私の走る意味5
その日は珍しく顧問がやる気で陸上部の練習は夜の九時まで続いた。
遅くなるからカバンは練習の休憩中にとりに行った。練習が終わってからじゃ学校は閉まっているだろうから。その時教室にいたサカキにも今日は部活で遅くなることを伝えた。
「今日の練習辛かったね」
隣でマユがへばっていた。
「そうだね。急に顧問がやる気出すから。一体何があったんだろう?」
「わかんないけど、でもラストに二十キロも走らせるの勘弁してほしいな。おかげでもう足ガクガクだよ」
「私も立ってるので精一杯だ」
「よーし。今日はここまでだ。各自気を付けて帰宅するように」
そういって顧問は職員室に戻っていく。きっとこれから帰り支度をするのだろう。
「くそ、テツオめ。呪ってやる」
隣でマユが顧問に向けて何やら怪しげな念を送っていた。ちなみにテツオは顧問の名前だ。
「もういいから早く帰ろマユ。お風呂入ってベッドに飛び込みたい」
「賛成。私も早くお風呂入りたい」
その日は私たちは制服には着替えずにジャージのまま帰った。拭いたとはいえ、かなりの汗をかいたから制服に着替えるのははばかられた。
途中までマユと一緒に帰り、分かれ道でまた明日といって別れた。
私は家まで耳にイヤホンを付け音楽を聴きながら帰った。
家まであと五分くらいのところで私は不意に後ろから口を押えられた。
突然のことで頭が回らなかった。何が起きたのか考える前に右腕に鋭い痛みが走った。
「っ!」
右側を見ると暗闇に少しだけきらっと光る長い棒のようなものが見えた。おそらく刃物だ。
痛みが走った右腕は切り付けられ血が出ている。
口を押えられているので声を出せない。すごい強い力だ。腕を払いのけようとするがびくともしない。声にならない悲鳴を私は上げる。
怖い。怖い。怖い。
なんでこんなことになってる?私何かしたっけ?誰なのこの人。どうして私なの?
やだ。怖い。怖い。怖い。誰か助けて。
恐怖は加速して私はだんだん正常な判断ができなくなる。
変質者はどんどん私を切り付ける。
腕。背中。尻。足。
私は切られるたびに声にならない声を上げる。
痛い。怖い。助けてほしい。誰か助けて。私このまま死んじゃうの?いやだ。怖い。誰でもいい助けて。サカキ!
急に足に力が入らなくなった。どうやら変質者は私の足の腱を切ったようだ。
私は自分で自分の体が支えられなくなり倒れこむ。
倒れ込むとき一瞬変質者の手から口が離れる。
私は大声で助けを呼んだ。
変質者は慌てたように私を蹴り飛ばし、そのまま夜の街に消えていった。
私は恐怖から解放され、改めて体中から痛みを感じる。
しかし、緊張の糸が切れて私はそのまま気を失ってしまった。