【第二話:破滅はある日、突然に[三日目/後半]】
俺は暴れたかった。
滅茶苦茶にしたかった。
滅茶苦茶にしてもらいたかった。
わけが分からなった。
泣いていない。涙が出ていないから。
でも……じっさいは泣いていた。
悲しくない。ちゃんと冷静に対処できていたじゃないか。でも……実際は誤魔化していただけ。自分すら誤魔化して。
俺以外全滅。けれど●●の遺骸は足首から下だけ。だったら……そんな都合の良すぎる妄執にすがりつくくらいに誤魔化して。
実際は、狂いかけてたのだと、今なら分かる。
でも、目の前の大男は、その全てを否定する存在に思えたから……。ソレを否定し返すには?
相手をコワす! それゆえの突撃だ。
槍の残骸――左手の棒は、突撃と同時に反対にひっくり返されていた。金属器具――石突き金具を上に。それを突き出す。
難なく避けられる。
想定済み……では無い。考えての動きでは無く、単なる条件反射。
間髪いれずに体が自然に動く、この場でのおそらくは最適解へ。
右の槍モドキは若干長い。俺の体は何を思ったのか?
対戦相手の動きを阻害するはずも無い所を突き刺きさそうとした。
刺した。
どこに?
地面に。
石畳の石と石の、間の隙間。
重心の移動。
俺の四肢、皮鎧に包まれていない部分全て――全身の全回路。それらを力素が駆け巡り、橙色の輝きに満ちる。
「ちっ、不味いな。マジもんの暴走か!」
地面に突き刺した地点を支点とする。
槍を高跳び棒と見立てて、宙を舞え!!
「マーチ! ヤバかったら勝手に助太刀に入るからねっ!!」
俺は右手一本で棒高跳びを再現して見せた。相手の意表を突く! それ以外何が出来るか?
それほど届かない力量の差。
実践経験の差。
そもそも根本の、才能の差――大小、体格差からくる筋肉の量の差。
正攻法が一番なんだがね。何事にも例外はある。相手の予想外の行動をとる。
奇襲!
「いらん、俺の方で何とかする」
俺の体は豪腕騎士の頭上に居た。
綺麗な放物線を描いていたと思う。
技量を数段上げた今でも、再現不可能な、会心な一挙動だった。
両手は邪魔に成らぬよう、揃えられつつ。でも理想の落下地点、
のちの親父様の真下に落ちる頃には、両の凶器は下を向いていた。
槍の穂先。
鋼の石突。
俺はまるでスローモーションの様になった世界の中で、一部始終を見つめていた。
自分の事なのに。
他人ごとの様に。
五感の暴走ゆえか。ゆっくりと落ちてゆく。墜ちてゆく。堕ちてゆく。
黒の使い古した皮鎧。ゆえに黒の災厄や、黒騎士とも言われる。
災厄?
その異名は人の脅威、魔獣や悪人どもにのみ向けられる災厄で。
毒を以て毒を制すのが、本道よ。そう本人は言ったとか、言ってないとか。詳細不明。
そのトレードマークたる皮鎧の真下の、筋肉たちがうごめいたのが、わかった。
筋力は正義だ。どこで聞いた言葉か?
思い出せない。でもその通りだ! 半歩後ろに下がると同時に、左脚を軸に体を半回転。
たったそれだけの動きでかわしつつ。彼の動きはまだ終わらない。
会心の一撃をあっさりかわされて、そのまま地面に落ちようとする俺。その前に。
「……ごめんな」
そうつぶやきつつ、踏み込みつつ放たれた右腕の掌底。鋼鉄の拳で無く。指そろえられた手のひらの一撃。
大きな衝撃。
俺の体が一瞬、三重にぶれた。
「なんだい? 今のは?」
未来のお袋の声が驚きで、かすれた。
見間違いでは無い。必殺の一撃受ける瞬間、半透明の俺の体二体と本体の計三体、それが重なっていた様に見えた。
その現象は実在だ。半透明の俺は、ダメージを受けた「過去の俺」。
これもクロックワークの一側面。受けたダメージを、直近の「過去の俺自身」にも割り振って、ダメージを軽減する。そんなスキル。
これでダメージは大よそ1/3。
それでも無理矢理、落下のベクトルを狂わされ、俺はぶざまに転がる。
槍を石突の棒を、双方失って。
剣鉈も鞘ごとどこかに飛んでいた。転がる勢いのまま、そのまま斜面を落ちる。
あえてそのままに。
作用反作用。
無理に起き上がって踏ん張ると、その残る勢いのせいで、足を痛めたり骨折しかねない。
体がそれを、知っている。
勢いがゆるやかになるころ、起き上がって、飛び込む。
最後には自身の体だ、筋力だ。それはのちに親父から嫌と言うほどに学ぶこと。
全身を意識して、ストックしてた力を解き放つ。
クロックワーク!
