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夢食いと愚者  作者: 根谷司
≪断罪者≫編
25/37

暗き眼光~起編

 光峰青依(みつみねあおい)


 小学校の頃に会っていたとはいえ、小学生と高校生では大きく隔たりがあり、勿論だが人が変わり行く生き物である以上、見違える。といっても俺は小学校の頃のそいつを覚えていないが、それでも、少なくともこんなやつでは無かっただろ、と思わず文句を言いたくなった。


 見た目は、そこはかとなく春香に似ている。鋭い目つき、長い黒髪。白い肌。と、特筆すべき要所要所が春香と同じなのだが、敷いて違いを述べるのであれば、そいつは春香と違って、見た目に攻撃力があった。


 春香も目つきは鋭いが、その鋭さは猫のようなもので、可愛いらしさがある。対して光峰は、邪魔するモノは切って捨てる、とでも語りだしそうな目をしていた。


 長い黒髪もポニーテールに結われ、春香のような柔らかい印象はなく、どちらかと言えば冬月のそれに近い、真面目なOLのような印象がある。


 そして背が高い。態度もでかい。愛野とは違う方面で口うるさい。


 それが、そいつとの再会の印象。


 ――私は貴様を認めない。


 邂逅一番がそんな台詞だったせいもあり、ともかくとして俺からみたそいつの印象は、攻撃的な女、だった。




 翌朝。


 目覚め、最低限の支度をして、朝食のために居間へ向かう。


 愛野は勿論、おっさんも昨日のうちに帰った。


 だというのに。


「おはよう」


 きびっとした朝の挨拶が、居間に入った俺の脚を止める。


 まだ朝食も済ませていないというのに学校の制服、しかも俺が通っている高校のと同じ物を着たそいつが、テーブルの上に食事を並べていた。


「おはよう彼方」


 と光峰に続いたのは、台所に立つ母さんだ。朝食を作るために使ったフライパンを洗っている。


「…………」


 その光景に言葉を失っていると、光峰がその鋭すぎる目つきで睨んできた。どこぞのヤンキーよりもずっと怖い。


「挨拶もろくに返せないのか、貴様は」


 ぐっ、と、奥歯に力が入る。


「どうした。挨拶さえろくに返せないのか、と聞いたのだが?」


 朝食を並び終え、腕組みをして俺へ体を向ける光峰。


 俺は嘆息して答えた。


「居候のくせに態度がでかいな、と思って言葉を失ってた」


 嫌味には嫌味を、当然である。


 その嫌味が効いたのか、光峰は表情を強張らせる。


「私の態度がでかいのは貴様に対してのみだ。敬愛すべき遠子殿には敬意を払うし、春香殿にも世話になるだろう。だが貴様は別だ」


「あ? 俺だけ仲間外れ? 良いねぇ嫌いじゃないぜそういうの。なにせ一人が好きだからな」


 どうせここで俺が「なんだと?」とでも言うのを期待していたのだろう。その「なんだと?」に対して様々な文句を続けようとでもしていたらしい光峰は、喉を鳴らして黙った。


 その光景が愉快で、俺は冷やかな笑みを浮かべてから、自分の定位置の椅子に腰を掛けた。


「……きさま」


 力の篭った声どうも。俺のためにそんな心を込めなくても良いのに、ご苦労な事だ。


「まぁまぁ青依ちゃん、どうどう」


 動物を宥めるように言いながら、母さんも俺の斜め向かいに腰掛ける。


 そこで現れた春香も、無言で俺の隣へ腰掛けた。


「春香殿。おはよう」


「うん」


 取繕うようにして朝の挨拶とやらを済ませる光峰と春香。光峰はそこで、渋々と俺の正面に腰を降ろした。


 俺はさっそく箸を手に取って、飯にありつこうとしたが、


「おい、何をしている」


 と、光峰が口を挟んできた。


「あんだよ」


 卵焼きを箸で持ち上げながら光峰を睨む。互いににらみ合う形が完成だ。


「いただきますすら待てないのか、貴様は」


「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


 いただきますって、中学生とか小学生が給食ん時にするあれだろ? なんでそんな決まりごとみたいなのを家でもせにゃならんの。応用として女の子をベッドの上でお召し上がりになる際も「いただきます」と言えるかもしれんが、今現在リアルにおいてはそういう経験が無い俺からすればその応用は関係無い事だ。


