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夢食いと愚者  作者: 根谷司
≪断罪者≫編
23/37

不遇に嘆く事こそ最大の不遇なりけり~中編

 雨は神が泣いているのだと誰かは言った。つまり六月は神が号泣しまくる季節なのであり、神が泣いているのであれば人間も泣きを見る羽目になる、なんて当たり前の事だ。つまり六月は、人間が苦しむのは自然な事であり、むしろ神と共に苦しまなければならない時期と言えるだろう。


 だからさ、誰も助けなくて良いよね、まじで。思念体で苦しんでる人が居ても、ほら、六月だし梅雨だし、もっと苦しめ、って感じでして、要約するとお勤めしたくない。


 放課後は酷く憂鬱(ゆううつ)だった。なにせ放課後にはお勤めがあるからだ。家に帰ればすぐ、妹の春香に背中を押されて、雨とか関係なく、行きたくもないお勤めに行かされる。雨と一緒に溶けて消えたい。なんで魔法少女マジックリンリンは一クールアニメなのか。もうすぐ終わるとか信じられない。もう消えていいよね。リンリン終わるし。


 は、もしや六月に雨が多いのは、アニメが改変期に突入する事を、神が嘆いているからでは? 神もアニメファンなんだ。そうなんだ。つまりヲタクこそが神なんだ……。


 下校中、そんな事を必至になって考えていた。ちょっと前まで入院してたせいもあり、町の中の思念体はやはり増えている。ともかく現実逃避がしたかったのだ。あと、愛野が後ろに居るってのも理由のひとつ。


「お前さ、人間関係の修復を目指すんなら、友達と帰ったほうが良いんじゃねぇの」


 なんて優しい事を諭してやったら、


「友達に神田川君の事で相談したのよ」


 と、愛野は語り始めた。まず、昼休みも一緒に飯を食ってた連中が「あたしらが引き付けとくから、こなちーは逃げな」と、神田川の友達から逃がしてくれたのだとか。こなちーって誰。


「とりあえず男と登下校すれば、神田川君も身を引くんじゃないかって。彼氏のふりしてってわけじゃないわよ。ただ、大光司は一緒に帰ってくれるだけで良いの。朝は大光司のために一緒だけど、帰りは私のために。ね?」


 ね? とか伺うような上目遣いというちょっと萌える感じで言われたところで、はいそうですねとそれを許してしまうのは俺の理念に反する。


「他の男でも良いだろ。男友達だって居るだろうが」


「居るけど……ほら、大光司とは、なんていうか、あの事件もあったじゃない?」


「あの事件?」


「停学」


「ああ」


 言われて思い出した。そういや、俺と愛野には捏造の熱愛疑惑があったんだったか。なら確かに、神田川への牽制として、つまり神田川に彼氏だと思い込ませる相手としては、俺が相応しい、と。


 しかし、腑に落ちない点がある。基本的に感情で動く愛野が、打算的で理屈的な今みたいな考えに至るとは思えない。愛野の事を知っているわけじゃないが、それでも、そこだけは断言出来る。


 黙った俺の思考を読み取ったのか、愛野は苦笑してこう付け加えた。


「大光司に頼んだらって言ったのは瑞穂(みずほ)なんだけどね」


 突然知らん名前が出てきた。


「だれそれ」


 聞くと、愛野は「やっぱりか」みたいなため息を吐いた。


「倉橋瑞穂。私が一緒にご飯食べてる友達の一人なんだけど、その子が提案してくれたのよ」


「そりゃ立派な友達で」


 フルネームで言われてもパッとしないが、適当に頷いておいた。


 すると愛野は、何故か申し訳なさそうに続ける。


「瑞穂は『あたしが大光司君にお願いしてあげてもいいんだけど、あたし、あの人、怖いから……』だって。大光司、本当は怖くないのにね」


 その情報、俺に言う必要あっただろうか……。


「まぁ、賢明な友達だな」


 接点の無いやつからどう思われてようと関係ないから良いが、まざまざと言われると反応に困る。が、考えてみりゃ教室で暴れて停学喰らったようなやつと話をしたがるやつは、少なくとも愛野の友達には居ないだろう。


