わたしこういうの知ってる! 美少女が拾えるやつだ!
とある日、リオルさんの山菜取りに付き合い山に来ていた。
山の中腹くらいにきており、そこは以前私が迷っていた場所に近い。
山菜取りに何度かくるうちに大体の道は把握できるようになっていたから、今では食堂からの道のりは以前よりも近く感じるようになったけど、やっぱり全く土地勘のない人がいきなりこんな所に放り出されてしまったら確実に迷っちゃうような山道だ。
「ふぅー、大分集めたな~」
背負った籠の重さでどれだけの山菜を摘んだかが分かった。
とはいっても満杯になるほどは採っていない。
リオルさん曰く、別の人が採る分と山に残さなければいけない分を弁えて採らなくちゃいけないらしい。
採りつくしてしまうと次の山菜が芽を出さなくなってしまい、結局めくりめぐって自分たちを含めたみんなが不利益を被ってしまうから、だそうだ。
「ソフィアちゃん、そろそろ山を下りようか」
「うん、もうわたしお腹ペコペコー」
リオルさんと食堂から来た道を戻ろうとしたその時、
ガサッ、と。
背後から音がした。
ハッとして振り向くと音がしたであろう付近の茂みが大きく揺れている。
も、もしかしてクマ……?
わたしとリオルさんは警戒して辺りを見渡す。
その時わたしの目になんだかおかしなモノが映った。
「あれは、でっかい……カタツムリ?」
黒く巻かれた甲羅のような物体が木にくっついていた。
下からはふさふさした白い何かが出てるように見える。
「あれ? でもなんか違うような……」
ジーっとよく観察すると、そのカタツムリのような物体は白い毛から生えている。
そして木の反対側からはまた白い、しっぽ? かな。
ひょこひょこと動いている。
え? それじゃあそのカタツムリは……
「ツノ?」
しっぽ(らしきもの)がピタリっ、と動きを止めた。
「えーっと……。誰かその木の後ろにいるの?」
わたしが声を掛けると、驚いたのだろうか、しっぽ(らしきもの)が跳ね上がる。
そしてそのまま数秒、固まったままの時間が流れるが、観念したのか木の後ろに隠くしていたその姿が現れた。
わたしは口をあんぐり開けてしまう。
傍から見たらすごく間抜けな表情をしていただろうけど、そんなことを考えている余裕すらなかった。
ーそこには美少女がいた。
しかし人間とは少し違っているようだ。
頭には二本の巻き角が、肩に少しかかるくらいで切り揃えられたフワフワの白い髪の間から突き出しており、
お尻からは白く細く無毛のシッポを覗かせている。
体格は私より少し小さめで、見た目年齢はわたしと同い年くらい。
服装は白を基調としたゴシック系ドレスで美形な見た目にとてもマッチしている。
顔はお人形のように整っていて、大きな眼はアクアマリンのように澄んだ水色であり、目を少し潤ませた涙がその宝石を輝かしていた。
「キレイ……」
つい口に出して呟いてしまった言葉に、目の前の美少女は少しビクッとして腰を落とした。
警戒させてしまったようだ。
「ご、ごめんね、つい。山の中でこんなに可愛い女の子に出会うとは思ってもみなくて」
そう弁解すると女の子は照れたのか、顔を少し赤らめた。か、可愛いぃ。
それからどう声を掛けようか迷っていると、リオルさんが先に問いかけた。
「キミは魔族の子かい?」
魔族?
ああ、この世界に来た当初にリオルさんから受けた説明の中にあったのを覚えている。
確かもう100年以上前から人間と土地を巡った争いをしているとかいう……
「えぇ⁉ あの魔族ですか⁉」
つい声を大きくしてしまう。そしてやはり女の子がまたビクりと身を揺らす。
「な、何度も驚かせてごめん……。リオルさん、魔族って確か人間と今も争っているっていう? こんなに可愛い女の子が?」
「おそらくのぅ。わしもちゃんと会ったことはないが、風貌は人間と同じようではあるが魔法適正が比較にならない程高く、また腕力も強いと聞いておる。ほとんどの魔族には角や尾が生えているのが特徴の1つらしいんじゃ。」
ふむ、そう聞くと魔族の特徴には合致しているようだ。
「あなたは魔族の子なの?」
リオルさんの問いかけをわたしは繰り返して聞く。
すると美少女は今度はコクンと頷いた。
「どうしてこんなところに1人でいるの? もしかして町を襲いにきたとか、物騒な話じゃないよね……?」
そうであったら本当に困る。
町が襲われるとか以前に、現状が命の危険に晒されている状態だよね。
しかし女の子は首を横に振ってくれたからホッとする。
でも、それじゃあどうして? と再度同じような質問をする前に女の子が口を開いた。
「ま、迷って……」
「迷って? もしかして迷子ってこと?」
コクンと頷く女の子。
「えっと、お父さんとかお母さんとかとはぐれちゃったの?」
これには、何故か目を逸らしつつ、それでも首を横に振ったので原因は別にあるみたい。
