子供たちだけでの旅行ってちょっと憧れだったかも……!
準備に費やした時間はとても短く感じたが、町役場で一番最初に打ち合わせを行った日からは早くも3週間が経過していた。
そうして今日は、ついに魔獣掃討作戦の3日前だ。
時刻は15時。わたしはゴートン食堂からリオルさんとロウネさんに見送られ、現在は町役場の会議室に来ている。
リッツィ町長はザイール町で行われる掃討作戦を目前に、仕留め損なわれた魔獣がこの町に落ち延びてきても簡単には侵入されないようにアルコート町の周辺を囲む外壁と当日の見張りのシフトの最終チェックなどで忙しくしていてこの会議室の席にはいない。
会えなかったのは残念だったが、元々今日わたしがここに来たのは町長に会うためではなく、また打ち合わせのためでもない。
これから掃討作戦のためにザイール町に向かうのだ。
この町役場までザイール町のお迎えが来てくれることになっていて、今日はそのままザイール町が手配してくれる宿に直行する。
そして翌日は自分の作業場所のチェックと仕事仲間との顔合わせ、そしてカレー作りの流れの最終確認。
3日後からはとうとう、大忙しの2日間が始まるんだ。
わたしのカレーの能力が初めて公の場で、魔法としての効果が期待される大舞台。
食堂を出てからしばらくは気持ちがなんだかとても不安定だった。
初めて食堂を離れて過ごすことにまるで肌に馴染む使い込んだ毛布を手放すかのような心細さを感じていた、が。
しかし何もせずに待つ時間が長いとどちらの気持ちも次第に落ち着いてきちゃう。
そして落ち着いてきた上で、ただただそのお迎えを待つだけの状況はとても暇だった。
「あー、暇だなー」
つい口に出して言ってしまうほどに。
「ひーまー」
わたしの言葉に返事をしたのは、同じく隣で座って暇そうにほっぺをテーブルにふにゃっとくっつけているルーリ。
脱力しきっていて、腕はテーブルに載せて伸ばしており足はブラブラと中空に揺れている。
食堂を出てきたときからこの様子で、緊張しているわたしとは正反対だ。
ちなみにルーリもこれからわたしと隣町へと向かう。
わたしとしても馴染みのない土地での調理となる上に、一緒に作業する人も面識がない人ばかりというのは気後れしてしまうのでルーリのお手伝いはとてもありがたい。
そういう訳でレイマーさん達との打ち合わせの時にうちの食堂からももう1人作戦に加えて欲しいということを話すと、あっさりと承諾を得られた。
曰く、「カレーは本作戦の要の1つなので、できるだけのサポートはしようと考えています」とのことだった。
うーん、嬉しいけど、ますますプレッシャーがかかるなー。
「でもルーリが一緒に来てくれるのは本当に心強いよー」
色々と思い返していて、つい心の中の声がボソッと表に出てしまう。
ルーリは耳ざとくその言葉を聞くなり反対側に向けてテーブルにくっつけていた顔を、そのままグルっ! とこちらに向けて口を開く。
「うん! 私といれば安心。ちゃんと守るから、私におまかせ……!」
力強く自分の有用性をアピールするルーリ。目をキラキラとさせている。
「分かってるよ。ルーリはお料理すごく上手くなったし、あとカレーの作り方を知っているのも向こうではわたし以外にルーリだけになるもんね。頼りにしてるよ!」
そう言うとルーリの目は一層輝きを増し、いや? 実際にまた輝いている! 眩しい!
そして鼻からはフンスフンスとやる気が噴き出してくる。
「私に……おまかせ……‼」
気合は充分のようだ。
そんなやり取りをしていると、ふいに会議室の扉が叩かれる。
「ソフィアさん、お迎えの方がお見えのようですよ。馬車を役場前に停めてお待ちになってらっしゃいます」
受付の人が私を呼びに来てくれたようだ。
「わかりました! すぐに行きます!」
わたしとルーリはそれぞれ自分の座っている隣の席に置いていた荷物を持ち、会議室を後にした。
アルコート町役場から馬車に乗り、途中見渡しの開ける場所で降りてランチを食べ、そこからまた馬車で進んでザイール町に着いたのは夕方も近かった。
町の中心に位置するザイール町役場で馬車から降りると、そこには出迎えに来てくれたのだろう、レイマーさんと数人の役場の職員の方々がいた。
「長旅お疲れさまでした。そしてザイール町にようこそおいで下さいました」
「はい! 今日からよろしくお願いします! それにしても本当に遠いですね……来るだけでほとんど1日がかりなんて。レイマーさんには打ち合わせの度に何度もアルコート町に来てもらってましたが、いつもあのルートで?」
「ええ。確かに遠いですが、私もそれが仕事でしたから。それにこちらからご助力を要請しているのですから、私から赴くのは当然ですよ」
すごい大人の対応だ。レイマーさん、とても紳士。
レイマーさんは言葉を続ける。
「それでは今日お泊まりいただく宿までご案内しますね。早速ですが私についてきてください」
「え? あの、ディグルッド町長へご挨拶に伺ったりしなくて大丈夫でしょうか」
わたしとしては町役場に馬車を着けるのはそのまま到着の挨拶などを済ませるためかと思っていたんだけど。
「いいえ、今日はソフィアさん達も馬車に長時間揺られてお疲れでしょうからゆっくりとしてください。食料班との顔合わせや準備なども含めて、全部明日からにしましょう」
「そういうことなら分かりました。お気遣いありがとうございます」
そうしてレイマーさん先導の下、宿へと向かった。
宿はかなり豪華で部屋は地上5階で最上階。
ドアを開けると目の前には町を見渡せるような大窓があり、賑やかな町を一望することができる。
大窓の向かいには大きなふかふかのベッドが置いてあり、移り行く町の1日を寝ころびながら眺めることができるような配置だ。
部屋内部の設備はそれ以外も充実しており、テーブルは広々、本棚にもいろいろな本が揃えられており、キッチンと冷蔵庫もある。
全体が白を基調としたデザインが上品であり、こんなところに泊まりましたと写真でも見せれば羨望の眼差しを一身に受けること必至だ。
「す、すごいですね。こんな綺麗で豪華な宿に泊まったことなんて一度もないです……」
「ふかふかー‼」
わたしはドアを開けた瞬間から、まるでホテルのスウィートルームのようなその場所に圧倒されて入り口近くから未だ動けずにおり、
ルーリはわたしとは対照的にすでにベッドで跳ねている。
「ザイール町にお招きした賓客の方々をお泊めする場所です。お気に召したらよかったのですが……」
「め、召します! 召してます! まさかこんなに良い待遇なんて……!」
ひ、ひんきゃく? 確かに戦力として期待されていることはよく分かってたけども!
