恐怖の親子丼――?
そして俺は……また目を覚ます……。
明るい部屋でハッと目覚めた――。
勢い余って、足で蹴っ飛ばしたのが……コタツの足だったのに気付くのに数分を要した……。
「あなた……、寝てたの?」
「はっ! ここは? ……まさかの、夢オチか!」
コタツに入り、座椅子に座ったまま俺は……。ウトウトしていたらしい。
「……はあ? なに寝ぼけてるのよ。それより、早く食べないと冷めちゃうわよ、夜食――」
――あなたの大好きな、親子丼――。
目を見張った。
回転する丸ノコ、首を折られて捨てられる雛、食用に加工される廃鶏……。あれは全部……夢だったのか?
いいや、そんなハズはない。
目の前に親子丼が湯気を立てているのを見て確信する。あれは、鶏達の訴えだったんだ。この親子丼は、
――俺が御飯の上に乗っているんだ――
転生してブロイラーになっていた俺が――
今、俺がしないといけない事……。目を閉じて思い起こす。
「……いただきます……」
両手を合わせて丁寧にお辞儀をすると、丼を持ち口へと寄せる。湯気と共にいい香りが嗅覚を奮い立たせる。
一口食べると、卵の甘みと出汁の染みた柔らかい鶏肉の旨味が口一杯に広がり、涙が流れた――。
「ううう……まい、うまい、本当にうまい!」
数年ぶりに食べたような錯覚に陥る……。親子丼の美味しさと熱さに、涙と共に鼻水が溢れ出るが、もう食欲を抑えられない――。箸を止められない!
トウモロコシよりも格別にうまい!
この世にある全ての食べ物で、一番うまい!
丼に口を付け、流し込むように親子丼をむさぼる俺の姿を、妻は呆れた表情で見ていた。
「大好物だからって、オーバーねえ。ゆっくり食べないと血糖値上がるわよ?」
「うま過ぎる……ありがとう。ありがとう!」
本当に――ありがとう!
「そんなに好きなら、生まれ変わったら、「親子丼」に……」
ゴクリと飲み込み、箸がピタッと止まってしまう……。ヒヨコと鶏の鳴き声が鮮明に頭の中に響き渡る……。
ピヨピヨ。
「い、いや……お、俺は……」
鼻の奥がツンと痛くなった……。涙が目から頬、そして顎へと伝い落ちる……。
「俺は、生まれ変われるのなら……鳥になりたい。大空を飛び回る大きな翼を持った……」
自由に飛び回れる、大きな翼を持った鳥――、
「――ではなく、人に食べられるためだけに……生まれて、寿命をまっとうせずに出荷される……ブロイラーに、俺はなりたい……」
今は……なぜかそう思う。
親子丼をこんなに美味しく食べているだけでは……その報いを、いつか人は受けなければならないのだ……。
鶏だけではないんだ。
他の生きるもの全てに感謝し、いつかは変わってその報いを、受けなければいけないはずだ……。
――転生してブロイラーになる日がくるんだ――。
「なにそれ? 変なの~」
妻は隣で缶ビールの蓋を開け、一緒に置いてあった、鶏皮の唐揚げを頬張りビールで流し込んだ。
「……俺にも一口くれよ」
缶ビールを妻の手から受け取る。
心地良いシュワシュワとした音と共に、噛み砕かれた鶏肉と卵が胃袋へと運ばれて、代わりにゲップを口から吐き出した。
「ごちそうさまでした……」
……?
ふと隣をみると、妻が缶ビールを片手に握ったまま、ウトウトしていた。
ファンヒーターからは、生暖かい風が吹いていた。
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