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雌鶏だらけ

「コーコーコーコー」

なんとしても雌鶏を演じなくてはならない。

ミッションスタートよ!

 恥ずかしいけど、見て! エイ!

「んん?」

 またしてもヒヨコに転生した俺は、おっさんが一羽ずつ雄雌の確認を行う時、持っている全ての力を肛門へと込めた!

 すると、今までいた所とは別のケージへと放り投げられたのだ!


「ピヨ!」

 痛い! ちょっと~! 乱暴にしないでよっ!

 ワザとおネエ言葉を使って……辺りを見渡すと……。


 ――やった!

 ここはまさに、夢にまで見た雌ゾーンだ! まさにハーレムだ!


 見たところ、全部ヒヨコで雄雌なんて全く識別できない……。まあいい。数週間後には……俺は……。

 ウフフ! 笑いが止まらないわ~!

 数百人の超ハーレムだわ~! ウフフ!


 いや待て、なんかがおかしい――。


 雄と比べると、餌争いもまったくしないし、喧嘩もしない雌。そんな中で生活していると、自分も大人しい性格になったのを感じえない。

 それに……トサカが大きくならない。首を振ってみても、頭の上でユッサユッサと振れていたあの感覚が全くないのだ。

 体も……丸みを帯びているのが分かる。そして、すっかり大きくなったのに、「コケコッコー」と鳴けないのだ。

「コー、コーコーコーコー」

 周りの雌と同じ鳴き声しか上げられない。


 ひょっとして私は……転生して、――本当に雌鶏になってる?


 ――ガタン!

 キャ!

 女子のような悲鳴を上げてしまった……。


 工場から違う場所へと移された。出荷されるのかしら?

 そこは明るいビニールで覆われ、冬だというのに凄く温かい。そしてなにより、昼と夜が区別されていた。

 完全個室……。餌を取り合うことも必要なく、自分専用のレーンに沢山のトウモロコシとヌカと……貝殻粉や食べた事のない色んな種類の餌が山盛りにされる。まさに御馳走!


 美味しい。トウモロコシが……大粒でプリプリで、すっごく美味しい!

 狭い集合部屋に詰め込まれ、糞で汚れたトウモロコシばかりをついばんでいたのに比べたら、ここはまさに天国だわ!


 雌の匂いが……網越しにプンプンしてくる!

 たまらない~! んん? これってガールズラブ? キャハッ! 頬が赤くなって胸がキュンとしてしまう。私って、採卵用の品種だったんだ!

 ああ~雌でよかった!


 ……雄だったら今ごろ……。

 どうなっていたのかしら……?


 毎日ご馳走を食べて、夜に眠れる快適な日々を過ごしていると……辛かった頃の事を忘れことができる。ああ、幸せ……。人間でいる時よりも……。


 クチバシで抜いたわけでもないのに、お腹の辺りの羽毛が……抜けてきた。悩みなんて……なに一つないのになぜかしら?

「コー、コーコーコーコー?」

 普通だったらお腹を守るために、逆に毛が生えたりするんじゃないの……?


 お腹の中で確実に大きく膨らんでくる塊……。お腹の内側からグリグリと外へと押し出してくるような感触。それも一つではない……。

 奥の奥の奥の方までお腹の中に卵が何個もあり……日に日に大きくなり、下腹に鈍痛が何度も走る……。


 ――卵、産むの、辛い――。

 いてて! いでででで~!


 裂けるような苦痛に目をギュッと閉じて顔をしかめる――。天井が歪み、思い出が……一つずつ姿を消すような激痛――!

 

 もうだめ! 死んでしまうかもしれない!


 ゴロン! コロコロコロ!

 ――で、出た! た、助かった――!


 お尻から産み落とされた卵がコロコロと網の下を転がり、餌置きの下へ姿を現す。


 はあ、はあ……。あんな大きな卵がお尻から出たの……。

 はあ、はあ、この、この激痛が……ま、まさか……、


 ――毎日、続くというの――?


 出産も……こんなにも大変なのだろうか? 男には我慢できない激痛だと聞いたことがあるわ……。

 餌を食べて……今日は早目に眠った。あの痛みを……今は一刻も早く忘れてしまいたかったのに……。


 来る日も来る日もその激痛を味わい――。

 幸せだった日々とは、一体何だったのだろうかと……強く後悔した――。


 私が産み落とした卵……。ちゃんと食べて欲しい……。

 すき焼きはちゃんと卵に付けて食べて欲しい。牛肉よりも、卵の方が美味しいねって……嘘でもそう言って欲しい!

 スーパーで買った卵を、冷蔵庫に入れるときにぶつけて割らないで欲しい! 割れたからって、流し台やゴミ箱に捨てないで欲しい。焼いたらまだ食べられるわ……。

 なにより……。勘違いして流し台のゴミを受ける三角コーナーに卵を割り、本来あるべきボウルの方へ殻を入れ、「あらら、やだ私ったら、なにやってるのかしら?」なんてドジっ子を演じないで欲しい……。


 そして激痛に耐える日々は続き、月日は流れた――。


 ここに来た時が冬だったから、次の冬を迎えて少し経った頃……。毎日の地獄のような痛みから、少しずつ解放されていったのだ。


 卵を産まなくてもいい日……「お休みの日」ができてきたのだ。

 今日は「お休みの日」なのが分かると、一日中のんびりとリラックスできた。その休日は私に、「よし、明日頑張ろう!」って気にもさせてくれた。

 卵を産むコツもだいぶ掴めてきた。激痛を耐えるのではなく、口を開けてハーハー呼吸をすればかなり軽減できるのにも気付いた。

 誰も教えてくれなかった私だけのオリジナルのテクニックよ! 言葉が通じるのなら、隣の子にも教えてあげたいんだけど、「コーコーコーコー」としか鳴き声を上げることができない。

 隣の子は、もともとは人間じゃなかったのかも知れないわ……。


 ガタン!

 急に私は人に掴まれると、沢山の雌鳥が詰め込まれたケージへと突然放り込まれた……。


 ――え? 意味わかんない。私はまだ、卵、産めるよ?

 毎日は無理だけど、まだまだこれから何年も生み続けることは出来るわよ?


 私のいた個室に……若いコギャルのような雌鶏が入るのを見て、ハッとした――。


 コスパ……。

 略してコストパフォーマンス……? もう、卵を毎日産めない私は……コスパで若いコギャルに劣るというの?

 見るとそのコギャルは、私が来た時と同じようにウキウキしながら沢山のご馳走を食べ始める――。


 ガラガラと私達が詰め込まれたケージが運ばれ始めた。


 ――や、やめて! 私はまだまだ生きていたいのよ! 

 卵を産むのが辛いなんて言わない! 美味しい餌を下さいなんて贅沢も言わない! だから、だから……!

「コー、コーコーコ―コー……」


 最後はやはり、出荷されるのか。


 私をミンチのように切り刻まないで欲しい……。いや……切り刻まれてもいいから……「この肉団子不味いなあ」とか「このドッグフード、食べないから捨てようか」とか、


「私を粗末にしないで――!」


「「私達を粗末にしないで――!」」



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