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せめて、あの花が枯れるまで  作者: 甲末多紋大
8/14

ざまーみろ

 次の日、俺は駿河から聞き出そうとしていた。それは市松や熊田の為だけではなく、純粋に疑問を感じたからだ。表情の見えないメールでは、なかなか思うように話を切り出せないので、駿河を呼ぶタイミングを探していた。

 すると、俺の意思が通じたのだろうか、三時間目を過ぎた休憩時間に、駿河は上着のポケットに手を突っ込んだまま一人で喫煙所にやってきた。気分転換に来たらしい。

 そりゃ、あの密封されたような場所でずっとパソコンばかり見つめていたら、疲れるだろう。休憩の度に喫煙所に来ている俺達からすれば、喫煙していない人たちが可愛そうにも思えてくる。まぁ、身体に悪いという問題は抱えているが。

「なぁ、何で熊田のことを避けてるの?」

 突然聞いたからだろう、駿河は目を少し大きく開き、真っ直ぐに俺を見た。

「え、やっぱり分かったの?」

「駿河のことは、結構見てるからね」

 駿河は、少し視線を落とし、足元にある小さな石を蹴り始めた。

「私、あの人のこと嫌いなんだよね~」

 言葉は軽そうに聞こえたが、言っていることは重みがある。

「え、熊田を嫌ってる?」

「うん。市松さん並に面倒くさくて」

 市松並に面倒臭い……それって、相当じゃないか。俺は、駿河が蹴っている小さな石を目で追いながら、黙って話を聞いていた。要するに、よっぽど嫌いだと言いたいらしい。

 駿河は基本的に、ハッキリとしない男が嫌いらしく、駿河にとって熊田という男は、まさに嫌いなタイプに入るらしい。

「知り合い以上、友達未満で居て欲しいかな。友達以上にはなりたくない」

 熊田が最近、単なる知り合いの線を超えようとしていることに苛立ちを覚えているようだ。

 知り合い以上、友達未満か。本人が聞いたら傷つくような言葉を淡々と話す駿河の怖い一面を見たような気がする。素直なのか、ワガママなのか、超が付く程のドSなのか。ある意味、熊田のように気弱な性格にはピッタリのように思えるが、そんなことを言ったら、きっと怒るだろうな。

 どこまでが本音なのかは分からないが、あんなにいつも一緒に居たのに、そんなふうに思っていたのか? 女という生き物は皆、裏では何を思っているのか分からない生物だな。どうせ、俺も影でこんなことを言われているに違いない。あぁ、恐ろしい。

 俺は駿河の想いを聞き、どうしようか悩んでいた。それは、家に帰ってからもずっと続いていた。お前は市松並に嫌われている、と熊田に言ってやるべきなのだろうか。いや、言えるわけがない。熊田のようなタイプは、怒ると収集がつかなくなるかもしれず、追い詰めてしまえば自暴自棄に走りそうで怖い。それに、友達未満なんて可哀想過ぎるだろう。だが、このまま熊田が告白すれば結果は想像できる。振られた挙句、友達どころか縁を切られてしまいそうな勢いだ。

 市松に止めさせてみるか……。俺は市松に、熊田に止めるよう説得させようと思い、市松にチャットでメッセージを送った。

[高井]:思ったより状況が悪いかもしれないから、止めたほうがいい

[市松]:振られてもいいから告白するべきです

 何だ、こいつ。お前は熊田の母親か? 負けてもいいから向かっていくべきよ! と、泣き喚く子供の尻を叩きまくっている母親の姿が目に浮かぶ。駄目だ。市松に熊田を止めさせるなんて無理だ。他の方法を考えるしか無いだろう。

