【第二話:破滅はある日、突然に[一日目]】
グロ注意。
残酷な描写があります。宮内の描写不足でそんなにグロくならないかもしれませんが。
そもそも、そんなもの読みたく無いという方の為に、火曜日あたりに更新される外伝〔義妹ジュライ視点〕の前半部分に要約が記されています。
それをお読みになれば、お話の流れはだいたい分かろうかと。
あと、今後※ギリシャ神話系列の神様が出てきますが。星座もいくつかは、それ由来です。そうと言いつつ、一部ローマ神話表記だったりしますが、わざとです。
宮内の中では日本の「神仏習合」なイメージでしょうか?
たぶんオーガストの性格上そんな場面が出てきたら、解説してくれるはず。多分
ちなみに第二話は、四分割構成の、毎日更新です。
そのあとの火曜日に二話構成の番外、義妹ジュライ視点のものが出ます。
――5年後、現代。
ユニコーン・ビレッジの俺んちの寝室にて。
気がつけば、俺の部屋。俺のベットの上で3人仲良く寝る事になってしまった。その前にする話は、就寝前にはふさわしくなさそうだけど。
両手に花というには、幼過ぎる義妹たちを両脇に。大き目の寝台に半身をおこし、さて妹たちにどう話すか、何を話し、何を話さないのか。
選別しないとな。うむ。
「兄ちゃん、ぜんぶ、はなしてね。ぜんぶ!」
へ?
「……銀の剣を国からたまわる。その意味を私たちなりに理解、しているつもりです。魔を討ち民を守る。今はまだ手伝いに過ぎませんが、人の生き死に関わった事はあります」
…………。けっして侮っていたわけではく。たった3年、故郷を離れていただけで……。
ふと俺は前世のスポーツ選手の、インタヴュー風景を思い出す。まだ二十歳そこそこのゴルフ選手だったか?
そのよどみ無い受け答えに、成熟したものを感じ驚いた。
又違う事を思い出す。先ほどとは異なる、TVでの一幕。こちらは子役ながらすでに、芸歴10年近い女の子の受け答え。大人びた気づかいさえ感じる。感嘆。
スポーツ、芸能界、過酷な過当競争。TVに映る――万人の視線にさらされる。その言動が万人の審査を受ける。そんな過酷な環境が、人を変える。変わらざるを得ない。
大都市の中で、安全に暮らすのとは違う。町の城壁や、村の防御壁を一歩飛び出せば過酷な自然に加え、魔獣が出る。
ましてはここは、剣と魔法の異世界。人間に牙むく凶悪で劣悪にもなり得る自然環境。
壁一つ隔てて、「死」が直結している国なのだ、ここは。
防人はいうに及ばず。おさな子であろうと、老爺老婆であろうとも、等しく死の危険がともなう大地。
分かった。分かったよ。俺の体験がお前たちの助けになるというのなら。全部話さないとな。
……しっかし何から話すといいのやら。
この問いは、先ほどとは質が変わったと思う。
「ん~、兄ちゃんジケイレツジュンでいいよね」
ジケ? ああ時系列順に、ね。オーケーおーけー。兄ちゃん、セプテンバーの口からそんな難しい言葉が出た事にも感動だ。
末妹の功績? を上妹ジュライが「ドヤ、兄ちゃん。教えた、ワイえらいやろ?」的な不敵な笑み浮かべ、親指まで立ててくる。
お前何歳だ。お前にも前世があるんじゃないのか? と兄ちゃん、たまに疑うぞ!