それでもわたしとしてはもっと前世で言うところの部活の応援部員とかそれくらいのイメージだったんだけど……
「それでは今日はどうかごゆるりとお過ごしください。明日は午前8時頃に迎えに参りますので、それまでに出られるようご準備をお願いしますね」
「は、はい。ありがとうございました」
そうしてレイマーさんは部屋を後にする。
流石にわたしもずっと入り口前に突っ立っている訳にもいかないから、ルーリが跳ねているベッドとは別のもう一台の方に腰かける。
「おお! ふっかふかだ……!」
お尻の形にマットレスが柔らかに沈んでいくのが心地よい。
「ふかふかー! きもちぃー‼」
ルーリはひたすらに跳ねては満足感を全身で表していたが、ふいにピタリと体を落ち着けてわたしの方へ這ってくる。
「ソフィア、お腹空いた。ご飯食べよ?」
そう言ってお腹を鳴らす。
ちなみにまだ夕食前である。
ルーリは別段食いしん坊の気があるわけではないが、今回ばかりは仕方ないかもしれない。
ずーっと馬車の中で寝てるか外の景色を見ているかで、食事も馬車を降りて食べた軽食だけだったし。
「うーん、どうしよっか。ここの宿で夕食は出してくれるって、レイマーさん言ってたし。確か18時だったかな」
そういって時計を見るとまだ16時を少し過ぎたくらいだった。
「た、耐えられない……」
ズシーンと表情を沈めてルーリが苦しそうに言葉を溢す。
正直、わたしも耐えられそうにないんだよね、結構お腹ペコペコかも。
「しょうがないから、何か軽く食べに行こうか。まだ陽も落ちてないし、お店も空いているんじゃないかな?」
そう言うと、ルーリは一気に元気を取り戻し「さんせー!」とベッドで跳ねる。
わたしとルーリは荷物から財布を取り出すと、部屋を出て町へお店の探索に向かった。
宿を出た辺りはそれほど騒がしくなかったが、一歩大通りへと出ると町の様子は一変した。
アルコート町では見たこともないほど広い道を人、人、人が道よ狭しと密集して歩いている。
そして道の両端にはこれでもかというくらいの店が大通りの脇を固めていて、どこも盛況そうだった。
「すごい……! アルコート町が田舎よりだってことはもちろん知っていたけど、ザイール町にここまでの人がいるなんて」
「どうりでご先祖様たちが人間を滅ぼしきれないハズ……!」
わたしとルーリはそれぞれでこのザイール町の大ボリュームな人口を目の当たりにして驚きを口にしていた。
それから2人で人ごみをかき分けつつ色々とお店を物色して、前世で言うところのケバブのようなファストフードにありついて、お腹を落ち着かせた頃にはもう陽も傾き始めてきた。
「最近は大分陽が落ちるのも早くなってきたよね。この世界でも冬はくるのかな」
わたしがこの世界に来たのは夏の頃だった。
そこから早くも4か月ほどが経過しており、日本であればそろそろ冬がやってくる頃だ。
ルーリはわたしの言葉に頷く。
「くるよ。冬がやってきて、雪が降る。雪が積もるとご飯にありつけない魔獣たちが襲ってくることが多くなる。私の元いた場所でもよくマラバリとか、それよりもっと強いやつが何度も来た」
まあ私の方が強いから平気だったけど、と得意げに締めくくる。
「そ、そうだったんだ……。ただでさえ魔獣の数が増えているってことなんだし、なおさら今回数を減らさないと危なくなるね。アルコート町にマラバリより強い魔獣が下りてきたら大惨事だよ。わたしも頑張って貢献しないと」
ルーリ話を聞いてさらに気合いが入った。
そのような事態は絶対に防がなきゃいけない。
そのためにわたしにできることに対してはベストを尽くそう。
グッと手を握り締める。
ルーリはそんな私の手を両手で包むと、優しく温かくエールを送ってくれる。
「大丈夫。ソフィアのカレーは絶品。みんな癒されることは必至」
「いやできればバフの方面で……」
嬉しいけどね。
その後は夕食の時間がくるまで町を散策して歩いた。
翌日は朝の6時に起きた。
いつもなら仕込みの時間だが、今日は起きるなり外着に着替えて朝食を食べると後はレイマーさんのお迎えを待つだけ。
手持ち無沙汰な上、今日のこれからの予定は今までの人生で経験したことのない作戦の準備だったりで緊張をしているため時間の進みも遅い気がした。
ルーリは緊張とは無縁なのか、ベッドで二度寝を決め込んでいる。その図太い神経がとても羨ましい。
8時5分前に部屋のメッセンジャー(外に備え付けられている蓄音魔具に込められたメッセージを指定の部屋に届ける魔具)がに呼び出しがかかり、レイマーさんが来たことを告げる。
宿の表に馬車が停まっているそうだ。
わたしは二度寝していたルーリを起こすと財布とメモとペンという最低限の荷物が入ったバッグを手に部屋を後にした。
馬車で走ること10分足らず、もう目的の場所に着いたようだ。
今日の予定は前々から決まっている。
「ここがわたしたちの作業場所なんだね」
「おっきい……」
馬車から降りて目の前の建物はこの町の、前世で言うところの給食センターのような役目を果たす場所らしい。
「そしてこの向いが作戦の拠点だよ」
「ほんとに近いですね……」
この給食センターの目の前には拠点があり、カレーの運搬はとても楽そうだ。
給食センターの外観はなんだか工場みたいで、早速厨房を覗いてみるとやっぱりとても広かった。
1度に2000食を作れる規模らしい。一般の学校の体育館並みの広さがある。
「ソフィアさんにはここで調理をしていただきます。事前に伺った通りの食数を作れる場所ですが、規模などは問題なさそうですか?」
パッと確認はできないが、近くにあった大鍋に寄って確認すると80リットルの容量があるようで、それが加熱用の魔具とセットで20台もある。わたしが大鍋を数えている様子を見て、レイマーさんは補足してくれる。
「通常2000食規模だと10台が普通だそうなんですが、今回はカレーがメインなので通常の倍はいるかと思いまして」
大体カレー40リットルで80~100人分のカレーができるので充分な数だ。
炊飯用の魔具も確認するが、こちらも巨釜で一気に16キロの米を炊くことができるらしい。それが10機あるので、一度に計160キロ炊くことができる充分な数だ。
ちなみに1食あたりの計算は1人300グラムなので、16キロ炊ければそれだけで50人分となる。
後、炊いたお米の温度を保つ恒温器があることも確認できた。
「問題なさそうです。この環境なら調理に掛かる負担が少なくなると思います」
「それならよかったです。他の場所の案内ですが、こちらの給食センターの責任者の方が行ってくれますので1通りご覧になってきてください」
事前に見取り図などは連携してもらっていたが、実際に目で見て具体的な使用法などはここでしっかり覚えなきゃだめだ。
紹介された責任者の人と1通り厨房内を周って説明を受ける。
お肉や魚などの下処理室、野菜などの下処理室、器具洗浄室に料理の検収室など厨房1つに複数の部屋が分かれて存在している。
各配送場所へと料理を提供するにあたってこれら1つ1つの部屋分けからは、この場所が普段から厳しい衛生観念を持ってることがうかがえた。
案内が1通り済んだところで、1度外に出ていたレイマーさんが再び調理室に戻ってくる。
その後ろには複数の女性が控えていた。
「どうでしたか、設備を1通りご覧にはなれましたか」
「はい。使用方法とかも全部聞けましたし、大丈夫そうです」
「そうですか。なら設備の方は問題なさそうですね。それでは今度は食糧班の方々との顔合わせといきましょう」
レイマーさんはそう言うと、後に控えていた女性たちの方へ手を向ける。
「ソフィアさんにはこちらのみなさんと一緒に作業をしていただくことになります。10人ともに場所は違いますが大規模な調理場や町役場内の食堂などでの大量生産に慣れている頼れる人たちですよ」
その紹介に食糧班の方々が軽く会釈をしてくれる。
わたしもその人たちに向かって自己紹介をする。
「はじめまして、ソフィアといいます。こういう場での作業は不慣れなので、もしかするとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします!」
ちょ、ちょっと挨拶が固かったかな?
