【第二話:破滅はある日、突然に[二日目]】
元々この原稿は、二年くらい前に一度途中まで書き上げて、頓挫していたもの。
ダメもとでとは思いつつ、三人称のレイクの話を一区切りとはいえ、書き上げた故に何が先が見えた。
……というのが僕の単なる錯覚で無ければ良いのですが。
大まかな流れは考えてますが、その通りに動かず、プロットも仕上げられず。と言うのが正直前回の流れ。
今回はさて。
書き手の僕自身も[作者的に無責任で不謹慎ではありますが]楽しみでありまする。
――5年前、エクレウス・ビレッジにて。
二日目。くもり。
どんな人生を歩んでも、朝は来る。
俺はのろのろと起き上がる。
「生水は体に悪い」。その教えを受けたのは、前世だったか今世だったか。それが分からない。
でもそれを守らなければならない気がして……。
なかば機械的に井戸水組んで、湯を沸かし。翌日以降の飲み水とする。
腹が減っていた。
集めていた食料の山から、かじれるモノを適当に取る。
パン。ハムにソーセージにチーズ。食物繊維がないな。……バランス的にかたよっているが、気にしない。
エサか燃料補給みたいな、食事を終えてから。作業の為に外に出ようと思った。
冷めて固いパンをかじりつつ。そう言えば、これって……お袋が数日おきに焼いてくれてた最後のパンか……。
それをきっかけにして、芋づる式に記憶が思い起こされる。
山奥の山村だから、輸送手段が限られる。放牧と山の斜面に作られた狭い畑での自給自足。裕福とは言えない。
肉気は月に一回村で潰した鶏を、皆で分け合い食べるくらい。基本はパンに山菜にチーズに卵にじゃが芋くらいか。卵はだいたい毎日食えた。
山奥の山村にしては、食料事情は良いかもしれない。
魚気は、鱈を干して塩漬けにしたヤツ――塩ダラがあった。
この塩ダラ、保存状態が良ければ数年持つが料理に使う際の、下準備は面倒くさい。叩いて水で戻してから使う。じゃが芋をつぶしたモノに、コイツをほぐしたのを混ぜて、贅沢にするなら卵も入れて、焼く。
ウチの村に仕入れられた塩ダラが質が良いのか? もしくは生みの母親の腕が良いのか?
塩ダラ入りのジャガ芋パンケーキは、磯の香がジャガ芋にしみて、程よい塩気にいくらでも食えた。今は亡きお袋の味だ。
でもこの時のエサは、すぐに食えるソーセージに、パン。もしくはチーズ。味わいもせず。腹がふくれればそれでよい。
村での豊穣感謝祭や、神子様の聖誕祭にでもなければ食えないはずの、ご馳走たち。それも喜びあう仲間がいないなかでは。咎人にと、おとしめられた囚人の前では。単なる虜囚のための豚のエサにも等しい。味わって食べてない。
そんな牢獄は、単に心の持ちように過ぎなかったと、俺は現在は思う。
無味乾燥だった燃料補給を終えて、のろのろと作業に俺は戻る。
わずかに血の味がする。……唇をかみ切っていたか……。正直どうでもいい。
■■■
心はもちろん満たされず、ただ浅くも長い睡眠と適度な栄養補給は、体を維持する。
無茶な身体能力行使の、後ろ盾になる。昨日よりは、上手く使えるはずだ。俺の中の冷静な部分は、その下準備の一部を、昨日のうちに済ませておいた。
まずは、目安の作業工程。
目的:村のみんなを弔う。
手段:遺体を一か所に集め保管する。
その進捗度合い:目算、大よそ村人人口の半分から1/3くらいは遺骸を集め終えていたハズ。狭い世界での限られた人間関係だ。
生まれてから村中、みな家族。全て把握できていたから、そこに間違いは一切無いはず。
俺の中の冷静な「つもり」な部分は、そう考えていた。そして、この部分に関してはおおむね正しかったのだと、あとで知る。
次に下準備で今する事は……っと。
メモを書きだす。
箇条書きだ。
前世の時、大学時代・また仕事時代での習慣。営業→工場実務という流れで配属先が変わっても、それは変わらない。
確か切欠は、バイト先の先輩のすすめで。とは言っても誰でもやってるだろう、当たり前のメモ取り。
やるべき事を全て書き出して、やり終えた項目をその度に線で消す。
性格的に抜けが多い俺の、凡人らしき工夫だろうが、な。
◆大目的:村のみんなを弔う。
そのためにはまず――
●健康を保つ。生水飲まない。飯を食う。寝る。生き残る。
……この項目は、線で消すのでは無くて、「レ」点で夜寝る前にチェックで良いだろう。
●周囲の警戒:魔獣の再襲撃や野盗襲来の可能性。
こいつに関しては……鳴子でもつくるか。鳴り物になりそうなガラクタは昨日並行して集めきってるしな。で、項目追加。
@鳴子作成。
で次いでに必要な事。保守点検。
@鳴子の確認。朝/夕。
「レ」点チェックで、朝夕二回チェックしとけば、良いだろう。
●記録を残す。
これに関しては、昨夜思い出せるだけ思い出して、時系列的にメモ書きで下書き残したが……。