でも、周りにその子の両親はおろか人が住めるような場所もないこんな山の中に、どうやったら迷い込めるんだろう。
いや、確かにわたしは迷っていたけれども、それは転生先が山の中だったからしょうがないよね。
とりあえず、この少女と意思疎通は問題なくできるようで安心した。
それができたら次にすることは。
「わたしはソフィア。よろしくね!」
唐突だけど自己紹介をしてみた。
名前を知らないままだとなんて呼べばいいのか分からないし。
そんな急な話の振りに女の子は少し驚いたようだったけど、わたしの意図を汲んでくれたのかちゃんと返事をしてくれた。
「……ルーリ。私はルーリ・ファートラネッタ、です」
「ルーリちゃん? 可愛い名前だね!」
お洒落な名前だ。そしてその見た目の可愛さにマッチした素敵な響きがある。
「よろしくね。ルーリちゃん。こちらはリオル・ゴートンさん。わたしが働かせてもらっている食堂のオーナーなんだよ」
「あ、ああ。よろしくのぅ、ルーリちゃん。リオルじゃよ」
多少戸惑いつつもリオルさんも自己紹介をしてくれる。
ルーリちゃんは特に何も言わないが目礼はしていた。
モジモジしているところを見ると、知らない大人に会ってどうしたらいいか分からない子供の様子にそっくりである。
「ところで今は山の中で何をしていたの?」
ルーリちゃんに、改めて違う角度から話を聞いてみる。
迷っていた理由はどことなく話したくなさそうな様子だったし、これ以上ズカズカと訊くのも無遠慮な気がしたからだ。
「……何をしたらいいのか、分からなかった。でも、お腹が空いていたから、食べ物を探してた」
「どれぐらいここにいるの?」
「……多分、3日」
「3日も⁉ 1人で⁉」
コクン、と頷くルーリ。
服装をよく見てみると、ところどころに土汚れなどがついていた。
お腹を空かせて3日も山の中を歩いていたなんて。
木の実とかはいっぱい生っているとはいえ、独りぼっちだったというのはとても心細かったんじゃないかな……
わたしも直近で、半日とはいえ同じような経験をしたのでその辛さの一端は分かる。
わたしはリオルさんへ顔を向けた。
「あの、リオルさん……」
「そうじゃの……。ルーリちゃん、よかったらうちに来て休まんかのぅ?」
ルーリはきょとん、とした表情になっていた。
「そうだよ、おいでよ。3日もまともに温かいご飯を食べていないんでしょ? それにずっと山の中で疲れたでしょう? 休みにおいでよ」
いくら魔族とはいえわたしと同い年くらいの女の子。
流石にこのまま置いてきぼりにはできないよ。
「……いいんですか?」
ポツリ、とルーリは言葉を溢すが、リオルさんは即答してくれた。
「ええんじゃよ。子供が困っとったら助けてあげるのが大人の仕事なんじゃからのぅ」
やっぱりリオルさんはとても優しく、人情味あふれるかっこいい人だ。
わたしはルーリの返事を待たずに手を取って、リオルさんと一緒に帰路についた。
食堂に着き、お昼ご飯の支度に入る。
「3日もまともにご飯を食べていなんだから、消化のいいカレーを作らなくっちゃ!」
「かれー?」
「ソ、ソフィアちゃん……」
ルーリは不思議そうに首を傾げ、リオルさんはやれやれといった表情をしている。
ルーリの反応はカレーを知らないからともかくとして、リオルさんはどうしたんだろう。
「あらあら、張り切るのはいいけれど、最初は誰でも食べやすいスープとかの方がいいと思うわぁ」
厨房から色々なお菓子を持って、わたしたちのいるホールへやってきて言ったのはロウネさん。
ルーリを連れ帰った時には少し驚いていたが、事情を説明すると「それじゃあすぐにご飯を用意しなくちゃ」とこちらが拍子抜けするくらい簡単に受け入れてくれた。
そして支度の間にルーリに食べていてもらおうと食べ物を持ってきてくれたのだ。
「そっかぁ、確かにカレーは食べ応えがあり過ぎるかも」
「カレーはまた今度、ルーリちゃんが元気になったころにした方がいいじゃろうな」
リオルさんはあからさまにホッとした様子だった。
そうか、ルーリのことをちゃんと考えてくれていたんだな。
「じゃあわたし、スープを作ってくるね」
「いやいや、わしが作ってこよう。ルーリちゃんソフィアちゃんがいた方が安心するじゃろう。母さんも入れて3人で一緒にお話しでも楽しんでいなさい」
「ほんとう? ありがとうリオルさん!」
厨房に入るリオルさんの背中を見送り、ホールの面々を振り返ると、ロウネさんがさっそくお菓子を勧めているところだった。
「ほら、ルーリちゃん。このパウンドケーキは程よい甘さで美味しいのよ。ほら、食べて食べて」
1口サイズほどのケーキを摘まんで、ほらほら、あーんとルーリの口元の近くに持っていっている。
「あむっ」
そしてパクリと勢いよく食らいつくルーリ。
「もふもふ」
ケーキを咀嚼する度にルーリの顔が幸せそうになっていって、遂にはとろけそうなほどである。