 いや、そりゃ俺の隣で春香とか母さんとかは前々からしてたけど、別に俺がそれをしなくても誰も文句言わなかったし。


「じゃ、いただきます」


「ん」


 母さんが言うと春香が続く。


「いただきます」


 そして光峰もそうだった。手を合わせ、会釈までして、礼節を弁えた様子で箸を手に取り、しかし食事は始めずに俺を睨んでくる。お前も早くいただきますと言え、と、言外に伝えている。


「びっくりするくらいうぜぇな、お前」


 適当な口調で言って、持ち上げて卵焼きを頬張る。


「…………そうだな」


 喧嘩を売ったつもりだったが、そこで光峰は引き下がった。答える前に春香と母さんのほうを一瞥したところから、空気を読んだつもだりだろう。


 くっそ、つまんねぇしめんどくせぇ。


 俺は朝食を進めながら、昨日の事を思い出す。


 昨日、おっさんが俺に告げた、集会に参加しなくて良いもうひとつの選択支。それはこの光峰青依を一時的に預かる事だった。


 光峰青依はカゲを倒していないし、その存在を知らない。半人前という事だ。


 その半人前だが魔心導師の端くれである光峰を預かり、光峰と二人でお勤めをする事で効率化を計り、俺一人では処理出来ない思念体を倒せるようになるという単純な思惑だ。さらに、そうする事で光峰のほうも効率的に修行出来るという算段だとおっさんは語っていた。


 実は俺が集会に参加する事を拒むと解っていたおっさんは、最初からこの選択しか考えておらず、用意周到にも、光峰の転校手続きも済ましてあり、今日からはもう立派な同級生という事になった。俺が集会に参加するっつってたらどうするつもりだったんだ、と聞いたところ、「そうなっても結局、青依は預けただろう」との事。あのおっさん、実はかなり腹黒なのである。


 とんだ厄介だ。


 この女は嫌いだ。


 愛野も鬱陶しいが、愛野の鬱陶しさにはまだ可愛らしさみたいな、擁護する余地がある。が、光峰には擁護の余地無し。徹底的にうざい。


 朝食を食べ終わり、学校へ向かう。


 今日は雨が降っていない。が、それでも気分は憂鬱だ。参道を通り階段を降りても、少し後ろにある光峰の気配が、妙に刺さる。不愉快だ。


 無言のまましばし歩いたところで、


「おっは、大光司。と、光峰さん」


「…………」「ふむ、おはよう、愛野殿」


 なにそれ、愛野殿って言いにくくない? つーか呼び方が古臭い。そして愛野の挨拶も古臭い。まじで。


 そんなどうでもいい事を思っていたら、心を読んだわけでもなかろうに、光峰が俺を睨んでくる。どうせ今朝と同様、挨拶とやらをしなかった事に不満があるのだろう。その訳ありの非礼に対する返礼として俺は見て見ぬフリをかまし、何も言わずに歩き出す。


 愛野と光峰を置き去りにするために早歩き、というのも悪くはないが、光峰を遠ざけるために俺がそこまでする、というのは負けな気がして、なるだけ普段通りを装った。


「光峰さんも魔心導師なのよね」


「……ああ、その通りなのだが、もう少し声量を落として貰えるとありがたい」


 後ろで愛野と光峰がそんなやり取りをする。愛野の声もそこまで大きくは無かったが、如何せんここは閑静とはいえ住宅街。人に溢れているわけではないが居るもんは居る。そして魔心導は基本的に機密事項となっている。


 別に法的な縛りがあって口外は厳禁、というわけでは無いが、それでも、魔心導に纏わる情報を秘密にする、というのは、暗黙の了解となっている。というか、法的な縛りが無い、というほうが建前だったりする。魔心導師は国からの支援を受けているが、それは決して収入の支援だけではない。情報規制もまた国の支援が入っているのだ。


 思念体による被害事件。巻き込まれた一般人の口を封じるため、誓約書を書かせる事も多々あるという。俺はそれに出くわしたことが無いが、一般人に誓約書を書かせている時点で既に法的な縛りが発生している。建前どころか嘘っぱちもいいところだ。