 結局、熊田も一方通行か。とんでもないことに巻き込まれてしまっているな。

 いやまて、熊田が駿河に一方通行ということは……。俺の表情に、不敵な笑みが浮かんでいるのが、頬辺りの筋肉の動きで分かった。

 熊田も俺と同じで、市松も俺と同じ。三人共一方通行になっているじゃないか。何だかあの二人に、「ざまーみろ」と言いたくなるな。

 それにしても、何だ、この、一方通行の連続は。何かに呪われているのか? 祟りか? 自然現象とは思えないような不運だな。

 俺から市松へと始まり、市松から熊田へと繋がる。そして、熊田から駿河へと。もし、駿河も一方通行なら、とんでもないことになりそうだ。嫌な笑顔だが、久しぶりに笑った気がする。一触即発。どこでどうバランスが崩れるか分かったもんじゃない。バランスが崩れれば一気に崩壊してしまいそうな。トランプで立てたピラミッドのような感じか。


 次の日の昼休み。俺は熊田とハローメイツの近くにある喫茶店で珈琲を飲んでいた。熊田を援護すればするほど切なくて苦しくなるが、この日はそこまで嫌ではなかった。別に、人の不幸は蜜の味とまでは思わないが、ある意味、同士と言おうか、変な友情めいた感情があった。さすがに、本人を目の前にして「ざまーみろ」とは言えないが。

 駿河の気持を聞いてしまった俺は、熊田にどうさせるべきか悩んでいた。放っておけばいいのだろうが、散々けしかけといて、今更何て言えばいい。だが、駿河が言っていたことを伝えるのだけは避けた。

「やっぱり、避けられている気がするんですよ」

 熊田は、やや下向き加減でそう言った。いつも下ばかり見ているので、これがいつも通りなのかもしれないが、落ち込んでいるようにも見える。

 思わず、うん、と頷きたくなるが、出来ない自分が情けない。

『熊田さんは鈍感だ』市松はいつもそう言っていたが、そうは思えなかった。現に、駿河が嫌っていることに気づいているではないか。とりあえず、それとなく止めてみるしか無いか。

「ちょっと様子を見たほうがいいかもしれないな」

「え、何故ですか?」

 熊田は俺の目を見た。俺は珈琲を上から鷲掴みにし、一口飲んで間を開けた。何て言えばいいのだろうか。言葉を選ばないといけない。

「――この間見ていてそう思った。止めた方がいい気がする」

 告白しろと焚きつけるのは簡単だが、止めろというのは結構難しいものだな。止めさせるだけの理由と根拠がなければ、説得力が無い。

 すると、熊田は大きく息を吸い、背筋を伸ばして俺を真っ直ぐに見た。目に力がこもっている。どうやら何かを決心したようだ。

 お、やっと諦めがついたか。そうだ、それで良いんだ熊田。駿河なんて諦めて、市松の方を向いてやればいい。俺はそう思いながら、俺を真っ直ぐに見つめてくる熊田に、称えるような笑みを送った。

「俺、勇気を出して告白しますよ、高井さん!」

「――はい?」

 何てことだ。この覚悟を決めた顔は諦めがついたのではなく、告白する覚悟だったのか。何でそうなるのだ。『告白しろ』と言ったときは、あんなにもどーこー言っていたくせに、『止めろ』と言うと『告白する』と言い出した。じゃ、最初にやめとけと言えば良かったのか? いや、今、告白しろといえば辞めるというのか……良く分からない奴だな。駿河が嫌いだと言った意味が何となく分かる気がする。

「お願いします、高井さん。俺に協力してください」

「振られるかもしれないぞ。いいのか?」

「振られてもいいです。好きと言えないままだと後悔しそうで」

 俺がこの間そういったときに、お前は何て言った? 振られるのが嫌だと言ったくせに。振られるだけで済めばいいが……。

 だが、これはこれでチャンスなのかもしれない。市松が熊田に告白するなら、振られた瞬間がベストだろう。市松にとっては、千載一遇のチャンスなのかもしれない。本来なら熊田を止めるべきなのだろうが、この決意を大いに有効活用させてもらうのも悪くない。熊田には悪いが、さっさと市松とくっつけて、早くこの状況を終わらせてしまおう。

