第一話:昼行灯のぐーたら騎士、第二の故郷に帰郷する≪後編≫
ガラパゴス携帯。
いわゆるガラケー。それの黒いの。おっちゃんの私物。
この地はもちろん剣と魔法の世界で。携帯電話なんかが使えるはずも無いけれど。
俺たちみたいな転生者が居る様に、そういったモノも「落ちてくる」。
それを回収する者。それを修理して売りに出す者。電源を提供する者。それらがちゃんと商売としてなりたっていて。
んで、ガラケーの多機能な面――カメラ付いてて動画録画・再生出来たり。ICレコーダーになったり。計算機になったり。そんな機能を好んで愛用する者が、それなりに居る。
おっちゃんもその一人。自動階段が、山肌の緑を貫くさまをバックにおっちゃんを入れてのと。入れないでの何枚かの、写真を撮ってやった。
街に行けば画像も写真にしてくれる、業者くらい何軒かあるしな。
「御曹司、またなー!」
「おんぞうし……そう呼ばれるのは……。有名税と思って、あきらめるべきなのか」
おっちゃんの声を背中に受けて。世間の評判に、俺は肩落とし。まあ俺の身から出た錆なんですが、あぅ。
……気を取り直そう! うん。
懐かしでなじみの自動階段に乗って、実家をめざす。
心折れかけた気持ちを誤魔化すため、手すりをちゃんと握りしめ。
振り返ると……絶景。
何度も見ているはずだが、飽きない。
ゆるりと進む足元。徐々に開けてゆく視界。
階下には、山の斜面覆う緑に、様々な家の様々な色の屋根。
視点が高くなると、ふもとの駐騎場にそれに続く町道。町道は街道につながって、はるか先の景色が見て取れる。
少しづつ電化が進んでいるって話だが、王都でも州都でも無い。単なる一地域の、田舎町。
夜景を楽しめるほどでは無い。だからこの光景は、晴れた日の昼間に見るのが良い。こんなふうにな。
「帰ってきたんだな」
俺の所属する予定の査察騎士団の性質上、単独任務も多いと聞く。
正騎士の研修の後半は単独行動の訓練が多かった様に思う。そのせいか元々か。独り言が増えたというか、自覚したのか。
ふと進行方向に体の向きを直し。
正面から「村」を見上げると、心臓部分にあたる建屋――大きい屋敷と、その上の祠が視界に入る。
笑みがこぼれる。懐かしき我が家。第二の故郷。
村長屋敷が、第二の家族の住む、古巣である。
◆◆◆
気配を探る。
やたら広すぎる庭。三階建ての建物、右翼に左翼。
それを繋ぐ三つめの建屋。まるで大鷲が翼を広げた風に、見えてる我が家。そちらにも気配無し。うむ、大丈夫。
俺の……と言うよりも査察騎士の職務上の、病気みたいなものだ。
ある種のスパイ活動と、某米国のFBIみたいな管轄越えの捜査権。
モンスター相手よりも、人間相手が多い場合があり得る。
そんな職種では、警戒は半ば習い性になる。
……誰も居ないな。夕方まで、まだ余裕ある。
体力的にもまだまだ余裕あるし、休みの時くらい妹たち孝行にでも、精を出しますかね。
◆◆◆
でっかいでっかい木製の重厚な正面扉。それを開くのにカギを入れて回す。感触。たったそれだけで、帰郷の思いが深くなる。
感動にしばし打ち震えつつ。
「をっと、まずは洗濯せんたくっと」
やんごとなき――要は州政府や王都政府のお偉いさんが来られた時の、ゲストハウスも兼ねている村長宅。
本陣たるこのお屋敷は、それゆえにやたら広い。
両開きの正面扉を開けると、一階のエントランスホール。エントランスホールよ! どこの「俺んち」にそんなモノがある? ってくらいに立派な。
一応シャンデリアがぶら下がり、真正面に赤い絨毯で足元を彩る中央階段がある。西側――1階左には大食堂。右手には来客用の応接間。中央階段上がり、階下の風景を見ながら握り飯にかぶりつくの、俺けっこう好きだったなあ。
その両脇にはいつも妹たち。両手に花……ってのには幼過ぎたが、すさんでささくれた俺を癒したのは、確かにこの二人。ふむ。