 そういうわけで秘密のお仕事たる魔心導。


 指摘されて慌てて、取り繕ったような小声で、周りに居るか居ないかも解らない他人に聞こえないよう配慮した声音で、愛野はこんな問いを呟いた。


「魔心導師の人って、どれくらい居るの?」


「ふむ。だいたい一家で一つから五つの市町村を管理する感じだが……」


 同じように小さな声で答えた光峰だが、口調には怪訝な色があった。


「愛野殿はコレの友人であり、魔心導に接点を持ったのだろう? コレから話は聞いていないのか?」


 ご指摘どうもごもっともな意見だが、俺をコレ扱いですか? という不満は勿論あったが、こちとら盗み聞きしてる立場だ。コレ扱いはプライドが許さないからと口出しするほうが惨めだろう。それってば会話に混じりたいからとタイミングを計っている友達居ない子と同じだからな。まぁ、俺も友達居ない子なんですけどね。


「あんまり話してくれないの。めんどくさいって言われるか、話を逸らされるの。昨日だって『学校にどれくらいの思念体が居るの?』って聞いたら、いつの間にかはぐらかされてたし」


「……どうやらコレは、なかなかに底意地が悪いようだな」


「……否定は、出来ないわね……」


 え、擁護(ようご)してくれないの? 友達なのに。


「今回からは、私に質問をするといい。なんと言っても私とて修行中の身。魔心導、及び思念体に関する知識はまだまだ勉強の最中ではあるが、教えられる範囲で教えるのも修行の一貫となるからな」


 それはどこか誇らしげな口調で、謙虚なのか高慢なのかよう解らん言い分ではあるが、言っている事は間違えていないだろう。知っている事を教えるというのは自分の復習にもなるため、より覚え易くなる。俺もそうやって内容を丸暗記したアニメがいくつあることか。勿論ネットに書き込んだだけだぜ? 直接口頭でアニメの内容を教えられるような仲の友達なんて居ないからな。


「そうね、なら……」


 気の緩んだ、吐息交じりの愛野の声。多分今頃唇に指でも当てながら喋ってるんだろうな、と、なんとなく思った。


「絶って実は、相当すごい事よね。思念共鳴で見えないものを見えるようにするのもすごいけど、時間を止めるのってどうやってるの?」


 確かに最もな質問ではあるが、俺、お前にその質問をされた事、無いんですけど……。勘違いするなよな、寂しくなんて無いぜ? ただ魔心導に関する知識、という点においての信頼度が、俺よりも光峰のほうが上だ、という扱いをされている気がして、ちょっとイラッと来ただけなんだからな! ……まさかとは思ってたんだが、俺ってもしかしてツンデレなのかなぁ……。


 そんな俺を他所に、やや得意げな様子の解説が光峰から齎された。


「良い質問だな。魔心導師とは言わずもがな思念体、すなわち思念の扱いに特化したプロで、一見すると詠唱や思念共鳴、絶や認識妨害と様々な術を使っているように見えるかもしれないが、その本質は『思念の接続』という点に集約される。思念共鳴と詠唱はとても単純で、魔心導師と思念を接続する事で、本来なら思念体に触れられない物質を思念体に触れるようにしたり、思念体が見えないはずの人間にも思念体が見えるようにしているのだ」


 ……あの、思念体云々を知識として既に理解している俺ですら理解に苦しんでいるんだが、これはいったいどういうことだ。


 構わず光峰は続けた。


「絶や認識妨害の術もその延長だな。絶は昔の魔心導師、龍明山義武りゅうめいざんよしたけが編み出したのだが、当時はまだ龍明山の血族しか使う事が出来なかった。しかしその末裔たる龍明山小梅こうめが他の魔心導師にも使えるように理論化した術なのだ」


 お、おう。確実に説明過多になってるが、これ、完全に知識をひけらかすのが気持ちよくなってるパターンじゃね?


