■【番外:ジュライず・リポート/前半】※ジュライ・アルファ・ライン視点
「ジュライ姉ぇっ! おデンワつうじた! とゆーかむこうからかかってきたよ! ヒメさまもよーじあるってっ!!」
「……用事? また少しでも進展があったのでしょうか?? レポート渡すって伝えてくれた?」
そうです。鉄は熱いうちに打て。兄様の事をまず知って頂かないと。
姫と兄の接点は意外にあるようで、無かったのですから。まず情報を渡す。釣り書きのようなものです。
「うん。ちゃんとしつじさんにはつたえたよ。あしたちょくせつ、アネがわたしますって!!」
「……ありがと」
ではノートパソコンを起動させましょうか。
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義兄、オーガスト・スミス・ラインは我が家の嫡男です。
ライン家。ペガサス公爵レイライン家の分家、という体裁をとっているものの。実は本家レイライン家よりも成立時期が古く、この新大陸北域にて、原住民の方々との交渉を求められた家なのです。
何でも――この国の建国当初期、ライン家の嫡男が新たに家を興し、時の王に功績を認められ初代公爵の一人となり。
家に残った妹が、夫を得てライン家党首となり、ネイティブとの関係を維持したとか?
その妹君を祖とする新生ライン家の後継ぎ――嫡男たるオーガスト兄様。
オーガスト兄様、ネイティブの方々と友誼を結び。騎士としての実力は、若手トップクラス。
錬金術師学会に末席ながら席を持ち、鉄製従兵――いわゆるモッカーの新式制御法をレイク兄様と共に開発。
特許をお持ちで、本人曰く「小金持ち」との事。
そんな自慢の、兄です。
「――ちゃん」
そんな優良物件な男性の兄に、結婚話が立ち上がっている事実を、兄本人は知りません。
「――ラィってばー」
それはご本家の姫君……
「ねっ、ジュライ姉ちゃんってばー」
ん、セプテンバー。邪魔しないで。今いいところなんだから。
今私の部屋で、ノートパソコンという異世界科学の産物で、レポートの作成中なのだから。
時として憎ったらしく、基本的にはおバカでアホゆえに可愛いかわいい妹、セプテンバー。
野生動物の勘……といったもので、行動指針を定めているようなところがある。
あとで必要になったら、この子の部屋に呼びに行くつもりだったけど。
それを察して、事前に自主的な待機中。
いま、私のベットをソファーがわりにして、頬杖つきながら退屈そうにこちらを見つめてた。
「……セプ、邪魔しないで。姫様へのレポートで今手をはなせない」
「にゅ、姉ちゃん。アタシねちゃうかもよ」
「それでも、いいよ。起こすから」
そう言いつつ、もう寝ちゃった! 我が妹ながらよく遊びよく学び、よく食べてよく寝る。そんな自然の欲求に忠実になりつつも、ピンポイントで正解を引き当てる。
可愛くも憎たらしい、この子は……もぅっ。
…………大好きな兄のため。
私を選んでくれるのならば、それは究極の喜びだが、私を女と見てくれない兄。
選ぶのはセプでも良かったけれど、それも敵わない。
愛してはくれるけれど、家族愛。
妹に過ぎないのだ。
ならせめて。
兄の幸せにつながる布石として。
このレポートをより良いものに仕上げなければ。
兄にせがんだエクレウス村での惨劇のお話は、刺激が強すぎ、陰惨なものではあったけれど。
兄を語るうえで、欠かせない要素の1ピース。
なのですから。
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■エクレウス村の顛末
と表題を立ち上げたものの、私はどう書くのが良いのか画面を見ながら思案してみましょう。
しばし考えて。
まず時系列的に書くべき項目を列挙してみます。
◆父母のエクレウス村への、急ぐことになった理由。
私とセプの実父母夫婦が、地方を歴訪中の出来事。血のしたたりをほほで受けた父。空飛ぶ怪鳥に咥えられた少女を認めて撃退。
助けたものの少女――ミア・ヴァルゴは死亡していた。知己であった彼女の変異に異常を感じ、エクレウス村へ急ぐ。
村はすでに義兄――オーガストを除いて、魔獣惑乱大暴走にて全滅していた。
◆エクレウス村が全滅した理由。
的確に、モッカー駐機場から潰されて、守備戦力を半減されたから。このあたりの考察は義兄のレポートが詳しいですね。
◆義兄オーガストと父母との邂逅。
義兄は、なんとか自力で村の人々の埋葬を行おうとしていた。その兄に襲い掛かるゴブリンもどきの群れ。豪雨の中という最悪の天候状態の中。
若干10歳という年齢にも関わらず、もどきの群れを撃退してみせた彼は、そこに到着した父母と対峙。
その父母に勢いのまま、襲い掛かる。
◆義兄オーガストの暴走の理由。
本人曰く「八つ当たり」との事。幼なじみで有り、初恋の相手でもあったミア・ヴァルゴ。都合よくあらわれた二人が、その彼女の死を告げる。
そんな予感がして、それを防ぎたかった。彼女だけ遺体が村で見つからなかった故に、「希望を持っていた」とも。
いやそもそも、その理不尽な状況を前にして何かに八つ当たりしたい。
自分を滅ぼしたい。
そう……そう、思い……つめて……
「ねえちゃん、ねえちゃん、泣いちゃダメだよ。泣きすぎると兄ちゃん来ちゃうっ! 兄ちゃんのいもーと愛は全開っ。こんなことでもきづくかも!!」
レポート書いてて、思わず義兄の話を思い出し、泣き出した私。
その背中をなでで優しくなぐさめてくれる妹。
そう……そうですよね。義兄を必要以上に心配させないとの、淑女同盟は実妹セプテンバーと結んだもの。
愛する兄の為に、心配をかけてはいけないのです! あの人は5年前から兄であるともに、父でもあり母でもあるのですから!!