でも初めての人たち相手だし、年上だし、これくらいが良いと思ったんだけどな……
「よろしく~」
「よろしくね!」
ちゃんと彼女たちも返事をしてくれた!
そして今度はわたしの隣へ立つルーリへ固定される。
ルーリはそんな視線を気付いてか気付かずか、どちらにせよ意に介してはいない様子だ。
ポケ~っと視線を空へ漂わせている。
きっとこのままだとルーリは自発的にしゃべらない!
「ほらっ。ルーリも自己紹介してっ」
するとルーリは「えっ私も必要?」みたいな顔をわたしに向けた後、おずおずとした様子で口を開く。
「え、えっと……ルーリ・ファートラネッタっていいます。その……よろしく」
顔を赤くして恥ずかしそうに自己紹介をした後、ペコリとお辞儀をする。
そんな姿に食糧班の方々から「ふわぁ~~っ」といった気の抜けたような、あるいは悪魔に魂を抜かれたかのようなうっとりとした声が上がる。
うん、わかりますその気持ち。可愛いですよね。
でも直前にわたしが挨拶した時の反応と比べると差がありすぎて、ちょっとショックだよ。
続けて食糧班の方々のそれぞれの紹介が行われ、それが終わると同じフロアにある会議室に移動した。
全員が席に座ったのを見て、レイマーさんが打ち合わせを始める。
「これから食糧班の担当割りの確認と当日のシフトについての最終確認を行いますね」
そうして今回の討伐作戦における食糧班の動きについて改めて説明が始まる。
「事前にお伝えしている通り、今回食糧班の皆さんには配膳班と調理班に分かれて作業をしてもらいます。皆さん自分がどちらに所属しているかは分かっていますね?」
「はい! わたしとルーリ、それにヒヅキさんとレミューさんを合わせた4人が調理班で、他の皆さんが配膳班ですよね」
「その通りです。調理班の割合が少なくなってしまっていますが、議論を重ねた結果でこの比率なら配膳班と調理班のどちらにも無理は出ないという結論になっています」
見た目上4人という人数は合計5000食近く作るには少ないように思えるが、下処理の工程や1度の調理で複数の食事回分のカレーを作ることによって効率化を図ることになっているので問題ない。
「また、配膳班はA班とB班に分かれます。そちらに関しても所属は大丈夫ですね?」
そう言ってレイマーさんは配膳班を見渡し、それぞれが頷いているのを確認すると言葉を続ける。
「それでは調理班と配膳班のスケジュールの詳細をそれぞれ説明しますね」
説明は調理班のスケジュールから始まった。
調理班は作戦前日(つまり明日)12時半に厨房へ集合し、点呼。
その後は13時から16時まで、翌日の4回の食事回の合計1400食分のカレーを調理する。
調理器具の洗浄と調理したカレーを冷却魔具で冷ました後に冷蔵庫へと保管し、17時に帰宅。
作戦当日は配膳A班と共に朝の6時半に厨房へ集合し点呼をとられて、7時に配膳班に1400食分を引継いで運搬班の輸送によって拠点へカレーを持って行く。
それからは一定の間隔で1400食を作って冷却保存を行うという作業を3回繰り返す(最後だけは食事回3回分の量となるので1050食)。
1度に1400食を作る理由は、調理班にはシフト制を取れるだけの人数がいないから。
だからこそ4人が1回でまとまった休憩を取るためにも1度になるべく多くの食数を作るのだ。
続けて配膳班の説明が行われた。
配膳班のA班とB班は作業自体は大体同じだが、こちらはシフト制を組まれておりそれぞれ作業時間が異なる。
A班は当日6時半に厨房へと集合して調理班と共に点呼をとられて、調理班から1400食分のカレーを引き継いでそこから3回連続で14時の食事回まで配膳を行う。
次にB班だが、当日15時半に厨房へ集まって点呼を取られる。
それからはA班と同じ作業を23時の回まで行う。
そうしてB班が2日目0時に休憩に入ると、0時半より再びA班のシフトとなるのだ。
その他もろもろ連絡事項があって説明が終わり、簡単に質疑応答が行われ、食糧班としての流れを最終確認する会議は終了した。
この後は親睦を深めるため、この12人でカレーを調理するというスケジュールだ。
当日にメインとなって作業するのは調理班のわたしとルーリを含んだ4人だが、今回はみんなにその工程を体験してもらう。
「すごいわねぇ。その歳で料理も魔法もできるって」
「ありがとうございます! でも魔法に関してはこれ以外からっきしですし……」
「料理にだって一般的な料理じゃなくって、完全創作料理なんでしょう? これを1から自分で作ってしまうのはやっぱりすごいわよ!」
「いえ……創作というか、昔わたしのいた世界では一般的な料理だったんですけどね」
「これはタマネギにスパイスを刺して丸ごと茹でるの⁉ そんな調理法聞いたことなかったわ……!」
「あっこれはただ後でクローブを取り除きやすくするためで……」
わいのわいのと賑やかに調理が行われている。
その中心にいるのは珍しいことにわたしだった。
アルコート町にいたころはそれほど注目を集めなかったし、特にルーリが来てからは町の皆の視線はルーリに一直線だったからなぁ。
ここで今作業を共にしているのは調理師を本職とする人が多いからか、珍しい料理を作るわたしに興味があるみたい。
異様にモテる。
まぁここにいるのは全員女性なんだけどね。
もちろん、ルーリは今まで通りの人気っぷりで、ほとんど全員から「ね、ねぇ、頭撫でてもいい?」と聞かれて撫で繰り回されている。
そうして困っている様子がまた可愛いものだからそれを見てまたみんな盛り上がるのだった。
また、これから同じ調理班としてこれから作業を共にするヒヅキさんとレミューさんは一緒に野菜を切りながらお話ししているみたい。
ちなみにこの2人はわたしよりもちょっと年上に見えるけど、日本でいう高校生? くらいの年齢だと思う。
わたしとルーリ達に一番近い年齢の2人だ。
ヒヅキさんはとてもボーイッシュな感じで吊り目が凛々しいカッコイイ女性。
髪の毛はボブで身長もスラっとして高くて、なんか女性の理想像って感じがする。
レミューさんはお嬢様っぽい感じかな。
髪は綺麗な金髪が長くてフワフワで、すごく可愛らしい。
気の強そうな力強い目に……す、すごく大きい胸、とても印象的な人だ。
この2人はとても仲が良いみたい。
「ねぇヒヅキ? わたしまたみじん切りが早くなったと思わない? ほらタマネギを半分にしたらそのまま2つ同時に横に包丁を入れるのよ!」
ストンとタマネギを半分に切ってその2つを断面を下側に縦に並べると、タマネギのお尻側から頭に向かって包丁が入っていく。
「縦へは形が崩れないように慎重に入れて、その後は包丁を垂直に低空からまな板に押し付けるように切るのよ!」
レミューさんは喋りながらも器用な手つきで、網目状に切り込みの入れられたタマネギを横向きに高速で切っていく。
そうして包丁がまな板とぶつかる音が止んだ時、まな板の上には粗みじん切りのされたタマネギが綺麗に山となっていた。
すごい早業だ!
