カレーにはバフが。そして力には義務が伴うもの?
「ルーリ、玉ねぎ刻むの手伝ってー?」
「わかった」
トントントンと野菜を刻む音とコトコトとスープを煮込む音だけが厨房に響いている。
市場での魔獣侵入の事件から2日が経過した。
人的被害が無く、市場もそれほど荒らされなかったからか騒ぎはすぐに収まって、その当日にはいつもの日常が再開されていた。
わたしたちといえば今日も今日とて朝の仕込み中だ。
ルーリも段々とこの家に慣れてきて、朝の仕込みも様になってきている。
でも、まだまだ1人で作業させるのは不安だから大体はわたしが側で教えながらっていう形だけど。
こうやって横でルーリのことを見守っていると、なんだかお姉さんにでもなった気分。
わたし、1人っ子だったからちょっと兄弟姉妹に憧れてたんだよね。
ルーリからは申し分ないほどの妹っぽさを感じるから、頼んだらわたしの妹になってくれないかなぁ。
もちろん本当に頼んだら変な目で見られそうだからやらないけどね。
「ソフィア、どう? 上手くできている?」
「えっ? あーうん。いい調子だよ!」
「……ちゃんと集中して教えて?」
「ご、ごめんごめん」
妹(仮)に怒られてしまった……
それからまた調理に戻り、その傍らでお喋りする。
「今日も混むかな?」
「きっと混むよ~。ここ最近は行列もすごいよね。事件以来はルーリのファンの人も多いと思うよ」
「う、ううん。きっとソフィアのカレーが美味しいから来るんだよ……みんなカレーを食べて元気になって帰るから」
わたしの言葉に照れつつ、視線を外してわたしを褒め返すルーリ。
「嬉しいことを言ってくれちゃって、えいえい! ルーリ、ありがとうね」
ひじでルーリを軽く突くボディーランゲージ、いや違ったスキンシップ。
べ、別に照れてるわけじゃない。
「ううん」
そんなことないよ、と意味を込めてルーリは首を軽く横に振る。
「だって、本当のことだから」
こちらを向いて微笑むルーリ。
その破壊的な純情さに胸を締め付けられ、この愛おしい妹(仮)を力一杯ハグした。
「いらっしゃいませ。お次2名様ですね、あちらの席にどうぞ」
ルーリとロウネさんが2人でお客さんを捌いていく。
「ソフィアちゃん、もうシチューよそっていいよ」
「わかりましたー」
わたしとリオルさんはひたすら注文のあった料理を準備し続けている。
今日もやはりとても忙しかった。
ルーリが仕事をどんどん覚えてくれて人手が増えたとはいえ、お客さんも日に日に増えている気がするから、結局忙しさは+-ゼロといった感じ。
チリンチリン。
食べ終わったお客さんが帰って、そうして行列から次のお客さんを食堂に入れる。
「いらっしゃいませ。お次5名様ですか? えーっと……」
「5人席が空くまでまたせてもらおう」
低くてよく通る男性の声がした。
「か、かしこまりました。それでは少々お待ちください」
5人か。
お昼時にしては5人まとまってくるなんて珍しいな、と思いルーリの対応しているお客さんを厨房からチラリと覗く。
ルーリと話していたであろう先頭の男性は身長が高く、立派な剣を携えていた。
顔もこの町では見たことのない人だ。
そして、後にいるその男性の連れと思しき人たちも一様に初めて見る顔だ。
皆それぞれに特徴のある格好をしていて、武器を持っている。
「ひょっとすると町で依頼をしていた冒険者の方達かもしれんのぅ」
リオルさんも気になって入り口の方を見たのだろう、後からわたしに声をかける。
「ああ、じゃあもしかして彼らの目的って……」
「うむ。ルーリちゃんを見に来たのじゃろうな」
しばらく経って席が空いたのだろうか、その5人が案内されていく。
その後その席の注文を取りにいったのはルーリだった。
ちょっと心配になる。
「リオルさん、すみませんが少し抜けてルーリの所に行って来ます」
