■【番外:ジュライず・リポート/後半】※ジュライ・アルファ・ライン視点
……男の娘を書く羽目になるとは……。苦手なのに……。
クリーンルーム正式版。それがこの公館内部に半年前より設置されております。
兄前世知識による産物。
元々は、新式モッカー――鉄製従兵改良の為、スリット式制御装置を作成出来る環境を得る為に、この地で再現された方法です。
兄の特許はこれを含みます。
待機中の微細な埃や塵を排除し「クリーンな空間」を作る。
再現は、枯れた既存の錬金技術や、錬金偽術こと現代日本由来の科学技術を用いるので安価。
兄たちのそれは、どこででも展開できる様にと、当初からビニールハウス? なる物を応用して構築されたとか。
クリーンルームと、日本の農業での技術がどうつながるかは、私には分かりかねます。
で。
このレイライン家お屋敷別館内の物は、建屋内に構築し。安易に移築できない代わりに、大気の清潔度合いを極限まで高めたモノ。
主として、試作品作成所であるこの建屋は。錬金術師学会にて開発者としても名高い姫殿下の管理下にあり。
私はその助手にして共同研究者でありまして。
下着だけ身に着け、その上から、直に赤く光沢ある絹製のツナギを身に着けます。クリーンスーツです。
マスクして。このツナギ、靴下も手袋も頭巾もみな一体型。ファスナーで絞めてしまえば目元以外、肌は見えなくなります。
特別な靴――足の甲にうすい金属板張り付けた安全グツというのだそうで――それを両脚に履けばOK。
クリーンルームへ続く扉を開けます。
まず前室。というか左右と天井部の壁に、無数の空気の吹き出し口ある廊下が、イメージしやすいでしょうか?
別名エアー室。
クリーンなエアで、衣類につく微細な埃塵を吹き払いつつ、移動。
「5日ぶりだな、ジュライ女史。休暇を堪能して、兄君に甘えられたかね?」
クリーンルーム本体への扉を開くと、私より少し背の低い御仁が、作業台越しに微笑みかけてきたのが分かりました。
目元しか見えませんけれど。
金色のツナギ姿で男前の台詞を紡いだ彼女こそ、エミリー・アメリア・レイライン姫殿下その人であります。
■■■
そのからかう様な物言いをあえて反応せず。
室内に入って直ぐ。「口元にチャック」のゼスチャーをします。
通じるでしょうか?
とたんに、姫殿下真剣な目つきになって、手元の異世界樹脂製の玩具の板に指をさします。
相変わらず、聡明な方で助かります。
この玩具、かわいらしいデザインですが何度も書いても、手元のレバーを引くと消すことのできる優れもの。
ただ書いたものが残せない欠点があるのですが。それは異世界画像記録機機能があるガラパゴス・ケイタイを使えば大丈夫、です。
筆談開始、です。
『どうした?』
『N・ソフィア・ローズはおそらくは男性です』
――っ!
姫の驚きのまなざし。少し間をおいて板書消すレバー引いて、彼女が書かれた質問はいきなり核心に触れました。
『その根拠は?』
私は……すこし迷って……顔はふたたび赤くなっていると思います。クリーンスーツの頭巾で見えないでしょうけれど。
『私の全裸を見て、前かがみになったり。歩きにくくなっていたり。たぶん男性特有の生理的現象かと』
その男性の生理的現象と書く時に、文字が乱れていた自覚はあります。
姫も読みすすめて……あっ、固まった。彼女も恥ずかしいのだと思います。ある可能性にも気がついていることでしょうし。
しばし気まずい沈黙タイム。遅れて文字を書き始める
『さしずめ被害はわたしとあなたの全裸を何回か見られているということだな。下着のたぐいが無くなった記憶は無い。この半年情報が漏れた可能性も薄い』
「なっ、こんな短時間でそう言い切れるはずはありません!!」
思わず。防諜――盗聴の危険性を考えての、筆談をかなぐり捨てて、思わず私は叫んでしまいました。
「落ち着くんだ、ミス・ジュライ。座り給え」
男前っぽく、指で作業台をさして。正確には机の上の玩具盤を。
