プロローグ・気高き意思は容易く折れて
――お前が守りたいもんはなんだ。
と、向かい合ったそいつに訊ねられ、俺は疑問ごと否定する。
――そんなもんありゃしねぇよ。そんくらいは解ってんだろ。なんの嫌味だ。
すると、そいつはさらに質問を重ねる。
――お前が守るべきもんはなんだ。
俺は自嘲しながらこう答えた。
――知らねぇな、と言いたいところだが、あれだ、俺はナルシストだからよ。自分が大事っつーわけで、俺が守りたいもんは自分自身だ。
その返答に、そいつは卑屈な笑声を上げる。
――成長したなー、ほんと。
互いに作り笑いを浮かべたまましばし間を置いて、問答を続ける。
――おかげさまでな。随分後ろ向きな成長が出来た。
その返しは嫌味のつもりだった。だが、俺の嫌味に対し、そいつは満足げにこう言うのだ。
――後ろ? はっ、どっちが前かも解ってねぇのに、どの口が言いやがる。
俺は黙った。沈黙の理由は、そいつの言葉の真意を掴めなかったからに他ならない。
――なら俺が教えてやるよ。
口を閉ざした俺の代わりに、そいつは続ける。両手を広げて、得意げに回答を紡ぐ。
――お前が守りたいもんは――
そのやり取りの発端を、どこから語ればいいのか解らない。
解らないから、一番最初まで遡ってみるとしよう。この場合での最初とはつまり、俺が一番最初に、「守りたいもんはなんだ」と、自分自身に問い掛けた時の事だ。
そうさな、時系列で言うなら、一端は小学生の時で、中学生では何事も無かったからスルーして、高校に上がってあいつと遭遇した時まで時間が飛ぶ。そんな感じだ。
あらかじめ明記しておく。
これは、心にも無い事を平気で言う嘘つきであり、心無いことも平然とやってのける薄情者でもある、そんなクズの物語だ。