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17:アラタくんのふかいふかい傷

 出社すると、関さんが疲れた面持ちで自分の作業用スペースにいた。昨夜泊まり込んでいたから当たり前だ。タクミくんのために、交代制でなるべく家に戻るようにしているけれど、それでも時間が足らない気がする。

 仮眠したのですこしすっきりした頭で「タクミくん、学校まで送ってきました」と報告すると、関さんはありがとうと笑顔を浮かべた。慣れないウィークリーマンション暮らしと、納期前の連勤で疲れているだろうに。それは僕も同じことだけれど。


「関さんすこし家に戻ってきたら? 僕、続きチェックしますよ」

 他のメンバーに出していた、村や城、フィールドなんかの施設に配置するNPCの台詞の時系列チェックをしていたんだろう。僕は画面をみてとり、そう告げると関さんはやや憔悴を匂わせた表情で迷ってから、うなずいた。

「そうする。風呂入って寝てくるね」

「夕方か夜戻ってきてくれればいいですよ。タクミくん、さびしがってるし」

「そうだね。ありがとう、アラタくん、そばにいてやってくれて」


 そう感謝されても僕が関さんの家にいたのは夜半の二時過ぎくらいから朝までだ。もう少し早く行くつもりだったけれど、いったん自分の家に戻ってシャワーをあびたり着替えを用意したりしたせいで遅くなってしまった。

 関さんに告げられた「一緒に住まない?」という提案に僕はまだ、答えを出せていない。

 出さないまま、関家にいる時間だけが、どんどん延びていっている。タクミくんだってうすうすおかしいとは思っているだろう。いくら父親の仕事仲間で、母親の会社の社員とはいえ、ここまで関わりが濃いのは不自然だ。


 いや、仲良しなんですよ、僕と関さんは、ふつうに。

 ふつうに。

「ふつうってなんだろうな」

 つぶやくと、関さんが目をほそめて言った。

「そのひとが思う『ふつう』が『ふつう』だよ。そしてそれは、ほかのひとに強いるものでも、ほかのひととまったく同じものでもない」

「だから生きていくってめんどくさい」

 関さんは笑い、デスクから立ち上がると、僕のあたまをくしゃくしゃと撫でて「じゃあ、あとはたのむね。夜にまた出社します」と伝達して、帰宅していったのだった。




 その後、プロジェクトの完了まで、タクミくんのストーカーはなりをひそめていた。僕は割と昔から変質者に好かれる見た目をしていたので、僕に来るかなと予想していたのだけど、幸い流れ弾は来なかったようだ。

 そういう話をしたら関さんは、かなしそうに眉をひそめたけれど。


「なんでそういう闇を抱えてるかな、きみは」

「生まれながらの不幸体質なんですよ」

「笑いながら言わない」

 関さんの仮住まいのウィークリーマンション。深夜。タクミくんはすでに自分の部屋とさだめた個室で眠りについている。僕と関さんはリビングで、水割りをちびちびと飲みながら、テレビ画面に流れる映画を眺めていた。何度も観た映画だから、好きな場面だけ画面に目をやる程度。

「まぁ、もうストーカーがタクミに飽きてくれたのならいいんだけど」

 関さんは心配げではあった。長くネットゲームをやっていただけあって、いろいろ変な人間を見すぎたのかもしれない。その最たるものが僕の母親かもしれない、と思ったが、タクミくんの祖母ほどではないと考えなおした。あれは災厄に近いものがある。


 ゲーム配信者もいろいろなスタイルの人間が増えたが「ありのままの自分を好きになってほしい」という欲を隠さない性質の女性の配信は、男を引き寄せるきらいがある。よくもわるくも、だ。うちの母親は配信がまだポピュラーじゃない時期だったのでよかった。あのひとが配信だのSNSだのやっていたらさらに家庭が地獄になっていたかもしれない。

 あるいは、ガス抜きができて、家庭は凪いでいたかもしれない。


 わからない。

 僕が子供の頃に死んでしまったから、母親の記憶はパソコンを取り上げられ、ゲームができなくなって号泣していた姿くらいしか印象にないのだ。なんてことだろう。

 記憶の中の母親に、今の僕が問いかける。

 ──実の子供とゲーム、どちらが大事なの?

 泣いていた母親は、顔をあげ、にっこりと笑って言うのだ。


『ゲームに決まってるわ』


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