「だからってなぁ」


 さらに反論は無いかと考えようとしたが、口と、そして足が勝手に止まる。


「どうしたの?」


 横に並び、傘の向こうから俺を覗き込んでくる愛野の姿が視界の隅に写る。


 だが俺はそっちは見ずに、前方へと目を凝らした。


 視線の先に居るのは、小学生のグループだ。男女二人ずつ、計四人の小学生の群れ。その少し離れた後ろに一人、ぽつんと着いて行っている女子小学生。T字路になっていて俺とその小学生達が垂直の位置に居たため、その距離感がよく分かった。


 いや、違う。そうじゃない。小学生に興味があるわけじゃない。小学生にも興味はあるがそれは二次元での話だ。三次元の小学生に、俺は興味無い。


「大光司……小学生に熱い視線を向けるのは……ちょっと……」


「ちげぇ」


 青ざめた愛野の頭をを叩いてやった。俺はそんな変態じゃな……いや、変態かもしれないが、それでも健全なるヲタクとしての変態だ。不健全なロリコンではない。ちなみにマジックリンリンのリンちゃんは小学生である。


 そんな事はどうでも良い。リンちゃんはどうでも良くないが、ともかくどうでもいいのだ。


 問題なのは、一人で居るほうの小学生の、その後ろだ。


 あれはまずい。


 咄嗟(とっさ)にそう思った。


 簡潔(かんけつ)に言うなら、一人の女子小学生に、四体の思念体が憑いていた。


 腕に纏わり憑くようにしている、蛇のような思念体。背後にぴったりくっついている、形状の無い煙みたいな思念体。その後ろに着いていくドーベルマンみたいな思念体。その小学生の影にでも成り切っているつもりなのか、影に添うそうにして這っている人形の思念体。


 サイズこそ極端に大きい思念体は無いものの、四体の思念体がまとわり憑くというのは比較的稀だ。少なくとも俺は、殆ど見た事が無い。俺の横に居る愛野でさえ一匹ずつのローテーションで憑いていたぐらいだ。


 そもそも、明確な形を持たない思念体の場合、複数が憑こうとしたら、混ざって結局ひとつになることが多い。


 だが、そうなっていない。


「あの一番後ろの小学生に、複数の思念体が憑いてる」


「え!?」


 大袈裟に、では無いのだろうが、それでもややオーバーリアクションに思えるほどに愛野は驚いてみせた。それは、自身が思念体に苦しめられたという過去ありきの反応なのだろう。


