エピローグ
作戦が完了し、1日が経った。
朝陽がまだ東の空に眩い午前、わたしは再びザイール町役場に訪れていた。
これからアルコート町に帰るのだ。
見送りにはディグルッド町長とレイマーさん、そしてヒヅキさんとレミューさんも来てくれた。
「ソフィアさんの力が無ければここまで完全な形で作戦を遂行することはできなかったでしょう。本当にありがとうございました」
今回の作戦は例年に比べて掃討班の被害が著しく低かったらしい。
怪我人は前年の10%未満で、命を落とす人は1人もいなかったという。
「そう言ってもらえると嬉しいです。でもわたしも色んな人たちに支えられて何とか仕事を果たすことができました。町長やレイマーさん、そして食糧班のみなさんのおかげです。こちらこそありがとうございました」
みんな晴れやかな笑顔で、昨日の明朝までの張りつめた雰囲気はすでに微塵もなくなっている。
わたしもつい顔が綻ぶ。
この穏やかさという成果にわたしの料理が貢献できたというのは素直に誇らしかった。
「ソフィアちゃん!」
レミューさんから声がかかる。
「また遊びましょうね! 今度は私がアルコート町に行くから、その時はぜひ案内してね」
「うん! 昨日町を案内してくれたお礼に色んな所に連れて行くよ……って言ってもアルコート町は田舎だから、あんまり遊べるようなところもないんだけどね」
昨日は午後、ヒヅキさんとレミューさんに誘われてザイール町の観光がてら一緒に遊んだのだ。
名物スイーツに可愛い雑貨屋さんなどもあって、陽が落ち切るまで賑やかに過ごした。
そして気づけばわたしのこともちゃん付けで呼んでもらえるようになっていた。
「それでもソフィアちゃん達と一緒に遊べるなら充分楽しいよ。レミューが行く時は私も一緒に行くから、その時は私のこともよろしくね」
「もちろんだよ! 2人とも、また会えるのを楽しみにしてるね!」
ルーリも少しモジモジとしながらも、2人の前に出てお別れをする。
「2人とも、元気で」
「ルーリちゃんも元気でね。またモフモフさせてね」
そう言ってヒヅキさんはルーリの頭を撫でる。
特にルーリも撫でられて嫌がる素振りは見せなくなってきた。3日間の共同作業で2人としっかり打ち解けたようだ。
ちなみに昨日1日町を散策して分かったが、ヒヅキさんは見た目のボーイッシュさに反して可愛いものに目が無いようだ。
モフモフ系にすこぶる弱いらしく、雑貨屋でもぬいぐるみを見ると途端に動きを止めていたし、事あるごとにルーリを撫でまわしていた。
レミューさんはまた別系統の趣味で西洋人形のような風貌の人形が好きらしい。
ヒヅキさんとレミューさんの間ではお互いの趣味に関して昔から全く理解できないらしく、昨日もその件でわちゃわちゃと言い争っていた。
「ソフィアさん、馬車の準備ができたようです」
レイマーさんから声がかかる。
「ありがとうございます」
わたしとルーリが中に乗り込む。
「それと今回の作戦ではいっぱいお世話になりました。宿もすごく良いところを取って頂いたようで……なんだかいっぱい気遣わせてしまったかもしれないけど、おかげ様でこの町で過ごした数日はとても充実していました。本当にありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ作戦へご助力いただきまして、それに最高の仕事を本当にありがとうございました。今度はプライベートでもお越しくださいね。その時はその時でまた精一杯のおもてなしをさせていただきますので」
そうして馬車の戸が閉まる。
わたしはすかさず窓を開き手を振る。ルーリも隣に顔を出し控えめに手をひらひら振っていた。
「本当にみなさん、ありがとうございました! またお会いしましょう‼」
みんなが手を振り返してくれる中、馬車はゆっくりと走り出す。
町の外へ向けて角を曲がるまでわたしは窓から顔を覗かせて、この町でのいっぱいの思い出を胸に刻んだ。
瞼の裏がふいにオレンジに染まった。
重たい瞼を開くと、侘し気な夕陽が馬車へと差し込んでいた。
窓の外の景色はすでに薄暗い。
どうやら途中休憩でランチを食べた後、馬車に揺られて眠ってしまっていたらしい。
隣にはわたしに寄り掛かかってルーリが寝ている。
目覚めてすぐの頭はボンヤリとしていて、またうつらうつらとしながら外の景色を眺めた。
馬車が右に曲がる。
すると目の前は開けていて、眼下にはアルコート町全体が見渡せていた。
「もう着いたんだ……行きはすごく長く感じたけど、寝てたからかな。瞬間移動したみたい」
この調子ならもう30分もせずに役場に着くんじゃないかな。
わたしは残りの時間、窓から懐かしの光景をずっと眺めつづけた。
そうして、きっかりかどうかは分からないけど30分後くらいに馬車は無事アルコート町役場へと到着した。
ルーリを起こして馬車から降りると、リッツィ町長を始めとしてダレスさんを含む役場の職員の方々が総出で迎え出てくれていた。
「ソフィアさん、ルーリさん。作戦お疲れさまでした。町を代表してくださって本当にありがとうございました」
「いえ、わたしとしてもすごくいい経験になりました!」
「それでも私たちとしては大変助かりました。それにディグルッド町長から早速連絡がありましたが、ソフィアさんの行動力が作戦にとても貢献してくれたと仰っていましたよ。
ザイール町には長年お世話になってきましたが、ソフィアさんのおかげでようやく恩返しができました」
「それならわたしも頑張ったかいがありました!」
話をしながらわたしはキョロキョロと周りを見渡すが、ここには来ていないようだ。
ルーリは欠伸をかみ殺していた。まだ寝たりないらしい。
リッツィ町長はわたしの様子を見て、近くへと歩み寄って囁いた。
「ここにはいらしていませんよ。あなた方の<お家>で、あなた方の帰りを首を長くして待ってらっしゃいます」
完全に見透かされていて、少々決まりが悪いけどちょっと安心する。
「では、細かい話は全部後日にして、今日はご帰宅してゆっくりお休みください」
「はい、お出迎えいただきありがとうございました」
わたしはルーリの手を引いて、食堂へ、家へと向かって歩き出す。
歩調はとても速くなっていた。
今日は営業日のはずだったけど、食堂入り口の掛け看板は裏側が向いている。
一瞬、鍵がかかってたりしないよね? なんていらない心配が頭をよぎったが、扉は押すと簡単に開いた。
見慣れたホールが目の前にあり、そしてホールの席にはリオルさんとロウネさんが座っていた。
「あっ……」
きっと奥にいるだろうと思っていたのに、扉を開けたら目の前にいたものだから最初の言葉に詰まってしまった。
心の準備が!
何か言わなきゃ、何か!
そうやって頭の中をごちゃごちゃさせている間に、リオルさんとロウネさんは微笑んでわたしたちへ。
「「おかえり」」
とただ一言、家族への言葉を口にしてくれた。
「うん‼ ただいまっ‼」
わたしとルーリは家へと帰ってきた。
多くの人にとっては当たり前のことだけど、少し前のわたしにはなかったもの。
アルコート町のゴートン食堂という我が家には、わたしが帰ってこれる居場所が確かにできていたのだ。
また明日からはこの家でこれまで通りの日常が始まる。
平穏で幸せな毎日が。
でもその前にちょっとだけ、わたしたちが見てきたことを、わたしたちが経験したことを話したい。
今夜、温かい食卓で、温かいご飯を食べながら。
温かい家族に向かって。