リオルさんは構わない、と手を挙げてくれたのを見て厨房から出て5人組の席へ向かう。
やっぱり、ルーリは5人から相次いで何かを質問されているみたい。
もしかしたらルーリが困っているかも……
「あのぅ、横から申し訳ありませんが、ルーリにどういったご用件でしょうか」
すると恐らくこの5人をし切っているのだろう、さきほど食堂に入ってきたときに先頭にいた長身の男性が口を開く。
「ああ、お仕事中に申し訳ない。私はこの冒険者パーティのリーダーを務めているファルディといいます。実はルーリという魔族の少女がマラバリを一撃で倒したと町長に聞きましてね。一体どんな魔法を、技を用いたのか是非とも尋ねたかったんですよ」
やっぱりそうだった。
あの魔獣を一撃で仕留めたルーリに興味を持ってきたらしい。
しかし、そうは言われても今はランチタイム真っ盛りだし、
ホールで接客をしてくれているルーリが抜けてしまうとかなりキツイ。
ここはしっかりと、用があるなら営業後にして欲しいと言わなきゃ。
「そ、そうですか。でもですね、ちょっと今はいそがー」
「マラバリは魔獣の中でも外皮が厚くて中々すぐに倒せる相手ではないのよ。でも確かに倒されたマラバリの体を調べると一撃しか攻撃はなかった。何か知られていない弱点があったんじゃないかしら」
うぅ、悲しいかな、わたしの声は届かない。
5人の内ローブに体を包んだ女性がわたしの声を無自覚にさえぎって、他のメンバーもどんどん喋り始める。
「きっと特殊な魔法ー」
「いやあの傷は打撃痕だったー」
「ならば身体強化ー」
「あの細い腕でか⁉ そんなー」
もう収拾が全然つかないよ……
他のお客さんもこっちに注目しているし。
とにかく一旦落ち着かせないと。
「あの、それくらいにー」
「ー普通に殴っただけだけど」
ルーリが落とした言葉で、場がシーンと静まった。
5人組は口を開けたまま固まっている。
「そ、それって結構すごいことなんだ、ね?」
ガタッと椅子を引いて勢いよく5人組が立ち上がる。
「すごいどころじゃない! ありえない!」
「そんなバカな! B級冒険者でサシでなんとかやり合える相手だぞ⁉」
「一撃で、ただ殴っただけで? それはもはやS級、いやもしかするとそれ以上……」
「魔族ってみんなそんなに強いのか⁉ そんなの今までどうやって人間は戦っていたんだ……?」
「あめーぃじんぐ‼」
マシンガンのような説明というか感想が急に飛んできた‼
「そ、そうなんですねー」
ちょっと引いてしまう。
とりあえず、人間基準で考えるとルーリがとっても凄い子だということは分かった。
そんな感想を抱いていると、ルーリがまたもや口を開く。
「でも、問題なのはそこじゃない。マラバリは本来こんな魔力の溥い土地に棲む魔獣ではない。にも関わらず、なぜこの場所にいたのか」
再び席が静かになる。
ルーリが放った言葉は、こちらを蚊帳の外に置いて再度内々で激しく議論を交わし始めた5人組の熱を冷ますのに充分な意味を持つものだったらしい。
「そう、なんだよな。正直俺たちも依頼を受けた時は半信半疑だったんだ。見間違えかなんかじゃないのか、って。この付近でマラバリが目撃されたのは初めてで、普段なら出てもフェルコネくらいなのに」
ファルディがそう言うと、続いてパーティのメンバーたちが言葉を繋ぐ。
「ナーミル州でも西の方は比較的魔力が濃い土地じゃないかしら? ほら例の大山脈があるでしょ。そこから山の中を東に進んできたんじゃない?」
「いやいや。確かに魔力は濃くて、マラバリが出没することもあるだろうが、一体ここから何百キロ離れていると思う?」
「でもそれ以外に説明がつかないでしょ」
「うーん……」
フェルコネとは角を持つ巨大兎のことで、女性や子供などが遭遇すると危険なレベルだけど、一般の成人男性が武器を持って戦えば対処できるくらいの魔獣だ。