「……あの子に? そんな、思念体が憑きそうな子には見えないわよ……?」


 思念体が憑く、というのにも様々な理由があるが、多くは他人から後ろめたい感情を向けられ、それが思念体となるか、もしくは自分の中で思念体を作るパターンだ。


 つまり、他人に後ろめたい感情を向けられることが無く、自分の中に思念体になるほどの悩みが無いのであれば、思念体は殆ど憑かない。


 が、あれはそのどちらにも当て嵌まらないように見える。


「そうか? 俺は、思念体が大好きそうなやつに見えるがな」


 なにせ、集団の中に居ながらも一人で歩いてるんだ。自分の中で自分への後ろ向きな思念体も放つだろうし、他人から向けられる機会も多いだろう。


「共鳴してやる。よく見ろ」


 そう言って、心の中で思念共鳴のイメージを浮かべる。俺と同じ感情を抱いてさえいれば、それだけで思念体が見えるようになる便利な術だ。


 しかし、


「……見えないわよ……?」


 と、前方に目をこらしながら、愛野は言った。


「は? んなわけねぇだろ。一番後ろのやつだぞ」


「だから、見えないって。思念体なんて」


 やはりそう言う愛野。どうやら本当らしい。共鳴は失敗したようだ。以前一度愛野と共鳴出来たから出来ると思ってたが、違ったようだ。共鳴できないなら視えるはずも無い。


 そもそも、なんとしてでも愛野に思念体を見せないといけない状況でもない。


 今やるべきなのはそんな事じゃない。あの小学生に憑いている思念体を減らす事だ。


 まぁ全滅は無理だろう。なにせ俺は、時間を止める術である絶の効果はたったの十秒。その間に四匹も倒すのは流石に無理ぽである。


「くそ……とりあえず近付くぞ」


「う、うん」


 思念体が深刻な問題を起こす場合もある事を知っている愛野は、状況を視認出来ていないままでも俺に従った。


 やや早足になり、T字路を曲がり小学生に近付く。傍から見れば、高校生が小学生に近付いていくというのは中々に危険な絵だろう。俺なら通報するね。


 俺は傘を強く握り締めた。


(したた)る涙は()む事を知らず、落とした涙は()む事を知る」


 即興の詠唱で、握った傘を対思念体の武器に変える。


「落とした涙は()むを得ず、滴る涙は闇を得る」


 小学生、及びその思念体がすぐそこに迫る。


「重ねて全てを無に還せ」


 雨を遮って俺を守っていた傘を折りたたみながら唱える。これでこの傘は、本来なら思念体に触れることが出来ないはずのものであっても思念体に有効な武器となった。


 さらに術を重ねる。


「絶」


 時間が止まる。


 全ての動きが停止する。


 そして、対思念体の武器となったその傘を、小学生の影に突き立てた。


 思念体の悲鳴が上がる。他の三匹の思念体も事態に気付いたらしい、こちらを向いて、(いなな)きのような声を上げる。


 影の思念体を踏み潰す。引き抜いた傘で、煙の思念体を横凪に叩いた。


 その時。


「……え?」


 間の抜けた声が、鼓膜に触れた。


 止まっているはずの時間の中で、魔心導師と思念体だけが動ける状況下で、俺のではない声がした。共鳴に失敗したせいで、愛野も動きを止めている現状で、だ。


「は?」


 顔を上げる。声の主はすぐそこで――女子小学生が、驚愕に満ちた表情で俺を見ていた。


 思考が止まる。俺の思考が停止する。


 女子小学生の腕に纏わりついていた蛇の思念体が俺へ伸びて、俺を吹き飛ばした。


「づっ!」


 しまった、という自責と、何故、という疑問がいっしょくたに溢れる。


 思念体の排除は失敗した。一匹も倒せず今回は終了だ。それはまだいい。今度埋め合わせれば済む話だ。


 だが問題はそこじゃない。


 何故、今、この小学生は、動いた?


 さらに、コンクリートの地面に引きづられた俺を見て青ざめた小学生はさらに、自身の背後に居る思念体を、化け物を視て、甲高い悲鳴を上げた。


 視えている。思念体が視えている。


 まさか、と思った。


 そしてまさかと思ったと同時に、時間停止が終わろうとしている事にも気付く。


 やっべぇ、どうしよう。


 思わず苦笑する。


 俺が地面に倒れ、そして小学生が発狂している状態で時間は動き出そうとしている。そしてそうなれば、周りに居る人間は何か異常な事態が起きた事を察するだろう。それを、どう誤魔化す?


 そんな保身さえも思いつかないうちに、時間が動き出す。止まっていた雨粒が何度か頬を叩き、そして、最悪の事態へ――


「絶」


 ――落下を再開した雨粒が再び停止し、全ての水が鏡のように、情けなく驚く俺を写している。最悪の事態へはならなかった。そうなる前の段階で、時間が止まっている。


 取り乱し、悲鳴を上げながら後ずさる女子小学生はそのままに、俺のほうが動けなくなる。


 解った事はたったひとつ。


 俺以外の誰かが、絶を使ったのだという事だけだ。


「怖がらなくて良いよ。わたしは、君の味方だ」


 後ろから、俺の背後から誰かが言った。野太い、少し枯れた、しかし柔らかさを内包した重厚感のある声。壮年男性の声。


 その声は、俺ではなく女子小学生のほうに話しかけているのだという事も、雰囲気で解った。


 そして誰かが俺の肩に手を置く。重たい掌。


「風よ。精霊の声を運びて、迷いし我らを行くべき場所へ導き(たま)え」


 そんな言葉が聞こえる。振り向いた先に居たのは、見覚えのあるおっさんだった。


 おっさんは、俺の肩に置いていた手を離し、そして翳す。


「道無き道なら切り開け。心の安らぎを(もたら)す刃とならん」


 一線。


 おっさんはただ、その手を、いや、正確には、その手に握っていた札を軽く放っただけだった。


 にも関わらず、煙の思念体がふたつに分離し、霧散して消えた。アニメでいうカマイタチに似た現象。


 俺は立ち上がれないまま、その様を見ていた。魅せられていた。


 おっさんが放った札からは、透明な、それこそ風を集めたかのような曖昧な色の、けれど明確な刃が、剣が伸びていたのだ。おっさんはその風の剣を掴み取り、すぐさま切り返し、さっきまで俺が踏み潰していた影へと突き刺す。


