和泉和子君の質疑-六
(和泉委員)
いいですか大臣。この基準策定の経緯につきましては、一九七〇年代から九〇年代にかけて基準作成に携わってきたICRPの元委員が、はっきりと「原発や各関連施設への配慮があった」「低線量被曝の影響は、どうせ分からない」と言っちゃってるんですよ。政府や大臣は盲進してしまってるようですけれども、ICRPっていうのはこういういい加減な組織なんですよ。基準作りは別に科学的でも何でもなかったんです。基準作りに携わった当事者がそう言ってしまってる。
そんなところが掲げた数字を根拠にして、今後年間被曝線量二〇ミリシーベルト以下の地域に半ば強制的に居住させられる人々が出て来るわけです。福島第一原発事故の際の帰還事業に準じて今回もやるわけでしょ。
(志村復興担当大臣)
委員は先ほどから強制強制とおっしゃるけれども、福島第一原発事故の時だって、何も政府として自主避難者の首に縄をかけてまでもとの居住地域に帰還させたわけじゃないんです。国としてはやれるところまではやったんです。それでもなお自主避難を継続するんでしたら、そういった人々の生活まで国が面倒見て税金を投入することはこれは寧ろアンフェアでしょう。ですからそういった人たちは避難を継続されるならどうしても自己責任にならざるを得ない。そういった人たちについては国は無理矢理帰還しろとかそういったことはひと言も申し上げたことはございません。したがって、委員がおっしゃるように福島第一原発事故の時に、避難解除された区域に強制的に帰還させられた人は、ただの一人も存在しないわけです。
(和泉委員)
でも現実には住宅支援や損害賠償については避難解除と共に打ち切りが決定されたわけですよ。そりゃあ、誰が表立って「帰還しろ強制だ」なんて言うもんですか。じゃあ、表立ってそういうことを口にさえしなければ強制性はなかったのかといいますと、そんな簡単な話じゃないですよね。私は寧ろね、そういう強制性を帯びた言葉でも使って、住民の帰還を進めたいっていう苛立ちが、当時の政府にはあったんじゃないかと思いますよ。その苛立ちが、住宅支援や損害賠償の打ち切りという事実上の強制帰還政策につながったんじゃないかと考えています。もし強制性はなかった、とおっしゃるなら、本来でしたら避難継続を決意した世帯に対しても、引き続き支援を継続する政策を採るべきだったんじゃないでしょうか。少なくとも避難者が、帰還か避難かを選び得る選択肢を準備しておくべきだったんじゃないか、そうでなければ強制性がなかったとはいえないんじゃないかと思うわけです。
避難を継続した世帯に対しては支援を打ち切ったのに、帰還した世帯に対しては新たに支援が開始された。この方手落ちともいえる政策が、現実に採られた政策でした。
ここまでね、ここまであからさまに帰還事業を推進しておきながら、強制性はなかったなんてよく言えるなと思いますね。そういった意味では福島第一原発事故時の帰還事業は明らかに強制性を帯びてましたよ。
今回の核惨事でも、今後除染が進展すれば問題が必ず噴出するでしょう。大臣、今後進展するであろう除染作業に伴い、避難民が避難生活を継続するか、それとも帰還を選ぶのか、その選択肢を準備されるおつもりはございますか。
(志村復興担当大臣)
ただいまのご質問の意味が分かりません。
(和泉委員)
年二〇ミリシーベルト以下を達成した汚染地域にもともとお住まいだった方々が、帰還か避難の継続か、いずれかを選択できる政策的な幅を持たせるつもりがあるのかないのか聞いています。具体的には避難継続を決意した世帯に対して、避難解除後も公的支援を継続する意思があるのかないのか、ということであります。
お答え下さい。