@毎日記録をつける。
これは「レ」点チェックにして
@メモを清書する。
メモの清書は可能なら、弔い終えて安全圏にたどり着いた時に。だからこの項目に線引きは全てが終わってからだ。
安全圏……そうか……俺が死ぬ可能性もゼロでは無いよな。記録を取るのは、俺の主観が入り過ぎるから、客観的要素って事でビデオカメラも準備してたが。こいつが重要ってことにもなるかもか。
なら。
@映像記録を残す。
前世の世界から「落ちてきたカメラ」なら問題無く残せるだろう。そういや前世生きてた時、TVのCMでの情報のみで、結局見ていない映画があったな。なんちゃらウィッチプロジェクトとかなんとか。記録映画風のホラー映画だったっけ? はは……こんな状況の中で思い出すなんて、不謹慎だな。
これも「レ」点チェック。
とここまで項目を作っていって。それを清書して。箇条書きしつつ、その行間に余裕を持たせるのはいつもの事。追加の項目を思いついたら、記すため。
ここで不意に目に留まる。
●健康を保つ。生水飲まない。飯を食う。寝る。生き残る。
生き残る。「生きて」俺一人「残る」。そこに……意味はあるのか? …………あるとするなら、此処に村があった事実を知らせる事。次に他所の場所で、この災厄が起きない様にする。その手助けにする事。それくらいか。
でも……俺個人に生きている意味……いや価値はあるのか? そう問いかけても誰も答えてくれず。
昨日集めた短槍を手に取る。
自然と大きく息を吸って吐いていた。コツがある。いったん息を止めてヘソの真下――丹田って言ってたっけ? 前世でいう、その部分を意識して。大気中の力――魔素を吸収し。体内で力素に変える。両手の回路にオドが通っているはずだ。
そのオドの青光の紋様を通して、手のひらからヤリに注がれる。錆びた刀身に弱々しいが、明らかに紫の色の光が見て取れた。
最下級の紫から始まって藍色・青色・緑色・黄色・オレンジ色、最高出力の赤。なぜか虹のスペクトルのそれと同じだが、「学会」の偉い学者さんたちでも、何故の答えを持っていないという。オドの光。
青色のオドから2ランク下がる効率の悪さだが。
刀身の固さと耐久性を増し、敵の肉体に触れた瞬間刀身自体を赤熱させて、焼き切るタイプ。
わずかながら、熱気を宿したところをみると、錆びていても従騎士の装備品としては最低限の機能は残しているらしい。
ありふれた数打ちの魔術槍。
それを確認し、槍を持ち、ただの鉈を腰に吊るして。俺は作業の続きに、外へ出た。
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外に出た途端、鼻の奥を突く刺激的な臭い。焦げ臭さ。眉をしかめるが、他の臭い――腐敗臭などをまぎらわせてくれるのは、ありがたい。
昨日それなりに遺体の回収が出来たはず。けれども崩れ落ちた建屋の真下のものは、まだ。
たった一人ではふつう無理な作業。残骸を持ち上げ遺骸を回収するに、最適なスキル。それに俺は目覚めていた。
クロックワーク。でもこの時は使うほどでは無かった。
まずは前段階。息を吸って、吐く。大気中のマナを吸い込み、体内で循環させオドへと変える。俺の目の端に、黄色の光が入ってくる。
首筋から鼻の辺りに回路の光の筋が走っているのだろう。オドの輝き。ソレを五感の強化、特に「鼻」にまわす。
焦げ臭さに混じって、腐敗し始めた臭いを感じる。
ここか!
崩れた石壁の真下。敷石を黒く汚しているが、血の跡だと気づいた。周りを見ると良さそうな廃材を見つける。テコの棒に最適か。元は屋根を支える木材だったのだろう。
じゃっかん太くて持ちにくそうだが、丈夫そうだしな。棒の先を瓦礫の下に突っ込んで。
大きく息吸って、吐いて。吸って吐いて吸って吐いて…………大量のオドを生成し…………踏ん張る!
この時10歳児時点で俺の筋力増強するアビリティは、二十歳前後の筋肉量に匹敵する腕力脚力に目覚めていた。
筋力増幅比率およそ5~6倍か? ギチギチと音たててきしむ木材。重い。……持ち上がらない……。
この世界この国において。職能持ちとは、対魔獣の能力持ちを指す。偉い学者さんの話だと魔獣のそれと同質だと言うが。スキル持ちは、核持つ魔獣の代わりに、回路で制御。
小型魔獣よりはオド出力量が高いが、中型魔獣のそれにやや劣り。マーキナーや熟練モッカーの協力で、やっと大型魔獣のオド出力量に匹敵と言うレベル。
スキル持ちそれぞれが、個性的な固有の特殊技能を持つが。共通の能力も幾つかある。
コモン・アビリティとか単にアビリティという。筋力増強・五感強化、治癒力促進など。スキルの特性によって、使えるアビリティには、人によって向き不向きがあるけれど。
今最大限の筋力増強でも、持ち上がらない瓦礫の山やまヤマ。ならば!
