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カレーなる異世界ライフ!!  作者: 浅見朝志


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5/8

隣町まで出前出張うけたまわります⁉

今日はゴートン食堂の定休日。

天気は晴れていて気候も良く、散歩に出るにはうってつけの日。

しかしわたしは今日も厨房で元気にフライパンの中身をグルグルとかき回して過ごしてた。

ホールの長椅子の席にはルーリがうつ伏せで伸びて寝ており、その様子は一見して家でゴロゴロしているようにも見えたけど、

「う~ん」だとか、「もうダメ……」だとかいう声が時折漏れ聞こえる。

「そろそろいいかな……」

妙に黄色が際立つスープカレーができあがりました!

「ルーリ! できたよ~」

声を掛けるとルーリの体がビクリと跳ね上がり、そのままガクガクと小刻みに震えながら起き上がってくる。

そんな様子は気にかかり申し訳なくも思うけど、わたしは少し小さめの深皿に遠慮なくカレーを注ぎルーリの目の前に置く。

そうして気分の悪さからか、肌の青白いルーリに、さあ召し上がれと、

「ソフィア、もうかんべんして」

「……うん、ごめん。流石に朝昼で5回カレーはやりすぎたよ」

ルーリはゴチンと頭をテーブルにぶつけて、「やっと終わった……」としみじみ呟いた。


晴天広がる外の世界へ背を向けて厨房に居た理由とは、カレーの研究のためだった。

先日食堂に訪れた5人組の冒険者パーティーとの出会いを通じて、わたしにはカレーに強化魔法を付与できる能力があると知り、そしてこの力をどのようにかして活かすことが持つ者の義務なのではないかという意見ももらった。

結局のところわたしはそういう社会貢献活動?を自分の生活を犠牲にしてまでは行わず、今まで通りの暮らしの中で自分にできることをやろうというスタンスに落ち着いた。

そんな一環で、まずは自分の能力をしっかりと把握しておこう、ということでカレーの研究をしていた。

カレーの種類で効果は変わるのか、一体どのタイミングで魔法が付与されるのか、など色々試しているうちに今日は5食も違う種類のカレーを作ってしまった。

そしてそれらを大体わたしとルーリで食べているんだけど、どうにもルーリには辛い研究のようだった(わたしはピンピンしてるんだけどな……)。


まあ、ルーリのこの拒否反応は今日のカレー5種食べ比べのみで返ってきた反応じゃないんだけど。

なんてったって最近もっぱらわたしたちの食事はカレーだからね。

様々なスパイスの組み合わせによって作るカレーに付与される魔法効果を知るためには、少しづつスパイスの配合を変えてその差分の結果得られる効果を記録していくしかない。

シンプルなカレーならば3種のスパイスで、複雑な味や香りを出したければより多くのスパイスを使う必要があるし、そもそもスパイスの種類ですらかなりのものだ。

一般的にカレーに使用されないスパイスも合わせ、さらに組み合わせまで考えると試す内容にキリはないんだよね。

じゃあ1種ずつ、そのスパイスしか使用しないでカレーを作ればいいじゃない、って?

そんなものはカレーとは呼ばないよ!

というか美味しいものはスパイスの種類によってはできるけど、それってもはや野菜スープだったりひき肉炒めに香りづけしただけだよね、っていうね。

そうは言えども一度はやってみた。

でもカレー認定されなかったからなのか強化魔法は付与されることはなかったんだよなー。

なので、方法としては基本スパイスとしてクミン、コリアンダー、チリペッパーを加えてできたカレーに1種類ずつ別のスパイスを加えていってその差分で新しく生まれる効果を検証している。

ちなみにクミンは攻撃力上昇、コリアンダーは防御力上昇、チリペッパーは素早さの上昇の効果がある。

いっぱい試してきたから、主要な効果を持つスパイスは大体分かるようになってきていた。

一通り種類と魔法効果の関係性が分かってきたら、次はどのようなスパイスを投入しても美味しく出来上がるように余念なくカレーの腕を磨かなくてはならない。

うーん、やることが沢山だね!


ちなみにバフについて。

面白いことに、バフがかかると直感的に自分の何が強化されているのか理解できる。

例えば攻撃力が上がっている時は体中の血が熱くなる感覚を覚え、その状態で何か物でも投げようものならどこまでも飛ばせるのではないかと思えるくらいに力が湧いてくる。

また、防御力が上がっている時は全身が温かな膜に覆われているかのようになり、ちょっとやそっとの衝撃では痛みを感じないだろうという具合だ。

5種類もバフを掛ければ自分なら何でもできるんじゃないかと錯覚を起こすに充分なほど体から自信が漲るようであるため、これは冒険者に重宝されるだろうと彼らが熱く語るわけだなーと今更ながらに実感する。


