表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/9

かえった俺

 体が縛られたように重い……。まるで両手を後ろで縛られ、うつ伏せにされているのかのようだ――。瞼に目ヤニがこびりついているのだろうか……。目を開くのに数分の時間を要した……。ゴオオゥーと低い唸り音が聞こえる。

 寒くはない。生暖かい風が頬をかすめる……。


 ここは……どこだ?


 夜の体育館を思い浮かばせるような薄暗い光景。高い天井には切れる直前のような水銀灯があり、ぼんやりと頼りない光を発している。


 ゴソゴソと動く物音に、視線を天井から戻すと――! 目の前に巨大な塊が立りはだかり、妖怪のように揺れ動いている。


 薄明りでも、見覚えのあるそのフォルム――、

 人間サイズの――ヒヨコ!


「ピヨ!」

 あまりの大きさと突然の出来事に驚き――、恐怖し後ずさりする。手が――出せない。声が出ない。大きなヒヨコ……ゆるキャラの着ぐるみか……? ピヨピヨと本物そっくりの泣き声を上げながら向きを変え、歩き去っていった。


 ……ホッとした。いくら可愛らしいヒヨコの着ぐるみでも、薄暗い中、突然目の前に現れるなよ。驚くだろ――。

 しかし……歩き去るその巨大なヒヨコは、着ぐるみとは思えないほど足がリアルに作られている。人の足よりも細く見える。いったい、どういう仕掛けなんだろうか……。


 立ち上がろうと地面に手が出すのだが……なんか、うまくいかずに体勢を崩してしまった。

地面に……手が届かないだと?

 かといって、金縛りにあっているってわけでもなく、身動きは取れる。その証拠に、両足に力を入れて踏ん張ってみると、ヒョイっと立ち上がれた。


 体に普段と違う違和感を感じ、足元を見たら……。足の指が――三本しか見当たらない――!


 そもそも、足が――普通の足じゃなくなっている。ガサガサの鱗のような物で出来ている! 肌荒れか……、冬の乾燥か……って、そんなレベルじゃない!


 ――これは……いったい、俺になにが起こったんだ!

 もう一度周りを見渡して、冷静に考える――。


 ここはどこで、いったい何がどうなったのか? 俺はついさっきまで、何をしていた?


 首を傾けて動かし、自分の体を確認する。大丈夫だ、どこも怪我はしていない。全身を黄色い羽毛のようなもので覆われているが、大丈夫だ、どこにも血や包帯などはされていない。病院のベッドでも、手術室でもない。

 ――黄色い羽毛? これはリアル羽毛じゃないか!


 ……落ち着け、落ち着くんだ俺。まずは現状把握だ。

 さっきから何度も考えようとしているのだが、全然考えがまとまらない。まったく集中できない。なにを考えようとしていたのかも……次々に忘れてしまう。


 ――そうか、これは着ぐるみだ。

 テレビのドッキリ番組のようなネタで、俺が睡眠薬で熟睡しているうちに無理やり着ぐるみを着せられ、ヒヨコの姿になっていた……っていうドッキリだ!


 だが、お笑い芸人でもない平凡な俺なんかを、そんな惨たらしいドッキリに陥れて誰が喜ぶというのであろう……。妻か?


 ……妻? ……平凡な俺?

 俺は……人間なんだ。……いや、人間なのか?

 しかし、この足はどういうことだ……。説明がつかない。まるでトカゲか爬虫類のような足に特殊メイクされているじゃないか――。

 思い通りに……動きやがる……。ローカル放送のドッキリ番組のくせに、金が掛かっている……。


 ゆっくり歩くと次第に……。

 一瞬前まで、なにを考えていたのかも、……す~っと忘れてしまった……。

 ここに来る前って……? ――やばい、思い出せない――。


「「ピーピー」」

「「ピヨピヨ」」

 五月蝿いやつらだ!

 周りには俺と同じように大きなヒヨコの着ぐるみを着せられて、ヒヨコの泣き声を巧妙に演じている奴らが大勢いる。その数は百人以上いるのではないだろうか。

 なにかを必死に地面から短いクチバシでついばんでいる。その姿は、誰がどうみても立派なヒヨコだ。

その演技力も……「まだまだヒヨッコ」だなんて思えない巧妙な演技だ――。


 近くの奴に、陥れられた今の状況を聞こうとするのだが……。

 声が……出ない。出せない。


「ピー」

「ピヨ?」

「ピーヨ!」

 出る事には出た……。


 ……嘘だろ……。

 これで、どうやってコミュニケーションを取ればいいんだ?

 さっきから……なにもしていないのに、妙に腹が減る。そして喉も乾く。脱げない着ぐるみ……出ない声……。歩いたらどんどん忘れるさっきまでの出来事……。


 認めたくはないが……ひょっとして俺は……。


「ピ―ヨ……。ピーヨ……」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