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003.姫将軍ライラ

 部屋から出ると廊下の向こうからちょうど姫将軍ライラがいらっしゃるところでした。透き通るような金髪を柱の隙間から入る陽光に遊ばれながら、何かの書類に目を通していました。

 ライラ様の母親はわたくしの父の妹ですので、わたくしとは従妹の関係に当たります。幼いころからマリーとわたくしのことを気にかけてくださり、よく遊んでいただいたものです。

「やぁ、従妹殿。マリーは元気にしているかい?」

 春の太陽を思わせるような、暖かい笑顔で話しかけられました。女のわたくしでも思わず恋をしてしまうようなお顔をしています。

「ええ、お元気です」

「父上が床に臥されているからね、マリーが泣いていないか心配で心配で夜も眠れなかったんだ。そこに従妹殿が通りかかったじゃないか。マリーの様子を聞きたくてさ」

 ライラ様は二十二歳でわたくしとマリーより少し年上です。とても気さくな方で妹思いの良き姉姫です。王位継承の問題では側室の子ということで一歩下がったお立場を貫いておりました。つまり、マハ叔父様が心配するまでもなくライラ様は王位に興味がないとお考えなのです。

「少しいいかい? そこで座って話をしよう」

 わたくしの侍女ベスがすかさず敷物を取り出すと、中庭に設けられた腰掛けに広げます。

「ありがとう。ベス」

 ベスは少しだけ頬を赤くすると、すぐに下がりました。常日頃、わたくしがお礼を言っても無表情なのにライラ様の言葉には反応するとか、わたくしの侍女としていかがな態度でしょうか。少し胸がむかむかしてしまいます。

 ただベスが赤くなるのも少しは理解できるというものです。ライラ様はとても凛々しく、お心遣いも行き届いており、その上、男装をしていらっしゃるものですから、まるで物語の中の騎士に出会ったかのように錯覚してしまいます。

「従妹殿は『東の龍』の話を知っているかい?」

「龍でございますか……」

 物語の中では圧倒的な力をもって人間たちに害をなす存在として描かれています。中には神に匹敵するような力を持つ龍もいたりしますが、現実では龍を見たという話は聞いたことがありません。

「もちろん、比喩なんだけど。最近になってサイリケ領主連合の被害が拡大しているのは、『東の龍』が人間離れした用兵をしているからという噂なんだ」

「そうなのですね」

 そんな状況になっているのに、マハ叔父様はなぜサイリケ領主連合軍を解体しようとしているのでしょうか。

「どうやらね、私はその龍と戦うことになりそうなんだ。もちろん、勝つつもりだよ。でも、戦場では何があるかわからない。もし私に何かあったら妹たちのことを頼む」

 ライラ様は中央常備軍を率いる将軍です。その方が敗けるということは王国の滅亡を意味するのではないでしょうか。マリーの言うことが正しければ巨大な軍を指揮できるのはライラ様以外にはいないのですから。

「私も敗けたら妹たちのことを丁寧に扱ってもらえるようお願いするつもりだけど」

「少々お待ちください」

 まるで敗けること前提で進んでいる会話にわたくしはライラ様の言葉をさえぎってしまいました。

「この王国最強の軍隊である中央常備軍が敗けるはずございません。『東の龍』と言えども王国一の将軍であるライラ様なら討ち取れるのではないでしょうか」

「従妹殿にそう言われるとなんとなく自信が湧いてくる。私でもやれるだろうか?」

「もちろんでございます!」

「そうか。ありがとう」

 ライラ様は優しく笑ってわたくしの頭を撫ぜてくれました。それは小さい頃に戻ったかのようでした。

「頑張ってみるよ」

 ライラ様はすっと立ち上がります。

「では、また」

「はい。またお会いしましょう」

 そう言ったものの、わたくしはライラ様と二度と会えないような予感がしておりました。この王国は平和が長過ぎました。戦っていない軍隊が常時戦いの中に身を置く東夷に勝つことは困難を極めるでしょう。その上に用兵の天才が現れたのですから、勝利はおろか、敗北さえも甘いと思える結果になるかもしれません。

「何かわたくしに出来ることはないのでしょうか」

 例えば、ベスが『東の龍』を暗殺してくるとか。もちろん、ただの侍女ができるはずがありません。でも、なんでもそつなくこなしてしまうベスを見ると出来そうな気がするのです。

「なんでしょうか、お嬢様」

 わたくしの視線に気が付いたのか、ベスは首をかしげました。

「『東の龍』について調べたいのだけど」

「かしこまりました。手配しておきます」

 時々、ベスは誰かに頼むような物言いをします。しかし、ベスに部下がいるはずもなく、渡しているお給金も人を雇えるほど多いわけではありません。ベスの優秀さがなせる業なのか、それともわたくしには思いもつかない秘密があるのか。

「お願いします」

 わたくしにはどちらでもいいことでした。目的が達成されれば手段など関係ないではありませんか。

「さて、わたくしのお役目はここまでですし、あとは祝福の日までゆったりと過ごしましょうか」

 久しぶりに『政治家』らしい遊びがしたいものです。

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