こほん。
空せき一つして。時系列の順番的にいうと……。俺が前世の記憶を取り戻し、自覚したところからが相応しいかね。
ちょうど5年くらい前の春のとある日の出来事。昼飯時まえだったと、記憶している。
気絶していて、意識を取り戻し。自分の周囲に誰も居ない事に気がついた……そこからだ。
■■■
――5年前、エクレウス・ビレッジにて。
白昼の月。真昼。
魔獣惑乱大暴走が終った村での、一日目。
陽の光が窓からのぞいていた。それがこの体の、俺が「俺」となった際の最初の記憶かな。前世の記憶を意識できた最初。
かろうじて無事だった村の穀物倉庫。
気絶していた俺は、誰かにそこに寝かせて貰っていたのだろう。
そこから、俺は外に出た。
感覚的に寝ぼけたような感じだった。
オーガスト・S・ラインになる前――前世の26歳時の記憶と、10歳までの村で過ごした記憶。それらが混ざって、頭がぼうっとしていて。
目の前の光景も、意識がぼんやりしていて何なのか分からない。
針で突き刺した様の強烈な臭気を感じ、徐々に意識が……気持ちが……はっきりし出す。
様々な物が焼け焦げた時の臭い。それが火災現場で、燃え尽きたあとと自覚して、徐々に何があったのかを理解した。
目の前に広がる惨状。
焼け跡。
壊れた家々。
人の気配は絶えて。元は欧州は中世時代風の、村であった残骸。
身体が震える。寒さでは無い。
10歳児であった現世の記憶は、誰も生き残らなかったのを、理解させた。
前世の、青年としての知識が、村に何が起こったのかを明確に裏打ちする。
容赦なく。
物音すら無い静寂。あるのは俺の足音くらいか。そして一面に広がる様々な、焦げ臭いにおい。糞尿の臭気。鉄さびにも似た臭気も混じる、血の匂いだ。
それが死臭であるのを、その時知った。
ああ全て終わったんだな。こんなにもモろいのか。
空っぽになった瞬間。
その実感。
清々しいはずの春の、朝の日差し。穏やかに思える春の日差し。
死臭は、そんな時に嗅ぐべき匂いでは、けして無い。
こみ上げる吐き気。また吐く。吐き戻すモノが無い場合に、胃から昇ってくる苦い汁。苦い胃液はのどを焼く。
『俺が……俺が元凶ならば、なんで俺を殺さない! 俺は死んでない! なんで俺だけが生き残った!!』
その叫びは現地語でなされ。しかし空しく響いて消え去るのみ。
ずいぶん経って、それは単なる八つ当たりだったと、俺は知る。
魔獣の大量発生による、魔獣惑乱大暴走。
メガ・スタンピード。
この新大陸での自然災害の一種。俺の村だけの話では無かったのだ。星座の名を冠する由緒ある村。
それが一つ丸々崩壊する規模の災害は、かなり珍しくはあったらしいが。
でも、それでも。
この時の俺には分からない。前世のせいで、取るに足らない罪と言えぬモノ。それを罪として背負っていた、俺。
一時期自暴自棄におちいった程の、前世での精神状態。それがぶり返したゆえの叫び。
その問いに答えてくれる者は、すでにどこにも居ない。
俺に何ができる? 何をする? 村をさまよう。
木造建築物だったモノの残骸。衣類だったモノの端切れ。
様々な引き裂かれた物・もの・モノ。赤黒い沁み――血痕。
そしてそれらに混じって方々に散らばる、千切れたモノたち。それは……その肉片はっ! その元の姿がナンナノカ。理解する。してしまう。
食べ残しされた肉片のうち。シワだらけの左腕、目に付いた。指に武骨な指輪。荒々しくも愛情をもって、幼い俺を、撫でてくれた老爺の手のひらがあった。
武骨な指輪をはめてて、それが何気に痛くても。何故かうれしかったこと。
それを脳裏に刻みこむ。
俺に何ができる? 何をする? 村をさまよう。
ああここは……。焼け落ちてしまっていても、頑強な石組みで建てられた建屋。半壊し、蹂躙され。動くもの無いが、この鍛冶場と地続きのこの家屋は。俺の家だ。
村一番の鍛冶師だった父さん。刀鍛冶として、それなりに知られていたらしく。ときおり高名な騎士たちがわざわざ立ち寄って、武具を買い求めたほど。
無口というよりは、口下手ではあったが、不器用な思いやりはあった。愛されていた。
そんな父のどこに惚れたかのは不明だが、いきなり押しかけ押し倒し。既成事実――つまりは俺を生んで妻の座についた女傑? 母さん。
そんなウワサ話、いや事実を大人たちから聞くも、そのイメージからは程遠い容姿。若作り。よく笑いよく泣きよく叫ぶすごい人。ちょっとコワい。でも基本優しかった。
……そういえば弟か妹が出来る。そんな話も聞かされていたのだが、果たされず。
