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夢食いと愚者  作者: 根谷司
≪断罪者≫編
22/37

不遇に嘆く事こそ最大の不遇なりけり~上編

「ねぇ、学校に思念体ってどれくらい居るの?」


 昼休み、屋上に続く階段の踊り場で飯を食っていた俺のところにひょこんと顔を出した愛野がそんな事を聞いてきた。


「ここ、立ち入り禁止だって書いてあったろ」


 階下がロープと机のバリケードで封鎖してあるだけだが、まぁよくある立ち入り禁止の屋上ってやつだ。なんでアニメだと屋上解禁されてるん? 屋上が解禁されてる高校に、俺は行きたかった。何故かって? だって、アニメで屋上シーンって、定番じゃん。


「それをあんたが言う……?」


 愛野は呆れたように嘆息しながら、俺の隣、しかし少し距離を置いた場所に座った。階段を椅子代わりにしているからテーブルなんて勿論無い。俺は自分の膝と太ももをテーブル代わりにしているが、愛野はそもそも弁当を持ってきていなかった。


「お前、弁当忘れたのか」


 ドジっ子属性なの? まじで? だとしたら俺は、愛野に対する認識を改めなければならない。萌え要員ならウェルカムだ。


 しかし。


「もう食べたの」


 簡単そうに愛野は答えた。


「早食いは太るぞ」


「太るほどの量が無かったの」


「さいで」


 母さん特製の出汁巻卵を頬張りながら適当な相槌を打つ。出汁巻卵はやっぱ母さんの味ですよ、妹の春香はまだまだだね。ほんと、まだまだだね。


「で、学校ってどれくらい思念体が居るの?」


 自分の膝を抱き、その膝に頬を当てた体勢で問うてくる愛野。


「思念体、ねぇ。ああ、思念体といや、冬月璃燕ふゆつきりえん、覚えてるか?」


 ここでその名前を出したのは、冬月璃燕の話なら間違いなく、愛野が食いついてくると踏んだからだ。


 冬月璃燕。三週間とちょっと前、俺と愛野が喧嘩した理由とも言える存在。漫画家になりたいという夢を『諦めるか諦めないかで迷い続ける』という思念体にとり憑かれていた冬月を、俺はお勤めで『諦めさせる』形で、片付けた。


 バッドエンドと言うに相応しい冬月事変(今、勝手に命名)だったが、その冬月は漫画家という夢を諦めた後にしかし、急遽会社を休み、最後の漫画を描き上げるという行動に出た。漫画家になるための作品ではなく、自分が楽しむための作品――つまりは夢の墓標を立てるための漫画を描くという行動に、冬月は出たのだ。


「冬月さん? 覚えてるわよ」


「あいつ、無事に作品が書き終わったらしい。これから清書に入るそうだが、賞に応募する前にこっちに見せたいって言われた。俺は素人の作品にゃ興味ねぇから、お前、代わりに読んでくれ」


「なにそれ」


 眉を潜め、仇でも見るような目で睨まれた。


「お前が読んで、その感想教えてくれってこった。俺が読んだら審査員ぶって『ここがこうだから駄目だ』ってケチつけんのが目に見えてる」


 愛野はずいっと身を寄せてくる。


「それでもあんたが読むのが礼儀でしょ」


 人差指を立てて、どこか得意気な顔で、説教をかます、というより薀蓄(うんちく)を語るような様子で愛野はぺらぺらと口を動かす。


「こういう時は、酷評でもなんでもいいの。冬月さんがあんたのおかげでラクになったと思ってるなら、あんたが読んで、あんたの率直な感想を言わなきゃいけないのよ。大事なのはあんたが――大光司彼方が――恩人が、読んでくれたっていう事実だけ。感想の内容なんて二の次よ」


「そんなもんかねぇ」


「そういうものなの」


 なんでお前が得意気なんだ、とは思ったが、それは話がこじれてめんどくさくなりそうだから聞かない事にした。


「……でも、読んでみたいな」


 呟くような口調。なにお前ツンデレなの? 読みたいなら最初からツンケンすんなよ。


「お前もあの場に居合わせたからな。冬月から見てお前もあの儀式に一枚噛んでるように見えただろ」


「実際はなんもしてないけどね」


 とほほ、と肩を落とす愛野。俺はから揚げを頬張り、あまり噛まずに飲み込んだ。


「実際なんて関係ない。そう見えたんならそういう事になる。冬月にとって俺が恩人だってんなら、お前だってそうだろ」


 事実は大した意味を成さない。大事なのは、相手がどう思うかだ。ほら、「これ超面白いから!」ってつもりで、全てのアニメ製作者達が尽力しても、どうしたって「つまんない」って言われる作品ってあるだろ? そういうのと同じで、なんのつもりだったかには価値が無いのだ。


