私の走る意味4
ほとんどの部員、というか私以外の部員はカバンを部室に持ってきていて、部活が終わるとそのまま帰る。でも私はいつも教室にカバンを置いてきてる。だから今日もカバンを取りに教室に戻る。
なんでわざわざこんな面倒なことをしているのかというと、放課後の学校が好きだからだ。
生徒のいなくなった学校。静かで、昼間とはまるで別世界のようだった。遠くからはまだ活動中なのか吹奏楽部の演奏がかすかに聞こえてくる。
夕日が差し込み幻想的な雰囲気の教室の中、彼はいつも通りに本を読んでいる。
その横顔はいろいろな表情を私に見せる。笑った顔、難しそうな顔、真剣な顔、泣くのを必死にこらえているような顔。どれも放課後にしか見れない彼の顔。
私だけが知っている彼の顔。
そう考えるだけで私はちょっとした優越感に浸ってしまう。
ひとしきり彼を眺めた後私はわざと音が出るように机を動かしながらカバンを取る。
そうすると彼は私に気付いてくれる。
「ああ、ミサキか。今帰りか?」
「うん。部活少し早目に終わったんだ」
「そうか。じゃあ帰るか」
「うん」
サカキも帰り支度をして一緒に連れだって教室を出る。
私がいつも教室にカバンを残しているのはこうしてサカキと一緒に帰るためだった。
帰り道私は陸上で百メートルの選手に選ばれたこと、二年生で選ばれたのは私だけだったことを話した。
「すごいな。ミサキはどんどん上に行くな」
サカキは嬉しそうに笑ってくれた。
私はそれだけで十分頑張ったかいがあった。
「そんなことないよ」
「いや、謙遜することはないだろ。ずっと努力してきたことを俺は知っている。だからむしろ胸を張って誇っていいんじゃないか?」
「そんなことしてたら嫌味に聞こえそうじゃない?」
「いいじゃないか。実際に頑張った結果なんだ。誰だって口出しできないさ」
そういってサカキは笑いかけてくれる。
「ありがと。サカキが褒めてくれるなら頑張ったかいがあったよ」
「なんで俺なんだ?」
「だって私の走りを初めて褒めてくれたのはサカキだからね。だから私はずっと君に認められる走りを目指してきたんだよ」
「それはそれは。知らない間に重い役をおわされたみたいだな」
「責任重大だよ」
「任せろ。だが、俺は理想とする走りには妥協しないぞ?」
「大丈夫。絶対に認めさせてみせるよ」
「ではこれからの成長を楽しみにしていよう」
「うん。任せといて」
こんな風に私たちはいつも中身がないような会話をしながら帰宅する。
話していて気持ちが楽で、楽しいひと時だ。
私はこんな日々がずっと続けばいいのにと心の中で思った。
そして、漠然ときっとこの先もずっと続くものだと信じて疑わなかった。
でも私の両親が急に事故で亡くなったように、サカキの家がいきなり燃やされたように、日常はいつだって突然崩れ去る。
事件が起きたのは夏の大会の一週間前だった。