「で、ねえちゃん。アタシは何をすればいいのかな?」
「そうですね、一応書き上げたので、読み返して頂けると助かります。お願いします」
「ん! まかされた!」
義兄はその当時、能力を暴走させて、狂乱暴走状態になり。それを一対一の対戦で父が受けとめて。
狂乱暴走状態の兄はそのまま力尽き、正気に戻った彼は父母たちと村の方々を埋葬し。ライン家の長男になって今に至ります。
家事が壊滅的な両親にかわり、まだまだ忙しかった祖父母たちの補助として。でも気がつけば食事に掃除に洗濯。お風呂に入れてもらったり。もちろん遊んでもらい。
そして添い寝しつつ本を読んでもらったり、物語を語ってくれたりもして……。
だから彼は、私たち姉妹にとって「兄であるともに、父でもあり母でもある」のです。
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翌朝。
妹は私のベットの上で熟睡中。セプの日課――早朝の鍛錬は今日もお休み。ただし好きなだけ朝寝坊しつつも、起きた直後に彼女は鍛錬をかかしません。
私――ジュライ・アルファ・ラインの本日の予定は、ペガサス城に出仕の日です。
名目上は中級錬金術師としての、「研究者としての」アメリア姫の補助。
銀剣徽章資格を得て、中級錬金術師の資格もある私は、文句無く「成人届」を役所に提出し、受理されております。
ふふん、すごいでしょっ、エッヘン。
その私の勤務内容は、ペガサス城市内中央部の建物、ペガサス城に月二回出仕して、公爵閣下妹君の研究のお手伝いをするというもの。
姫――エミリー・アメリア・レイライン姫殿下は、公爵家ご一家としての公務をなされるかたわら、兄たち騎士の方々の装備品を開発される研修者としても名高いのです。
このユニコーンの村……正確にはユニコーン・タウンから近場のイーグル・タウンまで、50ccバイクで約20分。駐機場の片隅にご厚意で止めさせて頂き……。
そのイーグル・タウンにてポーター・バス――要はモッカーの背に30人程座れる座席と屋根壁つけた物ですね――の始発便に乗って約三時間。
姫の公務の合間をぬっての補助ですから、拘束時間は数日連続……という事もあり得ます。
気がつけば、城内に個室を用意され。
着替えやら歯ブラシやら、お泊りセットを用意されて、今に至ります。
レポートの仕上げは……場合によっては城内で仕上げる事も考えたのですが。
実家あるユニコーン・タウンほど、豊富な電源環境にあるとは言い難いのです。
うちの母親は……その……ある種の狂的錬金術師という類で有りまして。
それも魔術的錬金術は元より、錬金偽術こと現代日本由来の科学の申し子でも有り。
前世持ちの義兄の知識の補完も手伝って、半ば科学の要塞か大遊戯施設かというくらいに、様々な電化製品のレストア品がございます。
なので、電源確保には困らない「変な家」が我が家です。
どのみち行きのポーター・バスで不足の睡眠は補えます。
快食・快眠・快便に学びも仕事も全力全開!