しっかし、いつも思うが。前世で死ぬほど遊び倒したサバイバルでソンビが襲ってくれるアノゲームのⅠ。それに出てくる洋館に似てるよな、このお屋敷。
その事をしれっと、上の妹に話したら心底怖がり、泣きながら叩かれた。珍しい。冷静沈着を地で行くアイツが取り乱すのは、ほんと珍しく。何気にあのゲーム、こっちでも遊ぶことが出来、上の妹も愛用してるって知ったのはだいぶ後だったが。
「荷物置いてっと。洗濯しつつ夕食の下ごしらえが無いならば。アレをつくりますかねえ」
一方下の妹は、よく食べ、よく遊び、よく話し、よく笑って、よく泣いて。喜怒哀楽の全力全開。頭の方は歳相応というか、ときおり残念だが。それをおぎなって余りある、恵まれた肢体。
10歳児にしてはやや大柄で、上妹よりもお姉ちゃんに見えかねない――黙っていれば、だ。
おバカに運動神経抜群の身体を与えるとどうなるかは、わかるだろう?
洗濯物はてんこ盛り。朝昼晩の食事はギガ盛り。彼女の部屋は荒れ放題。たまに上の妹が見かねて部屋の片づけを手伝うが、付け焼き刃の整理整頓。
やれハンカチ無いだの、パンツが無くなっただの大騒ぎして、又泣く下の妹。
そんな愛すべき義妹たちに俺が出来る事と言ったら、決まっているだろう?
さらにダメ人間――義父母どもの代わりに洗濯食事の肩代わり。
魔導機械と、現代日本から落ちてきたオーパーツ。その双方の研究者、スペシャリストのうちのお袋。その工房も兼ねるため、全自動洗濯機なんてものも、レストアされてあるしな!
で、あんのじょういつも通り山盛りてんこ盛りの洗濯物を入れて、洗剤入れて下着類はアミに入れてっと。
あとは回すだけの全自動。まだ日も高いし、明日も快晴らしいから仕上がったらそのまま干すかね。
で次は夕食だ!
「聞くところによると、その料理はインド料理も元に、イギリスで生まれ、日本で魔改造されて、いまに至るという」
定番のジャガイモにニンジンに玉ねぎキノコ類あるのか! 刻んでっと。一見シチューに見えますが、日本人のソウル・フードのあれですアレ。
肉は……冷蔵庫に鶏モモ肉あったので、鳥皮を切り離し、皮は弱火でフライパンの上。鶏油ってやつだな。
肉は一口大に切って、すりおろし玉ねぎにひたしてっと。バターも加えた油で野菜類炒めて、出汁とった大なべに野菜を投入。肉は……冷蔵庫でしばし放置かな。
妹たちへの土産の一。アレのルーが手に入ったのは僥倖。ウェスタニア米のストックも十二分。飯も多めに炊いて……福神漬けもラッキョウもあるじゃん!
なんて今日はカレー日和!!
お鍋のアクを取ってる俺はセイギの味方。なんつって! と、洗濯完了のメロディーが突っ込みがわりに、耳に響く。ギャグの上滑りはイタイぜ。
「鍋は弱火でも問題なかろー。んじゃ洗濯物を干しちまうか」
査察騎士[予定[]は単独任務訓練多いから、独り言のクセがひどくなっていけねえ。
そーいえば、っと。土産の中に妹たちの喜びそうなスプーンがあるんだった。
あいつら俺のおかげ……というか俺のせいでお箸の使い方も習熟しているが。味や風味もそうだが、それ以上にスプーン一本で食えるって点。そこにもカレーライスを愛している理由があるという。
ならばと王都の小物屋で見つけたのが、あったはず。厨房出て食堂けいゆして、中央エントランスホールへ。階段を上がりエントランスを下に見ながら2階の東側扉開け、小部屋の一つが俺の部屋。
で、階段を昇り切ったころに、俺の強化された聴覚はけたたましい微かな足音が、だんだん大きくなるのを捉えた。体内の力素を活性化しなくても、これくらいは正騎士位ならな。
足音、二人分。なつかしいリズム。
加えてだんだん大きくなる声。
「――んだ。にいちゃんだ。兄ちゃんだ。このカレーの匂いは兄ちゃんだ!!」
俺はカレーか!?