忘れない。忘れてなるものか。
村をさまよう。
村の広場のあと。ところどころに瓦礫や死骸や残骸が散乱するが。広場であったと分かる。
同年代のみなと遊び。広場真正面の「教会」にて、読み書き数字を学び、神々の物語を知り。
ギリシャの神々が未だに現役で、新大陸で信仰されている事実に思い当って、呆然とするが。それはずいぶん後のはなし。
教会はギリシャ由来の神々の一柱を祭り、狭い村ではさまざまな役割を果たす。
豊穣祭の時には宴会場となる。
そーいや、飲んではいけないハズの薄めたワイン。果汁で飲みやすくした酒精で、酔いが回ってへべれけになったっけ。
じーちゃんばーちゃんに小父さんたち小母さんたち。
決して。そう。決して不幸なだけの半生では無かったはずだ。
村をさまよう。
そう言えば……。あの子がいた。そうあの子。年下ながら年上ぶる、近所の妹分。俺に腕力ではかなわないので、彼女は蹴りで不満を自己主張。理不尽だ! その彼女が一番お気に入りの真っ白な靴下。それが無造作に落ちている。泥まみれになり……靴下の中身から染み出した赤黒いナニカが、さらにそれを汚していて、台無しだ。片足。そのあの片足だけ……。
村をさまよい、残骸や焼け跡を目にし。ときおり自重で崩れる建屋の成れの果て。その崩壊の音を聞き。死臭をかいで、村の全てを見終えた。
様々な生活の痕跡に混じって落ちている物・もの・モノ。
手。上半身だけ。片足。手首周辺。そして……生……首……。意味を理解する。それらの意味を知る。してしまう。
何度目かになる嘔吐感が、俺を襲う。吐く。
吐きが治まった頃には、強烈過ぎる様々な臭いで、麻痺し、何も感じなくなっていた。何も。
せめて……せめて出来る事をしないと。
でもその時の俺に何が出来ただろう? 黒髪こそ以前のそれだが、俺はコーカソイドでは無くモンゴロイド――日本人であったはずだ。でも今は白人種の、一人の子供に過ぎない。オーガスト・スミス――高山ヒロム、享年26歳。
数日後にオーガスト・S・ラインとなる、その前の出来事、一日目。
■■■
――5年後、現代。ユニコーン・ビレッジの俺んちの寝室にて。
「兄ちゃんってターカーヤーマーヒロームーって名前だったんだ。タカヤマってのが、名前?」
「……セプ、それ違う。日本の人は姓と名前が逆になる。だからヒロム兄さま」
そうだな。ヒロムの方が個人名だ。でもむかしの話だから、覚えなくても良いぞ。
「覚えます! 何よりも兄さまの事ですから。兄さまの名前だし。ただ……ここまでのお話で……ひとつ疑問があります。マーキナーが無くてもエクレウスの村にはモッカーが多数あったのでしょう? それも村の規模からして多すぎる十数騎は……と記録にありました。それがまったくなすすべもなく、魔獣らに蹂躙される羽目になったのです?」
その辺は確かに不思議に思うだろうな。おそらくだが、魔獣の群れが襲いかかられた時点で、まともに稼働していたモッカーは無かったと思う。
襲撃を受けたのは、村の西南に位置する駐騎場から。その時点でモッカーの大半が大破したであろうって調査結果出てるしな。俺の記憶でも多分そんな感じだ。
……話かなり長くなりそうだな。トイレは大丈夫か? 二人も数日は休みだったんだよな? この際開き直って夜更かしして、寝坊するのもいいだろうし。
「だったら兄ちゃんホットミルク! ハチミツたっぷりの!!」
「セプ、寝る前にそんなの飲んだら、おねしょするでしょ」
眠そうになりそうな前に、俺がセプをトイレに放り込むさ。ジュライはホットミルク無しで良いのか?
「……ココアが良いです」
そか。ホットミルクにココアな。俺は今日は烏龍茶にすっか。それ入れたら、飲みながら話の続きだな。
■■■
――再度。5年前、エクレウス・ビレッジにて。
太陽は西へと大きく傾き、赤く染まりかけて。涼しく心地よい風は、死臭を運ぶ。
泣いてわめいて。胃の中もモノすべて吐き出して……生き残りは……俺だけ。うすうす感じていた事を、事実として確認し終えていた。
村の残骸の中から、使えそうなものをかき集め。けれども俺には火事場泥棒になる意図は、無い。
これから出来る事をする。そのための準備。水と食料。
無事だった穀物倉庫には、子供だった俺が、何か月かをココで過ごすには十分な量があった。井戸もある。
スコップ。つるはし。汗ふく端切れに、暗闇を照らすランプ・ヒモ.。武器になりそうなナタと錆びたヤリ。それに大量の空缶の類えとせとら。
長丁場になるだろう。他に何が必要なのだろうか? ……あっビデオカメラ! 記録映像!
