縮まらないその距離に
どうも、緋絽と申します。
短編です。どうぞ!
その機会は、何度もあった。それを何度も俺自身が見つけたし、相手も気づいていたと思う。でも、それでも、その“何度も”を、何度も、俺達は見逃した。
初めは、まだ早いんじゃないかと思って。次からは、気恥ずかしくて。近頃は、もう遅いんじゃないかと、考えて。
わかってる。ぐずぐすしていた俺が悪い。だけど、そうやって接したことがないから、タイミングを見誤ったんだよ。
俺達は、友達だったから。
いつも通り、二人で帰っていた。二人で帰るのは、付き合い始める前からよくあったことなので、もう慣れている。ただ、そこから先になかなか踏み込めないだけで。
「でね、私クラスの男子に頭小突かれちゃったの。ひどくない!? 暴力反対!」
あ、と思った。小突かれた。そこに、チリッときた。付き合い始めてから簡単に頭も触れなくなった俺にとって、それは十分嫉妬に値する出来事だ。いや、そうでなくても。
でも俺は、そう考えているのを察されないように、笑い返す。
「いやいやそいつは正しい。お前は正真正銘のあほだ」
俺の笑顔に、彼女がふとその笑みを薄くする。しかし、一瞬でまた取戻し、また話し出した。
「そういえば、後輩にイケメン君が入ってきたんだけどさ、もう笑顔とか超かわいいわけ。あれはね、周りが光で包まれてるよ。その上礼儀正しいもんだから、もう、これ以上ないくらいいい男だと思ったね」
「ほーん」
あーそ。俺といるときに他の男の話ですか。いや、世間話とはわかってるけどな。前はこういう話で盛り上がってたもんな。……わかってる、これも嫉妬だ。
さすがに相槌一つじゃまずかろうと言葉を続けようとして、隣にあいつがいないことに気づく。慌てて後ろを見ると、あいつが立ち止ってこっちを見ていた。
「どうした?」
「……ねぇ、私たちの関係って、何?」
「へ?」
少し吊り上った目が、潤んだように見えた。
「つきあってるんだよね?」
「あ……まぁ……」
改めて突きつけられると、恥ずかしい。俺は目を逸らして頷く。
それが、いけなかったらしい。
「だったら、何で、怒らないの! 何もしないの!?」
急に爆発した彼女に驚く。
すでに目いっぱいに溜めた涙をこぼさないように、彼女が少し空を仰ぐ。
「……彼氏なら、他の男の話なんかするなって、怒るもんでしょ。手くらいつないでくれるでしょ!?」
震わせないために固くなった声音と、その不安気な瞳が、相反していた。そうだ。こいつはいつも、何かを我慢する奴だった。それが、涙を見せるぎりぎりまで、追い詰められている。
「そ、れは……」
「私は嫌だよ。他の子と喋ってるの、面白くない。あんたは、違うの? …………もしかして、私のこともう好きじゃないの?」
ふ、と彼女が息を吐く。それが少し震えていて、泣かせてしまったんだと罪悪感が湧き出てきた。
答えなきゃと思うのに、うまく言葉が出てこない。もどかしい。
「もう、嫌いになっちゃった?」
そう言った、彼女の顔がくしゃりと歪むのを見て、俺は動いていた。その涙が零れ落ちる前に、そっと引き寄せる。頭を撫でると、彼女は堰を切ったように泣き出した。
「違う。むしろ逆だ。他の男の話なんかするなって、手つなぎたいって、ずっと、思ってた」
ごめん。意気地のない男でごめん。うまく言えなくてごめん。まだ距離をうまく測れなくて、それで前より遠くなってごめん。謝るから、どうか泣かないで。
「もしかして、嘘だったのかなって、思ったじゃない。あんたなんか嫌いだ、一昨日きやがれこのヤロー」
「ごめん。面目ない。だけど好きでいてくださいこのヤロー」
バーカと彼女が舌を出す。
「あんたが、好きでいてくれるなら、考える」
我慢強い彼女は目元を拭って顔を上げる。
OK、それなら自信がある。
俺はそっと、彼女の手に、指を絡めた。
御読了ありがとうございました!!