魔族とはいえ、やはり甘いものが好きな所は人間の女の子と変わらないんだなぁ。
ロウネさんも美味しそうにケーキを食べるルーリに顔を綻ばせる。
「もーっと食べていいのよぉ」
あーん、パクリ、もふもふ。あーん、パクリ、もふもふ。
流れ作業のように口に運ばれ、そして食べられていくその様子はまるでわんこそばを連想させる。
「わたしも混ぜてー‼」
そんな中にわたしも参加して、ルーリに食べさせたりロウネさんに食べさせられたりしてスープができるまでの時間を過ごした。
お昼ご飯が済むとすぐに、ルーリはホールの長椅子に横になって寝てしまった。
リオルさんが1階の居間部分までルーリを運んでくれて、夜になった今でもそこのソファですうすうと寝息を立てている。
屋根もない、壁もない山の中でよほど心身ともに疲労が溜まっていたのだろう。
わたしたちはというと、明日の仕込みも終わったのでゆったりとした時間を過ごしていた。
「今日は本当にびっくりしたよ。まさか山の中で女の子を拾うことになるなんて」
「わしもびっくりじゃよ。まさかこんな短期間に2度も同じ山で迷子の女の子を連れて帰ってくることになるなんてのぅ」
そうリオルさんが苦笑する。
まあわたしもルーリと同じ立場だったもんね。
「連れて帰ってこられた私だって驚きましたよ。でもルーリちゃんも良い子で可愛いし、いっぱいお話しもできたから楽しかったわぁ」
ロウネさんはワイワイと賑やかにお喋りができたことにご満悦の様子だ。
「それで、ルーリちゃんもウチに住むっていうことでいいのかしら。そしたらお部屋とかも準備しないとねぇ」
確かに今後のルーリの扱いを考えなければならなかった。
山の中でルーリを見かけたときは、つい以前同じ場所で彷徨って心細かった自分自身を重ねてしまい、手を引っ張って食堂まで連れ帰ってきてしまったけど。
「今日はもう遅いから泊めてあげたいし、今後のことは本人に聞いてみてからじゃないといけないっていうのは分かっているんだけど……。もしルーリがここに居たいって言うなら、居させてあげて欲しいかなぁ……」
「そうねぇ。明日改めて聞いてみましょう。まだどうして迷子になっていたのかの理由も話してもらえていないのだし、そこを知らないで話を進めるのもよくないものねぇ」
お昼ご飯前、ある程度気楽にお喋りをしてはいたが話の内容は他愛のないことばかりで、ルーリに山の中にいた原因は聞け出せないでいた。
山での会話では迷子とのことだったけど、正直怪しい。
またすごくデリケートな問題だったらと考えてしまうと中々話題に挙げづらくて、そんな様子のわたしを見てロウネさんも空気を読んでくれていた。
「ひとまずはうちで寝泊まりしてもらって様子をみようかのぅ。しばらくしたらルーリちゃんの方から何か話してくれるかもしれんしの」
それで話は一段落がつき、ロウネさんの用意した部屋にリオルさんが再びルーリを抱えて運んで行き、その後わたしたちも床に就いた。
翌日はゴートン食堂の営業日。朝起きて支度を済ませるとルーリも準備に加わっていた。
全員に朝の挨拶をしてから、声を掛けてみた。
「昨日はよく眠れてたみたいだね。疲れはとれた?」
「はい。ご飯食べて、すぐ寝ちゃって、ごめんなさい……。いっぱい迷惑かけた」
シュンとした表情となって下を向いてしまう。
「ううん、しょうがないよ。ずっと気を張っていたんだから、疲れて寝ちゃって当然だよ!」
そう言うと、わたしが怒ったりしていないことが伝わったようで、ルーリの表情が少し和らいだように見えた。
「ありがと、ございます、ソフィアさん」
「どういたしまして。あと、わたしのことはソフィアって呼び捨てにしていいよ、歳と近そうだし。その代わりわたしもあなたのことルーリって呼んでいい?」
そうするとルーリは少し照れたような顔ではにかんだ。
「うん。ありがとう、ソフィア」
「こちらこそ、これからよろしくね、ルーリ」
こうやって会話を積み重ねていって、少しづつ距離を縮めていこう。
そうすれば時機にもっと心を開いてもらえて、山の中にいた本当の理由も話してもらえるかもしれない。
「ソフィアちゃん、ここに出してるお野菜を切るのお願いねぇ。ルーリちゃんはわたしと一緒にホールに来てね。準備を教えるから」
ロウネさんがルーリを連れ立って厨房を出ていく姿にもまた、前のわたしの姿が重なる。
今度はわたしも、リオルさん達が私にしてくれたようにルーリに優しく温かく接してあげなきゃな。
それから午前も午後も、ルーリは特に問題もなくよく働いてくれた。
魔族の特徴となる角と尻尾は隠しての接客だったため、町の人にルーリの正体が気付かれた様子もない。
ただ気になる注目はいくつもあった。だってルーリが美少女だから。
「辺境の町でこんな美少女をお目にかかれるとはな」
「キレイな瞳……」