一般的に魔獣はその土地の魔力の濃さによって出現する種類と強さが決まるらしい。
そしてこの付近は魔力は薄いため、魔獣は少なく弱い魔獣が時折姿を見せるくらいで、野生動物が多く人が暮らしやすい土地のはずだ。
その土地でマラバリが自然に生まれ出るのは異常事態とも言えるのだそうだ。
また、話の中に出てきた大山脈というのは、この町アルコートがある土地が属するナミール州と未だ未開拓の地であるリュッセル州を分け隔てている人類が未だに登頂を果たしたことのない山脈のこと。
おそらく8000メートルを優に超えるのではと推測されているが、当然のことだけど正確にはどうなのかまだ誰も知らない。
マラバリがどうして生まれたか、はたまたどこから来たのか、冒険者パーティご一行は議論に詰まると一様に腕を前で組んで考え込む態勢へと入ってしまう。
ルーリまで一緒になって考え込んでしまっている。
いやいやダメだよ、お仕事しなきゃ。
「と、とにかく、考え込むのは後にしましょう……。とりあえず注文をうかがいます」
「おっと、そうだった。それじゃあこのキーマカレーとやらをいただこう」
こうしてようやく当初の目的であった注文が取れた(ファルディを始め5人とも全員キーマカレーを選んだ)。
ルーリも業務に戻ることができて一安心。
ひと騒動はあったもののこれでいつもの平穏なランチタイムが戻ってーは、こなかった。
「な、ななな、なんだぁこいつぁ⁉」
「こ、これは……バフか?」
「攻撃力小アップ、防御力小アップ、素早さ小アップ、リカバリー状態付与⁉ 高等神官……いえ、特等神官レベルの技よ⁉」
「俺の存在とは一体……こんな食べ物があるならC級神官の俺なんて……」
「あ、あ、あめーぃじんぐ‼」
やっとこさ騒々しさがなくなったと一安心したその矢先。
キーマカレーを食べた4人が急に席を蹴って飛び上がったかと思うと(1人は机に伏して肩を震わせている)、口々にまた何かを叫び始めた。
ルーリが事態を収めに行くと巻き込まれて帰ってこない恐れがあったから、わたしが席に向かう。
「もう、ちょっと、いい加減に静かにしてもらえませんか……」
自分でもものすごいうんざりした声が出たと分かるくらい、この冒険者パーティーにはなんだか呆れかえっていた。
しかし、やはりわたしの声など無視してローブの女性がわたしに詰め寄る。
「ちょっと! これ作ったの誰⁉」
すごい剣幕だ。
もしかして、口に合わなかったとか。
ク、クレーム?
「えぇ……? あの、作ったのはわたしです」
そう口にするとローブの女性の表情が抜け落ちる。
いや、ローブの女性だけではない。
5人全員の感情の一切が消えたかのような瞳がわたしに集中していた。
え、なに……? すごく怖いんだけど……
「あの、どうかしましたか……?」
そんな空気にたまらず誰でもいいからとにかく返事をして欲しいと、おずおず投げかけた問いにファルディが動き、ローブの女性を後ろに下がらせてわたしの前に立った。
びっくりして後ろに一歩下がりそうになったが、それは叶わない。
それよりも早く、ファルディはガッ! とわたしの手を両手で握りしめたかと思うとこう言い放った。
「俺たちのパーティに入ってくれ‼」
ランチタイムの営業が終わり、午後3時から午後5時まではゴートン食堂の休憩時間である。
普段なら4人で居間の食卓を囲んで軽食を食べている。
普段なら今日も忙しかったねー、なんて言って談笑しているところ。
普段なら夜もがんばろうね! ってお互いを励ます、そんな時間。
ところが今日はそうもいかなかった。
食堂の扉に掛かっている下げ札は<準備中>が表を向いているのに、しかし食堂の中には例の5人組冒険者パーティーが居る。
「さて、改めて答えを聞かせてもらおうか」
「私たちは今、昇り盛りの冒険者パーティーよ。入って損はさせないわ!」