『ローズの姓には覚えがあってな、三四か月くらいまえに調べさせた。戸籍上は女性になって居たため、男性と入れ替わったとは思わなかったが――』
姫はここまで書いて、消して続きを記して。その続きを早く書く様にうながすために、私は盤面を凝視します。
『――瓦版サンセット・タイムズ紙のジョージ・ローズ記者の名に聞き覚えは?』
と問われ、私の脳内に様々な情報が乱れ飛び点と点が線を結んで、一つ像を浮かび上がらせます。
『氏にはニコルというご子息がおられましたね? 魔獣惑乱大暴走にてご子息と奥様は死亡。同じ村のメルモ女史とジョージ氏は再婚。女史の連れ子がソフィア嬢』
『相変わらず、一を聞いて十を知る。ジュライ女史は聡明だな! このペガサスに来た時に戸籍の再登録時に入れ替えたのだろう。しかし……わざわざファーストネームにNの文字を残すとはね』
『ジョージ・ローズ氏は様々な場所に潜入して取材の裏を取る名手との事。義理の娘、実際は実のご子息がその技術を継承させていてもおかしくなく』
とここまで書いて。なるほど私は消して、続きを書きます。
『ここ半年のサンセット・タイムズ紙でスクープの類は確かにありません。しかし取材して報道せず、最適なタイミングでの掲載を狙っている可能性は?』
『貴女にもくわしく言えんが、このペガサスのこの別館や本館の城内部では、魔術的痕跡が有れば微細なものでも探知できる』
消されて続きを書かれて
『もちろん、秘密裏にココや応接室に侵入されて、科学的盗聴器のたぐいの設置もあり得なくも無いが』
消されて続きを書かれて
『それらも質量ある物体である以上四半刻も有れば、検査も終わる。すでに応接室やココは調べ終えている。あの者には権限無くて入れないはずの場所も全ていま検査中だ』
……なるほど……という事は……
『私には話せないのは、兄や公爵閣下の方々――具体的には獣帯の神像からみの、関係なのですね?』
と書いて私が見せると姫は固まった。消して続きを書いてみる。
『お答えにならなくてOKです。一応ライン家の長女ですし、我が家の伝承や記録のたぐいをひもとけばある程度は』
だいぶ落ち着いてきました。落ち着いたからこそ気がつく。二点。
まず、姫の左手首にも、はまっているであろう銀の腕輪。もちろんクリームスーツの下なので見えませんが。この研究ラボでの成果の一つ。
防水・防腐食性の簡易魔導発動器具の腕輪。それから微かに微弱な力素が、発せられているのが分かります。
それでたぶんお屋敷の防諜施設のたぐいと、いま連絡取り合って現状把握されていると。
腕輪の機能を使わなくても、私には分かります。
魔術師は、魔術を使い続けると、アビリティを得て、最終的に魔術師系寄りのスキル使いに育つ可能性が有り。
私もそうです。姫殿下もまたそうです。それゆえに、魔術使用が分かったのです。
そしてもう一つは反対側の腕から微かな血の香り。たぶん包帯巻いてごまかしてます。消毒薬の臭いも混じり。あと血ですこし袖がにじんでます。
「姫、また断りなく、やりましたね!」
「いや、まあなんだ。色々思いついてな」
アビリティ使いを経て、スキル持ちに至るには。
魔術回路を体表面に形成しなければなりません。
これは後天的にでも得らえるモノ。成長をするとも言われるモノ。
これは騎士の活躍を追いかける、騎士フリークの皆さんならば、よく知るお話ですが。
「かと言って、姫はご自身のお体を安易に考えすぎです。もっと大事にしてください!!」
自分自身の魔術回路を取り出して、加工した方が、自身と魔導具との親和性が格段に上がる。なお元の回路自体は、自然治癒します。
その事を知るのは錬金術師学会の上層部を除けば、ライン家の者に限られます。
かなり古い記録――旧大陸での文献に書かれていた手法の再発見。
ただまだ未解明な部分も多く、何度も試作を重ねておりまして。私のこの腕輪もそうして作られたものなのですが。
そう言えば兄愛蔵の画像記録――現代日本由来の古い特撮ヒーローのパワーアップ回の動画を見ていて、私が思い出したのが切欠。
その事を兄に話したら、微妙なお顔してましたね。なぜでしょう?