 女子小学生は尻餅を着いて怯えていた。その腕に蛇の思念体を貼り付けたままで、だ。


「林は(そび)(かげ)りを(ともな)う。(われ)らを(まど)わす(かく)(みの)なり」


 おっさんは風の剣を手放してただの風に戻すと、すぐさま新しい札を取り出し、次の詠唱を唱える。


 連続詠唱。


 詠唱は絶と同じで、使うのは疲れる。使用回数は極力少ないほうが、体への負担が少ないのだ。


 しかしそのおっさんは、迷わず、惜しみなく、詠唱を続ける。


 聞き覚えのある詠唱をしっかりと唱える。


「時に、闇に追われた我らの安息地たりえん」


 おっさんは人差指を立て、まるでそれで拳銃を表現するかのように、蛇の思念体へ向けた。


 その隙にとばかりに、ドーベルマンのような思念体がおっさんへ飛び掛った。


「ちっ」


 ここはおっさんの援護をしなければならないだろう。このおっさんならばこのドーベルマンの攻撃くらい容易く避けるだろうが、それでも回避の手間ぐらいは省いてやらねば格好が着かない。


 跳んだドーベルマンのどてっぱらに傘を突き刺す。横槍の攻撃を喰らったドーベルマンは大した思念体では無かったらしく、それだけで終わった。


 しかし俺に用意された出番はそれだけでは無い。


「彼方くん!」


 おっさんが俺の名を呼んだ。


 見ると、さっきのおっさんの術の効果によるものだろう、女子小学生に張り付いていた蛇の思念体が不可視の何かに引き剥がされ、宙を舞っていた。おっさんは、あれに留めを刺せと言いたいのだろう。


 俺はすぐさま体制を立て直し、立て直すと同時に一歩を踏み出し、そして、思念体へ攻撃した事で曲がってしまった傘をぶん投げた。


 それは投げ槍のように蛇の頭を捕らえ、地面に落ちると同時に、蛇は光の粒となって消えた。


 思念体の処理は終了した。


 だが、時間が止まったままの世界で、動けるはずのない少女が、怯えきった表情で、青ざめた表情で俺とおっさんを交互に見ている。


「きっと、彼方くんがそこの女の子とやろうとしていた共鳴が、間違えてこの子に発動してしまったのだろうね。ごくまれにだけれどあることさ」


 と、おっさんは苦笑して言った。なるほど、共鳴対象を間違えて、なおかつ俺とこの少女が同じ感情、もしくは似たような感情を抱いていたため共鳴が成立してしまい、共鳴していなければ一般人は動けない絶した状況下でこいつは動いてみせた、ってことか。


 俺と同じ感情、か……多分こいつも、リンリンのこと、考えてたんだろうなぁ。


 なんていう蛇足にも及ばない不毛な思考はさっさと切り上げ、おっさんのほうを見る。するとおっさんはすぐさま、少女の前で屈み込んでいた。


 少女は何歩か後ずさるが、おっさんが一言「もう大丈夫だよ」と言っただけで、「ほんと……?」と、涙目で頼ったのが解った。


 ちなみにこのおっさん、かなりがたいが良い。がたいが良くて、袈裟を身に纏っている。一見すれば住職に見えるだろうがその正体は俺と同じ、つまり魔心導師だ。


「君、名前はなんて言うんだい?」


 おっさんが問うと、少女は止まっている辺りを不審げに見回し、しかしすぐにおっさんと向き合い、


「……まどい」


 そう答えた。


「まどい。そうか、まどいちゃんか。まどいちゃんは、今、ちょっと怖いモノにとり憑かれてたんだ。見えただろう? あの蛇みたいなのもそうだったのだけれど、今、わたしとこのお兄さんが追っ払ったんだよ」


