加藤弘君の質疑-六
(加藤委員)
結局威勢が良いのは口先だけというのがよく分かりました。(廣瀬内閣総理大臣「口先だけとは失礼じゃないか」と呼ぶ。委員長「静粛に願います」)
最終処分場問題の責任をあやふやにしようという政府の意図を暴露したところで質問を変えます。
柴田環境大臣、足尾銅山鉱毒事件についてはご存知でしょうか。
(柴田環境大臣)
承知しております。
(加藤委員)
では、田中正造先生が帝国議会において当時の山県有朋内閣総理大臣に対して鉱毒被害に関し初めて質問を行ってから、原因企業と地元住民との間で和解が成立するのに何年かかったかご存知でしょうか。
(柴田環境大臣)
田中正造先生が初めて帝国議会において鉱毒問題に関する質問を行ったのが明治二十四年、加害企業である古河鉱業株式会社と地元住民との間で和解が成立したのが昭和四十九年のことであると承知しております。
(加藤委員)
大臣流石です。鉱毒問題の顕在化から原因企業との和解までに要した期間、実に百年近い歳月がかかったわけです。この百年という期間、長いと感じますか、それとも短いとお感じでしょうか。
(柴田環境大臣)
鉱毒の流出防止のために諸対策を講じてきた中で結果的に解決まで約百年という歳月を要したわけでありますが、率直に申し上げて長いと感じます。
(加藤委員)
ありがとうございます。
ただいま大臣が答弁されましたように、古河鉱業は足尾銅山から渡良瀬川水系に鉱毒が流出するのを防止するため、遊水池を設けるなど諸々の対策を採りましたが、平成二十三年三月十一日の東日本大震災、或いは平成二十六年の集中豪雨によってこの遊水池が決壊し、貯まっていた有毒物質が流出した事件については当然ご存知であると思います。いかがでしょう。
(柴田環境大臣)
承知しております。
(加藤委員)
足尾銅山自体は、原因企業と住民との間で和解が成立する前年の昭和四十八年に閉山いたしましたが、公害はその後も続き、現在に至るまで継続的に被害が発生しているわけであります。先ほど解決までに百年の歳月を要し、これについては大臣も率直に言って長いと感じる、と答弁されましたが、これは当事者にとっては、特に鉱毒被害が顕在化した直撃世代にとっては、一生涯にわたって害を蒙り続けたわけですから、文字どおり永遠に続く被害だったわけですよ。
もちろん一国民として福島県や本件核惨事の被災地域の一刻も早い復興を願わずにはいられません。しかし一方で、こういった地域の空間線量を下げる目的で行われた除染活動のために除染土が生じる。この除染土を全国に拡散し、第二第三の足尾銅山を後世に残すが如き政策を私は容認することが出来ないのであります。
ひとたび大地震が発生すれば、また集中豪雨に襲われれば、そのたびに一キログラム八〇〇〇ベクレル以下という法定外の除染土が環境中に流出することになるのであります。
除染土の全国拡散、延いては国民の健康被害というリスクを冒してまで被災地域の空間線量を下げようという動機についてお答え下さい。
(柴田環境大臣)
空間線量の低下は、目に見える形での復興の目安であります。避難者の皆様方には不便な避難生活を一刻も早く脱していただき、自立した生活を営んでいただくことが復復興の第一義であります。空間線量の低下が数値として明確に顕れないかぎり、避難者の皆様方に帰還していただくわけには参りません。空間線量を下げる動機はまさにそこにこそございます。
ただいま委員より国民の健康被害という言葉が出て参りましたが、コンクールやアスファルトで遮蔽した除染土は直ちに健康に影響を及ぼすレベルではありません。これは科学的に立証されているところであります。巷間、八〇〇〇ベクレルという数字が一人歩きしているようですが、その数字に徒に恐れおののく行為は科学的でないだけではなく、復興政策を遅滞させる要因ともなりかねません。したがいまして、一キログラムあたり八〇〇〇ベクレルという数字に拘って再利用できるものをそうせず、被災地域の復興を遅滞させることは責任ある政府の政策とはいえません。
被災地域復興のためにはなによりも住民の皆様方の帰還が欠かせません。避難されている皆様方が安心して、もとの地域で生活できるよう除染を行うことは、これは政府の当然の責務と考えております。