「試作には必ず私も立ち会うと、申し上げましたよねっ!!」
「すまない。ほんとーにすまないっ! つい出来心でっ」
「姫の探求心には敬服しているのですが、一方でお体の事をおざなりにされすぎますっ!! 理論上回路は元に戻るし、正しい手順なら、傷口も綺麗にふさがるとは記録に有りましたが。絶対では無い。個人で進めるよりも二人で行った場合の方が、失敗率が下がる。そうおっしゃったのは殿下ですよ」
「……はい」
「おそらく兄との再会で予定通りの、休暇申請に関してお気を使わせてしまったのでしょうが。こんなのかえって心配するのは殿下もご想像つきますよね!? 分かってますか!?」
縮こまって黙っている姫君の視線は宙を泳いでました。と、ある一点、一般環境に通じる窓を見て固まって。
何事かと私もそちらを見て唖然として固まりました。
『ジュライ女史、言ってやって下さい言ってやって下さい。姫はわたしの事なんて聞きもしません、聞かん坊なので。いい機会です』
にこやかに、ショートカットの女性騎士が玩具ボードのメッセージを中に見せつけていた。
ディム・ハンナ・ミラーズ……あなたって人は……。
怒る気力が失せました。
■■■
サーが男性騎士の尊称であるように、「ディム」とは女性騎士の尊称です。
白い皮鎧を着こみ、ピンと背筋伸ばした様は絵になります。
微かに香る林檎の甘酸っぱい香りが、紅茶のそれにまじりあって。
一口含むと鼻からぬける香気のせいで、一瞬甘味を感じてしまいます。
今、私――ジュライは、姫殿下とディム・ハンナと三人で遅めの昼食を兼ねたアフタヌーン・ティーを楽しんでいます。
大ぶりのティーポッドに。その他もろもろ。高級そうな、いえ実際に源華製陶磁器の調度品は目でも楽しませてもらえます。
四半刻――もう三十分はたってます。
……特に対象者――推定ニコル氏現ソフィア嬢は、まだお屋敷の中。特に怪しい動き無く、離脱の恐れもなさそうとの事。
公館の役割も果たす故に、このお屋敷のお手伝いさんの中には必ず、正騎士級実力の従騎士資格者か、正騎士資格者が数人混じっているとの事。
特に要人警護や隠密行動に慣れた人員との事。所属騎士団は査察騎士団だというから納得です。
色々短時間にあって、頭も使って。私の脳ミソさんが、糖分を欲しております。
湯気たてた出来立てのスコーンに手を伸ばし、スコーンを割って。ジャムとクロテッド・クリームをたっぷりつけて。
あむ。
「ほう、そう美味そうにほお張ると、こちらもうれしくなるな」
「姫……『うまそう』では無く、『美味しそう』でしょう」
ディム・ハンナが、半ばあきらめ口調で姫殿下の言葉遣いをたしなめますが。
「公式の場ではちゃんとしているでは無いか。なら問題無かろう? なあ、ミス?」
いま私の口の中はジャム特有のすがすがしい酸味帯びた甘味と、クリーム特有の乳成分でこってりした甘味がダンスを踊っている最中。
うなづく事で「肯定(YES)」の意思表示。……苦笑じみた表情は隠せたでしょうか?
