第一話:昼行灯のぐーたら騎士、第二の故郷に帰郷する≪前編≫
広い空の中、雲が流れてゆく。春の陽射しに温められた風。その心地よい風が、俺の肌をくすぐる。
徹夜明けの朝の陽射しは、ややきつく感じる。荷台に寝転がってる。俺は何をするでもなく雲の流れを見てる。「若い体」とはいえ、眠いねー。
首だけ動かす。街道を行き来するものたちが、見える。よく整備された道の上。重量物が行き来しても、びくともしない石畳。馬車たちや馬たちに混じって、くろがねのケンタウロスたちが早足で、歩を進める。
現代日本のソレに例えると、片側三車線。両側で六車線。
それが規則正しく連なる姿は、キャラバンを連想させるだろう。
ただ、それは不正確だ。俺の前世の記憶と、大人の判断的にな。
高速道路を行き来する長距離トラック、自家用車に社用車もろもろ……そんな無秩序で行き先目的さまざまなのが、実態だと言える。
現にほら、同一車線の前走る、鉄馬兄さん。彼は、いま左折して別ルートに向かったじゃないか。
鉄馬じーさんの馬の背の俺が、ちょいと首を動かしただけで、確認を終える。
いや、確認には意味は無い。たまたま目に入っただけ。眠い……つーか心地よい。
この鉄馬じーさんの便は、定期的に王都と俺の故郷を結ぶ定期便だそうだ。例えるならば長距離トラック? それに便乗して帰る方法は、安価な方法の一つ。
今回の荷物は書籍類に日用品。汚さなければ書籍類の見本を読んでも良いと、許可は得てたが、暇つぶしの気力無く……眠い……。
BGMはガタピシゆう機械おと。鼻孔をくすぐるのは鉄錆と機械油に混じった、甘い香り。銀蒸気の匂いだ。荷台に寝転がった俺は、枕代わりの荷物に頭をあずける。心地よさにも、身をあずけ。
でも眠そうで眠れない。それさえも又心地よさ。背中のゆれも、ゆりかごのよう。乗り手のおっちゃんの腕前のおかげだ。俺がその身を預ける騎体の乗り手は、それだけで中々の腕前と見て取れる。
普通の騎士と比べて、ちょっとだけ俺モッカーに詳しいしな!
『兄ちゃん、ホント良かったのかよ。アンタの給料ならさ、もっと快適に帰れるんじゃ無いのか。今はやりの、自動車とかさ。デンキ……とかで走るんだか?』
「ん~、最終試験のシフトが真夜中勤務だったんだよねー、ん。でさーおっちゃん、俺夜中の暮八つ半[午前三時頃]に開放されたわけさ。
俺らの仕事は何時いかなる時も――ってのがその心情な訳で、さっ。
着替えてシャワー浴びて荷物持って最短で出発しても、裏七つ[午前四時頃]前なんだよな。金うんぬんよりも、タイムいずマネーと思ってさ。真夜中出発の鉄馬じーさんに、同乗する便を選んだのさ」
長時間同じ格好は、寝てても少々しんどい。縁側であくびする犬猫のごとく、ときどき大きく伸びをする。
そんな時、枕を支えにして、ふと見えた景色。逆さの景色。青空と武骨なクズ鉄爺さんの、上半身。
マガイモノ。それを意味するモッカ―と言う魔導機械の、上半身が見えた。
両手振って元気よくバランス取って。特徴ある筒状の頭。よくバケツ頭と揶揄される。
背中の振動は、四つ足の物。鉄で出来た人造の、ケンタウロス。一言で言えばそうなる。
『なるほどな。行程時間は一番かかる。が、到着時間的に一番早く、ペガサス・シティに着くからか』
「さいで」
背中の振動は安定的で、心地よく。ただ眠りまでみちびいてくれないのは、何でかなあ。
うむ、夜勤から昼間勤務への生活サイクルへの移行に、また失敗しちまったかね?