どうだ! と言わんばかりにレミューさんはヒヅキさんの方を向く。
「ほら10秒! 10秒で1玉みじん切りよ‼」
「うん、すごいすごい。でもあんまり遊んではしゃがないようにね。明日からが本番なんだから、こんなところで怪我をしてちゃ信用をなくしちゃうよ」
自慢気に自らの技を見せつけてきたレミューさんに対して、ヒヅキさんはクールに切り返した。
「わ、分かってるわよ! でも別に遊んでいるわけじゃないもの……」
「でもタイムアタックしてたじゃないか」
ジト目で見るヒヅキさん。
レミューさんは、うぅっ! と視線を上に逃がす。
「こ、これは遊びじゃなくて、えと……そ、そう! これは自分の能力を高めるための……言わば! しゅぎょーなのよ!」
「へー(棒)」
「ちょっと! 真面目に聞きなさいよ!」
基本的にはレミューさんがつれないヒヅキさんに絡んでいるようだが、別にヒヅキさんは邪険にするでもなく慣れたようにあしらっている。
かなり付き合いが長いんだろうなー、っていうのが見ていてわかるやり取りだ。
そんな2人は終始賑やかに調理をしているものの、作業自体が他の人よりも早く進んでいるところに実力の高さが現れていた。
切られた野菜や調理器具の扱いなどもプロのそれで、余計な散らかりもなく調理の工程からとても綺麗。
これから一緒に作業する身として心強い限りだ。
みんなでお肉と野菜を切って、炒めて煮込む。
その後はわたしがスパイスで風味とバフをつけて、カレーが完成した。(※バフはわたしだけです)
これまでの人たちと同じで、やっぱりバフを実際に受けると驚いていた。
普通に生活している分だと、魔法を体験する機会などはほとんどない。
魔法がかけられる場合なんていうのはよっぽど重篤な病気や怪我をしてしまった場合に限られるし、それも回復魔法の類のものになる。
だから攻撃力や防御力なんていうのは一般的に生活で使用されるものではないから、ここに集まった人々のように冒険や戦闘を目的とする職業についていない調理師のみんなは強化バフを受けるのが人生で初めてとなる。
初めての感覚に、「体が軽い!」「やる気が漲る!」などと一様に感激していた。
食糧班として明後日から、一部調理班としては明日から作戦を共にするみんなとはもうだいぶ打ち解けたんじゃないかな。
一緒に料理をしながらだと、色々と相談し合わなければいけないこともあるから自然と会話するようになるから、
それをきっかけとして普段の仕事だとか自分の故郷のことなど、色んな話題で盛り上がることができたし。
とても良好な雰囲気の中、最終確認の打ち合わせとカレーの料理体験、試食会は幕を閉じた。
その後、わたしとルーリはレイマーさんに連れられて、作戦班との顔合わせに運搬班との最終打ち合わせなどを巡り、今日予定されていた工程は陽の落ちる前には終わった。
レイマーさんに手配してもらっている馬車で宿まで送ってもらう。
本人はまだやることがあるということで作戦拠点に残って仕事をしているため、車内にはルーリと私の2人だ。
とても静かな時間が流れている。
今日1日動きっぱなしでお互いに疲れているから会話はない。
わたしは車窓の町の景色を眺めており、ルーリはわたしの肩に頭を載せてスヤスヤと寝息を立てている。
わたしの服の裾を掴みながらの寝姿に覚えるこの感情は、姉の気持ちかな?
たまらなく愛おしく抱きしめたくなってしまうが、そこはグッと堪えて頭を撫でるに留めた。
起こしても可哀想だしね。
「ルーリはわたしが心配でついてきてくれたんだよね。打ち合わせ全部に参加して、難しい話も全部真剣に聞いてくれてて疲れたよね。一生懸命になってくれて本当にありがとうね、ルーリ」
もたれかかって気持ちよさそうに眠る可愛い妹分に話しかける。
聞いていないと分かっているけど、いや分かっているから言えるお礼の言葉。
本人に正面から改めて言うのはちょっと恥ずかしくってこんな形になっちゃう。
「いやもしかして自意識過剰かな……?」
言って自分で照れてるってどうなのかな。
顔が熱くなる。
やっぱり正面からは無理だ、絶対。
わたしの肩に頭を載せていたルーリが少し動く。
起きてたのか? と顔を覗き込んでみたけどまだ寝ているみたい。
どうやら体勢を変えただけのようで、ホッとする。
今日は疲れたからわたしも宿について、ご飯を食べたら早めに寝よう。
明日からが本番で、きっと忙しくなる。
打ち合わせで想定できなかった問題も起こるかもしれない。
でもきっと大丈夫だ。食糧班の人たちと、そしてルーリと力を合わせればきっと上手くいく。
「明日からも頑張ろうね」
ポツっとルーリに呟く。
きっと気のせいだと思うけど、その言葉に応じるようにわたしの服を掴むルーリの力がギュっと強くなった気がした。
午前11時、厨房には大量の野菜が運び込まれてくる途中だ。
その前にはお肉が到着していて、それらはすでに冷蔵室に保管している。
「すごい量……! あんなに沢山のジャガイモを見るのは初めてだわ‼」
かごいっぱいに入れられて届く野菜に目を輝かせているのはレミューさん。
ヒヅキさんは「こんなに多くの食材を使って本当に調理回るのかな」と表情が不安気だ。
今日から本番。
12時からは早速、明日の1400食を調理する。
わたしたちは各々そのための準備に勤しんでいる最中だ。
「ソフィア、こっちの準備は終わったよ」
ルーリが野菜の下処理室から出てきて私に言う。
「ありがとう。こっちも器具の確認が全部終わったところ。これでいつでも作り始められるよ」
レミューさんとヒヅキさんの方も見た感じ準備が終わっていそうだ。
こちらの様子にも気づいたのか、2人もわたしの方に集まってくる。
「わたしたちも作業が終わったわ! もう調理に取り掛かれるくらいよ。あの大量の野菜を捌けるかと思うと腕が鳴るわ‼」
片腕をぶんぶん振り回してレミューさんは心底楽しみそうだ。
そんな姿を横目に見て、ヒヅキさんはため息をつく。
「聞いてはいたけど実際に量を見てみると……私としてはちゃんと全部調理できるか心配になっちゃうね」
「えぇ~? あれぐらい私なら楽勝よ! 今からそんなに弱気になって大丈夫かしら、ヒヅキ? まぁ私のサポートをしてくれるだけでもいいわよ。私1人で全部片づけて見せるもの」
ヒヅキさんのこめかみがピクリと動く。
「はぁ? レミュー1人に捌けるわけないでしょあんな量。1人あたりの処理能力は普通に手でやる分には250食が限界って授業で習ったじゃん。そんな基本的なことも忘れたの?」
「別に忘れてないし! 今回は手作業じゃないもの! 野菜の皮むき用の魔具だってあるし、下処理だけなら楽々こなせるもの。手の遅いヒヅキと一緒にしないでほしいわ!」
「誰の手が遅いんだよ、レミューとたいして変わんないでしょ! 大体さっきから野菜にしか目がいってないけど、肉の調理だってあるんだよ? いつもいつもレミューは楽観的過ぎるんだ!」
「な、なによーっ‼ そんなことないもの‼」
「そんなことあるだろ‼」
「ま、まぁ落ち着きましょう2人とも! これからみんなで一緒に作業するんだから仲よくしましょう? ね?」
むぎぃ~っ‼ と額をぶつけ合って言葉を応酬する2人をなんとか引き離す。
レミューさんもヒヅキさんも肩で息をしている。本気で喧嘩してるみたいな消耗ぶりだ。
……いや本当に本気だったりして?