俺の両足は服の下、脛当ての下で、赤く輝いて居ただろう。
強烈な一挙動の後には、隙が出来るはず。
懐に飛び込め!
今度は左拳に力をこめて。
……元服後にして思えば笑ってしまう。俺が最後に放とうとした左拳の一撃は、ヒーローの技の猿真似。
「――ィィダ~……」
唯一の例外一件を除いて、みなオートバイ乗りの仮面の英雄たち。
俺が死んだ後も続く、現代日本の特撮ヒーローシリーズ。
その技の模倣。
一呼吸おく。
懐に再度飛び込めたのは僥倖と言えた。
先ほどは半ば偶然。今度は必然。
石畳を踏みしめろ! そこで得た反発を伝えて腰をひねろう! 上半身の半回転。拳を握りしめ。
さらに肩・二の腕に手首まで無理なく伝えろ!
そして……決めろ!!
「パァァァァンンチっっっ!!」
決めた。決まった。真芯に捕らえた手ごたえ。
俺は知った。何になりたかったかを知った。
本当の自分の気持ちを知った。
俺は特撮ヒーローの様になりたかったのか。
未来を守る正義の使徒に。
「つう……」
親父がうめきをあげた。
そして負けた。
負けた事を知った。
野球に例えると。名捕手の鉄壁の構えのごとく。
俺の最後……いや最期のつもりで放った一撃は。
黒騎士の、重ねた両の掌で受け止められていた。
抜ける。
力が抜ける。
暴走はあくまで一時的な物だったのだろう。
スキル持ちの暴走――九分九厘は暴れるだけ暴れて、たいていこうなる。
俺もその例外には、ならなかったようだ。
「末恐ろしいガキだな」
言葉は乱暴極まりないが、称賛の響きを心地よく感じながら。
俺は崩れ落ちて、意識を手放した。
■■■
――現代。ユニコーン・タウンの俺の家。
「っ!!」
「で! どうなったのさ!!」
ココアの入ったマグカップは、もう湯気をたててはいない。
蜂蜜入りホットミルクのも同様。
さめきったそれらに口をつけるのも忘れて、妹たちはそのマグカップをきつく握りしめて。
強い目力でにらみつける様に、視線で話の続きを促した。
「俺が暴れたのは俺が知りたくない事を二人が告げるかもしれない。そう思ったからかもか。実はいまの俺にも、正直あの時の俺の気持ちは分からん。もう身体ん中でめちゃくちゃだったからな。……変なところで、俺の勘は当たるものでな……。親父とお袋が俺の村に早く駆け付けられたのは、ミア・ヴァルゴの遺体を村に届けるためだった」
「っ!!」
「……」
はは、俺のそっけない言い方に強く反応するジュライにセプテンバー。
上妹は事前情報として、下妹は本能で察したのだろう。ミアは……俺の初恋の相手であって、二つ下の妹分――幼なじみだ。
「単なる偶然か、何か予感を感じたのか……親父たちはミアの死を告げる使者って訳で、俺が八つ当たりしちまったのも、そんなところかもな……ははは」
……ダメだな。ミアの事を思い出すと、今でも堪えてしまうのが自分でもわかる。笑い声がほら、乾いちまっているじゃないか。
「「…………」」
妹たちにそんな顔をさせる為に俺は話をしたんじゃない。それにこれはもう――
「――過ぎた話、終わったことだ」
「「…………」」
それからの事後処理の話に、妹たちは話をはさむこと無く。たんたんと俺の話は続いた。
目覚めた俺にミアの遺体を見せてくれたこと。
その右手には、血にぬれた糸の束の様なモノ――のちにレギオンなるスキルの手がかりと、なり得る魔獣化した蜘蛛の糸だと判明する。
その左手には……血で染まった封筒。ミアの従姉宛ての手紙だったらしく。その内容はその従姉――リンダ姐と出会うまで不明のままで。
