。しかもパッチ時期には二日は寝ないでゲームをしながら配信しているネトゲ廃人みたいになっているし。
「足が不自由になったから、パソコンと携帯電話があれば、便利だろうと思って買ってあげたの。親孝行のつもりで」
ユウコさんはひどく疲れた顔をしていた。母の会社で仕事をしている、父もアラタさんも会社に缶詰めになっているし、いまが新プロジェクトの大詰めなんだろう。
「最初は、ギターと歌を配信する程度だったの。でもそのうち、ペット育成ゲームに手をだして」
そこからいつのまにか、無料・課金制のオンラインゲームにはまっていき、配信すれば若い視聴者がゲームを手伝ってくれたり、「歳なのにがんばっている」とほめてくれて、どんどん祖母はゲーム配信にのめりこんだ。もともと口が悪く粗野な人だったので、歌ではなくオンラインゲームをしながらおしゃべりをすれば、人となりは視聴者にすぐバレる。
祖母はコミュニティを形成しては壊し、作っては壊し、違うゲームを開始しては新しい視聴者を求め、コミュニティを作ってまた壊す。暴言でゲームの運営に注意されることも増え、配信自体も通報されることが増えた。
「ただの問題児じゃん」
「児童じゃなくてもうすぐ還暦だけど」
ユウコさんもお手上げ、という様子だった。そんな状態で今回のストーカー騒動だ。しかも被害者が祖母ならともかく、なぜかその矛先はタクミくんとなった。祖母の配信上で住所だの名前だのがばらされたからだけど。あとからアラタくんや父が個人情報保護のために配信サイト運営に通報し、保存されていたライブ動画は削除されたが、過疎配信とはいえ誰が観ていたのかわからないのだ。
タクミくんにスマートフォンを持たせるとき、父のユキノリさんはインターネットの便利さ、素晴らしさと共におそろしさも口頭で教えてくれた。スマホはいちおうフィルターをかけてあるが、ユキノリさんのくれたおふるのタブレット(SIMは入れていないので自宅でしか使えない)で検索すれば、世界にはエロもグロも悪意もあるんだなと十歳の子供でもなんとなく、なんとなくだが理解できた。そしてエロを規制しない父に笑った。まだ早くないか? と。
ちなみにタクミくんがネットに慣れた頃、そのタブレットで検索したのは、
「男 好き 男 どうして」
だった。履歴はすぐに消した。照れくさくて、その履歴だけじゃなくて全ての閲覧履歴を消した。活字で見ると感情はなまなましいものなのだ。