「どういう事?」


 首を傾げて――膝に頬を預けたままでその仕草をするのだから器用なもんだと思う――問うてくる愛野。なんで理解しねぇんだよ鈍感キャラは要らないから。鈍感なのはラブコメの主人公だけで良いから。


「別に、お前に読まれたって、冬月は構わんだろって事だ」


 冬月に確認したわけじゃないがそもそも、愛野が読んだ事を冬月に教えなければ良いだけの事だ。


「そっか」


 愛野は嬉しそうにはにかみ、


「じゃあ、そうする」


 そう言った。


 そこで少しだけ会話が途切れたが、愛野が元々の話題を思い出すよりも先に、俺は次の話題を持ち出した。


「つーか、お前なんでここに居んの」


 目下一番不自然な事だ。不可思議とさえ言える。


 少し前まで嫌がらせを受けていたとはいえ、愛野は今や、平均的に見て社交的で、友達と呼べるであろう存在は多い。事実、愛野は俺が隣のクラスから来た変な男に俺の席を奪われるまでは、友達と教室で飯を食っていた。


 わざわざ食事を早々に切り上げてここに来た理由がいまいち掴めなかった。

そりゃラブコメみたいに「大光司に会いたかったから」とか言ってきたらそのまま押し倒すのもやぶさかではないが、如何せん俺の中で愛野は少しずつ「口うるさい母親的ポジション」に変化しつつあるため、なんだかなーという感じである。


 まぁともかくとして、愛野がここに、つまりわざわざ俺のところへ来た理由の候補は三つだ。一つ目は「大光司に会いたかったから」で二つ目は最初の質問をしたかったから。三つ目は誰かから逃げてきたかだ。


 そこまで考える事が出来たのは、愛野が苦笑して押し黙ったからに他ならない。


 表情からして、一つ目ではないことが解る。だって、アニメだとここで赤面する場面でしょ? 赤面してないもん。若干青いし。


 二つ目はまず有り得ない。わざわざ今確認するまでもなく、放課後か登校時に聞けば良いだけだからだ。愛野にとり重要なのは話の内容ではなく、今ここに居るという事のほうだろう。


「なに、虐めでも再発したの」


 嘲笑気味に言うと、愛野は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「いやー、そうじゃないんだけど……」


 そして唇を尖らせて続ける。


神田川かんだがわ君から、逃げてきたの」


「……はぁ?」


 口に運んだ白米は苦虫の味がしました。思わず顔をしかめる。


 神田川。いつだか愛野に告白し、そしてフラれた男の名前。愛野が嫌がらせを受けるようになった原因と言っても過言では無い。罪な男なのである。イケメンだから死ねであり、すなわちジャッジメントですのっ! である。


「神田川君本人が来たってわけじゃないの。神田川君には、前に直接、苦手だからあんまり近付かないでって言っちゃったから」


 おふう、イケメン爆死だ。全俺が泣いた。告白した返事が「近付かないで」とか、まさに感動のラブストーリーだな、神田川。


「神田川君の友達がね、たまに私のとこに来るのよ。少しでいいから話してやってって」


「……そりゃぁ」


 学年内でトップクラスと言われてるイケメンには相応しくないっつうーか、近付かないでとまで言われた相手にそこまで拘るのか、という、妄執じみたもんを感じた。


「少しくらいなら良いかな、とも思うんだけど、ほら、事情が事情じゃない」


 勿論だ。愛野は神田川に近付くわけにはいかない。愛野が求めているのは嫌がらせをきっかけに離れていった人間関係の修復で、そのために神田川は邪魔な存在だ。ここで神田川との距離が縮まるような事があれば、せっかく取り戻しつつあった人間関係を再び壊しかねない。


「めんどくせぇな」


 人間関係ってやっぱ怖いわ。そんな思いをするんなら、俺は一生孤独で良い。


「そう、めんどくさいのよ」


 どこか儚げな口調で、自分の膝に顔を埋めるようにして呟く愛野。


「神田川君は悪くないって解ってるんだけどね、人間関係の取捨選択よ」


 言い訳のように吐き出される弱音。だが、大事なところを解ってるんなら、俺から言う事は特に無い。


 メリットデメリットで友達を選べ、と、俺は以前愛野に言ったが、俺はそもそも友達のメリットを知らない。知らない俺から言わせて貰えば、愛野が何故、何に悩んでいるのか解らない。


 ともかく、友人関係を守るために、恋愛感情を持ち込んできた神田川を突き放す必要が、愛野にはあった。非常に非情なまでに億劫でめんどう。


 この期に及んでまだ神田川を気にかける愛野の心情が、なによりもめんどうだ。


 他人なんて放っておけばいいのに。


 食い終わった弁当を仕舞い、巾着袋に入れる。水筒の温いコーヒーを口へ運ぶ。


「取捨選択、か」


 なんとなく、呆然と呟く。


 俺はその言葉を、切り捨てろという意味で使ったが、だとしたら俺は、いったい何を拾うのだろうか。

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