「思念には時間という概念が存在していない。だからその思念という概念――思念界と仮定されている、いわゆる異次元へと思念を接続する事で時間という概念が一時的に無くなるのだ。そうだな、時間が実際に止まっている、というよりも、そもそも時間が流れていない世界とリンクさせている、と表現したほうが近いかもしれない。それが絶だ」


 大層立派な武勇伝を語り終えた後のように満ち満ちた声音。随分とすっきりしてらっしゃるようですが、それ多分、殆ど伝わってないぜ?


「……そ、その……小梅さんって、すごいわね」


 ネットの書き込みだったら絶対に(小並感)って語尾に入ってるぜ、これ。愛野の感想が的外れ過ぎる。


 だが、


「そうなのだ。龍明山家は今も末裔がご活躍されており、魔心導師の誇りとも言える血族なのだ」


 駄目だこいつ。愛野には何一つとして伝わっていないことをそもそも自覚してねぇ……。


「そ、そうなんだ……」


 そして愛野も駄目だ。何ひとつ理解出来てない事を、教えてやるつもりがねぇ。前に母さんがした魔心導師の噛み砕きまくった歴史は一発で覚えたくせに。


 どんよりと重たい灰色の空を見上げて、俺はひとつ溜息を吐く。めんどくさいが、俺も知識をひけらかして気持ちよくなってやるか。


「愛野。お前が理解した内容を自分なりに語ってみろ」


「え!? えっと……龍山りゅうざんさんは立派なとこかしら……?」


「龍明山な」


 登場人物の名前すら覚えてないとか……。とはいえ仕方ないことだろう。絶の仕組みについて聞いた愛野にとって、その開発者の名前なんて覚える対象にはならない。最も知りたがっていた絶の仕組みすら理解出来なかった状況でそんな蛇足を覚えるなんて、まぁ出来なくて当然と言える。


「ふ、ふむ……些か難しかったか……?」


 本当はもっと簡単に出来る解説を自分で小難しくしたんだ、という自覚がやはり無いらしい光峰。別にこいつはどいうでもいいが、投げかけた質問が解らずじまい、というのは流石に愛野が哀れだ。それでは哀野あいのだ。

「なんも理解出来て無いってことで間違いはねぇな?」


 振り返らないままで問うと、返答は沈黙だった。多分、今頃愛野は頷いているのだと思う。光峰が「そうか……」と残念そうに呟いていたのは、多分その頷きに対する反応だ。俺に対する反応だったら「きぃぃさぁぁぁあままままままあ!」とかってなるだろうからな。


 ああ、やっぱりめんどうだ。しかし、愛野は既に思念体に関わってしまっている。関わった以上は、おかしな勘違いをさせないため、説明はしておくべきかもしれない。俺との縁が切れるのは時間の問題だろうが、それでも、未知と既知では大きな差がある。既知であれば、思念体による被害をまた受けた時に、対処出来る可能性が出てくる。


 ならやはり、教えておいても損では無いだろう。


 といっても俺とて教えるのは得意じゃない。というか春香以外のやつに教えた経験が無い。


 こういう時は、例え話でも混ぜて語るか。


「前提として、魔心導師ってのは人間とは異なる種の生物だと思っとけ」


「は?」「……なんだと……?」


 呆けたように呟く愛野と、怒りを滲ませた声音の光峰。


 俺は立ち止まり、振り返ってから続けた。


「愛野。お前は、人間には視認出来ない色や音があるってのは知ってるか」


 問うと、呆けていた愛野がむっと唇を結んで、唇に人差し指を当てながら唸った。


「理科で習ったわ。紫外線と赤外線や、低周波だか高周波だか超音波、だっけ?」


「そうだ。犬や猫には聞き取れるが人間には聞き取れない音域の音があり、コウモリにだけ視認出来る色が、人間には見えないだけで確かに存在している」


 そして、と、俺は続ける。


「思念体とは普通の人間には見えないだけで実際に存在している物質だ。見聞き出来ない領域にある物質なわけだが、犬が高周波を聞き取れるように、コウモリにだけ見える色があるように、魔心導師だけが、思念体が存在している領域の色や音を感知出来る。イルカなんかは、他の生物には聞き取れない音を使ってコミュニケーションを取るらしいが、それに例えても良いか。思念体と魔心導師にしか感知出来ないし触れられない領域に干渉できんのが魔心導師――言っちまえば、魔心導師の身体の構造は思念体に近いってことだ」


