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せめて、あの花が枯れるまで  作者: 甲末多紋大
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 今日、俺はこの職業訓練校を後にする。本当なら半年間の訓練だが、ある理由から、毎日が昨日の続きの続き、そのまた続きのように感じ初め、今日が何曜日かさえも分からなくなってしまっていた。そうなるともう、何を訓練しているのかさえ分からない。

 残り最後の時間。あと少しでこの抜け切らない毎日と距離が開けられるのだと思うと、少しは気が楽になってくる。

 パソコンのモニターに目をやると、オープンチャットに誰かが書き込みをしていた。

[野中]:もう四ヶ月も経ったのか。早いな~

 講師の枯れ声に上手く調和しないキーボードを叩く音が聞こえてくる。そのメッセージに続き、みんなが思い出話を始めだした。あちこちからキーボードを叩く音が響くせいで、講師が少しムッとした顔を見せたが、思い出話を止めようとする者は居なかった。

[堀井]:高井さん、四ヶ月間ありがとう。何か寂しくなる

[甲本]:高井は今日までか。喫煙組が消えるのは確かに寂しいな

[吉田]:またご飯に連れて行ってくださいね

[佐藤]:いいな~、私も連れて行って。回らない寿司でいいよ

[熊田]:僕も

 気の早い奴等が、そうメッセージを書き出す。まだ時間は残っているのに、それは早過ぎるだろう。俺はそう思いながら、皆と同じようにキーボードを叩いた。

[高井]:いつでも会えるじゃないか、皆近いんだし

 話は次第に男女の恋話にまで発展しだした。誰が好きだとか、誰と誰が怪しいとか。平均年齢が三〇歳近い奴等の会話とは到底思えないような内容だ。

 俺は、その文字達を見ていて、どうか俺の話しは出さないでくれ、と願っていたが、そうは問屋が卸さないということか。思った矢先に野中が触れてきた。

[野中]:ところでさ、高井と市松って付き合ってたの?

 あぁ、何で触れるかな。俺はモニターから視線を外し、冬の終わりを告げる優しい陽射しが差し込む窓を見た。もちろん、返事はしたくない。するワケがない。出来ることならそのまま流れてくれ、そう思っていたのだが、話題は俺の気持ちに関係なく、どんどん盛り上がっているようだ。モニターを見なくても、奴等が叩くキーボードの音とにやけた顔がその証拠だろう。

「市松ねぇ……」

 俺はため息と一緒に小さな声でそうつぶやいた。

 市松のことは、思い出したくない。本当は、一日足りとも忘れたことなど無いのだが、自己愛が記憶を消そうと必死になっている。

 結局、俺はこの訓練校で色々なことを学び、悩まされた。一番悩まされていたのが、就職やプログラムがどうこうよりも、市松に対する恋心だった気がする。

 もし、あの時の気持ちがもう少し控えめで、あの時の言葉が足りていたら、俺はずっとこのクラスに居たのだろうか。そう考えてみたところで、もう時間は戻せない。細雪のような恋はヒラヒラと風に舞い、受け止めた手の平で静かに溶けていった。


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