さてさて。これまでの研究の回想をして目の前のルーリが晒してしまっている哀れな姿から逃げるのはやめよう。

ゴチンとテーブルに頭を打ち付けてからは、カレーに飽き飽きといった様子で横顔をピタリとテーブルにくっつけ口は半開き、よだれが垂れており目に光は無い。

天気も良いことなんだし、気晴らしに一緒に外を歩いてこよう。

そうすればきっと元気も取り戻せるだろう。

まずはルーリに復活の呪文を掛けなきゃ。

「ルーリ、外に甘い物でも食べに出よっか?」

「たべりゅっ‼‼」

言うや否や食い気味に答えるルーリ。

外に出る前から元気は戻ったみたい。よかったよかった。

うちの大事な大事なカレー研究員の1人にこんなところでグロッキーになってもらっては困るのだ。

これからもっともっと一緒にカレーを食べてもらわないといけないんだからね。




またそれからは何事もなく時が経った。

ルーリも完全に町に馴染んでおり、ゴートン食堂において欠かせない1人となっている。

ランチタイムには相変わらず行列ができる人気ぶりで、4人フル稼働で回っている。

今も食べ終わったお客さんがテーブルで代金を払い食堂を出るのでルーリが外までお見送りをするようだ。

そうして今度は外で行列を作っているお客さんを席まで案内する。

さて、ルーリが今度連れてきたのはまたもや珍しいお客様だった。

アルコート町を代表するリッツィ町長だ。


リッツィさんは年齢不詳だが、何でも10年も昔から町長を務めているんだって。

肌の張りは20代の女性のもので、化粧気が無いのにもかかわらず白く透き通ったような色艶である。

白髪もシワもない。

一体どうしたらそんな綺麗な歳の取り方ができるんだろう、もう少し大人になったらぜひ弟子入りしたい。

そんな彼女は町民から圧倒的人気を誇り、なんでも陰にはリッツィファンクラブなるものがあるという噂も……


ロウネさんはリッツィ町長を見つけると高く可愛らしい声を上げ、親し気に話しかける。

「あらリッツィちゃんじゃない、いらっしゃい。珍しいわねぇ、ランチタイムに来てくれるなんて」

ロウネさんとリッツィ町長は同じこの町で育った仲で、姉妹のように育ったらしい。

お姉さん役のロウネさんが幼い町長の面倒を見たり遊んであげたりしたそうだ。

「お姉さん、お邪魔します。どうしてもカレーを食べたくなりましてね。今日から仕事が少し忙しくなりますから、バフをつけて元気に頑張ろうと思ったの」

「あらぁ、大変ね。でもきっと大丈夫よ、今日もソフィアちゃんのカレーは美味しく効果もばっちりに出来上がっているから精がつくわぁ」

「いつも美味しいもの、そこに不安はちょっともないわ。楽しみにしていますね」

それからカレーを食べ、一息ついた町長は「ごめんなさいお姉さん、ちょっといい?」とホールで仕事中のロウネさんを呼び止めた。

「いいわよ、どうかしたかしら」

「実はリオルさんたちに大事なお話があってね、ランチタイム後にでもまた訪ねに来たいんだけどいいかな?」

「ええ、いいわよ。なんの話かしら」

「ちょっとここでは言いにくいから、子細な話と合わせてその時にするわ。ただ別に悪いような話ではないから安心してね」

リッツィ町長はそのまま代金を払って「やっぱり美味しかったわ、ごちそうさま」と言って帰った。


そうしてランチタイムが終わる午後3時きっかりにリッツィ町長は再び食堂を訪れた。

ホールのテーブルをリオルさん、私、ルーリと町長で囲んでいる。

「お待たせ、お茶が入ったわぁ」

「ありがとう、お姉さん」

ロウネさんはお茶の入ったカップをみんなの前に並べてくれて、それが終わるとロウネさんも席に加わる。

「さて、まずは貴重な休憩時間に、それも急に押しかけるようで申し訳ございません。最近は特に忙しいようですから、お疲れのことでしょう。なるべく早く用件を済ませられるようにしますのでご容赦ください」

リッツィ町長は座ったまま綺麗なお辞儀を見せる。とても誠意を感じられる姿だ。

「いやだわぁ、リッツィちゃん。そんなの気にしないで。あなたがとても気遣える子だってことは知っているもの、急だったのはそれだけ大事なお話しなんでしょう?」

ロウネさんは自らの言う通り、リオルさんもリッツィ町長の訪問を迷惑がっている様子は微塵もない。

それだけきっと、みんなリッツィ町長を信用しているからなんだろう、今回もきっと事が事だからに違いない、って納得できるのだ。

わたしとルーリはまだ町に来てから日は浅いけれど、前の市場での魔獣騒動の1件で町長とお話ししてその人柄には触れたことがあった。

柔らかな毛布で包み込むような優しさを持つ温かな人で、多くの人から信頼と尊敬を集めて離さないその魅力をわたしたちも感じられた。

「はい、それもゴートン食堂に関わることでして。特にソフィアさん、あなたに関することなのよ」

「え? わたしですか⁉」

「ええ。あなたのカレーについて、隣町のザイールで評判を呼んでいるんです。その料理を口にすれば様々なバフの効果を受けられる上に持続時間も通常の強化魔法より長い、といったね。きっとこの町に来た商人や冒険者がありのままの体験を語ったんでしょうね。料理で強化魔法がかかるなんていうのはかなり珍しいことだから人々の好奇心を刺激して、口コミでどんどん広がっていったのでしょう」

わたしの隣にいるルーリが得心のいったような表情で口を開く。

「なるほど……。どうりで最近は見慣れない、アルコート町民以外のお客さんが増えていると思った。きっと隣町から噂を聞きつけて食べにきたんだ……」

そ、そうだったのか。

最近は厨房がリオルさんだけではとても回らないので私も厨房に閉じこもりっぱなしだったので、ホールの様子は詳しく知らない。

町長はルーリの言葉に頷く。

「きっとそうだと思います。日帰りで隣町からくる人が増えたと乗合馬車の運営部署から報告が上がっていますから。そして本題はここからなんですが、そのような評判を聞きつけたザイールの町長が今度のアルコートで行われる町役場の交流会の際にぜひそのカレーを食べてみたいと仰るのです」

「え⁉ それじゃあザイールの町長が食堂にいらっしゃるんですか?」

「ええ。視察の一環として訪れるらしいわ。建前としては<食を通じた観光政策の参考にするため>、と言ってはいるものの、その裏には2つほど大きな理由があると私は睨んでいます」

「り、理由って……?」

ゴクリと唾を飲み込み、続くリッツィ町長の言葉を待つ。


「1つ、ザイール町長はとても美食家で有名だから、単純に美味しいとも珍しいとも称されているソフィアさんのカレーに興味津々なだけです」

ガクッっとひな壇に座るお笑い芸人ばりに椅子から滑り落ちそうになった!