「食べてから数時間経つというのに未だ持続するバフ、まさに冒険者にとってベストな能力だ! この才能を活かさない手はないぞ!」
はぁ、と重いため息が出てしまう。
断った話を短時間の内に何度も蒸し返されてしまっていてはしょうがない反応なのではないだろうか。
わたしのカレーを食べた後に「パーティーの一員になってほしい」と熱心に詰め寄られたが、原因はわたしの作ったカレーにあるらしい。
なんでもカレーを食べた瞬間に身体に強化魔法がかかったというのだ。それもかなり上位の。
「いやだから、さっきから何回も言っていますけど、わたしは魔法を使ったことすらないんですから何かの間違いですよ……」
わたしとしてはもちろん魔法を使った覚えは全くない。
この世界にきてからカレーを食べて、なんだかすごく体が元気に軽くなるなーとは感じたけど、きっと前の世界とのスパイスの成分に多少差があったりするからなんだろうくらいに考えていた。
もちろん即答で断ったのだった。
しかしながら興奮したこの一行はそんな返事ひとつで諦めることはなく、「いやしかし」だの「でもこれは」だのとわたしの言葉をどうしても信じてくれない。
結局、仕事中ということもあって根負けしたわたしは「営業時間の後にお話しを聞きますので」と話を後回しにしてしまったのだ。
でも休憩時間に入った今、これ以上は誰に遠慮することもないのできっぱりとした態度を取らせてもらうからね!
「冒険者になる気もないですし……。ここでの暮らしが楽しいので」
ちゃんと言い切ったからか、ファルディたちに少し気後れした様子が見えた。
まぁ彼らも鬼じゃないし、無理やりにでもパーティーの一員に迎える気はないみたいだ。
しかし、彼らの追い風はわたしには思いもしなかった方向から吹いてきた。
「ソフィアの強化魔法、つまりバフは常にカレーを摂取した人間にかかっていた」
ルーリだった。
5人とわたしの注目が一点にルーリへ集まる。
「この町に魔法に詳しい人間はほとんどいなかったからか気付かれていないようだったけど、ルーリのカレーのバフは全ての人間にかかっていた。しかし冒険者が全くいないこの町には強化バフの魔法をかけられたことのある人間がいなかったから、体が元気になったりという自覚しかみんなもっていなかった」
え、えぇ⁉ ルーリはわたしのカレーに魔法の効果があるって気づいてたの⁉
いや、今はそれ以前の問題があった。
わたしの横には目を爛々に光らせた5人組がいた。
「つまり、ソフィアさん。あなたのカレーは私たちに常に一定の強化魔法を付与できる可能性があるということですね‼」
「そんなすごい強化バフ魔法があるのに料理を提供するだけなんてもったいない……。あなたにとって冒険者のパーティーに身を寄せるというのは自分の才能を活かすことができて、むしろ良いことなんじゃないかしら?」
ああ、やっぱり彼らの勧誘のモチベーションが再び燃え上がってしまった。
わたしとしては例えそんな才能があろうとなかろうと、今この地を離れる気はないのに。
わたしは、リオルさんがロウネさん、そしてルーリがいるこの食堂での毎日に満足している。
「何度も言いますけど、わたしにどんな才能がったとしても、今この町を出る気はないんです。ここで暮らしていきたいんです」
わたしの意志だと言えばそれは普通、自分の生き方を決める上で尊重されるはずだと考えたうえで繰り返す。
しかし、この世界の常識を前提とするとそう簡単に受け入れてもらえるものでもないみたいだ。
「あなたのその力が、多くの人々の助けになるとしても? あなたの行動で傷つく人々が少なくなるとしても?」
「あ、あなたは……ランチタイムの時に1人テーブルで泣いていた人……」
「え、えぇ。先程は取り乱しました……。次元の違いを見せつけられた気分になってしまいまして」
軽く赤面したその人は、照れ隠しなのかコホンと1つ席をすると言葉を続けた。