「2人は仲が良いのか悪いのか分からない……」
ルーリはとても不思議そうにそんな両名を見ていた。いや見てないで止めようよ!
「べ、別に仲良くはないわ! たまたま家が近所で昔から知ってて、それでヒヅキのご両親が経営されてる食堂へ小さい頃からよくご飯を食べに行っていたけど……それはヒヅキのお父さんの作る豚生姜焼きがとっても美味しいからですもの! ファンだから仕方なくよ‼」
ぶ、豚生姜焼きか……
レミューさん、金髪ロングでお嬢様っぽい見た目だからもっと位の高い上品なご飯を食べてる印象があったんだけど、勝手な想像だったのかな。
「ふ~ん。それ毎週2日は私が手伝いで作ってたんだけどなぁ~。よくその日に限ってレミューは食堂に来てた気がするけどなぁ~。そんな味音痴でよく父さんの作った生姜焼きのファンだなんて言えるものだよ」
ふふん! と勝ち誇ったようにヒヅキさんはにやける。
レミューさんは打って変わって強気が隠れてなんだか顔に赤みがかかっている。
「しょ、食堂なんだからベースとなる味は変えていないじゃないの……その味を決めたのがヒヅキのお父さんなんだからいいじゃない……」
弱い語気で次第に声が小さくなっていく。最後の方は目を逸らして「そ、それに味音痴じゃないし……味の違いだって分かるし……だ、だからその日に……」
とボソボソと言う。
ああ、なんか大体わかったかも、この人たちの関係性。
未だに続く「え? なんだって?」「べ、別に何も言ってないわよ!」といったイチャイチャ口論を前に、ツンデレお嬢様と近所の鈍チン幼馴染みか~、と勝手に納得しておく。
ちなみにルーリはまだ首を傾げていた。
わかんないか~。まぁ日本に行って手あたり次第マンガを読めば大体わかるようになると思うな、きっと。
「じゃあ始めましょっか!」
「はーい」と応じる声が、厨房に比べると断然手狭な野菜下処理室に響いた。
12時ぴったり、調理が始まる。
わたしとルーリの足元には大量の野菜の入ったカゴが、ヒヅキさんとレミューさんの手元の近くには大きなボウルが置いてある。
わたしはジャガイモを3個取って目の前の魔具へと入れてスイッチを押すと、中で野菜が高速に回転する。
10秒もしない内に回転は止まって、魔具の中からジャガイモを取り出すと、すでに皮は完全に取り除かれていた。
この魔具は小さな洗濯機のような構造で、野菜を水の中で高速回転させることによって皮を削り取る仕組みになっている。
ピカピカになったジャガイモをレミューさんに渡して次のジャガイモを投入。
その作業を繰り返す。
わたしの隣ではレミューさんがジャガイモを手の上でクルクルと回しながら時折包丁を入れて芽を取り、それが終わるとカットしてボウルへ入れていく作業をしている。
向いでもルーリとヒヅキさん達が同様の作業をしている。
10分もしない内にジャガイモが尽き、続けて人参・生姜・ニンニクをいれていく。
わたしの皮むき作業自体は30分ほどで終わった。
「じゃあ、わたしは厨房に行ってくるので、後はよろしくお願いしますね」
「ええ。任せてくださいな。こんな量ちょちょいのちょいですもの!」
タイミングよくルーリの方もわたしと同様の作業が終わったようで、2人でレミューさんとヒヅキさんに送り出されて下処理室から出る。
「じゃあお水をよろしくね。わたしはソテーを取りに行くから」
「わかった」
ルーリは計量器に水を入れに行き、わたしは冷凍室へとオニオンソテーを取りに行く。
計量器を使って必要なだけの水を測り、ルーリは鍋の魔具20個それぞれに水を張って熱を入れる。
わたしは冷凍室からオニオンソテーの入った箱を台車を使って厨房まで運んできた。
鍋の水の沸騰が始まるまでの間にわたしは調理器具の準備を、ルーリは平たく長く凍っているオニオンソテーを膝で2つに割っている。
2つに割らないと鍋に入れた時に全部浸からないのだ。
普通は包丁で切れ目を入れてから力を加えて割るんだけど、ルーリの腕力の前に凍ったソテーなどお菓子のポッ〇ー感覚で折れるのだろう。
ちなみにソテーは樹液からできたビニールのような薄いシートに覆われているので、膝で折っても衛生的に問題はない。
そうして鍋の水の沸騰が始まった頃合いをみて2つ折りにしたオニオンソテーをそれぞれに投入して鍋に蓋をする。
この段階で熱の設定を「小」にしておく。
沸騰をさせるとタマネギが鍋の蓋とかに跳ねてめんどくさいからね。
「これで鍋の下準備は完了、ひと煮立ちさせたら魔具を止めるのを忘れないようにしないとね」
「うん。気をつける」
時間はすでに1時間が経過していたが、細かく立てられていたスケジュールに今のところ遅れは無い。
3時間の工程表を思い返していると野菜下処理室からヒヅキさんが出てくる。
「ジャガイモと人参のカットが終わったぞー」
こちらも予定通りの進みのようだ。
「ありがとうございます! それじゃあ炒めちゃいますから後は置いておいてください」
「うん。こっちは隣に移って肉の下処理始めちゃうから」
「お願いします!」
ヒヅキさんとレミューさんは隣室の肉下処理室へと移ってお肉の調理準備を始め、わたしとルーリは野菜下処理室に置かれたカット済みの野菜を厨房へと運んだ。
目の前にはおっきな鉄製のフライパンが4つの柱の中心に吊るされる形で設置してある。
フライパンはわたしとルーリをまとめて炒められるくらいの広さと、野菜をひっくり返すのに適した緩やかな傾斜を備えている。
持ち手はなく(もちろん持てる人などいないけど)周りの柱の1つに制御用のスイッチがいくつかあり、それを押すことで食材を焦げ付かないように揺らしたりひっくり返したり、熱の調整ができるようになっている。
「うぅ。実際に使うの初めてだから緊張するなー……」
ここの責任者から使い方は教わって動かしもしたが、実際に野菜を炒めるのは流石に今日が初めでだ。
万が一に備えて説明書はもらっているけど、それでもなんかトラブルがあったらどうしよう……
壊したりしたら……
無理だよ、絶対に高いよコレ。
弁償はできない!