「ちょ、ちょっと! そんな理由なんですか⁉」

「ええ、困ったことに。ザイール町長は優秀な方なんですが、食に関しては好奇心旺盛でいつも部下を振り回してあっちこっちへ食めぐ……いえ視察を行っているとか」

「いま! 今、食巡りって言いかけましたよねっ⁉」

「そして2つめ」

「スルー⁉」

「ソフィアさんの力を計りにくるのではないかと」

「え?」

場の空気がなんだか少し重めに、静かになった気がする。

「今回の視察のタイミングは今までにないんです。ザイール町は今それどころではないはずですから」

「確かにねぇ。今年はやるんでしょう? 魔獣掃討作戦」

魔獣掃討作戦?

聞いたことのない話だ。

町長はわたしを再度見ると、思い切ったかのように話を続けた。

「ザイール町では来月大規模な魔獣討伐作戦を行う予定があるんです。基本的な人員は町の防衛部署の隊員たちと依頼を受託していただいた冒険者なのですが、神官職が足りておらず神殿にも依頼を投げている最中のようなのです。ザイール町長が今回の視察で食堂に訪れて、ソフィアさんのカレーを非常に有用だと判断すれば……。おそらく、ソフィアさんの派遣を要請する可能性が高いのです」

ヒュッと息をのむ。

戦時下の日本、届けられる赤紙。

そんなテレビでしか見たことのない光景が頭の中を駆け巡る。

「つ、つまりそれって、徴兵とかそういうことになるんですか……?」

ど、ど、どうしよう……

いきなりすごく怖いんだけども!

わたしの不安そうな目を察知してかリッツィ町長は言葉を付け足す。

「心配しないでください。最前線というわけでは決してないでしょう。適材適所という言葉通りで、ソフィアさんの力が発揮できるのは厨房です。仮に派遣が決まってしまったとしてもあなたの役割が料理以外のものにはなりませんよ」

「そう、ですか……」

よ、よかったぁ、寿命が縮む思いだよ。

まあ確かにわたしに剣やら槍やら持たせたところで仲間の動けるスペースを減らすくらいにしかならないだろうしね。

つまり足手まといってことだ。

勝手な想像で少しパニックになっていたようだ。

すると突然、ルーリがリッツィ町長の言葉に疑問を投げた。

「なんでソフィアの派遣を要請されて、それを断るという選択肢が出てこないの? 隣町の作戦に力を貸す義務はどこにもない」

相変わらずルーリはズバズバとためらいなく自分の意見を斬り込んでいく。

相手が町長なだけに少しひやひやするけど、これ全部わたしのことを想うがためだと考えると同時に胸が温かくなる。

その疑問を受けて町長がまたも言いにくそうに答える。

「この討伐作戦はアルコート町のためでもあるのです。アルコート町の西には未だ人間の踏破できていない山脈があり、魔獣などは自然発生の他にその山脈からも多く降りてきます。なので本来この地では魔力が薄いために発生しない魔獣でも、時間を掛けて東に進んでくればこの町にも現れる可能性があるのです。そのため定期的に見回りと必要があれば魔獣の討伐を行うのですが、我々の町の人口は少なく、冒険者協会の支部だってありません。そのため、この定期的な仕事は複数の協会支部があり、人員に余裕のあるザイール町に行ってもらっているのです」

町長は一度言葉を区切ってお茶で口を濡らす。

その間にルーリが町長が続けるであろう話を継ぐ。

「つまり、誰かがやらなくてはならない仕事をザイール町に負担してもらっている立場としては、要請されたら断りづらいということ?」

そうだよね、ザイール町がわたしたちの生活の安全にも関係する仕事をしてくれるのに、わたしたちの町が頼まれても何もしないっていうのはおかしいもんね。

しかし町長は「それもある」とまた別の理由も示した。

「実は近頃ナミール国内、いやこの大陸全土で魔獣の大量発生が問題になっているんですよ。そのためザイール町だけではなく他の町や都市においても討伐作戦が行われる所が多いのです。そのため神殿も依頼がいっぱいいっぱいでして、人員不足が激しいようなの。国としても各町・都市間の連携の必要性を強く訴えている中なので、その方針に沿わない態度になってしまえば2つの町の間というより国の中での立場が良くないんです」

確かに国が1つの問題に対して同じ方向を向きたいという時に、アルコートの町だけ力を貸し渋ることになってしまうのは良くない。


ルーリが今までの説明を受けて、結局のところわたしに求められていることの要点をまとめてくれる。

「つまり、ソフィアは断りたがっていたとしても、町としてはその意思を後押しできないということ。むしろアルコート町としてはソフィアに協力してもらいたいと」

リッツィ町長はバツの悪そうな顔をして言葉はない。

リオルさんとロウネさんは話を聞きながら難しい顔をしていたが、ふいに何かを思いついたのかリオルさんが口を開く。

「そうだソフィアちゃん、その日だけわしが代わりにカレーを作るというのはどうだろうかのぅ。そうすれば効果は出んわけじゃしのぅ」

「え! う、嘘をついちゃうってことですか? それは不味いんじゃ……」

リッツィ町長も同じ意見のようで私の言葉を補完する。

「そうですね、それは非常に不味いです。実際に食べた人が隣町に居るわけですし、視察の際はこの町のお客さんもいるわけですから。隠ぺいをし続けるのが難しい以上は隠すだけ後の心証を悪くするだけかと思います」