 やはり柔らかい口調で説明するおっさん。手馴れた様子で、子供をあやすのはお手の物とでも言い出しそうな程に、余裕を保っていた。


「多分これから、君の居る環境が少しだけ変わるかもしれないけれど、決して悪い方向には変わらないから、安心して良い。悪いやつらは追っ払ったんだから」


 同じような事を繰り返すのも、対ガキの会話のコツなのだろうか。と、微妙に呆れた。このおっさん、ロリコンか? 変態なのか? なんて思えたら面白いんだけどな、如何せんそうでない事を、俺は知っている。


 俺はただ静かに、そのおっさんと少女のやり取りを後ろから見ていた。


「たすけてくれたの……?」


 伺うように、しかし既におっさんに篭絡済みの少女は真っ直ぐな瞳でそう聞いた。ちょろいんだな、この小学生。チョロインだよ。


 おっさんは微笑んで頷く。


「ああ、そうだよ。でも、出来たらお友達には、あまりこの事は言わないほうが良いかもしれないね。秘密に出来るかな」


「うんっ」


 元気良く頷く少女。


 時間が動いてればこのおっさん、完全に変質者である。通報したいです。


「さて……」


 おっさんは立ち上がり、俺と少女を交互に見やる。


「時間を戻すから、出来るだけ落ち着いて対処してね」


 俺は頷かずとも弁えてる。少女も……素直なタイプの人間のようだ。やはり元気良く頷いた。


 そして、時間が動き出す。空を漂っていた雨粒達が落下する。


 少女はすぐに、さっきまでと同じように、小学生の群れに着いていった。本当に何事も無かったかのような順応性だ、と思ったが、何度かこちらへ振り返り、何度もこちらへ手を振っていた。おっさんもおっさんで、それに付き合って手を振り返している。


 俺は立ち尽くしていた。動けなかった理由は様々だが、大きな理由のひとつに、さっき思念体との戦いで傘をぶん投げていたのを忘れていたせいで、現在進行形で濡れ濡れだからというのがある。濡れ濡れだな。ほんと、身体は正直だよ。まぁ、傘が無くても戦闘中そこら中にあった雨粒のせいで濡れてたんだけどな。おっさんも(しか)りである。


「ねぇ」


 しかし、俺の肩だの頭を叩いていた雨粒が急に消えた。消えたと同時に、愛野が声を掛けてくる。


 視線を愛野に向けると、愛野はいわゆる相合傘で俺を雨から保護しつつ、愛野から見れば突然現れたように見えるであろうおっさんのほうを見ていた。


 だから俺もおっさんのほうを見る。おっさんはどこから取り出したのか、そしていつ広げたのか、真っ赤な番傘を差して、こちらに微笑を向けていた。


「はじめまして、素敵なお嬢さん。わたしは彼方くんとは昔からの知り合いで、親戚みたいなものだね」


 そのおっさんの余裕綽々な自己紹介に対し、愛野は慌ててわたわたと、無駄な身振りを示す。おい、あんまり動くな、俺が濡れる。


「え、えっと、わた、私は愛野茲奈です。その……大光司、君とは、お友達です」


 言いながらようやく動きを止め、流石に初対面で恥ずかしいからか、縮こまった愛野。


「なんと! 彼方くんの友達!」


 おっさんは袈裟を着ているだけあって大袈裟芸人のように声を張り上げて、微笑みをさらに崩し破顔した。


「それはめでたい! いや、実はわたしも心配していたんだよ。弦十郎げんじゅうろうから彼方くんの話を聞いている限りでも、心配せざるを得なかったのだけれど、素敵な友達が出来たようでわたしは嬉しい!」


 びし、ばし、と俺の肩を叩きやがるおっさん。おい、俺を揺らすな、衝撃で傘からはみ出て雨に濡れちまう。もう手遅れだが。


 あまりにもあんまりな状況に言葉を失っていたが、俺以上に混乱している人間が居た。愛野だ。


 愛野は「なに? だれ?」と、しっかり挨拶までしたくせに未だに事態を収拾出来ていないらしい。


 仕方なく、俺が説明してやった。


「――このおっさんの名前は光峰御藍みつみねみあい。俺と同じ、魔心導師だ」

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