「る、るるるルーリも気をつけて使うんだよ……」
「? うん。気をつける」
きっとルーリは万が一の場合とか、そういったネガティブな考え方をしてないんだろう。
わたしの心配は正しく伝わりはしてないようだ。
まあ必要以上に固くなるのもよろしくないし、普通に使っている以上壊したりすることもないでしょう。
とりあえず気合いを入れて取り組もう。
「よし! じゃあルーリはそっちのフライパンでルウ作り。わたしはこっちで野菜を炒めるのとスパイスで味付けだね」
「がんばる!」
ルーリは倉庫に薄力粉と、冷蔵庫にバターを必要分取りに行った。
わたしも冷蔵庫にスパイスを取りに行く。
一通りこの工程で使う食材・調味料がそろったことを確かめて、わたしはフライパンに熱を入れる。
油をひいて野菜を投入し、その後頃合いをみてニンニクと生姜を入れる。
フライパンは規則的に揺れて、野菜を自動で炒めてくれる。
少し手持ち無沙汰になったので横に目をやると、ルーリがルウを作っているところだった。
「バターが溶け切ったから、次……薄力粉……」
フライパンに薄力粉をダイナミックに振り入れていき、それが終わると巨大ベラを使ってかき混ぜる。
「焦げないように、焦げないように……」
フライパンに自動で揺らしてもらっているだけでは、薄力粉はすぐに焦げ付いてしまうので10分ほど絶えずかき回す必要があった。
ルーリは片手で軽々とヘラを小刻みに動かしているが、木製とはいえ大きければそれなりに重い。
わたしがあんなに巨大なヘラを使ってかき混ぜることになってたら疲れて大変だったよ……
きっと1回の食事の準備だけで腕が筋肉痛になって上がらなくなってしまうだろう。
そんなルーリの調理を観察しているとこちらのフライパンからいい感じにニンニクの匂いが立ってきた。
「よーし。ここからがわたしの本領発揮だよ!」
いよいよスパイスを使用した味付けだ。
ジュー、ジュウジュウ、グツグツ、グツグツグツ。
肉の下処理室には場違いに、食材を炒める音と煮詰める音が反響していた。
「こちらの手鍋は煮詰め終わったわ! ねぇヒヅキ、ボウルを取って」
私が手を伸ばす分には届かない場所に煮詰め終わった肉を冷ますボウルが置いてあったので、ヒヅキに声を掛ける。
「私からだって遠いんだから、自分で取りにきなさいよ」
そうブツブツは言うものの、ヒヅキは手を伸ばしてボウルを引き寄せ、こちらに滑らしてくれる。
「手を伸ばしたら届くんだから、それぐらい文句を言わずにやってくれたっていいじゃないの。まぁでもお礼は言わせてもらうわ」
鍋いっぱいに敷き詰められていた、サイコロ状にカットされている牛肉をボウルに開けて、再び次の炒められて焼き目のついた肉を鍋へと入れる。
そこにお水をヒタヒタに入れて、あとは……
「ねぇヒヅキ。赤ワインはどこ?」
「え? ああ。さっき使ってなくなったから、瓶はほらそこに」
調理台の脇を指さしたので、その先をみると確かに空き瓶があった。
「まったくもう。使って無くなったのなら補充するまでが仕事じゃないの?」
「しょうがないだろ。今肉を炒めてるところなの分かるだろ? 並行して作業している途中で無くなったんだから、補充する暇もなかったんだよ」
「しょうがないわねー。私が取ってきてあげるわよ、まったくもー」
「なんでそんなに偉そうなんだ。そもそも最初に調味料を全部用意したのは私で、お前は全然動いてなかったじゃないか」
「なによ、私だって手鍋の用意とかフライパン準備とかしてたもの」
「私が調味料運んできたときには椅子に座ってノビして欠伸なんかもしてダラけてたくせに」
「な、なによー! 別にいいじゃない! 私は私の仕事をやり終えた後だったんだから!」
ジューッ‼
「あぁっ! マズい、焦げちゃう焦げちゃう! とにかく文句言わないで赤ワイン取ってきなよ、作業が遅れるよ」
「そ、そんなことわざわざ言われなくてもわかってるわよ。フンっ!」
下処理室を出て一旦厨房に出て、それから倉庫に向かう。
外に出ると、下処理室内にどれだけの熱気が籠っていたかが分かった。
狭い場所で炒める作業と煮詰める作業を両方やっていたのだから仕方がない。
厨房では鍋が全部カレー用に使われており、巨大フライパンも野菜を炒める用に使用されている。
そのため肉の調理スペースがどうしても空かなかったので、仕方が無く調理台がある下処理室を使用することとなった。
肉の量は野菜に比べると全然少ないため、なんとかその広さで作業は事足りている。
「結構、汗をかいてしまっているわね……」
服の内側が微かに湿り気を帯びているのが分かる。
「ヒヅキもきっと暑がっていると思うし、一応飲み物も持って行こうかしら……」
暑さにやられちゃって倒れでもされたら困っちゃうし。
「流石に1人じゃ回せないもの、せめて私レベルで作業できる人間がもう1人はいないとねー」
だから自分のためにも……ね。
赤ワインと、事前に用意していた果実水入りの水筒を持って下処理室に戻る。
ヒヅキはお肉を炒め終わり、トレイに移し替えている最中だった。
遠めに見ても頬が紅潮しているのが分かるので、やはり暑さを感じているようだった。
「ああ、帰ってきたか。赤ワインは見つけられた?」
「え、ええ。場所はすぐにわかったわ。あ、あと、コレ」
水筒をヒヅキに手渡す。
「え? これ……レミューのでしょ? 飲んでいいの?」