「う、うむぅ。そうか……」

リオルさんは残念そうに首をすくめて萎れてしまう。

わたしが作ったカレーをザイール町長に食べてもらうのは決定的だ。

おもむろにリッツィ町長はわたしに問いかける。

「ソフィアさんとしてはどうかしら。もし派遣を要請された場合のあなたの意思を聞かせて欲しいわ」


わたしとしてはこの要請をどう思っているのか、町や国の都合とは分けて、改めて考えてみる。

つい先日の冒険者パーティとの出会いを通じて、わたしの能力はこの社会に特別必要とされるものだと知った。

そうしていざ役立てる機会が訪れた時に備えてカレーの研究もルーリ達の協力のもと行ってきた。

話が魔獣討伐作戦に派遣されるという大事で身構えてしまったが、もしかするとこれはその機会なんじゃないかな。

活躍できるかは分からないが、足りない神官の役割を補える能力が本当にわたしにあるのなら。

そしてその協力が転生後のわたしを受け入れてくれた温かい保護者、気の置けない友人、その人たちが住む町を守ることに繋がるのなら。

この世界で多くの出会いを通じて、わたしの意志は1本真っ直ぐなものができていた。

考える時間は短く、ストンと結論がお腹の底に落ちた気持ちだ。

わたしの答えは決まっていた。


「わたし、要請を受けます」

自分の心に嘘つく気持ちは一切ない、純粋な答えだ。

「この町のために活かせる力があるなら、わたし、がんばってみます!」

この世界に来てから初めての、ここの厨房を離れた場所での作業になるだろう。

また、能力が色んな人に持ち上げられてはきたものの、本当にそれが町の防衛部署や冒険者たち、神殿から派遣される神官たちと並べるほどに活躍できる保証もない。

様々な不安が頭をよぎったけど、それでも慎み深く閉じこもっているのが正しいなんて思わない。

失敗の可能性があっても、わたしに成功の可能性に賭けてくれる人たちがいるのなら、せめて挑戦という形で期待に応えたい。

突然、町長がわたしの言葉に対して返事をするよりも早く、横のルーリから声が跳ねた。

「じゃっ、じゃあ私も一緒に行く!それで何かあったら私がソフィアを守る! そ、それにカレー作るのにもお手伝いが必要、だし……」

最近めっきり包丁の扱いが上手くなったルーリは私もいろいろできるぞ、役に立てるんだぞとアピールする。

きっとわたしのことが心配なんだ、不安そうな顔が出ちゃってたかな。

でもこうやって自分を大事に思ってくれる友人なんて、前世でもそうはいなかったからとても嬉しい。

「そうだね、確かにお手伝いは必要だよ。ありがとう、ルーリ」

「お礼なんて……私、お手伝いになるよね? 邪魔では、ないよね?」

「邪魔なんて、ないない! すっごく頼りになるよ、ルーリは。最近は野菜を切る速さも熱の調整も慣れてきたようだし、食堂の立派な戦力だよ!」

そ、そう? と褒められて照れるルーリはやはり無性に可愛い。

わたし、デレデレしちゃう。


「フフフっ」

わたしたちのツッコミもなければオチもないような漫才を前に、リッツィ町長が笑う。

「あははは……」

こちらとしては町長というお客様を目の前にして、2人の個人的なやり取りを見せてしまって大変決まりが悪いな……

そんなちょっと間の抜けた場の空気が流れて、リッツィ町長がとうとうわたしの答えに言葉を返す。

「ありがとう、ソフィアさん。でも今から気負い過ぎなくていいのよ。なにせ今の話は私の懸念が現実になればの話ですから」

「あ……」

そういえばそうだった。ザイール町長がそもそも、この程度の力なら、と思ってしまえばどんな話もこんな話も無いことなのだ。

思い切った決断をしてしまっただけに、なんだかやるせない。

「ごめんなさいね。でも場合によっての覚悟はして欲しいと思っていたから、今こうして心を決めてくれたのは大変嬉しく思います。本当にありがとう」

「い、いえいえ。わたしも社会に役立てることがあるならと思っていましたから!」

「そうですか、若いのにとても立派なお考えです。もし私の懸念が現実となった際には、私たちも町を上げて精一杯サポートはしますので、よろしくお願いしますね」

「はい!」

その後、ザイール町長の訪問日程を教えてもらい、準備などの詳細はまた今度ということでお開きとなった。

リッツィ町長は食堂を出る間際、ルーリの頭を撫でて「あなた、いいお友達なのね」と言い残して役場へと帰る。

ルーリが撫でられた頭を押さえて、「私、いいお友達?」とキョトンとわたしを見上げた姿が大変可愛かったのでハグした。

「もちろんだよ」




そうして視察当日がやってきた。

今日は早くから仕込をしてホール準備なども既に終わらせているため、オープン30分前だがするべきこともない。

視察団は合計で8人。

オープンと同時にリッツィ町長の案内のもと来店する手はずだ。

最近はランチタイムが混み合うためあらかじめ8人席は予約席として確保してある。

「いよいよだね……」

き、緊張する。

昨日は中々寝付けなかった。

市長や町長などという人種をもてなすなんていう経験はもちろん今までにない。

「大丈夫よソフィアちゃん、基本的には私たちが応対するもの」

「そうそう。ホールでの接客は私の仕事。ソフィアは全然緊張しなくていい」

「う、うん。ありがとう……」

ロウネさんとルーリはそれぞれ励ましてくれているが、やはりそう簡単に落ち着くものでもない。

なんか芸能人がこれから食レポに来ますよみたいな感覚。

しかもわたしが作った料理を食べるとか、なんだかソワソワする。

ちなみにリオルさんは厨房に引きこもっている。

どうやらわたし以上のあがり症らしく、仕込み中に塩と胡椒を間違えるというドジっぷりだった。

というか、塩と胡椒って。

普通は砂糖と間違えるものじゃないかな。

だから今日のスープは辛めに仕上がったよ!