「お友達になりたい」
「……(絶句、そして凝視)」
ランチタイムは訪れたお客さんのそんなざわめきでいつもより騒がしかった。
当の本人は初めての仕事に精いっぱいで耳に入っていなかったようだ。
キーマカレーを提供して以来お客さんの数は多かったため人手が増えたことは本当にありがたく、教えることも多くあったけど物理的に作業が1人分近く減ったのでいつもよりだいぶ楽だった。
しかしルーリにとっては新しい環境なこともあってか大分疲れたのだろう、食堂の営業が終わって4人で食卓を囲んでご飯を食べた後、ルーリはすぐさま眠さにふらつく足取りでと寝室に向かっていった。
ご飯を食べている時からうつらうつら船を漕いでいたし、今頃もぐっすり寝ているだろう。
そのため、居間にいるのはリオルさんとロウネさん、私の3人だ。
「今度のお休みに、ルーリに町を案内しようと思うんです」
どれくらいになるか分からないけど、これからルーリがここで暮らしていくのであれば町の知識は必要だよね。
その機会を通じてルーリのことをもっと知りたいし。
「いい思い付きじゃな。とは言っても、見所というほどの場所はうちの町にはないと思うんじゃがのぅ」
「この食堂でよく使っている市場なんかを巡ろうと思ってます。あと町案内がてらブラブラ歩きながらお喋りをしてもっとルーリと仲良くなろうかな、って」
なんだかんだ理由をつけておいて、後半の部分が結局のところの本音だ。
「とってもいいんじゃないかしら。楽しんでいらっしゃいねぇ。でも町の外れにはあまり近づかないようにね。最近、魔獣が目撃されたようなのよぉ」
「魔獣ですか」
魔獣ー魔法能力を持った動物ーの存在はリオルさんに教えてもらっていたが、直に見たことはまだない。
「なぁに。そんなに心配することはないじゃろ。とっくに町長が冒険者に討伐依頼を出しとるだろうしのぅ」
魔獣は牙や爪、外皮などが魔法能力で強化されていることにより、普通の武器などで仕留めることは難しい。
魔法の込められた武器や魔法攻撃を持っていて初めて対等に戦える存在で、単なる一般人が敵う獣ではない。
そのため普通、討伐には国の軍や冒険者に依頼をする必要がある。
ちなみにこの世界には冒険者なる職業が存在している。
その名の通り未開の地を冒険する人間たちを指す職業なのだが、その冒険の資金作りのために持ち前の能力を活かして魔獣などの討伐依頼を冒険者組合から請け負う人間が多いらしい。
なので冒険者組合に討伐依頼を出せばその魔獣の討伐難易度に見合った冒険者を派遣してくれるそうだ。
この町は山に囲まれており隣町への距離もあるため、万が一魔獣が侵入してきた際に町の外へは簡単に逃げられないことから討伐の緊急性が高くて、依頼後に調査や手続きなどで腰の重い軍に任せるよりも、この町では依頼してからの動きが早い冒険者を雇うと聞いた。
「気をつけるね。市場が開かれている広場も町の端だから、注意しないとだね」
「市場ならいっぱい人もいるから、きっと魔獣も近寄ったりはしないと思うわ」
冒険者が早く討伐してくれることを祈りつつ、わたしはルーリとの散歩計画を練り始めた。
朝、食堂内は開店準備で3人が慌ただしそうにあちこちを移動している。
私ことルーリ・ファートラネッタはロウネさんに教えてもらったホールの準備作業を任されていた。
しかし、手際よく作業を勧められたので今日は大分早くに準備が終わっている。
さて、次は何をしたらいいのだろうか。
私が役に立てることはあるだろうか?
そんな折、リオルさんが厨房から出てきて外出の準備を始めた。
仕込みが終わったのだろうか?
リオルさんがこちらを向き、「夜の分の食材が足りなくなってね、買い足しに行くんじゃよ」と、私に理由を教えてくれる。
どうやら頭の中の疑問が顔に出てしまっていたらしい。
そうしてリオルさんが食堂から出ていく。私はその後姿を見送ってから、次の作業をもらいに厨房に入る。
「あらぁ。もう準備が終わったの? 早いわねぇ」
「昨日、丁寧に教えてもらったから。次は、何をすればいい?」
「うーん、どうしようかしらねぇ」
どうやらそれほどやるべきことがないらしい。
ロウネさんが作業の割り振りで悩んでいる傍ら、ソフィアは野菜をひたすら切っていた。
私は料理について詳しくは分からないのだが、包丁の扱い方は速く正確のように見え、料理をし慣れていることがうかがえる。
そんな姿をジーっと見つめていたからか、ソフィアがこちらの視線に気が付いた。
「どうしたの? 野菜を切っているだけなんだけど、何か気になることでもあった?」
「う、うん。お料理してるところを見たのが初めてだったから、興味深くて」
「えっ⁉ 料理してるとこ見たことがないの?」
「う、う、うん……。私、何か変な事言った……?」
何だかソフィアがすごく食いついてくる。横のロウネさんも同じように驚きの表情を浮かべている。
