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疑似餌  作者: 天川ひつじ
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第二話

俺は、希少種の生まれだ。


昔は希少でも何でもなかったらしい。

基本的に徒党を組んで対峙する戦闘スタイルで、頭脳による連携で他種族と対等に渡り合っていた種族だ。


ただし、個体で見ると、他種族よりも明らかに劣勢だった。

それが知られて、他種族の狩の対象に成り下がった。

秀でた知識と知恵でしのいできたけれど、限界が来た。急激に数を減らし、希少種となった。


俺が生き残って来れたのは、小さい頃に偶然保護してくれたのが種族内で相当強いグループだったから。物心ついた時には、彼らを家族として過ごしていた。

彼らは、珍しく個体での戦闘能力もそこそこある冒険者たちだった。


だがある時、決断がなされた。生き延びるために、他の大陸に移動するしか道が無い、と。

住んでいた場所から、目的の場所までは、海を渡らないといけなかった。

海を行くのは危険が高すぎた。生存できる可能性が無いという事だった。

冒険者である彼らは、大陸と大陸を結ぶ地下迷宮の表層部を移動する事にした。

表層部ならば、彼らの戦闘能力では問題がなかったのだ。


けれど、気が付けば。

俺はその迷宮の移動中に、取り残されていた。

何があったのかは覚えていない。

ただ、気が付けば、土だったはずの周囲が、赤黒くぬめる壁、堆積した何かでできた道の延びる空間に変っていた。


子どもだった俺は酷く怯えた。

他の皆の姿はない。

落ちてはならない穴に落ちたのかと思った。声を出すと危険だと本能が告げた。加えて、留まる事もまた危険だ、動かなければ、と俺は思った。


上に、戻らなければ。少しでも上に。

迷宮は、地下にある。出口も全て上にある。戻らなければ。潜ってはならない。潜れば潜るほど、恐ろしい生き物が潜んでいると知っていた。


けれど、どちらが上なのかさえ分からなくなった。道は一本のみ。前に向かうか、後ろに向かうか、ただそれのみ。後ろを酷く恐ろしいと思った。どちらが正解かなど分からない、ただ、一点に留まりたくない一心で前に進んだ。這い進んでいるうちに通路が広がり、立って進むことができるようになった。だからこの道で良いはずだと、言い聞かせた。


そこで、出会ったのだ。


希少種と言われている自分と同じ種族の人を。

冒険者で休みを取っているのかと思った。

その人はすぐに俺に気が付いた。

「迷子か」と尋ねた声は、女のものだった。


髪が異様に長かった。髪の長さに気づいたら、服がすいぶんボロボロになっているのにも気が付いた。異様なほどに、汚れていて、異様なほどに破れていた。それなのにその人自身には傷が見えなかった。それは異常を感じさせるのには十分で、俺は怯えた。

だが、かけられた声にどこか安堵もして。


俺が頷くと、その人は立ち上がった。

「ついてこい。表層まで案内してやろう。・・・ただし、私に一切触れるな」


ついていっていいのだと、俺は思った。

触れてはならないのは、きっと、破れた衣服のせいだろう。


***


その人の後を、長く歩いた。

俺が疲れて立ち止ると、その人は数歩先で静かに振り返り、「止まるな」とでも言いたげにじっと見た。

止まると命の危険があると知らされているようで、その度に自分を鼓舞して足を動かしてついていく。


そのうち踏みしめる道が、グニュグニュしたものから、土になったことに気が付いた。

きっと表層部に近づいている。

俺はその事実に安心し、目の前の彼女を信頼し始めていた。


地上の匂いと、地上からの光が差し込む場所まで導かれて、俺は嬉しくて、初めの言葉などすっかり忘れて、感謝の気持ちで抱き付いた。種族内の親愛の気持ちの表し方だったのだ。

途端、ものすごい拒否反応があった。

「触るなと・・・!」

声と共に、ドン、と両肩を突き飛ばされた。けれど同時に、突き飛ばした手が飛んでいく俺の身体を引き寄せた。腕からいくつもの細い線が湧き出すように現れた。酷く細かい線なのに、先端すべてに歯を生やした口があるのが見えて。ただ一瞬で理解した。

殺される、と。

喉元にグスリ、と音を出すように何かが突っ込まれた。内側から直接たくさんの突起が刺さる感覚があった。麻酔が入っているのか、刺さった感覚はあるのに痛みは無くて、けれど、辛くて。

案内してくれたその人が、苦しそうにしながら、逃がそうとしてくれているのに、捕まっていて。


だから、触るなと、教えてくれていたのにー・・・。


***


奇跡的に、俺は助けてもらえた。

異変に気づいて、地上から飛び込んできてくれた見知らぬ冒険者に。

命を繋ぎとめるための簡易的な措置をされて、肩に担がれて。

意識が薄れそうになるのを、見なくてはと、必死で探して、その人を見た。


ボロボロになって、茫然と、座り込んでいた、同じ種族の彼女。


助けてもらいたがっているのは、きっと彼女の方だと、子どもの時の俺は思った。


生き延びていた、家族同然のメンバーの数人と合流できた。

内部から食われ始めていた俺の身体はすぐに回復できなかったけれど、徐々に力を取り戻した。


元の能力以上に、力が欲しいと俺は思った。

俺を助けてくれた冒険者に無理をいって留まってもらい、修業をつけてもらった。


彼女を開放したいと、強く願った。


俺の誓いを、師匠になってくれた冒険者は呆れて笑う。

「アレは、どうやっても救えないぞ。闇の迷宮の中の、唯一の光への導き手。それでいいじゃないか、なぁ?」


とてもそんな風には、思えなくて。

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