そんないつもと違った空気の流れる食堂に、チリンチリンと来客を知らせるベルが鳴る。

「こんにちは、お邪魔しますね」

扉を開けてそう言ったのはリッツィ町長。

普段のようなビジネスカジュアルな恰好ではなく、黒のスーツをきっちりと着こなしている。

働く女性の理想像がそこにあるようで、同じ女性でも見惚れてしまうほどのカッコよさと美しさがそこにあった。

しかし流石はロウネさんで、見慣れたものなのか通常の反応だ。

「いらっしゃいリッツィちゃん。もうお越しなのかしら? 随分と早いみたいだけれど……」

ロウネさんが挨拶と共に時計を見ながらそう尋ねると窓に目を向ける。

窓のレース越しに複数人の影が見えるので使節団とみて間違いなさそう。

町長はやれやれといった風情で声を小さくする。

「ザイールの町長さん、朝ごはんを抜きにしてお腹を空かせて来たんですって。もう我慢ならないからって会うなりすぐにでも、ってことになっちゃたんです」

すっごい楽しみにされてるよ!

期待のハードルがわたしの想像よりもずっと高い!

「あらあら、なんだか子供みたいねぇ」

ロウネさんはコロコロと笑っている。

そうなのよ、と嘆息するリッツィさんからは苦労がにじみでて見える。

「それで、ちょっと早いけれどもう入れそうですか?」

「ええ、準備は整っているから大丈夫よ」

「ありがとう、お姉さん」

町長はホッと一息を吐くとまた外へ出て、8人の使節を食堂内へ入れる。

「お待たせいたしました。こちらが皆様に今回視察いただくゴートン食堂でございます」

リッツィ町長が食堂内へ手を向けて紹介を始める。

「「「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」」」

3人で挨拶。使節団からも「よろしくお願いいたします」とまばらに返事が返ってくる。

ちなみにザイール町長だが、かなりふくよかな体をしている方だと聞いていたが、それによらずとも一目で分かった。

大きな体を揺らしながら歩いている使節は1人しかいなかったからそれでも確かに判別はできたんだけど、

しかしザイール町長と思しき人だけ周りの使節とは身に纏っているものが明らかに違っていた。

周りが黒のスーツで統一している中で、その人だけは赤色を基調としたジャケットで所々に金のボタン、胸には赤・緑・青・白のリボンが下げられた獅子のメダルが金色に輝いている。

そのザイール町長はさっそく前に出てきて口上として、視察を許してくれたことへの感謝と忙しい時間に訪れてしまうことの謝罪から視察の有意義性までを話し始めた。

決まり文句のようなものなんだろうから、わたしたちには特別な反応も期待されていないだろうし黙って聞いていた。

それにしても本当にお腹を空かせてきたのだろうかと疑ってしまうくらいには長い口上だ。

いや単なる挨拶と視察の説明だけならもう少し短く纏まっていただろうが、途中に挟まっていた身の上話で内容は3倍近くに膨れていた。

その話からザイール町長の経歴などがよく分かった。

名前はディグルッドというらしく、町長になる前は騎士団に所属しており名うての魔術師であったようだ。

胸に下げているメダルは勲章で、騎士団に所属していたころの作戦で功を挙げて王家から直々に授かったとても大事なものだそうで肌身離さずに持ち歩いているという。

また、「所属当時からあまり体型は変わっとらんのだ、はっはっはっ」などと自虐ネタを入れてくるあたり、気難しいような性格ではないみたいで安心はするのだが、目上の人のそういうネタにはどのように切り返すのが正解なのかな……

笑えばいいの? やっぱりそれは失礼なの?