分厚い正面扉に、分厚い壁なので声は聞こえないはず……いや、さっき換気のために、色々窓とか開けまくったっけ。
「……おちついて。落ち着かないと、たいていケガをするよ」
二人そろっているのか、やはりな。声量はすくないが、よく通る上の妹の声。末の妹をたしなめるように。落ち着かせるように。でも微かな期待も混じる?
その期待は、俺との再会への期待と思いたい。
さて、身構えるか!
パワフルな下の妹、暴走機関車。
そのスタンピードぶりにアクセル踏んで、ときたま更にジェットエンジンに点火する策士な、上の妹。
で、この時点でまだ正面扉はあけられていない。
1階と2階の途中の正面階段の踊り場。幸いにして、今の俺は手ぶらかつ、愛用に皮鎧の上にエプロンと言うスタイル。
妹たちの性格を鑑みれば、騎士の騎士たるゆえんの職能。それを使ってくることは想像しやすい。
バぁンと大きく乱暴に正面扉が開かれる。
「やっぱ兄ちゃんだ! 行くよジュライ!!」
男の子みたいに髪を短くして。青い――この地では見慣れた、しかし現代日本ではあり得ない綺麗なサファイアの髪。
焦げ茶の皮鎧の下は半そで半ズボン。よく動くがよく転ぶので、膝小僧をよくすりむく。その応急処置の絆創膏、左ひざ。
そしておなじみの満面の笑顔。下の妹、名前をセプテンバー・ラインという。
「……止めてもムダ……だね」
そう言いつつも、小首をかしげて微かに笑むさまは、はかなげで絵になるかも……ならないわ! 下妹の強大な筋力によって、小脇にかかえられたお荷物状態。
肩までの長めの髪をサイド・テールに飾って。そしてこの子もこの地で見慣れ、日本では見慣れない透明感あるルビーの髪質。
愛用の長い樫の木の魔導杖ごと、左小脇にかかえられた彼女、上の妹。ジュライ・ライン。末妹と比して、一年と二ケ月ほど年上の方。
で、ここまでで、きっかり2秒。
「いっくよ!!」
危険。物理的圧倒的に危険。それは経験則と、騎士としての勘とが警鐘を鳴らしている。
いや、単なるスキンシップなんだけどね。
実績こそまだまだだが、スキル持ちに目覚めた者の身体能力が、単なる10歳児なわけが無く。それは当時同じくらいに目覚めた俺も、よぉく知っている事で。
妹の相手利き手――右手がムチの様にしなってふりかぶられる。
糸。
繊維状の何かが、手首から発射され、天井に張り付いた。
強靭な糸。
鍛えれば、モッカ―やデウス・エクス・マーキナーも支えられるほどの、と聞く。
今でもけっこう丈夫。妹たち&その装備品をぶら下げて、びくともしない程度には十分強く。
右手首から飛び出している「糸」。それを手繰り寄せる様に。力強く。二三歩助走して飛び上がる、セプテンバー。ジュライごと。
半そで半ズボンだから、末妹セプの四肢の輝きがよく見える。
比喩では無い。もう二三年育つと健康的エロっちくなるだろうが、そちらでは無く。
集積回路にも似た光の筋たち。その黄色の輝き。魔導回路。大気中の魔素を体内に取り込んで、力素に変換し。今は四肢を強化する。
某米国漫画、驚異的なクモ男さんもかくやという、綺麗な放物線を描きつつ。器用にも「糸」は意図的に、巻き上げられて。
Y軸。縦のベクトルの修正は、俺の居る踊り場の高さ、まで。具体的には俺の胸の中あたりを狙って。
X軸横軸。着地希望地点に明確にたどり着く。そのための微調整。ときおりジュライ愛用の杖の宝玉。それが明滅しているのは、その補助か?