ミアは、大空をゆく怪鳥の魔獣に、咥えられて移動していたらしい。
雨……血のしずくが、親父の頬に垂れ落ちて。怪鳥の存在に気がつき撃退、怪鳥を殺処分。ミアの存在を知る二人が村に駆け付けた時には……といった流れであった。
「そのあとは……そうだな……三人で村を片付けて。弔いして。親父たちは親父たちでエクレウスでの用事もあったらしいから、それも済ませて。
それから俺はオーガスト・スミス・ラインとしてこの家に来て。一応実の父と親父とは従兄弟になるのか。あとは二人の知っている通りだ」
心配そうに、いや悲痛な顔色で。俺を見つける四つの視線。
他人といたわれる優しい娘たちになった、うれしさと。
家族を思う愛情を感じて。
自然に俺の右手は、交互に二人の頭をなでていた。
兄になった五年前。
あの後俺を拾った両親は、親戚筋とは言え、俺を実子達と変わらない愛情を、注いでくれた。
加えて飾らない。ありのままを見せてくれた。自暴自棄だった俺に、幼児達をあてがい、世話をさせた。それもまた、心のリハビリになるだろうとの考えもあっただろう。実際チビどもと接するのは、大変だった。
年子で姉よりも体力筋力体格に恵まれている分、脳ミソ筋肉な、いもーと――下の妹。
体格が劣るも悪知恵働いて、いつも妹を泣かせる小狸な、あね――上の妹。
一歳と2か月年齢差、14か月。
ソイツらが力の限り俺に反発し、わめき、なついて、デレる。そん時の気分で二人の怪獣が大暴れだ。下の妹は、俺の歳より早くスキルに目覚めソレすら駆使する。上のは、魔術に対する適性を早くも示して対抗する。
あの両親の実子だけあって、天然素材なトラブルメーカーであった。
村――今は「町」に昇格しているが、何かが有れば村のみんなが避難するための家。
俺の家。
築200年超えとも聞く。ほぼ建国の時期と同時期に建てられた、半漆喰半木造。
無駄……では無いが、要人来訪の際には本陣になり、避難所にもなる……我が家はやはり、普段は無駄に広い屋敷だ。使用人なんぞ雇わないし、その分その維持にも時間がかかる。
悲しむ。悔む。嘆く。そんな負の意識に、耽溺する暇があるか? 無えよ! そんな暇!!
でも俺がまともに戻れたのは、多分そのお陰。だから妹たちを愛しているし、家族を大事にしたい。
「じゃ、寝るか! 二人ともトイレに行ってから寝るぞ。けっこう遅い時間だしな。明日も明後日も休みとはいえ、習慣を崩すのはあまり感心出来な――」
という俺の言葉をさえぎって。
「……兄様、私はする事が出来ました。明日朝一で姫様の元に参じなくてはならない所存。自室に引き上げさせて頂きます」
「みゅ。こりゃだめだね。ジュライ姉ちゃんホンキもーどだ。えーっと、アタシもよびだされるの、わかってるからねーちゃんにさいしょっからつきあうねー。にいちゃん、さらばだ!」
二人はすぐに、立ち上がってマグカップ片手に、愛用の枕も引き上げて。
バタン。
無常にも、俺の部屋の部屋は閉じられる。
何なの。何なんだ、この、裏切られた感は?
まるで馴染みの女に、女にしか分からない理由で振られ、置いてきぼりされた、この感じは?
「えーっと…………」
我ながら間の抜けた声は、自室の空気にただよって、かき消えて。
微妙な空気の中、一人寂しく俺は就寝するのだった。
ええーい、泣くもんか! …………しくしくしくしく。
≪番外ジュライズ・リポートに続く≫
明日の同じ時間に更新します。