大きく息吸って、……いったん息とめて……大きく吐く! 全身が熱い。手のひらや首筋の輝きが大きく。
黄色からオレンジに。
「ぬぅぅぅ……――」
オレンジから赤、深紅の光を放つ。
「――うがぁぁ!!」
瓦礫を跳ね除けて、見つけた遺体に俺は固まった。見覚えある。近所の小母さん。●●のお母さんだ。
俺は肩で息をしていた。
●●。あの子だ。俺の妹分。あの子の母親の遺体だ。
比較的、そう比較的綺麗な遺骸。割れた後頭部のキズが死因か? 崩れた石壁の下敷きになっていたって事は、襲撃の早い段階で亡くなって、自宅に安置されていたのか。
少しあの時の記憶がよみがえってきた。
襲撃あってまず、モッカーの駐騎場が襲われ何とか撃退し。敵増援襲来。撃退。さらに増援、撃退。何度もなんども。
そしてエクレウスの村は、最後には数の暴力に屈したのだろう。
最終的にどれほどの魔獣の群れの暴走に、この村さらされたのか? 俺は戦いの最中気絶し、穀物倉庫に運ばれたのか。襲撃現場の近場であったのか、ね。
ここで作業の手を止める訳にもいかず。作業を続けよう。
村のみなはみな顔見知り。脳内のリストで確認するに、今の作業量は……あと三分の一くらいか。
少しの懸念。●●の遺体は無かった。いや、あったが靴下履いた左脚の足首から先のみ。
……生きている? いや、まだ遺骸が見つかっていないだけで、おそらくは……。
変に期待を持ってはならない。期待を持ってはならない。そう何度も自分に言い聞かせて。でも心の奥底では?
そうやって、俺は昼過ぎまで掛かって、今日の目安的作業工程の半分を終えた。あとは鳴子の設置だ。
■■■
「っ! スキル無しで! アビリティの過剰反応――赤熱化運用は危険域じゃないですか!!」
「みゅ? そなの?」
――現代。ユニコーン・タウンの俺の家。俺の部屋のベットの上。
珍しくタイムラグ無しに叫んだ、上の妹ジュライに。反応の薄い下の妹、セプテンバーの図。
まっ確かに驚くよな。
通常、コモン・アビリティ発動のオド量は、目安イエロー・ラインまで。特殊アビリティ――狭義のスキル発動時には最低ラインはイエローから始まりレッド・ラインが常識。
ただ厳密にいえば例外がある。
一、スキル使用の経験を充分に積み、ごく短時間の発現。
一、自身のスキルに関連する部位への発現。例:五感強化のスキル持ちは、五感に限定的すれば短時間使用可能。筋力増幅にからむスキル持ちは四肢の強化につき等。
一、現地民式の修行方法を習得する。
ってなわけで、俺は一応ネイティブの二つ名だしな! ある程度の時間なら大丈夫なのさ!
「兄さま! それは今の話でしょ!! そんな危険な真似して!!」
あははは、バレたか。
「……みゅっ。あのさ、ジュライ。いま兄ちゃん生きてここにいるじゃん。あぶなかったんだろーけど、いまここにいるってダイジョウブだったってことだ・よ・な」
……面白い姉妹だよあ、コイツら。普段は姉がストッパーで暴走気味な妹をコントロールしつつ。姉が暴走すると、ちゃんと妹が止める。うん、良い事だ。
「まあ落ち着いてくれよ、ジュライ。結論を少し話すと、暴走したけどな。」
「兄さま!」
けれども、それは親父とお袋と合流した時。お話のもう少しあとになるのさ。そん時親父たちに処置を受けたから、俺は今お気楽に、お前たちの前に居るのだよ。
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――五年前。エクレウスの村、廃墟の中。昼下がり。
簡単に昼飯すませ、鳴子設置の作業に入る。村の主要な個所主要道に何本も設置して。
この作業にはあまり力は要らない。
ただ淡々と。黙々と。作業を進めて、やがて日が暮れて夕闇が忍び込んだころ。
俺はのろのろと、重い体を引きずる様にして穀物倉庫に戻る。
適当に腹に溜まりそうなものにかじりつつ、湯冷ましすすって泥の様に身じろぎせず眠る。
■■■
翌朝。三日目、曇り。
作業前に何気に鳴子に目をやる。十数本をはわせ、ピンと張った縄ナワなわ。その内の一本が地面に落ちていた。
気になり、鉈吊るし槍持ってその縄の先を目指す。
ヒモ切られている。
「切れらている」。
人為的。少なくとも知恵持つ何者か、のしわざだ。
≪第二話[三日目/前半]へ続く≫
明日の同じ時間に更新します。