で、俺が予測しうる奥行きZ軸。二人分の体重に、放物線の重力加速度が加わって、その「攻撃」の威力は重いおもい一撃になる事は、明らか。
攻撃?
そう攻撃だ。
見方を変えると、単なるスキンシップに過ぎないはずだが。
かたや州議会お抱えの狂的科学者めいた魔導士――義理の母。
かたや査察騎士団団長にして、現役最強の騎将――義理の父。
その両親の血を濃く引いて、かつ本人たちも努力を惜しまない全力全開のダイブが、危険でないはずがなかろう。
計算では無く、研鑽によって導かれた最高のタイミング。その瞬間にセプは、糸を切り離す。
オリンピック砲丸投げ金メダリストのそれよりも、はるかに強力な衝撃。
受け止めた!!
衝撃。
想像以上。
反射的に俺の首筋に、両手両足全身に、力素が走ったのを感じる。
目の端にオレンジの光。俺の魔導回路の輝き。
そして俺にはお馴染の、ブレてその衝撃を散らす感覚に襲われる。俺のスキルによる防御機構、その自然的自動的発現。
もし、第三者の観察者が居たならば――そんなものは居ないが――、俺に重なる半透明の俺の分身が左右に一つづつ、合計二つほど一瞬現れ、消えたのが見えただろう。
それに応じて視界も一瞬ぶれる。三重写しって事はダメージ三分の一にしないと、危なかったってことか……。
「えへへへへへ、さっすが兄ちゃん! ちゃんと受けとめた!」
「兄さま、お帰りなさい。あえてうれしい」
汗だらけ、ほこりだらけだから、さっするに訓練か実地の狩りに出かけてたんだろう。
「おお、ただいま。ジュライにセプ。今日はカレーライスだし、風呂も沸かしてる。先に入ってこいよ」
「オフロ! 兄ちゃんといっしょに入る」
「ダメだ。もうそんな年じゃないだろうが。兄ちゃんは炊事に洗濯にいそがしいしな」
「セプ、今は二人で入ろう」
「ジュライ~、なんでさー」
不満顔に末妹にたしなめ方が、板についてきた上妹。ちゃんとお姉ちゃんやってるじゃないか。兄貴はうれしいぞ。
「……兄さまはお忙しいですし、徹夜明けなのだからお疲れなんですよ。まずはゆっくりお休みして頂かないと」
うんうん。
「でもお…………分かったよ、ジュライ」
俺の留守中二人にしっかりと生活してたんだな。ここの親、家を留守にしがちだし。
ややグズる妹の手を引く姉の構図。なんかいいな、癒される。
悪女っぽく微笑み、こうのたまわなければ、な!
「……兄さまの休暇は二週間はあったはず。まずはお疲れと取って頂く。そのあとに……夜討ち朝駆けで乱入し……搦め手はいくらでも出来ますよ」
「そか! そーだよね、うん」
二人の悪だくみ? は兄ちゃんの耳に入ったぞ!
◆◆◆
……まさか、自分らが風呂入ったあとに、「お背中流しますー」と乱入してくるとは思わなんだ……。
二回もわざわざ風呂に入って来るとは思わんよな、普通。油断した……。
そういえば一言も、「今日一緒に風呂には入らない」とはジュライも言って無かったよ……不覚。
◆◆◆
両親は仕事柄、不在も多く。今日もそう。
食事しつつ、互いの近況を伝えあう。
広い食堂も、いつもはたった二人なら寂しそうと、心配したが。何日かごとに村の誰かを招待して、二人が食事をふるまうという。教えもしないのに、そんな事してるのか。
兄ちゃんは安心した。
他にも色々な話をした。
俺の騎士学校での生活。そこでの交流で出来た友人たちの話。一方妹たちの近況。最下位の小姓ではあるが、従騎士位試験免除の実技に合格した、セプの話。
従騎士位試験免除の実技――正確には、銀剣徽章という。
身体能力の才能が突き抜けている彼女には、当然の話。ただ最低受験資格可能年齢時に、受けれる本試験の、筆記がやや心配になる。
「……その辺は私の得意分野ですから。しっかりみっちり教えます。可愛い妹に、恥はかかせません。絶対に」
そう言って笑うジュライの笑みにやや寒気を覚え。その隣のセプテンバーもやや涙目になってた。ほどほどになー。
齢11歳にして、準導師の資格持ち、従騎士級の戦闘力ある証――銀剣徽章をジュライも持つ。そして魔導士故に、ときおり知識面の鬼と化す。変な所でかーちゃんに似なくても。
とーちゃん似はセプか?