『うるさいし、ゆれるしで、最悪な旅路で悪いがな。アンタのおすそ分けはうまかったし、鉄馬じーさんの様子まで見てもらった。好きな時言ってもらえれば、鉄馬を止めるし、荷台のモン読むんなら、好きにしてくれや。
さいわいこっちの旅程は晴天続きで、予定よりかなり早めにつきそうだしよ』
モッカ―いこーる真似っ子マガイモノ。何に対してのマガイモノかと問われれば? それはデウス・エクス・マーキナーだと、国民の皆がみな、そう答えられよう。
鋼鉄巨人騎士、デウス・エクス・マーキナー。
魔獣を狩る騎士たち。その彼らが乗り込み、その腕力脚力五感その他もろもろを高める。鋼の兜鎧を身にまとった、20フィート超え……体高約6~7mの騎士人形。
それには、及ばないとされるけど。
腕の良い人形鍛冶に整備され、腕の良い乗り手にかかれば、モッカーは「化ける」。
それは、このおっちゃんの腕前一つとってもそうだと、俺は感じる。
正騎士位や従騎士位の資格持つ者たちが、在野に散って、有事の際にははせ参じる。
それがこの国の、いやこの新大陸での規範。
そうでないと、生き残ってこれなかった。少なくともこの国は。魔獣はびこる、この地では。
「そりゃ、ありがたい。この分だと今日の夕刻には、着いてくれるかな」
『ん、なんでそんなに急ぐんだ? ひょっとしてオンナか?』
「まさか。実家に妹たちがいるんだよ。俺はモテないからなー。まだ俺は成人して間もないし。妹たちはさらに小さいし、けっこう懐いてくれてんだよ」
ギギ。前を見るバケツ頭が、首をかしげた音と気がついたのは数瞬後。
乗り手の動きを再現するのは、モッカーも、マーキナーも変わらない。
何をそんなに不思議に思われたんだろ、俺?
そんな疑問の答えを、バケツ頭の拡声器ごしのドラ声で、おっちゃんが答える。
『なあ、アンタ。かの高名な騎士、≪御曹司≫なんだろ? 北域きっての色男とも呼ばれるアンタが、モテないなんてオカシイだろう』
ぶーーーーーっ!!
俺は盛大にふきだす。ちょ、ちょちょちょちょいっ! 待て待て待てっ。
『ユニコーン・ビレッジの御曹司。天馬城市の色町で、浮き世を流し、古風にも初会・裏を返して馴染みになるってな、雅な遊び方を復活させ――』
あうあうあうあう。そりゃ、ウソじゃ無えけど、正騎士的に不名誉じゃあ無いっスかねえ!
俺は思わず、荷台の上で居住まい正して正座していた。「これ以上やめて下さい」ってなゼスチャーを、両手いっぱい使ってアピールしていた。
バケツ頭の拡声器ごしだと、声も街道全体によく響くしな。
泣いてる子もいるんですよ、おもに、俺! やめて下さい、勘弁して下さい! ううむ、ここはサー・トマス・ワトソン直伝の土下座しかないのか?
『――ああ、スマンスマン。瓦版に面白おかしく書かれてた記事だがな。アンタの騎士としての腕や器量を、疑ったりはしてねえさ。その金の輪っかは伊達では無いのは、オレぁ知ってるからな』
荷台の上の荷物は書籍類がおもで、結構スペースに余裕があった。
俺の寝ていたスペースに加え、大量の土産も積ませてもらっていた。その土産と、俺の間の騎士直剣が一振り。その握り手の一番上――鍔の真下に、黄金の輪っかがはまっている。誇らしげに。
正騎士位の資格持ちの証だ。
『俺ぁ八回がんばったが、駄目だったかんな』
拡声器ごしの声に「苦味」がにじむ。下級魔獣数体を同時に相手出来る、それが白銀の輪の資格、従騎士位。
それよりも難度の高い「中級魔獣一体を倒しきる」のが最低限求められる、正騎士位の資格。
その最低限にして鉄則。例外など無い。その事実もまた、この国を支えてきた規範と言える。
その事実に対して、スクワイアには届いたけれどナイトになれなかったおっちゃんに、俺は何も言ってあげられない。
いや、言ってはならない。
もし逆の立場ならばと思うとな。
前世だって、今世だって俺だって挫折の連続だ。けれども史上最年少で正騎士になれたって部分に関しては、俺は恵まれ過ぎだしな。
まあ……最年少って下りは、たった二週間で新記録に上書きされちまうんですが……ね。
師匠のこんちきしょう!