私を見るヒヅキの眼に視線を合わせることがなんだかどうしても恥ずかしくって、そっぽを向いてしまう。
「べ、別にいいわよ。どうせ3時間で全部なんか飲めないし。あと、これはアレだから。巡り巡って私のためなんだからね!」
ビシッとヒヅキに人差し指を向ける。
「?」となんだか不思議そうな顔をされてしまったが、そのあとすぐに
「そっか。ありがとう、レミュー。けっこう喉渇いてたんだ」
と言って、ヒヅキはゴクゴクと美味しそうに果実水を飲んだ。
「ふ、フンッ。ちゃんと水分補給してないと倒れちゃうんだから、気をつけなさいよ」
私は早速取ってきた赤ワインを空けて、先程肉を入れた手鍋に適量加えて魔具を稼働させる。
グツグツ、グツグツと時間を掛けて肉が煮詰められていく。
「フ~フフ~ン、フフフフ~ン、フ~フフ~ン♪」
「どうした? レミュー、なんかご機嫌だね」
ヒヅキに言われて自分が鼻歌を歌っていたことに気付く。
確かに何だか浮かれているみたいだった。
「べ、別に赤ワインの香りが好きなだけだから!」
わたしはフライパンに次々とスパイスを投入していった。
クミンシード、効果は攻撃力の向上(大)。
コリアンダーシード、効果は防御力の向上(大)。
これらをフライパンに投入する。
パチパチ、だったりジューだったりと特別な音は経たないが、少しすると強烈にカレーの香りがしてくる。
続けてパウダースパイスを投入。
クミン(パウダー)、効果は攻撃力の向上(中)。
コリアンダー(パウダー)、効果は防御力の向上(中)。
シナモン(パウダー)、効果は体力の自動回復付与。
オールスパイス(パウダー)少々、効果は状態異常無効化の付与。
ターメリック(パウダー)少々、効果は最大体力値アップ状態の付与。
ブラックペッパー(粗びき)、効果は気配遮断。
それらの後に適量の塩を加えてフライパンを大きく揺らす。
調べ尽したスパイスの魔法的な効果。
魔獣との戦いにおいて必ず役に立つだろう組み合わせを、打ち合わせの中で議論に議論し選択している。
もちろん味付け風味づけにも抜かりはない。
爽やかで、しかし確かにカレーを感じさせる強い芳香が一気に厨房へと立ち込める。
そこからまた10分ほど炒めて、ジャガイモと人参に良い焼き色がついていることを確認してこの調理工程は終了。
ルーリの方を見やればルウ作りも終わっており、フライパンの中身を20等分にしているところだった。
こちら側でも同じことをする。ジャガイモと人参の量がそれぞれでなるべく均等になるように心がける。
そしてわたしは野菜をそれぞれの鍋に入れて煮込み始める。
1通り野菜を入れた後、クローブが何個も突き立てられた裸にむかれた玉ねぎがルーリによって運ばれてくる。
それを1玉ずつカルダモン(ホール)と一緒にそれぞれの鍋に加えて蓋をする。
ちなみにそれぞれのスパイスの効果は、クローブ(ホール)が体力の自動回復量の向上で、カルダモン(ホール)が環境適応力の向上(大)だ。
10分おきに蓋を開いてアクをとる。
調理開始から2時間が経過した。
肉の下処理室からヒヅキさんとレミューさんが、調理済みのお肉を食材を運ぶ用の台車を使って厨房まで運んできてくれる。
「肉の調理終わったよ。もういつでも鍋に入れられる状態だけど、どうする?」
ヒヅキさんが20等分にトレイへと小分けされた肉を指して言う。
「じゃあ入れちゃいましょう!こっちも煮込みまで終わってるから、あとはルウを入れるだけだったの」
「それじゃあ手分けしてお肉をいれましょう? 私とヒヅキは台車でこのまま奥のお鍋に入れるから、手前をお願い」
「了解です! あ、ついでにそこに置いているルウもお鍋10個分持って行ってもらっていいですか? 一緒に入れてほしいんですよね」
「任されたわ!」
台に10個お肉の入ったトレイが詰まれたので、上から取って端の鍋に向かう。
お肉はトロトロに仕上がっていて、このままでもとても美味しそうだ。
つまみ食いしたい気持ちを抑えてお鍋に投入し、一緒にルーリ作のルウを入れて軽くかき混ぜる。
するとすぐにお鍋の中身の濃度は増してトロトロになっていき、黄色っぽい色合いがより強くなる。
「おぉ! すごいな! 昨日食べたカレーみたいにちゃんとなってるよ」
ヒヅキさんの上げた声がこちらまで届く。
その声色には喜びと達成感が詰まってて、わたしもなんだかとても嬉しい。
ルーリとレミューさんの方を見ると、2人とも満面の笑みでお鍋の中を覗き込んでおり、ヒヅキさんと同じ気持ちなんだということが明らかだった。
ここまできたらもう完成は近い。このままグツグツと焦がさないように煮込むだけ。
「ヒヅキさん、レミューさん。ここはわたしとルーリだけで後は回せそうだから、先に後片付けに入ってもらっていてもいいですか?」
1人でお鍋10個をひたすら順番にかき混ぜていく作業だ。
そんなにすぐに焦げ付くものでもないし、大変な作業ではない。
レミューさんはちょっと不満げな顔で、
「ええ~。カレーをかき混ぜるの楽しいのに」
と言ったが、「わがまま言うな」とヒヅキさんに引っ張られて渋々下処理室へと向かった。
調理開始から2時間40分が経過。
鍋の過熱を止める。
ルーリが用意してくれた20個の小さめの深皿に、それぞれの鍋から小さめのお玉にカレーを1すくいして注ぐ。
「1人5個ちゃんとあるよね? それじゃあいただきまーす」
「「「いただきまーす!」」」
1つ目のお皿のカレーを食べる。うん! 美味しい!