「いや、なんというか、ちょっと変かも?」
やっぱり変なのか。どういうところがだろう。
「今まで家では誰が料理をしてくれていたの?」
「え、えっと、料理人が」
「料理人!」
「うん。厨房で作った料理をダイニングに運んできてくれるの」
「お、お嬢様だ……」
? そうなのだろうか。それが普通だと思っていたのだが。
「そっか、それなら料理している姿も気になるよね。今は野菜を切っているだけだけど」
それから「あ、そうだ」とソフィアが良い案を閃いたとばかりに手を打って私に言った。
「じゃあ、ルーリもやってみる?」
「えっと、やったことないからできないかもしれない……」
「大丈夫だよ! わたしがしっかり教えるから、きっとできるよ!」
「わ、分かった。やってみる」
包丁を渡されて、野菜を切り始める。
最初は手を添えてもらって、その後は手を放してもらって。
でも私が切った野菜は不格好で大きさも厚さもばらばらだった。
「……」
「し、しょうがないよ! 最初はみんな失敗するものだもん。だからそんなに切なそうな顔しないで、ね?」
次にフライパンを渡された。
最初にソフィアがお手本でヘラを使って均等に野菜に熱を加えていき、味を整える姿を見る。
それを今度は私が真似てやる。
「……」
「ま、真っ黒……だね」
ヘラでかき回していたはずなのに、気付けば真っ黒になっていた。
「ご、ごめんね? わたしが目を離さなければよかったね。初めてだったのに……」
なんで私はソフィアに先に謝らせているのだろう。
「ううん、謝るのは私の方。せっかくの食材を無駄にしてしまった」
自分に嫌気が差す。
私は両親に、普通の暮らし方というものを全く教えてもらっていなかった。
自分で調べることもしなかった。
あそこから逃げたいと思っていたなら準備くらいしてきて当然だったのに。
「……ごめん」
本当に全部、ごめんなさいだ。
山の中で迷ってるなんて嘘を吐いてそのままにしていることも、みんなに温かく迎えられているのに役立てないことも。
本当はただの家出なんて言ったら追い出されてしまうかもしれないという気持ちが最初はあった。
でもこの数日を一緒に過ごして、この人たちはそういう行動をする人たちではないことは分かっていたが、機を逃がしてしまうと言い辛かった。
だって、せっかく仲良くなれそうなソフィアに嫌われてしまうかもしれないから。
友人なんていたことがなかった。
両親の教育方針上、強者が絶対。
来る日も来る日も戦闘訓練。友人を作って遊ぶ暇などなかったし、暇があっても許してはくれなかっただろう。
だから友人の作り方なんて知らない。
けどソフィアは私に良くしてくれるし、このまま仲良くなればもしかしたらと思っていた。
朝は笑顔でおはようと言ってくれて、いっぱい話しかけてくれて仕事を助けてくれて。
憧れの友人ができる気がしていた。
このまま足を引っ張り続けて、疎ましく思われてしまったら嫌だなぁ。
「食べるね」
「……え?」
呆気にとられているうちに、ソフィアはフライパンの上から黒焦げの野菜を1つ摘まむと口へ入れた。
「うぅん、ちょっとにがぁい……でも、味付けは間違ってないよ」
そういうとまた1つ摘まんで食べる。
「ソ、ソフィア⁉ 駄目、体に良くない……!」
「でも、ルーリが初めて作った野菜炒めだよ? このまま捨てちゃうの、もったいないよ」
「それでも……絶対、不味いのに」
申し訳なくて視線を逸らしてしまう。
「うーん確かに美味しくは……ないけど」
「それなら……」
それなら、食べないで。
私を気遣って、無理して食べないでほしい。
言いかけた言葉よりも早く、ソフィアの優しい声が私を包んだ。
「でもね、ルーリが頑張って作った味がするよ」
「え……」
「わたしもね、昔はいっぱい失敗してね。色んなもの焦がしたし、手を切ったりしたこともあったよ」
ソフィアは何かを思い出すようにして私に伝えてくれる。
「でもね、そういう時にわたしのパ…‥お父さんとお母さんが言ってくれたの。これはがんばった味なんだよ、って。このがんばった味がどんどん美味しい味になっていくんだよ、って。だからね失敗してもいいんだよ」
「失敗しても……いい?」
「うん! 何度だっていいの。その度に料理は美味しくなっていくはずだよ! これからルーリが作る度に食べて教えてあげる」
「で、でもそれじゃあ私、ソフィアに迷惑かけてしまう……」
しかし、ソフィアの心の中には私の懸念なんて、そんなちっぽけな心配なんて微塵も無かった。
「ぜんぜん! ぜんぜん迷惑なんかじゃないよ。だってわたしたち友達でしょ? 友達ががんばるならわたしだって一緒にがんばるよ!」
友達でしょ? ともだちでしょ? ともだち?
耳にこだまするトモダチという単語。
「と、友達……?」
それって友人って意味の友達のこと?