「ソフィアさん、君の力はこの町の人々に対してのみ振るわれるべきじゃないと思うんだ」
「それは……どういうことですか?」
すると今度はローブの女性を始め他の面々が口を開く。
「この世界に未知の大地が存在することは知っているでしょう? 多くの冒険者が挑み、ある者は傷つきある者は帰らない。そこに生息する魔獣は強い上にこちらにはベースキャンプなどがなく休息もままならない。しかし、あなたのその能力があれば別。道中の戦闘毎にバフを掛ける必要がなくなるから、魔力を温存することができる! 生還率は大幅に上がるに違いないわ!」
「それだけじゃないぞ。例えば、討伐依頼を果たしに行く冒険者へこれを売ることができれば、冒険者の依頼の達成率が増えるし、それが市民の安全な生活への貢献に繋がる。そして君としても冒険者という一定のお客が付くから商売として成り立つ。一石三鳥の関係が互いに築けるというものだ」
「戦略の種類も増える。依頼や冒険の前に食べることで魔力を使わずに不特定多数の冒険者の力の底上げができるんだ。各パーティーの実力によらずに一定のバフが与えられれば、作戦が格段に立てやすくなる!」
次から次へと冒険者としての、あるいは冒険者の助けとなることのメリットを押し出してくる。
この世界では元の世界と決定的に異なっていて、生活の身近に危険が存在しているのだ。
そしてそれを排除するための人々が存在し、未知を暴いて危険を減らそうとする人々がいる。
結果として犠牲になる人々もいる、そんな世界なのだ。
でもだからといって、人には人それぞれの役割があって、そして選択の自由だってあるんだ。
「それはわたしじゃなくてもできることだと思います。それにわたしはこの食堂で町の人たちと関わり合いながら料理を提供するのが好きなんです」
それまでわたしに色々なメリットを示してきた面々は、これは困ったぞといった風な表情になる。
いや1番困っているのはわたしなんだけどな……
しかし、先程のランチタイム時に泣いていた人が再び口を開く。
「俺は神官という職業に就いている。神官とはパーティでの役割がバフの管理や、ダメージと状態異常の回復などがあるんだ」
「は、はい……」
なんの話だろう。
「神官は町の神殿などで市民を相手として働くんだが、冒険者や一般の職業についている人たちに比べて圧倒的に数が少ないんだよ」
「ああ、それはなんだか聞いたことがあるかも。だからこの町にも1人しかいないって」
前の世界でいうところのお医者さんみたいなものなんだと納得していたことだった。
「なのに冒険者の各パーティーには大体1人はいるんだ。これがなぜだか分かるかい……?」
確かに、数が少ないのにも関わらず冒険者パーティー1つに神官が1人いるのは違和感があるなぁ。
「どうしてですか?」
「冒険者の被害を最小限にするためだよ。魔法の中でもバフや回復なんかはあまり人気のない分野でね。神殿に勤める神官以外は不得手な場合が多いんだ。だからそこら辺に適当な人材が転がっているわけじゃないから、どうしてもパーティに不足してしまう。そこで冒険者協会と神殿はお互いに協力し合って、冒険者協会から要請があれば神官が派遣されるというシステムが作られたんだよ」
「なるほど。神官なのに冒険者なの? って思っていたけど、そういうことだったんですね」
「そう、こうして神官への当てがないパーティのメンバーとして組み込まれるようになったんだ。結果として冒険者パーティーの生還率は上がり、冒険者の社会への貢献度は増したんだが、実はこのことで神殿への利益はほぼないんだよ」
「え⁉ 報酬とかを冒険者協会からもらったりするんじゃないんですか?」
「ああ。そもそも協会側が報酬を払う程度の余力があったなら、自分たちで神官職の人間を抱え込むだろう。だからこれは完全に神殿側のボランティアのようなものなんだ。だがもともと神殿側は利益に執着していないから、そのことを問題だとは考えていないんだ」