「それで、俺は何を協力すればいいんだ」

「駿河さんを呼び出してください」

「つまり、告白の場を設けろということだな?」

「はい。俺が呼んでも来てくれないと思うので……」

 呼んでも来てくれない相手に告白するのか、こいつは。市松はヘタレだと言っていたが、いやいや、呼んでも来てくれない女に告白するなんて普通は出来ない。勇気がある証拠じゃないか。最初からこれくらい腹をくくっていたら、駿河も違った目で見ていたかも知れないのに。

「分かった。俺なりに協力させてもらおう」

 俺はそう言って残った珈琲を口に含み、一気に飲み干した。

 熊田の目は笑ってはいるのだが、どこか寂しそうな色を思わせている。まぁ、男がここまで勇気を持ったのなら、どんな結末であれ進むべきだろう。

 男の願いなんてあまり聞きたくないが、同じ男、同じ恋に悩む同士として、ここまで覚悟を決めた奴を放っておくなんて出来ない。出来るだけの援護射撃をしてやろう。

 さて、どんなシュチュエーションを考えてやろうか。どうせ告白するなら成功も視野にいれてやりたい。じっくりと考えてみるか。


 教室に戻ると、市松が待っていましたと言わんばかりに話しかけてきた。よっぽど熊田の情報が欲しいのだろうが、こんな気分のときにこいつの顔は見たくない。

「高井さん」

「何?」

 俺は、市松に対し苛立ちを感じ、それを隠すことはしなかった。

「熊田さんと話して、どうだったのかを……」

「熊田は覚悟を決めたみたいだぞ」

 口を開けば、熊田熊田と言いやがって。この女はいったい俺の気持を何だと思ってるんだ。そんなにも熊田が気になるのなら、いっその事、こいつの目の前で熊田に告白でもさせ、泣かせてしまおうか……。あ、それいいかも。

 俺はあることを思いついた。明後日の一月十五日は市松の誕生日だ。その誕生日に、駿河と熊田、そして俺と市松の四人で飯を食べに行き、その場で熊田が駿河に告白すればいいのだ。好きな人が違う女に告白するという残酷なシーンを、その細い目にしっかりと焼き付け、自分の不毛さを思い知りやがれ。

 そして、熊田が駿河に振られて落ち込んでいるところで市松が慰めて、そのまま二人で消えてしまえばいい。そうすれば、俺も晴れてこの呪縛から放たれるだろう。市松のことなんてキッパリと忘れ、次の相手を探せるというものだ。

 もし、仮に熊田の告白が成功したら……。いや、熊田が成功する可能性はかなり低いはず。どんなに雰囲気のいい店を選んだところで、もう手遅れだろう。熊田はきっと振られてしまう。市松の誕生日プレゼントに丁度良いじゃないか。落ち込んだ熊田にリボンでも着けてプレゼントしてやろう。何だか変なプレゼントだが、計画的には悪くないはずだ。まぁ、俺と駿河は単なる二人のコマになってしまうが。駿河には何か別の機会にでも詫びを入れるか。

「あのさ、十五日の晩は空けておいてくれ。四人で食事に行こう」

「え、私も行くんですか」

「当然だろう」

 俺にそう言われ、市松は動揺しているようだ。おおっと、いきなり思考停止状態か。目が斜め下を向いたまま動かなくなっている。だが、残念ながら、今は優しい言葉をかけてあげる気は無い。俺の完璧な計画を狂わせてたまるか。この狐女め。

「兎に角、決めたことだから、絶対に来いよ」

 そう言った時、授業開始のチャイムが鳴り、立ちすくむ市松を放ったまま、俺は席へと戻り、早速インターネットで店を探した。

 最高の告白を演出させるなら、夜景が見えて、雰囲気のいいレストランが良いだろう。海が見える所なんていうのも良いが、この学校からだと少し遠くなってしまう。近場で綺麗な場所を探すとするか。

 そんなことを色々と考えながら店探しをしていた。結局、この日も授業を聞いていなかったので、何を学んだのかさっぱり分からなかった。俺はいったい、何をしにここへ通っているのだろう。最近、分からなくなってしまっている。