「そう責めるな、ミス」
……ごまかせませんでしたか。
「ところで、姫様。もうすぐニコル君がベット・メイキングを終える頃ですが――」
彼が今までお屋敷の中で泳がされていた理由。それは全く実務的なもの。
丁寧で器用な彼女いえ、彼はたいていのお仕事をそつ無くこなしますが。特にベッド・メイキングの早さは、全お手伝いさん一なのです。
交代シフト、24時間勤務体制故に。彼が抜けた穴で一番大きい部分は、このベッド・メイキング。
たとえお屋敷に誰も宿泊されなくても、衛生面の観点から全ての寝室の様々な物は、少なくとも四日毎に替えて。姫殿下やディム・ハンナの寝室はもちろん毎日。
私の寝室も滞在中は同様ですね。
「――捕縛の手順はいかがいたしましょうか?」
ディム・ハンナの問いかけに。しばし黙考の姫。
「それなんだがな。厳密にいうと、私たちの裸体を何度か見られたくらいしか、被害は無い。もちろん、契約上一旦捕縛することは可能だが……」
その姫の言葉尻をとらえ
「すぐに解放する事になるということですね? 姫。罪状を上げるにしても初犯にして、軽微。捕縛される際の対策も、潜入当初から用意されている可能性もあるのですね? 彼のお父上の手口的にみて」
そう私が言葉を続ける。これみよがしに、姫、アイコンタクトを送られても……。
「そう言う事だ、ミス・ジュライ。ただ一つ気になっていることが有るのだ。ミス・ジュライ、一つ頼まれて欲しいのだが、捕縛時に……」
■■■
午後の作業あとも、「彼」に動き無く。
夕食時。
特別な計らいを、私にして頂けるという触れ込みで。別館全職員さんたちが、大食堂に一堂に会しました。
問題の「彼」は、緊張状態です。
……なるほど。
少なくとも、事前調査のたまものか彼自身の経験則からか。彼の周囲の職員さんたち[お手伝いさん含みます]が、荒事に手慣れている事に気づいている模様。
着席しているのは三名。アメリア姫さまと、ディム・ハンナと私です。
「ミス。ちょっとした余興をお願いしたいのだがな」
「姫っ」
一応簡単な事前打ち合わせはしているのですが、「姫のいつもの無茶ぶり」に。やや大根役者気味のディム・ハンナのたしなめ方。
ハンナ女史――査察騎士団所属ですから、部署によっては潜入捜査みたいな真似が必要なんですが、大丈夫なのでしょうか?
「そう……ですね…………ディム・ハンナ、お気になされずに。……『水』が得手の私ですが、不得意なはずの炎も、この通り」
腕輪に意識を集中して……「あえて」逆さの手の平の上で炎を形成し、現出させます。わざと力素を多めに使用して。魔術感覚的目くらましの、意図。それと同時に――
「「「「「おおぉ」」」」」
異口同音に驚く職員の方々。ちょっと自慢したくなります、エッヘン。
何も無い左手の手の平の上に、燃焼する赤い炎がゆらゆらとゆれてます。
その現象を隠れ蓑にして、ごくごく低出力力素の発現。藍色の微かな回路の煌めきは、左手の炎にかくされて、彼には見えないはず。
魔術の同時発動としての。空気弾の……発動……準備っ! ここで一拍おいて待機っ。
「っ!!」
無意識に身構えてしまうニコル・ソフィア・ローズさん。
彼の周囲の元護衛役――現警護役の職員さんたちやメイドさんたちが武器を取出し、臨戦態勢に入ってしまい、周囲に驚きが走ります。
「うむ、『ニコル』・ソフィア・ローズくん。話がしたい、別室に同行願えるかな?」
小さい貴婦人然とした姫様の腕組み姿が、その男前な言いようのせいで、「黒幕」っぽく見えたのはなぜでしょう?
■■■
最小の第五応接室にて。椅子をすすめられ、素直に着座した彼は観念した模様。
四半刻――三十分は沈黙。
姫もハンナ女史も私も急いで話を急かす気は……
「私の記憶違いで無ければ、ここ半月のサンセット・タイムズ紙のジョージ・ローズ記者の一連の記事は公正明大だと思われる。そのネタ元の一つは君だね?」
……姫さまぁ……。
「はい。その通りです」
「その事についてとやかく言うつもりは無いが、君は本日付で解雇だ。いいね? なにせ君は男性だしな」
「なぜ……お分かりに?」
……やはり聞きますよね? 姫っ、面白そうにアイコンタクトしないで下さいっ! でも顔も赤いですよ。
セクシャル・ハラスメントって概念知ってますか? この国では同性同士でも成立するんですよ!!
