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004.第二王女ユリア

 本日はマハ叔父様にマリーが祝福を授ける儀式の日です。今からマリーのいくつかある私室のうち、儀式を執り行う祭壇がある部屋へ向かいます。私室と言ってもマリー以外に使う方がいらっしゃらないだけで本来であれば、どなたでもお使いいただける部屋なのだそうです。

 マリーは広い通路を蝶を追うようにして歩いています。これが幼女でしたら、とても微笑ましいことでしょう。マリーもわたくしも齢十九になる立派な淑女になります。そのようなはしたない振る舞いはしてはならぬのですが、そこはマリーのことです。

 出会う方々、すべてがマリーを見てクスクスと笑っておりました。「マリー様ですから仕方がありません」「花でも見ておられるのでしょう」「一度、本物の花をお見せしたいですわ」など、遠回しにマリーを憐れむ言葉ばかりです。

 そんな方々をわたくしは恐ろしいと思うのです。万が一、いえ、このままでいけばマリーが王権を取ってしまうでしょう。そうなったとき、あの方々は無事でいられるでしょうか。マリーは小さな頃から馬鹿にしてきた方々を書き留めているのを知っています。

「あら? マリーお姉さま」

 祭壇のある部屋の前には第二王女ユリアが立っておりました。背後には近衛騎士ベイリンが控えております。わたくしはそれだけで、何が起こったのか理解してしまいました。ベイリンはユリアの護衛を依頼されたようですが、どうにかマリーも守ろうとユリアに祝福の話をしたに違いありません。そして、ユリアはマリーの邪魔をしようとこの場に来たのだと思います。

「ユリア、おはよう」

「お姉さま、祝福の儀式は(わらわ)に任せてはいただけないかしら?」

 ユリアは身の丈に似合わない大きな扇子で口元を隠しながらおっしゃいました。口元を隠しても目が笑っているのがはっきりとわかります。そう言いながら、ユリアは儀式に必要な装束ではなくお茶会にでも行くような格好です。

「でも……」

 想定外の事態にマリーは困っているようです。突然、ユリアが現れて祝福の儀式を代われというのですから。マリーが強く言えないのもそうですが、相手が第二王女ではわたくしも断ることはできません。

「では、妾が祝福を授けるで決まりね」

 強引に決めてしまうと、ユリアは祭壇室へ入っていきました。儀式の場には護衛であるベイリンは入れません。ベイリンは扉のまで待つようです。

「計画が狂ってしまいましたね」

 わたくしがつぶやくように言うとマリーの口角が延びた気がしました。悪い悪いことを考えているようです。


 ――っ!!!


 祭壇室から声にならない悲鳴が聞こえてきます。これはユリアに何かあったに違いありません。しかし、マリーもベイリンもその悲鳴が聞こえていないのか、微動だにしませんでした。

 わたくしが祭壇室に入ろうかどうしようか迷っていると、続けて悲鳴が聞こえてきます。中にはマハ叔父様と第二王女ユリアしかいないはずなのに、いったい何が起きているというのでしょう。

 さきほどから聞こえている悲鳴はわたくしにだけ届いているというのでしょうか。

「あ、あの、マリー?」

「何も聞こえないわ。ねぇ、ベイリン」

「はい。マリー様」

 わたくしは戦慄いたしました。ユリアが祝福の儀式を横取りする、いえ、横取りさせる(・・・)のは最初から仕組まれたことだったのです。

 いつからなのでしょう。ベイリンはわたくしに好意を寄せているから、わたくしの話を聞いてマハ叔父様をどうにかする手はずだったのに、わたくしの知らないうちに第二王女をどうにかすることになっていました。

 先ほどの会話からベイリンもマリーの本性を知ったことがうかがい知れます。

「た、助けなくてもいいのでしょうか」

「何も、聞こえないわ」

 マリーは先ほどの言葉を繰り返します。急に耳が悪くなったわけではないことは明白です。しかし、直接的な手段を取るなど、ひとつ間違えればマハ叔父様もマリーもその身分が危うくなるはずです。

「儀式は長いようですし、静かに待ちましょう」

 ベイリンが爽やかな笑顔でわたくしを諭します。悲鳴は続いており、中でどんなおそろしいことが行われているのか想像もできません。いえ、実は何をしているのかはなんとなく知っています。わたくしもマリーの傍にいて、そのような場面に遭遇したのは一度や二度ではありません。

 ただ、それを王族にするという発想がなかっただけです。

「祝福の儀式は誰も部屋に入れないし暇ね」

「マリー?」

 周囲にベイリンしかいないとは言え、ここでマリーの素顔を晒すのはいかがなものでしょうか。マハ叔父様に知られたら……と、ここでそれも思い違いをしていることに気が付きました。マハ叔父様もマリーもベイリンも、始めから第二王女ユリアの失脚が目当てだったのです。わたくしにマハ叔父様を失脚させようという意図を見せながら、その実は別のことを考えていたわけです。

 わたくしは恐ろしくなりました。わたくしだけに真実を教えてくれなかったことが怖いわけではありません。今の段階で第一王女マリーに対立する王位継承者がいなくなったのです。第二王女ユリアの失脚、姫将軍ライラの東征で実質的な王位継承は第一王女マリーだけになったのです。

 長く続くと思っていた王位継承争いもこれで終ってしまうということに、わたくしは恐ろしいと感じました。

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