その両親への連絡は――奮発して飛脚便の速達便で、事前に俺の帰宅予定日は知らせておいた。それにあわせて二日後には、家族全員がそろうようには日程をあわせてくれた。
その辺は律儀なんだよな、うん。実の息子並みの待遇なのはいつも通り。実父の従弟である義父。故に血縁はあるのだが、限りなく他人。それでも? 「血のつながりは無くても、親子である」、そんな前世で読み、感動したナニカの一説を思い出し。
ジーンとくる。
「兄ちゃん、スプーン止まってるよ。何かあった?」
「ああ、スマンスマン。想像以上にうまくしあがってな」
「……」
「? ジュライ?」
「何でもありません。それよりも、兄さま。食事終わって就寝前に少しお話があります」
「はなし?」
「ジューヨーなんだよ、兄ちゃん」
ジュライのいつも通りの真剣さな眼差しに加え、珍しく真剣な口調のセプテンバーのそれに気圧されて、俺は無意識に縦に首を振っていた。
◆◆◆
食事後の洗い物。正騎士着任時のスケジュールの確認を、軽くする。それだけであっと言う間に寝る時間となって。
数日かけた帰郷の長旅の疲れも有り、早めに床に就こうとする。
……「就寝前」と上の妹が宣言していた割には……めずらしく何の反応も無えのはなぜだろう? と疑問に思い始めつつ、わざわざ自室を出て妹たちをたずねるには、非常識な今の時間。
うむ。明日も明後日も休みだし。妹たちも休みを合わせていると、事前に聞いている。なら明日以降で良いか。
コンコン。
扉をノックする音。意外に遅かったな。もちろん妹たちである。
いわゆるパジャマの上下。髪の色にあわせてか、暖色系のものを好むジュライ。今日は黄色か。意外に活動的な部屋着を好むのである。
紅玉色の髪の毛を、お下げにするのが彼女の就寝スタイル。枕持参。……緊張……してるのか?
一方いつもにこにこと、笑顔を貼りつけているブルーのぶかぶかTシャツのセプテンバー。時間的に眠そうにする時間だが、笑顔に混ざった色は、眠気では無くて「緊張」の色。
緊張すると、所在無げにショートカットの碧玉の髪をいじるクセ。こちらも枕を持ち込んでいる。
兄貴――つまりは俺に添い寝をご所望の姫ぎみたち。そんな構図も、その意味不明な「緊張感」が、答えを惑わせる。
二人の胸元の枕には『お願いします!!』との日本語が、刺繍されたもの。……つーか、そっちというかえっちとかの意味じゃねえだろうな! 倫理的にもお兄さん的にも俺は断固拒否るからな!!