ハンナ女史も、やや顔を赤くして無視しやがりまして……っ。
……覚悟を決めますかっ。私もお聞きしたい事有りますし。
「……クリーンルームに入る前のお風呂の脱衣場にて……その……あの……私の裸を見られて……男性的生理現象を起こして……歩きにくかったでしょう?」
ぼっ……という直接的な表現を避けたせいで、しばし彼はきょとんとした、間の抜けたお顔。
あっ可愛い。この人、メイドさん姿のままだし。
数瞬の沈黙……多分黙考のあと彼は、耳まで顔を真っ赤にしました。
……なんか私がセクハラしたみたい……。
姫もハンナ女史も私も恥ずかしいし。なんか変な空気です。
まぁでも。
「……どーせ、私の様なちんちくりんの身体見ても、面白くもなんともなかったでしょうがっ」
つい心の奥底に溜まった澱が吹き出し、小声とは言え言葉をつむいでしまいました。
誰にも聞こえて無いよね?
「そっそんな事はありませんっ! お綺麗でしたっ!!」
そんな事をいきなりまくし立てるニコル君。
姫もディム・ハンナもうなづいて。
ってみんなに聞こえてたっ!
この変な空気が消えるまで、さらに四半刻かかりました、まる。
■■■
「……こほん――」
姫、空咳して、この空気を払拭するようにお話を続けます。
「――お父上の得意分野同様、潜入調査的突撃取材とは、恐れ入る。加えて館内職員としての職務も十二分。正直君のベットメイキングの腕は皆がみな評価していたのだがな」
「……はい」
「契約上の規定通り『不正もしくは、不正を疑われる場合は雇い主の権限において解雇もあり得る』という条項に抵触した訳だが、この半年間の稼ぎとは別に君には退職金を支払うつもりだ。
今までそのスパイ行為を気取らせなかった点も、ある意味私は評価する。さて何か希望はあるかね? 別に金銭では無くてもかまわない。ただ国防に関連する事項に関してはご法度だがな」
「…………」
ニコル少年、かなり思いつめた表情で。
こんな時でも姿勢を正し、背筋をピンと伸ばし。その拳はギュッと握られて。
えっ!?
思いつめた表情で、こちらを見つめました?
意味わかりませんっ!??
「お……願……い出来るならっっ!! ミズ・ジュライ・アルファ・ラインっ! あなたにインタビューしたいですっ。かのサー・オーガスト・スミス・ラインの全てをっっ!!」
えっえっえぇっっ!!
えとえとえと、いまひょっとしたら手を握られてますぅぅ???
お顔も近いちかいちかいちか~~いっ!!!
「あー、落ち着けモチつけ、ニコルぅぅ。珍しい事だが、ミス・ジュライが困っとる」
「あーついでに、姫。言葉が崩れてる上に、じょーだんも上滑りしてます」
「うるさいっ」
「はいはい。ニコル君も落ち着こう。一歩間違うとそれ、せくはらですしね」
ディム・ハンナのとりなしに、ニコル君
「あっ、たたたたたた大変失礼いたしましたしだいで、ほんじつはおひがらもよく。あーあー本日はせいてんなりー」
私ですか?
あはははははははは。
それから、しばし空白時間。記憶はなんか真っ白です。
■■■
インタビューですか?
後日、日を改めてという事になり。えぇ受けましたよ。断るのもシャクですし。
それに……過去兄様が、従騎士時代に、直に助けてもらったご経験がおありだとかで。兄様は覚えていないでしょうが、とか。
どこの乙女ですかっ!
あこがれの騎士を見る目にしては、ちょっと危険すぎる気がします。
彼ですか? 彼は……退職していきました。
世の中には同性同士とかいう恋愛もあるそうで。
「……ニコル君はけっこうなんでもそつ無くこなしていたが、恋愛は不器用そうだな。まあ、なんだ。結局恋愛も当人同士次第だと思うぞ、うん。私にも経験ほとんど無いが」
姫っ、私の心を読んでフォローにならないフォローしないで頂きたくっ!
「……あばばばばばばばばば……」
顔を赤くして、やや壊れ気味のディム・ハンナ。意味わかってますね、これ。
姫もやや顔赤く。
「ともかくだな……で、ミス・ジュライどうだったかね?」
「えっえっえっにいさまがしあわせなら、それはもうなんかしかたないとか、なんとか。でもにいさまかぞくがほしいっていってまして。それなら養子!? なんだったら私かセプが産むしかっ!! なんだったら両方っ!!!」
「そっちの話じゃないっ、ミス」
えっ、いま私何を言いました???