 だから魔心導師には思念体が見えるし触れられる。故に魔心導師と人間は違う種族だとも言えるし、それこそがいつぞや愛野に語った『魔心導は血筋がありき』に繋がるわけだ。


 愛野が「おーっ」と手の平を打つ。どうやら伝わったようだ。次へ移ろう。


「光峰が言った通り、魔心導の術は『思念の接続』で成り立つ。さっき例えでイルカの超音波を出したが、それと似たようなもんだと思えばいい。思念体は本来なら人に扱えるようなもんじゃねぇが、それを扱えるように式を組み上げたのがすなわち術と言われるものだ。その式を、魔心導師や思念体にしか認識出来ない超音波みてぇな波にして放つ。そして接続して、一般人に思念体が見えるようにしたり、普通の物質が思念体っつう物質に干渉出来るようにするわけだ」


 簡単に言うと、その接続を使って一般人や物質を『自分の身体の一部』に例えて見立てて変化させるのが術と呼ばれるものであり、詠唱であり、思念共鳴なのだ。


「で、絶についてだが……愛野、お前、昨日一日をざっと思い出してみろ。思い出すだけでいい。口に出すな」


「え……うん。…………」


 しっかり十秒ちょっと目を閉じた愛野は、目を開けてから首を傾げた。


「思い出したけど」


「そうか。ちなみに昨日は何時間起きてた?」


「寝てたのが七時間だから……十四時か……じゃなくて、十六時間ね」


「七時間寝たなら起きてたのは十七時間な」


 言い直しても間違えてますよ? お前の一日は二十三時間か? 愛野もミスが恥ずかしかったらしく赤面しているが、まぁそれは置いとこう。


「その十七時間をたった十秒ちょっとで思い出せたのはなんでだ?」


「…………思い出すことを絞ったから……?」


「それも理由のひとつだが、さっき光峰も言ってただろ。思念には時間っつう概念が無いからだ」


「…………ああっ」


 そういうことね、と、愛野はどこか嬉しそうに掌を合わせた。どこぞの鋼の錬金術師みたいな感じだ。


 俺は前を向いて、さっきよりはいくらかペースを落とした状態で歩を再開した。


「思念ってのは人の感情でもある。人の感情ってのには知識も混じってくる。そして思念には時間っつう概念が無い。だから、百時間掛けて勉強した事をテストのたった一時間で思い出せるし、何十年も重ねてきた人生をたった数時間で思い返せる」


 後ろから、なるほどを連呼する愛野の声と、「そういうことか」という光峰の呟きが聞こえてきた。いや、光峰はこれ、知ってたでしょうが……。


 ともかく、二人のそんな反応は知らんふりして、俺は続けた。


「ある学説だと、一次元は点、二次元は面。三次元が立体。四次元が過去。五次元が未来ってなってる。人間が居るのは三次元だが実際は五次元まで干渉してる。四次元で生きてきたから五次元へ向かっていくのが人間だろ。絶ってのは『自分自身の意識を、時間という概念が存在しない自分自身の思念と接続する』事で成り立つんだ」


 言い終えてからちらりと振り向く。が、愛野はアホみたいに口を開けてほけーと呟いていた。理解したのか解らんから、留めを刺すか。


「龍明山小梅がこれを理論化した時には次元云々の学説は存在してなかったが、四次元が過去で五次元が未来ってことは、四次元より上には時間が関係してくるだろ。だが思念に時間という概念が存在しない以上は、思念は何をどうしたって三次元のままだ。四次元より上に干渉出来ないそいつと繋がったらどうなると思う?」


 視線だけを後ろに向けたままでそう問うと、愛野は破顔し、苦戦していた計算が溶けた子供のように俺を指差してきた。


「時間が動かなくなる!」


「そうだ」


 表現としては時間という概念が失われる、というほうが近いが、まぁそこはどうでもいい。似たようなもんだ。ともかくしてようやく終わる、と安堵しながら、俺は再び前を見る。