「……え? あれ? あの、友達……ですよね?」
ソフィアの人差し指が私とソフィアの間を行ったり来たり、そして心配そうな顔になっていく。
私もポカンとして、聞き返してしまう。
「私たち、友達になっていたの?」
「少なくともわたしはそのつもりだったよ……。うぅ、ルーリの素直な気持ちを聞かせてぇ……!」
ソフィアがちょっと涙目になってしまった。
その表情に少し悪いことをした気分はあったが、それ以上に私たちがすでに友達だったということに衝撃を受けていた。
「い、いつから?」
「うわぁぁああん‼ 本当に友達だと思ってなかったんだね! わたしの思い込みだったんだね‼ ショックすぎるよぉっ‼」
「そ、そうじゃなくて……」
私はふーふーと鼻息荒く興奮した様子のソフィアを落ち着けつつ、なるべく丁寧に自分のことを説明していく。
今まで同い年くらいの存在が身近にいたことがなかったということ、友人と呼べる存在がいなかったということ。
「そうだったんだ、だから友達になっていたことが分からなかったってことなんだね。わたしが友達認定を受けてないってことじゃなかったんだね、よかったぁ……」
その安堵に胸をなで下ろした様子を見て、私としても変な誤解が解けて安心した。
ただ疑問は残る。
「でも、私とソフィアは一体どのようにして友人になることができたの? それが分からない」
お互いに契約を交わしたわけではなく、かといって暗黙の了解ができたようにも感じられなかった。
しかし、ソフィアの答えは私の狭い常識を超える、理屈なんかこれっぽちもない大雑把で温もりのあるものだった。
「えー? そんなのわたしにもわかんないよ。でも朝におはようって言って、何でもない時にお喋りして、一緒にいて楽しかったらもう友達でしょ?」
単純極まりない答えだった。
お互いの関係性に利益を見出すとか、そんな計算がまるでない笑顔がそこにあって、私にはまるで理解できなかったけど。
「わたしはそう思ってるよ。それでね、ルーリと一緒にお喋りしてて今すごく楽しいよ!」
言葉の1つ1つが、凍えた体に湯をかけられるように体に染み入る
胸の奥がすごく温かい。
熱いくらいに。
「あり、がとう」
ホロリとつたう涙と一緒に、自然に口から零れたこの<ありがとう>は、この理屈っぽいお堅い頭から絞り出した言葉じゃなくて、真に心から溢れた気持ちだった。
「ど、ど、どうしたの⁉ なんで泣いてるの⁉ わたし、なんか変なこと言っちゃった⁉」
わたわたと慌てるソフィアを見て、今度はクスリと笑ってしまう。
「ううん、ごめん。嬉しくて」
「そ、そうなの? それならいいけど……」
ソフィアはハンカチで私のほっぺを拭いてくれる。
「ねぇソフィア……私、変だけど。変かもしれないけど友達でいてくれる……?」
「うん! 当然だよ! それにルーリは変じゃないよ。ルーリは普通に女の子だよ」
えへへと笑ってしまう。
おかしな答えだった。
普通に女の子だって。私は魔族なのに。
しかも魔族の中でも全然常識のない女の子なのに、それでも普通だって。
私が笑うのにつられてソフィアも笑っていた。
なんだか私は私のままでいて良いと言ってくれているような気がして、体が軽かった。
そのままの私を友人だと言ってくれる存在が、私の胸の内のモヤモヤを晴らしてくれていた。
「もう一回、野菜炒め、やってみていい?」
「いいよ! 一緒にがんばろうね!」
私は少しづつ料理を学んでいこうと思う。
そうすればいつか本当に役に立てる日がくるはず。
家から逃げ出してきてからは何をしたらいいのかさっぱり分からない日々だったが、今日初めてやりたいと思うことを見つけられた。
後で、改めてリオルさん達にこの家でお世話になりたいということを伝えよう。
ソフィアともっと仲良くなって料理がもっと上手くなって、肩を並べてここに立てるように。
想像した未来図につい口元がにやける。
今日は1日、ものすごく頑張れそうだ。
「え? ルーリ、空を飛べるの⁉」
「うん、それであの山まで逃げてきた」
ビッとわたしたちと出会った山の方角へ指を向ける。
あんな山の中に迷って入り込むことなど妙だと思ったが、家出して空を飛んでここまできて、身を隠すために山の中に入ったということだったのか。
今日はゴートン食堂の休日。
わたしはルーリに町を案内しているところだ。
その道中にルーリがポツリポツリと山の中にいた本当の理由と、家庭の事情を話してくれている。
一緒に料理をするようになった日から会話も増えて、随分仲良くなれた。
「まあでも、それはわたしだって家出を考えちゃうかなぁ。自分がやりたくないことを押し付けられるのは嫌だよね」
コクリコクリと頷くルーリ。
どうやらルーリのお家は教育方針がかなり偏っていたらしく、主に戦闘訓練ばかりを押し付けられていたらしいのだ。
どおりでたまに少しズレている訳だ。
戦闘に重きを置き過ぎて、社会常識とか一般的な生活への知識だとかが疎かになってしまっだんだろう。
わたしとしてはむしろ、よくこの年齢になるまで耐えたものだとすら思う。
それでもルーリは少し後ろめたさなんかも持ってしまっているようで。
「でも逃げるのは間違いだったのかな……話し合いとか……でも聞く耳絶対持ってないし……」
などということをついつい考えてしまうみたい。
でもわたしとしては逃げることが悪いことだとは思わない。
こんな事言ったってルーリの悩みを解決できるとは思わないけど。
「ルーリ、わたしはルーリが間違ったことしたなんて全然思わないよ! むしろ自分を守る上で1番良い行動だったんじゃないかな。親と自分だって突き詰めれば違う考えを持った人同士なんだもん、だから自分のことを1番よく分かってあげられるのは自分自身でしょ? ルーリはなによりもルーリを大切にしてあげるべきで、それが1番大事なの。ルーリは自分を大切にできた、だからわたしは正しいことだったと思うよ」
つ、伝わったかな……?