この枕は、うちのダメおかんが、実子二人に送った聖誕祭のプレゼントで、裏には『今日はダメ、は~と。ゴメンね』と描かれた冗談枕である。イエス・の~マクラなんてこの子らには分からんだろうし、分かってほしくないが年齢的に。うちの母ちゃんの方がたまにやらかしてしまう。
けど。けれども。
妹たちの緊張感はもっとまじめなもので。その意味を考え、俺は一瞬動きを止めたし。扉を開けたものの、入り口で固まった二人は、何も言わずにこう着状態。
「あのっ!」
その不思議に緊張はらんだ空気を壊し、切り出したのはやはり、セプだった。
「あのさ、兄ちゃん! 兄ちゃんのエクレウスのむらのさいごのことをおしえて!」
っ! 丁度5年くらいに起った災厄。魔獣が群れなして無秩序に暴走し、小さな町や村を滅ぼしてしまう現象。
魔獣惑乱大暴走。
モンスター・メガスタンピードとか、単にメガスタンピードと言ってもそれを指す。
俺の生家は、生まれ育った村は、故郷はもう無い。
無いのだ。
スタンピードにより、滅んだ。完膚なきまでに。比喩的表現では無く、文字通り地図から姿を消した。
スタンピード自体は小規模なモノであれば、どこでもいつでも起こり得る。
ただ国内全土同時多発という規模は、何十年周期レベルでの大災厄であるし。
その中でも俺の故郷は万全の体制を整えていたと、言われていたのに。俺一人を残し、あっさりと滅んだ。
「…………決して……決して興味本位での質問では無いのです。私も、セプも銀剣を得ました。……受験資格可能な最低年齢になれば、スクワイアを受けます。間違いなく。――」
ジュライ。この子がたいてい、会話の前に一拍置くのは、そのよく回る頭脳で、彼女なりの最適解を選択してから会話する。そういうことらしい。
「――国から年金を受けることになります。それは……村民を、町民を、市民を守る盾となる防人となる義務を負う。それがスクワイア以上の資格持ちの当然……です。――」
聡明な彼女は、あくまで「彼女なりの最適解」でしか無いことも承知している。年齢が年齢なので、戦闘経験は身内との連携にとどまって2年足らず。でも。その僅かな期間に、その時の自身の技量に、周囲の実力と連携を瞬時にはかる。そして最善策、出来なければ次善と策を練り、実行出来る柔軟性がある。
知識だけでは無いと、身内びいき無しに俺は評価する。
「――兄さまの故郷の惨状をおたずねするのは、兄さまの心の傷に、塩を塗る行為なのは分かっていますが。せめて差し支えない範囲でおたずねしたい。そう考えてセプと二人で来ました。何をすれば防げたのか。何をしなかったから防げなかったのか。この5年、兄さまはずっとその事を考えて、騎士のお仕事に励んでおられたのでしょう?」
さて……どう話すかな。どこまで話そうかね。
話す。それ自体は構わない。身内だから……では無く。この国で戦士――それも民を守る楯や城壁となる、サキモリ。
それになろうとする戦士の卵の問いに答えるのは、先達のつとめだ。
けれど、身体の一部しか無かった死体やら、無残な破壊のあと。そんな事を正確に描写してしまうのは、不必要なトラウマを与えかねない。
それにそもそも必要なのは、情報と的確な対策。だから
「あくまでも、俺個人のおざっぱな体験談と、その後の各騎士団での分析と対応策ってゆー、かなりお堅い話になるぞ? 大丈夫か」
一応釘をさしておく。黙ってうなづく妹たち。まっ、しゃーないか。俺も覚悟を決めて俺の部屋に二人を招き入れる。
まだ11歳と10歳だけど……少しは自覚出てきてんなら、その芽を摘むのもなんだしな。俺が居ないとこでも、ちゃんと成長してくれていると。
まあ前世の価値観的には小学生が魔獣と戦うのはアウトなんだが、こっちの世界ではなー。
いつまでも子供こども的な見方をつい、俺はしてたかな?
と自嘲的に苦い笑みがこぼれる。すると末の妹がなぐさめるように、こうのたまった。
「それにさ、兄ちゃん。むかし。ここに来てすぐ。すこしでも役に立つじょうほうを! ってムリしてエクレウスのことしらべてたよね? でショックでいっぱいゴハンげろげろして。つらそうで、なきそうで」
「……セプ」
「でも兄ちゃんさ。つらそうでもかなしそうでも、あたしたちが泣いてとめてもヤメないんだよね。……そんなくるしいオニモツ、ちょっとでもひきうけたい。いもうとだから。ダメ?」
ふたりの泣きそうな表情を見て、その不器用な優しさに泣きそうに俺はなる。
……長い夜になりそうだった。
≪第二話へ続く≫
二週間後をめどに、次話更新予定。予定は未定。更新できるといいなー。