「簡単に言えば、だからこそ光峰が言った『時間っつう概念が存在しない異次元にダイブする』になるわけだ。――それが絶だ」


 なんか言い方が変わってる気がするが、まぁ問題は無いだろう。愛野もようやく理解したみたいだしな。


「なんだ、大光司って頭良いんじゃない! いつも授業で寝てなかったっけ? なんでそういう学説とか色々知ってるのよ」


 興奮気味にそんなことをほざく愛野。俺は振り向かないまま答えた。


「知識量と賢さは比例しねぇ。雑学なら小説でもアニメでも漫画でも出てくるからな。そういうのを覚えただけで、頭が良いわけじゃねぇよ」


 だから二次元は先生なんですよ! 頭が良くなるわけでも賢くなるわけでもないが、アニメや小説は知識が増える。だから皆、もっとヲタクってものを尊敬すべきだ。なんならヲタクである事が異性受け良くなる要素になっても良いはずだ。それはないか。


「あー、やっとすっきりしたぁ」


 どうやら伸びをしているらしい、愛野は締め付けたような声で、そう言っていた。無言になった光峰が若干気になるが、まぁどうせあと少しで学校に着く。もう校門が見えている。


「話は終わりだ」


 他の生徒に聞かれても困るため、しっかりと話を終わらせた。


 つーか、まじで長かったな。これ、アニメだったら説明だけで一話終わっちゃうんじゃない? 『説明回つまらな過ぎてワロタ』とか言われたらどうしよう。まぁそもそも、俺に纏わる話がエンターテイメントにはなれないんですけどね。だって俺クズだし。


 俺が登場する物語があるのなら、きっと俺はクズとしてクズらしく悪役だろうさ。


 魔心導師のお勤めとして人の心を踏みにじる俺を、どこぞのヒーローが戦闘からの説教パンチで改心させる。そういう役回りに違いない。


 光峰はどこか誇るように語っていたが、結局のところ俺達は、思念体という物質の破壊者であり、人の心を排除するプロフェッショナルであり、所詮は夢喰いだ。


 その諸注意も、本当なら愛野に言うべきだったのだろう。魔心導師が絶対的な正義だと思われるのは困るし、そうなっては破綻する。


 にも関わらず、俺はその言うべき事実を隠して黙って終わらせた。友達というものが他人を心配する理由になるというのなら、俺はここでその諸注意をしっかりと伝えるべきだというのに。


 ああ、めんどうだ。


 口の中で転がした言葉。長くも無い前髪をいじりながら俯いて、小さく舌打ちする。


「そういえば、光峰さんはクラスとかもう決まってるの?」


「一応は決まっているはずだが、ちゃんと配属されるまでは言うべきではないだろう」


「うん、そうだね。職員室行くでしょ? 送ってくわよ」


「一度来ているから必要は……いや、不安が無いわけではないから、そうだな、道案内を依頼したい」


「おっけー任せて」


 後ろで交わされる不毛なやり取り。


 校門の前で、ただ呆然と立ち尽くす一人の男子生徒が居る。そいつと目を合わせないようにして通り過ぎる。数歩進んでから、誰にも悟られぬよう視線だけ動かし、後ろを見る。そして再び舌打ちする。


 校門前で立ち尽くしている男子生徒は、生気を伴わない虚ろな目でこちらを見ていた。愛野はあれに気付いただろうか。光峰はあいつに気付いただろうか。


 いや、愛野があいつに気付いていたとしたら、反応しないはずが無い。何も無いふりを装えるわけがない。きっと愛野は、会話に夢中で気付かなかったのだ。俺だって気付きたくなかった。


 そもそも、そいつが一人で突っ立っている、という状況が、その時点で既に異様だった。俺の知る限り、そいつは常に友人知人に囲まれているやつだったからだ。


 神田川弘毅かんだがわこうき


 ビジネスマンみたいに爽やかな短髪。女みてぇに大きな目。すらりと長い手足。素材は良い。素材だけはいい。きっともっとマシな表情をしてさえ居れば、いや、普通の表情さえしていれば、それだけで寄ってくる女も居るんじゃねぇかってレベルの端整な顔つき。


 少し前まで、いや、昨日までは沢山の御友人の皆様とでかい思念体に纏わり憑かれていたはずのそいつは何故か、今は思念体も友人も誰も何も連れておらず、変わりに光を失った瞳で、こちらを見ていた。

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