SOS信号
そして俺はようやく……
悪夢から目を覚ました――
記憶の断片を……。ジグソパズルのように繋げて思い出しながら……そっと目を開くと、目からは涙が流れていた……。
自室か? 電気は点いていないのか? 少しずつ目が慣れてくる……。ゆっくりと瞼が開く……。
「ピ……ピヨ?」
また薄暗い中に……、
俺はいた……。
――目の前には見たくもない巨大なヒヨコがたくさんいる……。ひっそりとした声とゴソゴソと動き回る気配で分かった……。
額に汗が滲んだ。
汗をかく鳥類……俺だけは、天然記念物なのかもしれないな……。
くそー! 気付いてくれ! 俺は、人間だ! 人間なんだ! その証拠に……。
「ピーヨ、ピーヨ」
なんもできねー。ピヨピヨしか言えねー! 悲しくて、辛くて……また涙が流れる……。
涙を流す鶏……俺だけは、天然記念物なのかもしれない……。
「ピーヨ」
冷徹な眼鏡を掛けたおっさん。こいつら、いつもマスクも帽子も被ってやがらねー。ロムスカみたいな顔しやがって! ……ロムスカって誰だ? もう忘れちまった……。思い出せない……。ここんとこ、記憶がどんどん曖昧になっている……。
人間の時だった記憶が――。
巨人兵のような大きな手で乱暴に握り掴まれて、全裸の俺を舐めるように見回す――。お尻をジーっと見られていると……めちゃくちゃ恥ずかしい!
こいつはド変態だ! ヒヨコに発情でもしてやがるんじゃねーか? 俺は♂だぞバカ野郎!
一通り見回して飽きると、俺の身長の何倍もある高さから放り投げやがる!
いってー! 俺らは……商品だろーが、もっと丁寧に扱え!
「ピーヨ!」
……悔しいが、俺らは……こいつらにとって、ただの商品に過ぎないのだ――。
餌置き場へと力づくで押し進む。ここから脱走するにせよ、また出荷を迎えるにせよ、食べなければ生きていけない! 体を大きくしなければ、他の奴らから餌を奪い取れない!
ここは戦場だ。生き抜くためには綺麗ごとやルールなんかを守っていられないのだ!
体の大きなヒヨコを押しのけて餌場へと顔を出し、邪魔をされる前に逃げ去る。それを繰り返していれば、いかに大きなヒヨコが強いとはいえ、わざわざ追いかけてまでは来ない。
少しずつだが俺も成長しているのさ。
まだまだヒヨッコだけどな……クスッ。
ヒヨコにできずに人間にできること……。それさえ出来れば、あのおっさんが気付いてくれるかもしれない。
特別扱いしてくれるかもしれない――。
思いだせ! ヒヨコの脳味噌をフル稼働させて! ――そうだ!
「ピピピ、ピーピーピー、ピピピ」
「ピピピ、ピーピーピー、ピピピ」
……?
気付いたか?
「ピピピ、ピーピーピー、ピピピ」
モールス信号の「SOS」!
しかしクソジジー! 見て見ぬフリだ。いや、熟睡してやがる! 眠って給料をもらっているなんて、いーい仕事だなっ!
ガタンと大きな音がして、地面が揺れ動く!
皆が一斉に驚きと、恐怖の鳴き声を上げる!
「「ピーヨ、ピーヨ!」」
どういうことだ!
まだ声変わりもしていないのに、俺達はもう、別の場所へと運ばれた。
生まれて二カ月も経っていないのに――。もう、出荷されたのだ――。
そういえば、今回俺達がいた場所は、前にいた所と比べて、狭かった……。歩き回ることも難しいぐらいに詰め込まれていた……。
ひょっとして、この前は……。
自撮り? 流行りの?
じゃ、じゃあ、今回は地鶏よりも、もっと出荷の早いブロイラーだったのか……。
別の工場についてからも俺は、必死に「SOS」を叫び続けたが……、まったく誰にも理解されなかった……。
吊るされて首を切断されるまで……、必死に「SOS」を叫び続けていた。
切られて首だけになっても、涙を流しながら叫び続けていた……。
首を切られているんじゃないんだ……。必要な部分から不必要な部分を切り離しているだけなんだ……。
人間は、どっちが必要な部分なんだろう……。