「でも、それならなんでそんなことをしているんですか?」
「それは神殿が、いや神官みんながある理念をもっているからだよ」
「理念……?」
「そう。<力を持つことは義務を持つこと>という理念なんだ。我々が持つ力は全ての人々のために最大限役立たせるべきだ、という考え方でね。我々にしか担えない役割があるのであれば、それが神殿の中であろうと外であろうと請け負って助けになる。それが市井の平和につながると知っているから」
わたしには神官の彼が言ったことはまさしく正しい人の在り方だと思えてしまった。
だから次の言葉に異論など挟めるはずもなかった。
「ソフィアさん、あなたには神官ですらできないことができる。あなたにしか担えない役割がある。君はここにいるだけで本当に良いのだろうか……?」
その問いは、ただただ変わらぬ平穏な生活を求めるわたしに深々と突き刺さる。
わたしにしかできないことがあって、わたしの能力だからこそ減らせる被害があると知って。
そんな力があったら、そこに義務ができてしまうんじゃないか。
あれ? じゃあわたしがどう生きていきたいか、とかってわたしのワガママなのかな。
神官の人たちは日々、人々や町、冒険者協会などの助けとなって世界に貢献しているのに、もしかしたらすごい力があるかもしれないわたしが毎日を何事もなく過ごしているのはいけないことなのかな。
わたしはここに留まるべきではないのかもしれない、果たすべき義務があったのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
ここの楽しく心安らぐ暮らしに別れを告げて、より多くの人々の役に立てる生活をすべきなのだろうか。
「良いに決まっている」
わたしを惑わすその問いに強い声で答えたのは、ルーリだった。
「ルーリ……?」
「他の場所でソフィアが必要な理由なんか関係ない。ソフィアがここに居たいというのだから、ここに居るべき。そうでしょ?」
ルーリは神官を見やってそう断言する。
しかしその視線と発言に臆することなく神官は応じる。
「だが、彼女の能力はここでは限定的にしか発揮できない。その力が大きな町で人目に触れれば、きっと多くの人々に必要とされることになる。これは間違いないんだ!」
幸せと平和の最大値を追求するその神官の言葉に、しかしルーリも臆しはしなかった。
「だから?」
それがどうしたの? と言わんばかりの表情で首を傾げる。
「あなたたちが必要としているのは能力であってソフィア自身ではないんでしょ。私はソフィアと一緒に居たいだけだし、リオルさんもロウネさんもそう。そして町の人たちだってきっとそう。カレーに秘められた力なんて関係ない。彼らはソフィアの作る美味しいカレーを食べて喜んでいる。それだけだし、それだけでいい。その姿を見てソフィアもまた喜びを感じているなら」
どう? とルーリの目線は私に向く。
「もちろん、嬉しいよ。みんな優しいから、食べた後、ごちそうさま、美味しかったよって言ってくれるし……」
「じゃあここに居るべき。みんなソフィアが必要だし、ソフィアもここに居て満足している」
「で、でも……わたしの能力が必要な人たちがいっぱい居るって……」
それに人々に貢献できる能力を持つ者として、それを知って行使しないことは赦されるの?
やっぱり力をもっているんだから、それを役立てる義務は生じるんじゃ……
しかしルーリの言葉に迷いなどは一切なかった。
「関係ない。力を持たない人たちに役立つ義務を背負っているのは神官でしょ、ソフィアは神官じゃない。ソフィアはソフィアなんだからソフィアの責任を果たせばいい」
「わたしの責任?」
斜め上を見上げてなんだっけと考えるわたしに、なんだかルーリが少し呆れ顔だ。
え? 何かわたし忘れてる?