わたしが言いたかったのは、とにかく自分を大切に思うことが大事だって言うこと。
自分を損得勘定の外に置いてしまうと、きっとどこまでも自分に無関心になれてしまうんだと思う。
そんな感情を捨てた機械のようになるのは絶対に良くないことだ。
「逃げるのは間違ってない……私を理解するのは私、私は私を大切にすべき……」
ルーリはわたしを見据えながらわたしの言葉を口の中で転がすように呟く。
心なしかルーリの瞳が段々と輝いてくるように見え……いやホントに光ってる⁉
今、辺りには誰もいないからよかったけど、なんで急に⁉
そしてばっとわたしの方を向いて、その目で熱く見つめてくる。
ま、眩しぃ……
「め、目から……うろこ!ソフィアはすごい。そんなこと考えたこともなかった」
むふぅ! と興奮したように鼻息が漏れている、ルーリになんだか熱がこもっている。
「確かに親と私は違う、私には親の考えが理解できないし、親も私を理解していなかった。それでも親だからという理由でひたすら耐えていた、でも私を大切にできるのは、私を1番理解できる自分自身。だから自分を守るために行った家では正しい行動! 私は間違っていなかった‼」
ああ、眩しいけどすごい‼
わたしの拙い言葉をルーリは自分で補完して完璧にものとしてくれているようだ。
ところで。
「ところで……目、光るんだね」
「うん。興奮すると光るみたい」
「き、気をつけようね」
「ご、ごめん……」
まぁ何はともあれルーリの中にあった罪悪感の陰は掻き消えてくれたようでなによりだ。
そんな会話をしながら歩いていると、段々と市場に近づいてきて人も多くなってくる。
そうすると挨拶されることも多くなってくる。
わたしに対してだけじゃなく、ルーリにも。
ルーリはその可愛らしい顔立ちもあって、お客さんたちからの反響が大変よろしい。
そのためたった数日でゴートン食堂の看板娘となりつつあった。
正直な話、わたしが来た時との反応差が顕著なのが少し辛い……
「ルーリちゃんだ! 今日もかわいいねぇ!」
「ル、ルルル、ルーリさん! こ、こ、こんにちはっ‼!」
「あら、ソフィアちゃんにルーリちゃんじゃない。お散歩? いいわね」
「ルーリちゃん! 結婚してくれぇ!」
ルーリは掛けられた声全てに「こ、こんにちは」と照れながらも応えていた。
根が真面目で良い子なんだよなぁ、中には挨拶というかプロポーズもあった気もするがそれも全て「こ、こんにちは?」などの挨拶の応用で返していた。
つよい。
「あ、ルーリ。ここが市場だよ」
そんな周りが賑やかな散歩をしばらく続けると、いつの間にか食堂で使用する野菜や香辛料などを買い揃えるためにいつも利用している市場に着いていた。
今日も今日とて白いテントがズラーっと並んでいる。
この町の人口のおよそ4割が食料生産者なので、人口に対して市場に出店するお店の数の割合もかなりのものだ。
「すごい……! 野菜がいっぱい」
「そうでしょ? この町では色んな野菜を育ててるからね。もちろん町の外から商人たちが仕入れてきている野菜もあるんだけど」
「そうなんだ。あっ! ここのテントにソフィアがいつも使ってるスパイスがいっぱい!」
「うん。いつもここのスパイスを仕入れてるの。こんにちは、デッツさん」
「やあいらっしゃい、ソフィアちゃん。そちらのお連れは噂の看板娘だね? はじめまして、行商人のデッツというんだ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
デッツさんは香辛料専門の行商人で、うちの町には週に1回訪れる。
この町で採れた香辛料を他の町に持って行って売り、そうしてできたお金で他の町の香辛料を買うのだ。
そうしてこの町に、この町では育たない香辛料を持ってきてくれる。
デッツさんのテントは今日も今日とて一般的な香辛料から珍しい香辛料まで品ぞろえ抜群のようだ。
「さて、今日はどんな用事かな?」
「あー、すみません。今日は買い物じゃないんです。この子に町を案内している最中だったんですよ」
「そうだったのか、それは残念だ。せっかく上客様が来たと思ったのになぁ」
はぁー、とあからさまなため息を吐くデッツさん。
いや、上客云々は普通私たちの目の前で言っちゃだめでしょ。
やれやれ、とりあえずこんな感じでよく利用するお店の位置を教えておこうかなー、とルーリを見るとどうやらスパイスに興味津々の様子。
目を輝かせながら色々なスパイスに鼻を近づけては「ほぅほぅ」と頷いている。
「ルーリ、スパイスが気になるの?」
「うん、どうしてこんな粉からあんな魔法のご飯ができるのかと思って」
「魔法のご飯って……カレーのこと?」
ルーリはコクリと頷く。
昨日はルーリと一緒にお店で出すキーマカレーを作ったのだが、味見をさせるととても気に入ったようで、
「初めて食べる味! おいしい」だとか、
「体に力があふれる……!」だとか、
「どうしてこんなバフが?」だとか、
中には意味のよく分からないものもあったけど、多様な感想を抱いてくれた。
「いやでも魔法のご飯っていうのは言い過ぎじゃないかなぁ。そんなに美味しかった?」
こうやって自分の食べ物を美味しいと褒めてくれるのはとても嬉しいことなのだが、魔法のご飯とまで言われてしまうと流石に気恥ずかしい。
そんなに大層なものを作れている自信もないし。
「えっと、いやそうではなく……」
ルーリはどう説明したものか、と頭を捻っているようだ。
キーマカレーを食べた辺りからそんな感じで、昨日は最終的にランチタイムが始まったことによってうやむやになっていた。
うーん、と腕を組み考えながら、ルーリが自分の考えを言葉にしていく。
「……このスパイスの組み合わせによってなのか、ソフィアの力によってなのかは分からないけど、昨日のカレーには明らかに魔、「魔獣が出たぞ-‼」
急に叫び声が上がる。
わたしたちが居る場所よりも町の端側に位置する方向から。
その後には悲鳴が続く。
今何と言った? 魔獣?