 そして、一日の授業が終り、俺はいつものように喫煙所へと向かった。帰る前に一服するのも日課になっている。レストランを予約していたせいで少し遅れてしまったが、帰る前の一服は省くことはできない。鼻歌を歌いながら、俺はエレベーターで一階へと降りた。

 すると、一階ホールに、先に教室を出て行ったはずの市松が立っていた。何をしているのだろう。俺はそう思いながらエレベーターから出ると、市松は俺の顔を見て、またあの作り笑いを浮かべた。どうやら俺を待っていたようだ。珍しい。

「どうした、もう店は決めたぞ。イタリアンだけど良いよな?」

「あの~、私、一五日は行けません」

 一階ホールの光が市松の目に反射しているからなのだろうか、少しだけ潤んでいるようにも見える。

「は? 何だよ、急に」

「土曜日に行き先告げず出かけたときも、親に軽く怒られたし、薔薇が家に届いてから、親に疑われ始めてるんですよね」

「親に?」

 市松は、親に怒られ、何かを疑われているからなどという意味の分からないことを言い出した。あと数日で二十六歳になる女が親に怒られるって、どんなお嬢様だよ。よっぽど頭を捻った断り文句がそれなのか、それとも、俺には理解できないような世界で生きているのか。俺は、次に何を言って良いのかが分からなくなってしまった。

「だから、何だって言うんだよ」

 言葉が上手く出てこないせいか、少しだけ語気が強くなる。

「よりにもよって誕生日はちょっと……。だから一五日は勘弁です」

「――そっか。じゃ、日にちを変えよう」

「私が居なくても、熊田さんは告白できるじゃないですか」

 市松の声が冷たいホールの壁に響いている。そのせいなのか、声の色が怒っているようにも聞こえてきた。恐らく、今のが本音なのだろう。なるほど、市松は目の前で告白させることを察知したわけか。なんて勘の鋭い女なんだ。俺の計画なんてお見通しってことか。

「違う。全然違う。分かってない……」

「私が居ないほうが話しやすいだろうから、三人で楽しんでください」

 完璧だと思っていた作戦は、市松の直感力によって、あっさりと潰されてしまった。

 確かに、目の前で告白させるなんて酷い話なのかもしれない。だが、振られて落ち込んでいる熊田を慰め、距離を縮められるチャンスだというのに、こいつは逃げるつもりなのか。熊田をどうにかして欲しいという市松の願いに答えようと、ピエロを演じ続けていたのに、何なんだいったい。俺は無性に腹が立ってきた。

「そもそも、お前が俺に頼んだことだろ。今更何を言ってんだ」

 苛立ちが、言葉を選べなくさせている。市松を攻める言葉しか選べなくなっていた。

「私からお願いしてるのに無理でごめんなさい。薔薇もすごく嬉しかったし、他人のことなのに高井さんが仲介してくれようとしてくれて本当に助かってます。高井さんにばっかり負担かけてごめんなさい」

「お前はいったいどうして欲しいんだ。折角、色々と考えて……」

 そう言いかけたとき、市松の目が潤んでいることに気づいた。光の反射だけじゃない、明らかに涙をこらえている。膨れた涙袋で何とか涙がこぼれずに済んでいるように見える。

 俺は怒りが一気に冷めた。熱くなっていた頬が、外気に冷やされていくのを感じる。

 他人のこと――。そうか、俺は単に市松が好きというだけの他人だったんだ。何をのぼせ上がっていたのだろう。友達でも恋人でもないのに世話を焼いて、上手くいかない恋の八つ当たりをしていただけじゃないか。

 冷静に考えてみると、俺は市松に対して酷いことをしようとしていたんだな。目の前で好きな人が違う人に告白するところなんて、俺だったら見たくもないし、聞きたくもない。何て馬鹿なことをしようとしていたのだろう。