『すまねえ、アンタにそんな顔をさせる為に言ったわけじゃねえんだ』
っ!! いや微妙な表情がもれたのは、たまにいたずら仕掛けてくる、師匠の件だし。
いつもは俺以上に年上の風格な師匠だけど。前世だって、今世だって俺より年下のはずだけど、師匠は。
それをより正確に、どう伝えたモノかとあたふた脳内で困っていたところ。
おっちゃんは、ふっきったように、こう続けた。
『なあ、アンタの名前を教えてくれよ。アンタの事は瓦版で知ってる。お客でもあるから、書類にサインももらってる。でもな、アンタの口から聞きたい』
それはただ名前をたずねられたものではなくて、何かの決意を求められたような気がした。
だから。
今まで以上に居住まいを正す。背筋を伸ばす。
守りたいものがあり、それらを思い浮かべて、その決意の色を声色にのせて。
守りたいもの――それは増える事はあっても、減る事はないだろう。
「オーガスト・ライン。……いや査察騎士団所属予定のオーガスト・スミス・ラインと言います。俺も貴男の名前を教えて頂きたい」
『すまねえ、サー・オーガスト。まずこちらからまず名乗るのが筋だよな』
「お気になされずに」
『ありがとよ。俺の名前はな――』
俺はおっちゃんの、平時は運送業を営む従士殿の名前を忘れない。おっちゃんがモッカーに乗り込む前。その剣帯。そこに控え目に吊るされた短剣の鍔元に、しろがねの輪っかが誇らしげに輝いていたのも、また。
◆◆◆
元現代日本人、高山大夢。その俺が色々あって、死んで。この地この国リーブズで、新たな生を受けて早15年余り。
色々あって義理の両親に引き取られ、小姓位、従騎士位を経て、正騎士位の資格を得た、いま現在。
15年もこっちで暮らしていると、ある程度「日本人」としてのクセや習慣も抜けて。「コッチ」の常識など身に付き、慣れてくる。
太陽が、天頂から傾いたころに見慣れた風景が目に入り始める。いま……太陽の位置からしてあと一刻[約二時間]もすれば夕暮れかね?
腕時計が無くとも、太陽の位置からおおよその時間が分かる様になったのも、こちら流。
腕時計・懐中時計のたぐいは高いからなあ。
持ってない人も多い。
街道側の切れ目から、懐かしき第二の故郷の景色が、だんだん大きくなっていくのが分かる。
ん?
「おっちゃん。この道って目的地まで遠回りじゃないのか? これだと――」
『ん~。問題無いさ。快晴続きってのは燃料的にかなりいいペースで進めるんで、余裕あるしな。時間的余裕も半日近く稼げてるし。寄り道くらい問題ねえ』
そう、見覚えあり過ぎるって点で、気がつくべきだった。あのあと半刻[約一時間]ほどうたた寝して、気がついたらこの風景。
この辺は「俺んち」の近くだ。おっちゃんに気を使わせちまってたか。
目的地、天馬城市に行くには、ココ経由はやや遠回りだしな。
で、何で一介の運送業者のおっちゃんが俺の村を知ってたのかと言うと、大陸棚よりも浅い理由。
瓦版、要はマスコミの個人情報の垂れ流しのせいだろう。
有名な騎士、高名な騎士の活躍は時として誇張され伝えられる。
芸能人……いやプロ野球選手かプロサッカー選手の記事がイメージ近いか、ね。
他方老若男女問わず、芸能人以上プロスポーツ選手以上に、「騎士の私生活」にも興味は持たれ。
俺みたいに、私生活を面白おかしく書かれてしまう事も、多々あり。
まあ、俺の義理の両親ともに有名人だし、いっとき最年少でナイトになったっても有り。一地方としては、けっこう話題にされたりはする。
「なんか気を使わせた感じで申し訳ないな」
俺は別に特別扱いされたいわけでは、無い。こうしてこのおっちゃんみたいに気を使わせてしまうと、申し訳なく思う。俺、根は小心者だし。
『いーのいーの。それにだな。アンタの事無くても、元々この旅程組む時に余裕有れば、こっち周りのルートって決めてたんだわ』
「へっ?」
『アンタの村……をっと最近昇格して町だったか』
「いえ、俺ら村の住人の認識も、村って感じだから気にするこたあ無いよ」
『そっか。前に別んとこで、町なんだー馬鹿にするなーって、怒られた事があってな。って話かわってるじゃねえか!』
「いや、俺のせいじゃないし」
『こほん……つまりだな有名な天を突きさし貫くと、謳われたユニコーンの、天頂の自動階段の景色を見たいって思ってな』
「ああ、あれ。けっこう他所でもゆーめいなんだな」
村自慢ではあるが、たしかにアレは見ものかもしれん、うん。
「しかしおっちゃん、見るだけで満足か? あれは村の村道……公式には町道か、なんせ町有道だから無料で登れるぜ」
町有道――町が管理し保全している生活道路であるから、いちいち通るのに許可は不要だし、金も取られない。アレを維持するため、地元民の俺らが、税金払ってるんだしな。
『マジか! おおっしテンション上がってきたあーー』
「って、おい、おっちゃん」
甘い香り――銀蒸気の匂いが強くなる。鉄馬じーさんの速度が巡航モードのゆったりから、駆け足レベルに跳ね上がる!