「ソフィア……。ソフィアが私に教えてくれたんでしょ……」
「え? わたし何か言ったっけ⁉」
「<まずは自分を大切にすることが一番>、って。つまりソフィアは何よりも最初に自分を大切にする責任があるということ。他人のことはその後に考えればいい」
「あ、あぁ!」
神官と冒険者パーティーの人たちはきょとんとしているが仕方がない。
つい最近、ルーリの家出話を聞いて確かにわたしが言ったことだった。
そうして自分が今まで考えていたことを省みると、確かにルーリの言う通り。
わたしは自分の幸せを誰とも知らない人々へ役立つことより下に置いてしまっていた。
それに、とルーリがもう一押しする。
「ソフィアの能力は確かに貴重かもしれないけど、きっと他の方法でもその能力の代用とすることはできるはず。だからソフィアが無理する必要なんてどこにもない」
「えっと、そうなの、かな?」
神官を見ると、腕を組んで難しい顔をしているものの、特に反論などはないみたい。
つまり、わたしは自分の意志を一番に考えていいし、自分に無理を聞かせてまで人々の役に立とうと義務感を背負う必要もないということなんだね。
ここに居ていいと改めて実感して、とても気が軽くなった。
だから結局、冒険者への誘いの答えは変わらずだ。
「やっぱり、わたしはここで暮らしていきたいです。なのでお誘いは受けられません」
残念とばかりに冒険者一行の肩が下がる。
「まあ、仕方がないか。自身の能力の価値を知って、それでもなおここでの生活を望むのであればこれ以上俺たちの意見で君を振り回すのは野暮だな」
ファルディはとうとう諦めてくれたらしい。
「う~ん! もったいない! もったいないなぁ……」
ローブの女性も歯噛みしつつも引き下がってくれそうだ。
「ソフィアさん、義務なんて大層な言葉で惑わしてしまい申し訳なかった。確かにルーリさんの言う通り、我々の理念をあなたに押し付けるのは間違いだ」
神官さんは自分の考えを前に押し出してしまったことを反省しているようだった。
でも、わたしとしてはこの経験に嫌な気持ちを抱いていない。
「謝らないでください、神官さんたちの考えは確かに正しいと思いました。だからこれからは自分の暮らしを楽しみながらも、この能力で何かできることはないか考えてみようと思ってます」
今まではこの町のことしか考えていなかったけど、今日の体験はきっとこれからの生活を少し、変えると思う。
自分で好きなことをするかたわらで世の中に役立てることがあるなら、それは素晴らしいことだよね。
「今日は色んな考え方に触れられてすごい勉強になりました。ありがとうございます!」
「そうか、それなら良かったよ」
神官さんの表情も柔らかくなり、これで万事解決といったところかな。
自分の意志と責任、能力を持った者としての義務など多くのことを考えた時間となって、振り返ってみればいい経験だ。
「じゃあ、俺たちはもう帰るよ。長居してすまなかったな」
「いいえ。この町に寄った際はぜひまたご来店ください」
話が終わるとあっさり、彼らはさっさと帰る支度を済ませて食堂から出ていく。
しかし、ファルディは最後に振り返って一言。
「万が一気が変わったらここが拠点だから来てくれよ。他のパーティーのところじゃなくな」
そう言うとわたしの手に小さく固めで長方形の紙を渡して去っていった。
そこには【グランハルコン】というこの冒険者パーティーの名前と後は拠点名、住所が書かれている。
ザ・名刺システムはこの世界にも存在していた!
そしてあの人まだ完全には諦めきってなかった!
えぇ~、とため息がでる。
「ソフィア、駄目だからね。もしも冒険者になりたくなったら私に言って。私とパーティー組めばいいから」
「大丈夫だよ。でも、そうだね。ルーリと一緒なら楽しそうかも」
今のところ予定はないが、でもこの世界には未踏の地だったりと謎がまだ多くて面白そうだし、ルーリと一緒に世界を見て回るのも悪くないかな、なんて思う。
「あ、そうだ。ルーリ。ありがとうね、わたしと一緒に居たいって言ってくれて」
そういえばさっきの話の中でルーリはさらっと嬉しいことをいっぱい言ってくれていたんだ。
「わたしもルーリとずっと一緒に居たいって思ってるよ」
ちょっと恥ずかしいけど本当のことだし、ルーリが言葉にしてくれているんだからわたしも言ってしまえ! と思い切ってみた。
「う、うん。ありがと……」
ルーリ、すごく照れている。とても可愛い。
たまらずぎゅーっとハグする。
そうすると顔を真っ赤にして私の腕から抜け出そうという素振りを見せるけど、力が入ってないのが分かるからきっと照れ隠しなんだろうなー。
ああ、可愛い。
ジタバタと緩めに暴れるルーリと引っついたまま、居間へ向かって歩いていった。