ディグルッド町長は口上を終えると、「さて」と話を切り替える。

「では早速、<かれー>とやらをいただきたいのですが構いませんかな?」

「かしこまりました。ただいまご用意させていただきます」

わたしはそう言って厨房に向かう。

「それではお席にご案内します」

ロウネさんとルーリは使節団の方々を席まで案内する。

厨房に入る直前、ぐぅ~っとお腹の鳴る音とディグルッド町長の笑い声が聞こえる。

お腹を空かせて来たというのは本当だったんだ。

もうカレーはできているから急いで盛り付けをしなくちゃ。

厨房ではリオルさんが直立姿勢で凍ったようになっていたが、何とかかんとか解凍して盛り付けを手伝ってもらう。

盛り付けを行った皿から順々に厨房から出てすぐのカウンターの上に載せていく。

ロウネさんとルーリが交互にやってきて、そのカレーをトレイに載せて席まで持って行った。

席からは「おぉ~」と感嘆の声が聞こえてくる。

この町の付近でお米に液体状のものをかけて食べるという文化はなかったようなので、この町でも出したての頃はそんな反応がよく返ってきたなぁ、と懐かしく思う。

後は食べてもらって、わたしはその反応を待つだけだ。

全員にカレーが行き渡ると同時に「それではいただきます」とディグルッド町長は早速食べ始める。

それに倣って他の使節の人たちもカレーを口に運ぶ。

反応は予想通りのものだった。

「おぉこれが噂のバフ……!」

「確かに神官に強化魔法を受けた感じもこのようなものでした……!」

「魔法効果を抜きにしても大変美味ですな。このような風味は初めてだ……」

使節団から多種多様な感想が漏れ出る中、しかしディグルッド町長だけは無言で、何やら考えているかのような顔で食べ進めている。

その様子に町長を除く使節団の面々は次第にざわつき始める。

どうやら食事の時に急に物静かになったりする人ではないようで、普段から傍にいる人が見ても異様であったようだ。

異様な雰囲気の中でも食事は進み、使節団員たちはカレーを食べ終えた。

全体的に味・効果については好評のようで、食べ終わった後も口々に感想を共有し合っている。

その席が急にしんとしたのは、1人粛然と食べ進めていたディグルッド町長が手に持っていたスプーンを置き、リッツィ町長に問いかけたその時だった。

「この料理を作った方にお話しを伺いたいのですが……よろしいですかな?」

リッツィ町長は予測していたことだから急な問いかけにもすぐさま返答する。

「本人に聞いてみないことには分かりませんが……聞いてきましょう」

「お手数をお掛けしますな。お願いいたします」


そうしてリッツィ町長が私のいる厨房までやってくる。

「ソフィアさん、ザイール町長がお話を聞きたいと仰っていまして、申し訳ないですが……」

ザイール町長に作戦への派遣を要請されるかも、という懸念は前もって話してくれていたため、わたしはそれを承知の上で今日もカレーを作っていた。

にも関わらず、申し訳なさそうな顔をするリッツィ町長は本当に優しい人だと思う。

「リッツィ町長。わたしは全然大丈夫です。さあ行きましょう!」

これは偽らざる本音だ。

隣町の町長と直接お話しするということでまだ多少の緊張はあるものの、要請の可能性への覚悟はできている。

わたしの言葉が真実だと伝わったのだろう、自身の不安とは真逆に元気な声が返ってきたものだからおかしそうに少しだけ笑った。

「ふふっ。ありがとうございます。それではお願いしますね」

そうしてわたしはリッツィ町長に連れられてディグルッド町長の座る席までやってきた。

「こちらの料理を作った方に来ていただきました。ゴートン食堂にお勤めのソフィアさんです」

「ソフィアです。わたしに何かお話を聞きたいとのことでしたが、どういったご用件でしょうか?」

ディグルッド町長は微かに目を見開くが、すぐにいつもの表情へと戻る。

しかし、他の使節団員たちはそうもいかずに驚きの表情を隠せないようだった。

以前の冒険者たちと似たような反応をする。

やっぱり14という若さでこのカレーに込められるレベルの魔法を使えるということはとても珍しいみたい。

ディグルッド町長は周りに静かにするように言うと、わたしに問いかけた。

「わざわざ席まで来ていただいて申し訳ありません。こちらのカレーですが大変美味でしたよ、スパイシーで舌に残らない上品な辛さも気に入りました。また、口にした直後発動される強化魔法もお見事ですな。私が騎士団に所属していたころもこのような多重強化魔法を扱える人間など数えるほどしかおりませんでしたよ。ところで、ぜひお聞きしたいことなのですが……、ソフィアさんはこの魔法をどちらで学んできたのでしょうか。一体どのような先達からの教えを受ければそこまでの能力を咲かせることができるのか、差し支えなければご教示願いたいものです」

町長という偉い役職に就いている人だからもうちょっと高圧的というか、直接的に聞きたいことだけ尋ねてくるのだろうと構えていたけど、

予想に反して物腰はとても丁寧だった。

「お口に合ったようでよかったです。あと魔法に関してですが、どこかで学んだりしたことはないです。元々持っていた力みたいで……」

使節団員たちが再度ざわつく。

今度はディグルッド町長も「なんと……」と呟き驚きを隠せない様子だった。

そして顎に手を添えて何事か考える素振りをした後、再び口を開いた。

「もしかすると……いえ、間違っていたら申し訳ないが、ソフィアさんは転生者ではありませんかな?」

「え⁉ あ、はい。その通りですが……どうしてお分かりになったんでしょうか……?」

最初にリオルさんと会った時にも聞いたけど、やっぱり異世界から転生してきたというのは珍しいことではあるみたいだが全くないってほどのことでもないようだ。

でも言い当てられたのには驚いた。

ディグルッド町長はやはりな、といった顔で種明かしをする。

「実は私は他にも異世界からの転生者にはお会いしたことがありましてね。数年に1人くらいの間隔で現れるんですな。彼らの特徴としては、今この世界に誰も持っていない才能を持っていることが挙げられるんです。私も町内で噂されているこの料理の話を聞きましてね、料理によって強化魔法を付与できる能力など耳にしたこともありませんでしたから、万が一にはあり得ると考えてはいました」

そうだったんだ、特別な能力は転生者にとっては共通して与えられるものだったんだ。

「ところでソフィアさん、ちょっと聞いていただきたい話がありましてね……」


ここからがディグルッド町長の話したい本題だった。

近いうちにザイール町を中心とした魔獣討伐作戦がこの地域で行われること、神官職の人材不足が問題になっていること。

そしてわたしの能力がその問題をカバーできるものであり、ザイール町としてはぜひ作戦に力を貸して欲しいとのことだった。

使節団員たちも能力によっては派遣の要請を行うという考えは知らされていたようで、特にこの場にディグルッド町長の話を遮る者もなく話が進む。

「ソフィアさんの能力で討伐作戦前に強化魔法が付与できれば、その分現場での神官職の負担軽減になるでしょう。魔力切れなどの事故もその分起こりにくくなることですし、怪我人などが減ることは間違いありません。ぜひ、この作戦にお力添えしてはいただけませんか」

ディグルッド町長の、使節団員たちの、リッツィ町長のそれぞれの目線がわたしに集まる。

「はい。わたしに役立てることがあるならば、精一杯がんばりたいと思います!」

そう言うと、この席の雰囲気が一気に弛緩していくようだった。

「大変感謝いたします。ああ、良かった。いえ国としての問題に一般の方を巻き込むのは良いとは言えませんが、それでもソフィアさんのお力添えいただけるのといただけないのでは大分違いますからな」

ディグルッド町長は快活に笑って時計を見やると丁度11時、ランチタイムが始まる時間だった。

「お時間を取らせてしまいましたな。そろそろ他のお客さんも来るでしょうし、また別日に具体的な打ち合わせをしましょう。まだ作戦の概要のみしかお伝えできていませんから、その時に詳細もお話しさせていただきます」

そうして使節団員たちは席を立つ。

「本日は視察を快く受け入れてくださいまして、誠にありがとうございました。貴重なご機会に恵まれました」

そうして一礼をすると食堂の出口へと向かう。

「ソフィアさん、後日ザイール町の使節を1人向かわせますのでリッツィ町長も交えて作戦の詳細をお聞きください。それと、カレーは本当に美味しかったですよ。ごちそうさまでした」