それでも揺れは最小限って、アンタほんと腕イイよ。それが観光スポット見るために発揮された結果なんて。……なんて才能の無駄づかい。
燃料代だって馬鹿にならないだろうに。
山の斜面に生い茂る緑、森。そのふもとから山頂に向かって伸びる、銀の針。その切れ込みめいたモノが、近づいてきた。
遠景なのでそう見える。
今道行く街道も、マイナーな道なので行き交う者も居ない。俺たちだけ。
遠景ゆえに超長細い銀針にしか見えない、ソレ。それは山と比べて相対的な物ってだけで、実はでっかいモノだと俺は知っている。
近づく景色。
「天を突きさし貫く銀の針」とも謳われるが。
「山を玉座とした巨人が座する」とも言われる俺の村。
銀の針――生活道路「自動階段」を背骨と見立てると、ふもとの広場が「胡坐かく両足」。各々の村の家たちは背骨近く、階段状に点在し「内臓」のようにも思える。
「両手」の部分はそれぞれ倉庫となっており、「心臓」辺りに公邸扱いの村長屋敷がある。「頭」? 頭の部分には祠。そこにはガラスの様な質感の胸像がある。
一角獣の胸像。一角獣の町、その由来。
あれよあれよと言うまでもなく、我が村の駐騎場にたどり着き。鉄馬じーさんは四足折り曲げ、駐騎状態に。
「なんか最後すげー速足」
「なあなあなあ。アレがそうなんだろ?」
客? の俺より早く駐騎場に降りてしまい。しかもテンションアゲアゲなのは、運送屋としてはどーなのか、おっちゃん。
「……ああ、そうだよ」
ユニコーン・ビレッジの自動階段。文字通り、全自動。剣と魔法の世界だけあって、動力と制御は「魔力由来」である。村自慢の不動産。
要は単なるエスカレーターなんだけど、な。
「とりあえず階段の入り口に乗っかろうとすると、勝手に階段が動いてくれる。なんであわてないで、足元見て、手すりをちゃんと握れば――」
「をぉーすげーすげー。まず写真だ写真」
人の話聞けよ、おっちゃん。まあ日本人的に見てもまあなんだ、あんなにすんげえ長くて広いエスカレーターはあんまり無いよな。興奮するのも仕方ない。
邪魔しても悪いし……と、結構な大荷物を下そうとした俺の背中越し。風切り音と気配を感じて思わず振り向く。
「すまねえ、年甲斐も無く興奮しちまった。いま荷物下すからよ」
おっちゃんか……素早い! これは多分彼の職能。おそらくは早駆け(ストライダー)のスキル持ちか。興奮しつつも、周囲の状況は確認していて、と。
これほどの腕前ながら、銀の輪っか止まりとは。改めて正騎士の壁を、俺は厚く感じた。
満面の笑みのおっちゃんに、俺も笑顔を返して。同情とも取られかねない俺の感情の動きは、今回は悟られなかった事に、ほっとして。
続きは明日のこの時間です。