「……すみません。取り乱しています。落ち着きました」
そうだ。落ち着こう。落ち着きましょう、はい。
「すまんな、うちの元使用人のせいで」
「いえ。私もらしくありませんでした。はい、『ステルス』の件ですよね? ところで、ディム・ハンナはそのままでよろしいので?」
ディム・ハンナ・ミラーズ。
ショートカットで凛々しい普段の彼女の面影なく。顔色をおもに真っ赤にしつつも、目をさまよわせており。
「ああ、あれはムッツリすけべとか、耳年増というやつだ。彼女の祖父御の話は知っておるだろう? 色町で名をはせたというたぐいの。そのせいか、女性騎士に珍しく、色事に理解あるかわりに妄想家でな」
「そっ……そうですか。そういう一面は存知ませんでした。なるほど、勉強になります」
「勉強せんでよいだろう、んなことは。ともかく、私の仮説は正しかったのか?」
「……わかりません。ただ、かなり低出力の力素を感じ取ったのは確か。低出力で効率良く各能力を使いこなすから、干渉しあわない。その確証にはまだ色々足りません」
ステルスの職能。
錬金術師学会において、謎とされるスキルの一つ。詳細不明。スキルの常識が当てはまらない。
スキルは通常一人に一つ。
けれども例外は有りまして、スキルを二つや三つも持つ者もごくごく稀に居ます。
一万人にお一人とかお二人とか? でも前例が無くは有りません。
そして一応の法則性らしきものもあるのです。
スキルの複数持ちでも、人間の力素保有量上限はある程度鍛えても上限があります。もし複数持ちとシングル・スキルが戦った場合。
戦闘経験が豊富ならばシングル・スキルの方に、勝負の軍配が上がります。使いこなせなくては意味は無く。
珍しさと、有用性は比例しませんね。
それに。ステルスの異常性は、相性の悪いスキル同士を発現する件。
肉体付与系や肉体増強系は、魔術投射系のスキルと相性が良くありません。威力の強い弱いは関係無くです。
それを弱い攻撃ではあるそうですが、様々な技を組合せてくるとも。四種類も五種類も六種類も。
こういう時はニンジャ、さすが、キタナイと言うのですか?
基本隠れたり、逃げ足が速かったりの斥候か、泥棒さん向きのスキルではあるのです。
あっ、その意味では、瓦版記者さんには最適かも。
「まあ、その辺はおいおいな。まあミス・ジュライ、彼の周囲には気をつけてな」
「はい?」
何を気を付けるのでしょう? 彼はまあ問題行動では有りましたが、基本純情で人畜無害にしか見えませんが。
「あぁ、サンセット紙のローズ記者には会った事が無いのか。注意すべきとするなら、彼の父親だな」
えっ?
「えっ? お会いしたこと一度あります。あの手の瓦版の記者にしては、珍しく公正明大の人だと思いましたけれど??」
潜入取材こそ問題視されて、一部同業者から毛嫌いされているお方。けれど、極力事実のみに触れて、その記事の解釈は、読者におまかせする姿勢は好感を持ちましたけれど?
「…………そうか。貴女はそうみたか。まあ私の考え過ぎかもしれん。確かに後ろ暗い部分は一切無い様に見える。すまない、忘れてくれて構わない」
その姫様の憂いに似た表情を見て、私はぬぐえない不安を抱くのです。
それゆえに、私はそのしばらく後に、とんでもない事をしでかすのですが……言い訳ですね……。
「……あばばばばばばばばば」
ディム・ハンナ、うるさいですっ!!
大昔の某特撮ヒーローのパワーアップ回がムゴい。
自身の触覚と目ん玉とベルトの部品を、出先でくみ上げてくパワーアップアイテムとは?
記憶に間違えなければ、敵につかまって牢屋の中での出来事ですよ、これ。軽くヒきました。
今回の魔術回路関連の発想の原点はコレです。
昭和の某ロボアニメだと、縮小化して、敵体内に潜り込み→そこで巨大化して敵を粉砕。
某光の巨人の太郎さんだと、自身が自爆して敵巻き込んで粉砕した後→蘇生。
この時代の設定や技は大味ながら豪快で、想像の斜め上をゆく……。