兄の教えです。それをちゃんと変則的ながらもキチンと守ってるのです。エライでしょ、エッヘン。
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仮眠から目を醒ますと、そこは大都会――天馬城市。
いつもの光景なので、目を奪われる事も無く。正午までまだまだ時間ある、この時間。職場であるレイライン屋敷別館は、城市中央部――公館も兼ねているので、その場所にあります。
中央通り通って、市場を横切るのが近道。右手に東門騎士会館――兄様の職場を眺めつつ歩いて、思わず笑みがこぼれて……ううーむ、お仕事おしごと。
中央広場の一番良いところに立派な門構えのお屋敷があり。そこが目的地のお屋敷です。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「……おはようございます、ソフィアさん。今日は貴女が係りなのですね」
「はい、宜しくお願い致します」
ソフィアさんは、ここ半年で増員されたお手伝いさんのお一人。
私自身もう半年経つので、お屋敷の構造は熟知しているものの。こうしてお手伝いさんの先導は慣例的に不可欠なもの。
私よりほんの少し高いの背丈。大人しく、綺麗な後ろ姿を目の保養としつつ、私の部屋へと向かう。
この半年多くのお手伝いが採用され、見込み無しと、この地を去りました。
目の前のこの人は、綺麗な所作と生真面目さ。それと努力家である事を評価され、若手一番の有望株とのこと。
ただかなりの照れ屋さんで、同性の私や姫の肌を見ただけで真っ赤になってしまいます。
可愛い!
長い廊下を渡って部屋について。荷物は置いただけで、直ぐに退出してお風呂場へ。
私は主にクリーンルーム内での勤務だから、必要な道具類は、全てその中に有るのです。
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公館で有る以上、州の税金を使ってこのお屋敷は維持されているのですが。その内装のご趣味は先代そして現公爵閣下のご趣味によって華美で無く、しかし品良く。
この大浴場の脱衣場もまたそうです。
調度品や消耗品にも、その思想が行き届いていて。
ちなみに……州議会の資料室では、前年度までのその利用明細を見る事が出来ます。
「失礼いたします。姫殿下はお部屋でお待ちですが、浴室にてごゆっくりされますようにとの、ご伝言です」
「そうですか、有難う御座います」
全て脱いでハンドタオル持って浴室へ……と行こうとして姿見用の大鏡が目につきました。
サイドテールの髪型といて。ストロベリーブロンドの髪がゆれる。まぁまぁ見れる容姿とは思いますが。
やせっぽち。
……妹の方が色々育っているのは、もうあきらめるとして……色々あきらめるとして……女らしい膨らみに乏しいのが「妹」としてしか見てもらえない理由かな……。
そう何度もしている自問自答が頭をよぎります。
事前に温められている脱衣場ですから、そうやって我忘れて鏡面を睨みつけても、風邪ひくことは有りえません。
春先でも、屋内の場所によっては冷えますから。
姿見の自分の手首を見て、ちょっと失敗と、棚の脱衣籠に戻ります。
腕輪を付けないと。
これはクリーンルームにも持ち込める護身具。
これは、純銀製防水・防腐食性の簡易魔導――
ヒヤリ。
外気?
背筋に寒さを感じ振り向くと、ソフィアさんが、顔をはじめ耳たぶや首まで真っ赤にして固まっていました。
あっ……私、いま何も着てません!
「あっあっあぅあぅあぅ」
「ソフィアさん落ち着いて」
「ででででででですが」
「まずは深呼吸しましょうね」
「すーはーすーはー」
「呼吸の仕方が違います、ここはひっひっ・ふー、ひっひっ・ふー、です」
「はひーはひー、けほけほ……ひっひっ・ふーっひっひっ・ふーっっ」
あはは、可愛いです。
前かがみになって、チョコチョコ歩きつつ。職務を遂行しようとして脱衣籠の棚へと「逃げる」。
お着替えを持ってきて下さったのでしょう。
面白いから、逃がしません。
回り込むとふるえて、ちぢこまって…………。
ん? 何かがオカシイ。
前かがみ。
両脚に、何かが挟まった様な歩き方??
…………――――っ!!
私は有る事に気がつきました!!
火がつくように、身体が熱くなり、羞恥でおそらく全身真っ赤になっているに違いないのです!
と、同時に様々な可能性に気がついて…………。
深呼吸、一つ。
落ち着こう。
取り押さえ……何を罪状に?
いや、ここは公館ですから、お手伝いさんですら契約時に「有無を言わさず拘束される」事に同意する契約を交わしています。
スパイ対策ですね。
しかしこの公館に半年も居続けた実績。
書面――身分保証から始まった一切合切の不備の無さ。ひるがえってのそこまでの用意周到さを考えると……
「有難う御座います。からかい過ぎましたね? ごめんなさい。もう下がって頂いて結構です」
「はひっ」
……自然に言えたでしょうか? こちらが気がついた事を気づいたでしょうか? 私が気づいてない様な演技出来たでしょうか?
この……美少女めいた、男の娘さんな推定諜報員さんが、逃げ出さないためには……。
この脱衣場からつながる、クリーンルームを通って、姫様に進言しませんと!
明日に続きます。