「わかりました。それとこちらこそご来店ありがとうございました。ぜひまたお越しください!」


使節団が食堂から去ると誰ともなく「ふぅ」といった息を吐いた音が聞こえる。

時間は11時ちょっと過ぎ、この町で仕事をしている人たちの大半は11時半とか12時くらいから休憩に入る人が多いのでまだお客は入ってこない。

ただ……

「ランチタイムが始まる前からどっと疲れたよ……」

「ソフィア、お疲れ」

「ソフィアちゃん、頑張ったわねぇ」

ルーリとロウネさんがそれぞれ労わってくれる。

リオルさんは……使節団が帰ったことを教えてあげないと。

多分まだ気づかずに緊張のあまり凍っていることだろう。

「でも、11時ちょうどくらいに終わって良かったなぁ。ランチタイム中だとわたしがあまり厨房を空けると料理の提供が遅れちゃうから」

「そうねぇ。もしかするとその所も考えて早めに来てくれたのかもしれないわねぇ」

本当にそうかもしれない。あらかた準備の終わっている10時半ごろに来て忙しくなる11時には席を空けてくれたわけだし、食堂にとっては大分楽だった。

そうだとして、それにしてもぴったり30分で食べるのと話すのを両方終わらせるというのは中々にすごい時間管理能力だ。

リッツィ町長やディグルッド町長など、この世界の町長という役職に就く人間はよほど優秀な人が多いのかな。

そんな考えを1人めぐらすうちにチリンチリンとドアベルが鳴る、お客さんだ。

「「「いらっしゃいませ!」」」

とりあえず視察も終わったことだし、今日もゴートン食堂は通常営業。

これから訪れる作戦は一旦置いて、一生懸命働こう!




とある食堂の休業日に、わたしはリッツィ町長から町役場に呼び出されていた。

もうこの町に住むようになって3ヶ月あまりが経過していたが、町役場に入るのは初めて。

扉を引いて中に入ると、入り口から少し距離を空けたところに受付があって、その後ろで職員たちが仕事をしている姿が見える。

左方向には上に続く階段があり、上階には会議室などがあるようだ。

わたしはまず受付に用件を伝えたかったのだが、窓口が3つあったのでどこに行って話せばいいのか分からず少しモタついてしまう。

すると真ん中の受付に座っていた女性が気を利かせてこちらに声をかけてくれた。

「なにかお困りでしたら承りますよ」

「あ、はい。ありがとうございます。実は町長さんとお会いする予定がありまして」

「町長とですか、するとソフィア様でいらっしゃいますか?」

「はい、そうです」

「町長は2階の第1会議室におります。そちらの階段から昇っていただいて目の前の会議室です」

おお、小さい町だからか町長と会うのにも関わらずかなりスムーズに話が進むなぁ。

「わかりました、ありがとうございます」

教えてもらった通り、階段を昇って目の前にあった会議室の扉を開くとリッツィ町長ともう1人、この前使節団として食堂にやってきていた男性が中で座っていた。

「こんにちはー」

「こんにちは。ソフィアさん、いらっしゃい。ここの席にかけてくれますか」

勧められたリッツィ町長の隣の席に腰を掛ける。

早速町長は私の手前に座る男性の紹介をしてくれる。

「こちら、ザイール町の使節のレイマー様です。先日食堂にいらしていた使節団の中のお1人です」

「レイマーです。この前は大変美味しい料理をありがとうございました。ディグルッド町長もいたく気に入った様でして、この機会にザイール町に支店を作ってくれないかとお願いもしてこい、と私に言うほどです」

「そうなんですか。そんなに喜んでもらってわたしも嬉しいです。で、でも支店に関しては難しいかも……」

まあ流石にわたしでも社交辞令だとは分かっているが、何にも反応しないのも失礼かなーと後半は冗談っぽく口にする。

レイマーさんも笑って「それは残念です」と言って簡単な挨拶は終わった。

「それでは早速本題で申し訳ございませんが、ザイール町で行われる作戦の詳細とソフィアさんにお願いしたい役割についてのお話をさせていただきますが構いませんか?」

その提案を特に断る理由もなく、むしろそれを聞きにきたという程度の自覚はあったから大人しく頷いた。

「まず作戦の詳細ですがー」

そうして打ち合わせが始まった。

地理的な説明と作戦の段階、作戦の予定時間などが後ろにカンペでも用意されているのではないだろうかと思えるくらい、スラスラと一気に話されたが、正直全ては理解できなかった。

だって、まだここに来てから3か月だし……

基本的にお休みの日以外は働いて過ごしていたから隣町にすら行ったこともないのだ。

地理なんてわかるはずもなく、この世界についての魔法だったりの常識も未だ薄いので、魔法を前提とした作戦を聞いてもピンとこない。

ただ、わたしに必要そうな情報については漏らさずに聞けたと思う。

カレーを作るうえで必要な情報は主に3つ。

1つ、食べる人数。

2つ、食事時間。

3つ、食事後の活動場所。


1つ目、まず食べる人数が分からなければ何人前作る必要があるのか分からないということは当然だ。

今回食事が必要な人数はなんと1000人以上!

内訳は魔獣掃討班、作戦班、運搬班、食糧班の4つ。

その班の人数を合計すると1000人を超えるというのだ!