「ウマいな‼」
「美味しいわ!」
「ソフィア天才……!」
他のみんなも満足の味だったようだ。
野菜はしっかりあく抜きを、お肉に関しては加えて臭みを消すために赤ワインを入れるなど工夫をしたから雑味が全くない。
スパイスもしっかり効いている。
今回はチリペッパーを全く入れなかったので、ブラックペッパーと生姜の辛さが際立っている。
味の濃さもちょうどよく、際立った特徴は無いが万人に美味しいと言ってもらえるようなカレーが完成した。
目指したのは前世の小学校時代に味わった給食で出るカレーだ。
地域によってきっと作り方は違うのだろうが、わたしの通っていたところの給食はかなり美味しかった。
「名づけるなら、給食カレーかな……」
「きゅうしょく?」
レミューさんが首を傾げる。しまった、また考えていたことを口に出してたみたい。
あとこの世界に給食という言葉はないみたいで、ここの給食センターっていうのもわたしが勝手に言ってるだけ。
「うーんと、そうだな……色んな人が美味しく食べられるって意味、かな」
本来の意味は大分違うけど、今回わたしの目指したカレーは誰でも食べれる美味しいカレーだから、それでいいや。
「へぇ、そういう意味なんだ。勉強になるなぁ」
「え」
ヒヅキさんがウンウンと頷いて感心してくれる。
「私も知らなかったわ。そういう言葉があるのね、ステキだと思うわ!」
「え?」
本来の意味とは大分遠い内容を、さもそうであるかのように教えた手前なんだか罪悪感が……
「ソフィア、物知り……」
ルーリはルーリでキラキラとした尊敬の念でも込められていそうな眼差しをこちらに向ける。
「あ、いやその。ま、まあね」
3人の、わたしの言うことを真だとして疑うことのない綺麗で純粋な瞳を向けられて、実は適当に言いました、なんて言うことができるメンタルを持っていませんでした。
ちなみに、お鍋20個の検食は何の異常もなく終わりました。
「明日も頑張ろうね!」
「今日で感覚は完璧に掴めたから、明日はもっと効率よく動いてみせるわ!」
「うん! 2人ともまた明日ー‼」
施設から出て、ヒヅキさんとレミューさんと別れる。
最初は少し遠慮して敬語を使っていたけど、最後の方は慣れてきて段々と砕けた言葉で会話ができるようになってきた。
2人も「そんなに気を使う必要はないよ」と言ってくれたので、すごく仲良くなれたようで嬉しい。
時間は17時になろうとしている。
外は陽が傾き、町をオレンジ色に包んでいた。
せっかくアルコート町から初めて離れて隣町まで来たのだから、一昨日のように少し辺りを散策したりしたいな。
でも明日は6時半にはこの施設の厨房に来なくてはいけないから、なるべく早く帰ってご飯を食べて寝なきゃ。
「宿に帰ろっか」
「うん」
少し残念な気分になりながら、光の灯り始めた通りに背を向けるわたしとルーリの影は通りに向かって長く伸びていた。
宿に着くとエントランスに見慣れた顔があった。
「あれ? ダレスさん?」
「ああ、ソフィアちゃんとルーリちゃん。待っていたよ」
そこにいたのはアルコート町の役場で勤務をしているダレスさんだった。
ゴートン食堂の常連さんであり、わたしのカレーを食べたお客さん第1号である。
「一体どうしたんですか? ザイール町までかなり遠いのに……」
「明日から討伐作戦が本格的に始まるだろう? リッツィ町長にソフィアちゃん達の様子を見るように、というお仕事を頼まれたのさ。まぁ料理の経験なんてないからお手伝いはあまり期待して欲しくないかな。ただ、問題があれば何でも相談してくれていいから。アルコート町役場のできる範囲でバックアップするからね」
おお、ダレスさんの相変わらずの紳士然とした振る舞いに懐かしさを覚えるなぁ。
まだアルコート町を離れて3日しか経っていないのに、もうずいぶんと帰っていない気分になる。
これがホームシックというやつかも。
「ありがとうございます。何か問題があったら真っ先に頼りますね!」
「おお、うん。頑張って対応させてもらうよ……」
ははは、とダレスさんはちょっと困ったような顔で笑う。
「とりあえず今日はそれを伝えに来たんだ。明日からはキミたちのシフトに合わせて向いの拠点の部屋に待機させてもらえるようにしているから、何かあったらそこに来てくれ」
そう言ってダレスさんは別の場所に取っているという宿に帰った。
「なんだか知っている人が近くにいてくれると心強いね」
「うん。何かあった時の備えができたのは良いこと」
「そうだね、少し安心できたよ」
それからわたしたちは部屋で室内着に着替えた後、宿のご飯を食べてお風呂に入った。
室内備え付けのお風呂は広くて1人で入るのには少し寂しい。
なので今晩はルーリと入ることにした。
最初は少し恥ずかしがっていたけど、たまには裸のスキンシップもいいじゃないかと半ば強引に引っ張っていった。
「肌、すごいきれいだね……色も白いし、羨ましいぃ」
「あんまりジロジロ見ないで……」
2人で横並びにお湯に浸かって足を伸ばす。
バスタブは正方形で頑張れば横に4人くらい並んで入れる大きさだ。
頭を縁に預けて天井を見上げるとそこには大きな窓がはめられており、水滴で曇らないようになっているのか透明度の高い窓ガラスの向こう側に星空が見える。
横を見るとルーリも同じようにして空を眺めていた。
「なんだか、旅行にでも来た気分だね」
「りょこう?」
「うん。実際は仕事に来ているんだけど、でも馬車で遠出して、いい宿に泊まって、みんなでご飯づくりを体験して新しく友達ができて。すごく色んな思い出がこの3日でできてるから、なんだか旅先で普通に楽しんでるみたいな気分になるんだよね」
「たしかに、全部が新鮮で毎日が刺激に溢れている」
「そうだよね、なんかちょっと憧れだったんだー。子供の間に友達だけでどこか旅行に行くのって」
「なんで? 大人になってからじゃダメ?」
「ダメじゃないよ、ダメじゃないんだけど。うーん、なんていうのかな……」
上手く言葉にするのが難しいなぁ。
「旅行なんて子供だけじゃ保護者は許可してくれないから、普通ならできないことでしょ。それができるっていう部分にワクワク感があるから、かなぁ」
「ふーん……じゃあ、今はすごいワクワクしてる?」
「うん! ワクワクしてるよ! ルーリとこうして一緒にザイールへ来られてよかった」
「うん、私も……」
単純な旅行気分では決してないけど、でもこうやって何事も楽しんで経験するっていうのも大事だと思う。
それも、1人じゃなく2人で。
こうして一緒に綺麗な景色や新しい出会い、楽しい会話も心配事まで、それら全部を共有してくれる友達が隣にいてくれてよかった。
「この遠出だけじゃないよ。わたしたちが今日までやってきた準備も、明日からとうとう始まる作戦も、普通なら参加できるものじゃないから。それに加わることができるっていうのは、なんだかちょっとワクワクするんだ」
「でも緊張してたよ、ソフィア」
「うっ、まぁ緊張はするよ。でも1つの大きな安全を守る仕事に、その一員として自分にできることがあるっていうのはなんだか誇らしいんだ。そういう特別にちょっと憧れてたのかも」
そう、自分が必要とされることに少し憧れていた。
きっと前世で居場所を見失っていたあの頃の自分を思い返してしまったのかも。
「……きっと上手くいくよ。ソフィアのカレーは美味しさも効果も特別だから」
「そうだね、ありがとうルーリ。明日もがんばろうね」
「うん!」
わたしとルーリはそれからほどなくお風呂から上がって、ぐっすりと眠ることができた。
2人一緒だとわたしの緊張は半分になったみたいで、余計な心配に寝つきが悪くなることもなかった。
明日目が覚めてからも支え合える友達がいるということが、今わたしの1番の力になっていた。