まさかー
「ソフィアちゃん! ルーリちゃん! 早く町の中心へ逃げるんだ! これは例の目撃されていた魔獣に違いない!」
デッツさんがいち早く状況に対応する。
わたしもハッと気を取り直して周囲を確認する。
「ルーリ! 走るよ! 逃げなきゃ」
「……魔獣? どんな魔獣?」
「え? えっと毛並みが黒くてクマ並みに大きい猪だって聞いているけど」
それを聞くとルーリはその猪の名前を即答した。
「マラバリ、か。行ってくる。ソフィアはここで待ってて」
そう言うや否やルーリは町の端へと、空中を滑るように飛び、人ごみを越えて向かった。
「ちょ、ちょっと!」
人間のお芝居は⁉ じゃなくてそれ以前に危険だ!
じっとしていられずわたしもルーリの後を追う。
「こら! ソフィアちゃん! そっちはダメだ、危ない!」
「ごめんなさい!」
デッツさんが制止を促してくれるが耳は貸せない。
友達の身に危険が迫っているのだから。
こちらに向かってくる人ごみを避けつつ、町の端へと向かう、その途中で。
ドボォッ!
柔らかいものを強く打ったような、鈍くて大きな音がした。
その後悲鳴やら叫び声やらで騒がしかった市場は、騒ぎの元になった町の端から、順にざわつきに変わり始める。
ようやく一番端までたどり着いて原因が分かった。
ルーリだ。
ルーリが立っていて、そのすぐ近くに大きな猪の死骸が転がっているのだ。
どうやったかは知らないが一撃で猪の魔獣を仕留めたらしい。
そりゃ騒ぎにもなるだろうな、とどこか気の抜けた頭で思う。
「ルーリ」
声を掛けて、こちらを振り向いたルーリの元へと歩いて向かう。
「ソフィア……待っていてと言ったのに」
「もう! 待っていてじゃないよ、急に飛んでっちゃったらビックリするじゃない! おバカ!」
「ご、ごめんなさい」
ルーリがしょぼくれてしまう。
まあでも、本気で怒っているわけではない。とにかく、ルーリが無事でよかったと思う。
そしてこの猪が市場に侵入してきて間もなかったからか、辺りの被害も少ないようだ。
ただ、きっと本当に大変なのはこれからだ。
空を飛んでいた時か戦闘の時かは分からないが、フードが脱げてしまっていてルーリの角が丸出しだった。
つまりー
「ま、魔族?」
わたしたちとその傍らの猪を囲んでいた町民の1人がそう呟いた。
それだけで、その情報は瞬く間に辺りへ広まっていった。
こ、これは不味い状況だ。なんとか弁解しないとルーリに新たな危険が!
「いや、違うんです! その、魔族ってことは違くないけど、ルーリは良い子で、だからこの町に危害を加えたりとかは全然しな「ありがとう‼」
どこからか急に感謝の言葉が投げかけられた。そうしてその言葉が、温かい連鎖を生んでいく。
「ルーリちゃん、魔族だったのか。でも助けてくれたんだな、ありがとう!」
「命からがらだった! ルーリちゃんは恩人だよ!」
「私たちを守ってくれたのね! 可愛い上に良い子だなんて! 息子の嫁に欲しいわ‼」
「ル、ルルル、ルーリさん! そんなあなたも素敵です‼」
わたしと言えばポカーンとしていたが、そんな私を差し置いて状況は変わっていく。
ズラズラとルーリの周りに人が近づいてきて列をなす。
そして町民たちが感謝の言葉と共に1人1人ルーリと握手し始めた。
握手会か!
ルーリが魔族だとバレたら色々と不都合が起こるんじゃないかと、魔族の特徴を隠させるようにしていたのだが、どうやら何にも問題なかったみたい。
結局、わたしの独り相撲だったかぁ。
でも平和的に終わったのは良かったよ。
この事件をきっかけにルーリは魔族としてこの町の人々に受け入れられることとなった。
町長も町を代表してルーリにお礼を言いに来てくれ、ルーリは照れてとても落ち着きがなかった。
翌日の今日、ランチタイムはルーリ目当てのお客さんが増えて長蛇の列が店の外に続いている。
そんな中、ルーリはホールで頑張って接客をしていた。
食堂に来たばかりの時より表情がとても豊かになったように感じる。
お客さんに掛けられる声に微笑んだり、恥ずかしがったりコロコロと表情が変わっていて。
そんなルーリを見られてわたしは嬉しい。
お客も嬉しそう、デレデレしている。
家出の問題やご家族の問題は未だ残っているかもしれないけれど、それでもルーリが自分の居場所を作ることができたことはとても大きいと思う。
わたしもその助けになれたことは非常に誇らしい。
今までが辛い日々だったのであれば、それらの思い出を上書くほどいっぱいこの場所で喜んで、楽しんで暮らせたらいい。
「キーマカレー3つ注文いただきました!」
ここに来た当初よりも断然にこやかな笑顔のルーリから注文が届く。
「はぁい‼」
人間と魔族。
これからも障害にぶつかることはあるかもしれないが、その時は一緒に体当たりしていきたい。
この異世界で、わたしにもそんなことを思えるような大切な友達ができました!