 市松は強い女だと勝手に思っていたが、本当はとても弱く、傷つきやすいのだと、今頃になって気がついた。

「……悪い。気付かなかった」

「私の方こそ、ごめんなさい」

「分かった。レストランはキャンセルしておくよ。安心してくれ」

 俺はそう言って、市松の横を通り過ぎ、その場を離れた。

 結局、俺の計画は全て台無しになった。また一から考えなくてはいけない。市松がどう言おうと、熊田と約束したわけだし、このまま『辞めた』なんてことはしたくない。

 駿河に、熊田と三人で~、なんて言えば、首を縦に振るとは思えない。多少強引に誘えば何とかなるかも知れないが、それは違うような気がする。それに、三人なんて気まずくて嫌だな。いっそ、関係のない誰かを誘ってみようか、とも考えたが、関係ないやつを目の前にして告白されるなんて駿河も嫌だろう。兎に角、もう作戦は使えない。他の方法を考えるしかないだろうな。

 俺は、喫煙所でたばこを吸いながら落ちゆく夕日を見ていた。騒がしい人達を見ていると寂しくなる。けれど、あの中に入る気にはなれない。俺は、精一杯息を吸って目を閉じた。だめだ、考えるのが面倒すぎる。そう思っていると、喫煙所に甲本がやってきた。また佐藤と一緒だ。何でいつも一緒に居るんだ。

「ちょっと、高井と話があるから、コンビニで珈琲を買ってきてくれ」

「あ、は~い」

 俺は目を疑った。あのクラス一気が強そうな佐藤を、甲本はいとも簡単にパシらせている。しかも、佐藤が『は~い』って……。あんなにも可愛らしい返事をしているところなんて見たことがないぞ。何なんだ、甲本は猛獣使いか? 

「また悩んでるのか。飽きない奴だな」

 甲本はそう言いながら、タバコに火を付けた。吐き出す煙には、鼻歌が混ざっている。きっと機嫌が良いのだろう。

「え、どうして分かるんですか」

「お前は分かりやすいからな」

 いや、俺のことなんてどうでもいいから、佐藤のことを全て話せ。どうやってあの猛獣を手なづけたんだ。その秘伝を伝授してくれたら、俺の悩みなんて一気に解決できるぞ。

「佐藤さんと付き合っているのですか?」

 俺がそう言うと、甲本はフッ、と鼻で笑いながら、タバコの煙をゆっくりと吐き出した。

「付き合っているかなんて、どうでもいいさ。惚れた女を幸せにしたい。それだけだ」

 なんだ、何が言いたいんだ。俺の質問に対して答えてないじゃないか。だが、相変わらず言うことが重い。メモでも取っておきたくなるような言葉だな。そのタバコを楽しんでいる顔とは合ってないような気もするが。

 確かに言われてみれば、そうかも知れない。付き合うことにこだわるのは、結局、自分の所有物のように扱いたいと思っているからだろう。一番重要なのは、好きな女が幸せかどうか、ということか。

 惚れた女の幸せ……、か。俺の悩みを全否定するような言葉だな。

 俺は自分の恋が叶わないからと、いつの間にか市松を傷つけていた。好きになった女の恋くらい見守ってやれないなんて、なんて心の狭い男だ。あ~、自分が嫌になる。顔の皮を全部剥がしてしまいたいような気分だ。

 そして、佐藤が戻ってきた。二本の缶コーヒーを、両手の平で遊ばせるようにしながら歩いてくる。

「はいどうぞ、高井君」

 佐藤は、俺の分も珈琲を買ってきてくれていた。

「ありがとう、佐藤さん」

「何だか知らないけど、元気だしてね」

 なんていい女なんだ。たった一本の珈琲が、とても優しく感じられる。よく見ると、確かに幸せそうな顔をしているな。羨ましい限りだ。

「じゃーな、高井」

 甲本は灰皿でタバコをもみ消し、佐藤と一緒にその場を離れた。

 好きな女の幸せ、か。何だか分かる気がした。

 結局、原点に戻るな。俺は土城で過ごした市松との時間を思い出した。あの日感じた、あの気持。自分の想いを抑えてまで熊田の応援をしたいと言った市松の目を。そう、それでいいんだ。アイツが幸せと思えれば、それでいい。

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