ちなみに魔獣掃討班以外の班を総称して補助班と呼んでいるらしく、補助班の合計人数はたったの100人。

さらに驚いたことは食料班の人手は残った補助班の人員100人の内12人だ。

12人で1000人超の食料など作れるイメージが湧かなかったため本当に人手が足りるのかと聞いたところ、

わたしが1度にそれほど大量に料理を作った経験が無かったため分からなかっただけで150~200食は1人で作れる範囲らしい。

実際にザイール町には大規模な弁当屋があり、日に6000件の注文がある弁当はなんと作業の効率化を図り、20名ほどの調理士たちによって賄っているというのだ。

それを考えると人員はゆとりをもって配属されていることとなる。


2つ目、食事の時間だがこれが1番驚いた。なんと2日かけて行う作戦内で15回も食事時間が設けられているのである。

しかし内容を聞くと、それは掃討作戦を行うにあたって、怪我人・犠牲者を最小限に抑えるための工夫として綿密に考え抜かれたものだと分かった。

魔獣掃討班は3つの班に分かれて、時間差で行動するのだ。

2日間の掃討作戦の間、休まずに魔獣を追い立てて相当するために、3班でシフトを組んで24時間の包囲網を敷くそう。

そしてカレーが提供されるのはこの3班がそれぞれ行動をする1時間前らしい。

だから3班に対して時間を分けてカレーを提供する必要があるため、15回も食事時間があるのだ。

しかし計15回の食事回を賄うためには調理時間と配膳に関してシフトを組んだり、

1部セルフサービスを導入するなどの工夫をしないと12人で2日間回し続けるのはかなり厳しい。

特にバフ付きのカレーが作れるのは食糧班中でわたし1人のため、1度に作る量を増やすなどの工夫を行って休む時間を積極的に作らないとまずいだろう。

3つ目は活動場所だ。元々予測はしていたが、やはり山の中の掃討作戦になるそうだ。

そうすると発汗性の強いスパイスなどは使わない方がいいね。

もう冬も近く肌寒い日が続いている。

チリペッパーなどを摂取して汗をかいてしまえば、山の中で濡れた服に体温を奪われてしまうかもしれない。

なるべく体の内をゆっくり温められるスパイスを調合する必要があることが分かった。


「作戦に関しての説明は以上になりますが、何か質問などありますか?」

レイマーさんの流れるような説明が終わる。

「いえ、その……大体、自分に関りがありそうな部分に関しては分かりました。ただ、正直詳細とかは全然理解が追い付いていないです。すみません……」

いっぱい話させてしまったが、ちゃんと理解できたのはほんの一部だった。

レイマーさんはそんなに気にしていない様子で、

「ああ、全然問題はないですよ。掃討班の人には1日かけて念入りに説明するところを今は数十分にまとめていますから。作戦の大体の流れがつかめれば問題ないかと」

それ詰め込み過ぎでしょ!

まあ実際本当によかったかも。

あと3回説明してもらってもきっと半分も分からないし、本来の通り1日かけてもらっても理解し切れる自信もないし。

わたしもそろそろ本格的にこの世界の常識について色々と学ばないといけないかも。

「もうお分かりいただけているとも思いますが、ソフィアさんには食糧班として作戦に参画していただきます。それに伴って、ソフィアさんの料理の能力について、どれだけの人数分1度に作れるものなのか、効果は全ての人に均等に付与されるのかなど、詳しくお伺いしていきたいのですがよろしいでしょうか」

「はい、全然構いません。なんでも聞いてください」

「では。魔法付与ができる人数はどれくらいなんでしょう?また効果が人によって変わったりするのでしょうか」

「普段は1度に40人分のカレーを作りますが、どのお皿に盛りつけたカレーでも効果は発揮されるみたいです。特に人によってその効果が変わったりするとも聞いたことはないです」

「カレーを作り過ぎて魔力切れを起こしたりしたことはありますか?」

「いえ、1日に150食ほど提供していますが特にそんなことはなかったです」

「体調や食材によって効果が不安定になったりしたことは?」

「うんと、この世界にきてから体調は崩していないのでわかんないです。食材は産地を変えたこともありますけど、それによって魔法の質が変わったことはないみたいです」

このような問答が他に7,8ほど続き、一通り聞きたいことが聞けたのか、レイマーさんは「なるほど、よくわかりました」と満足気である。

まさかカレーをかき混ぜるヘラやカレーを入れる鍋に魔術的紋様を刻み込んだりしているのか、とか、カレーを作るうえでのルーティーンまで聞かれるとは思わなかったよ。

終始真面目な表情を崩さなかったことから単純に仕事熱心なだけなんろうけど、結構変わり者な気がする。


その後も詳細な打ち合わせが続いた。

大きな問題が2つあり、1つはカレーを作るタイミングで、もう1つはわたし1人に掛かってしまう圧倒的な作業ボリュームだ。

3時間に1回300人分以上のカレーを調理する工程を15回繰り返すとか正気の沙汰じゃないもんね。

これは効率化が必須だよ。

3人でアイディアを出し、2人からボツをもらい、また誰かが出したアイディアを3人で検討してボツになる。

2,3時間という時間があっという間に過ぎ去っていく。

「あっ、申し訳ありません。私はこれから少し公務がありまして、今日はこの辺りで席を外さなくてはなりません」

リッツィ町長はまた別の仕事があったようで、打ち合わせは解散となった。

どのようにすれば2つの問題が解決するかという答えは出せなかったが、1つ1つの選択肢の中で実現不可能なものが潰れていっているので満更行き詰ってもいないと思う。

打ち合わせはまた3日後に同じ会議室で開くことになっており、それまでの宿題としてこれら問題への解決策を考えてくることが決められた。

とりあえず今日話した内容を帰ったらまとめなきゃな。

あとは具体的に付与して欲しい強化魔法を提示されたが、より効果的なアレンジが加えられるのであれば考えてみて報告して欲しいとも言われているから、

またいくらか実験が必要だ。ルーリに付き合ってもらおう。

ああ、後はそうだ。わたしはそれ以外にも必要な材料数を洗い出してレイマーさんに手紙を郵送して報告をしなくてはいけないんだった。

「やることが沢山だなぁー」

ふぅ、とため息を吐きつつ家路につく。

しかしながら告白すると、やることが沢山で困ってしまう! ということが楽しく感じもする。

なんだかドラマでみた高校の文化祭とかそういう雰囲気で、わたしは割とこういうシチュエーションが好きなのだ。

何時間も会議室で頭を使って疲労は溜まっていたものの、なんだか胸はワクワクしていて楽しい気分だ。

長時間椅子に座って凝り固まった体を伸ばして、わたしは陽が傾き赤く染まる帰り道をスキップで進んだ。

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