誰も居ない。居ないからこそ、自分で考え、用意して、実行する。又考えて、用意して実行して………。
そもそもこんな山奥の村に早々助けが来るとは思えず。定期的に訪れる行商人が来るのは、まだ4日は先だ。
たった独りの籠城。たった独りの防人。
俺は一つの方針を立てていた。俺がこの村の最期に出来る事。
それは、とむらい。村人たちの死を悼み、冥福を祈り、記録を残こす。この惨状を二度と起こさせないための、資料として。
再度の襲撃もあるかもしれない。なら、せめて記録だけでも残す。
「スキル」にめざめていたとはいえ、10歳児の思考では無い。
それが俺――いや俺たち前世持ち、取り換え子と忌み嫌われる者の、アドバンテージの一つ。
この国じゃ、美称としてのギフテッドってな呼び名が、主流だがな。
咎人であると、自身をさげすんだ俺。その俺が、出来うる最低限のこと。そしてやり遂げなければ、俺は「俺」を許せない。そう思っていた。
幸いして。実行力があった。俺は10歳にしてスキルに目覚めていた。スキル――今世の世界での偉い学者さんの話では、魔獣たちの持つ能力と同種同一のものだという。筋力を上げ、敏捷性を高め、五感を研ぎ澄ませ、回復力を増幅し、環境の変化にも対応する。一言で言えば超人だ。人口比の、10のうち1か2の割合で、その力に目覚めるという。
先ほど上げた例は、個々の得意不得意はあるものの、超人――スキル持ちとも呼ばれる者たちならば、誰しも行える事象である。その時の10歳児の俺ですら、前世の26歳児の時の「俺」と同等――いやそれ以上の筋力を一時的に持ちえる程にはなれた。時間的にはかなりかかっても、成し遂げられる。そんな冷静な……つもりの算段もあった。
ちなみにいう。スキル持ちの本質に目覚める前でもあつかえる、それら様々な肉体増幅の一連の技能は、コモン・アビリティや単にアビリティと言う。職能を構成する一要素として、狭義的に区別された。
ではスキルは、スキルそのものは一体何か?
曰く魔獣と同等同種の力の発現。
曰く超常能力の発露。
火や氷や雷を放つ。それらをその身に、まとう。
水中を息継ぎせずにゆく。
文字通り空を飛ぶ。獣よりも速く駆ける。遠くを見通す。その発現は人によって様々だ。
俺は――というと一見地味だが、こういう単純力仕事には向くスキル。
いにしえの、天駆ける大鎧の巨人に乗り込む異界の勇者。天を裂き、地を割って敵を降す。
ウソかホントか、そんな伝承残す英雄たち。その勇者の一人が持っていたというスキル、クロック・ワーク。でも効果としては地味目の、そのスキルに目覚めている。
全てやり遂げられる。
俺はそう思い込んでいた。
村を再び回る。三度廻る。なんども、何度も。
集める。遺骸を集める。村の家々、広場、教会の残骸を横目に、それらを俺は集めて回る。見慣れているはずの風景は、無残な姿をさらしている。気にしない。気にならない。いや、気にしていられなかった。集めて回る遺骸に欠けた所はないか? 見落としていないか?
眼に耳に鼻に、肌。大気に吸い込み、無理矢理マナを循環させて、無理矢理五感を強化する。
時には四つん這いになる。はい回る。低い視線で残骸に下をさらう様に探す。見落とさない。見落としたく無い。見落としてはならない。半ば使命感と言うよりは、呪いにも似た妄執で。
日が暮れる。
直ぐに暗くなる。一日目の終わり。
やり終える事を、俺は盲目的に過信していた。異界での経験とはいえ、26歳の経験も過信していたのだろう。今にして思えば、考えが浅い。結局子供に過ぎなかったってことか。
ただそれでも、全て間違っていたわけでは無い。
たった半日で全てが終わると思っていたわけでは無く。事前に集めていた食料で腹を満たし、湯冷ましで渇きを癒す。
ヒモや空缶やら様々なガラクタを駆使して、仕掛けを作る。即席の鳴子――警戒装置。
映像も残す。俺も死ぬかもしれないならば、せめて……。
その合間の食事。と言うよりは、家畜のエサか工事機械の燃料か。味わうつもりなく、ほんの数分で食事を終える。
無事だった倉庫の中で、毛布に包まる。ただ独りで休むには危険極まりない、土地柄。でも俺はあえてその事実を、無視した。一応錆びた穂先の槍は手元に置いたが、野獣やはぐれ魔獣に襲われたら襲われた時。どうとでもなれ!
抵抗はするだろうが、その結果どうなっても良いと思っていた。 自暴自棄。
今なら分かる。義父が、俺の何に危惧していたのかを。
そんなやけっぱちの八つ当たりは、本人も周りも何もかも幸せには、しない。
心の奥底で破滅したい。いっそ楽にして欲しい。殺してほしい。そんな気持ちの裏返しな事に。
≪第二話[二日目]へ続く≫
明日の同じ時間に更新します。